第14話 隣に立つという選択
その日は、
朝から穏やかな天気だった。
雲はあるが、
光はやわらかく、
庭に落ちる影も淡い。
私は、いつものように支度を整え、
特に予定のない一日を迎えていた。
――何も決めなくていい日。
それが、
今の私には心地よい。
昼前、
マリアが控えめに言った。
「お嬢様、
侯爵家のエドワード様がお見えです」
「……父に?」
「はい。
ですが、少し早く終わりそうだと」
それだけの報告。
私は、
一瞬だけ考えた。
特別な用事はない。
断る理由もない。
けれど――
会う必要も、ない。
「……庭にいます」
そう答えた自分に、
少しだけ驚いた。
招いたわけではない。
けれど、
避けることもしなかった。
庭に出ると、
白百合の香りが、静かに漂っていた。
私は、
小径の途中で足を止める。
整えられた道。
歩きやすい。
ふと、
思う。
この道は、
誰かが私の歩幅を気にかけた結果だ。
それを、
当たり前だと思うようになっている自分がいる。
「こんにちは」
背後から、声がした。
振り返ると、
エドワード様が立っていた。
「こんにちは」
それだけ。
距離は、
いつも通り。
「父との話は、終わりました」
「そうですか」
会話は続かない。
けれど、
今日は、沈黙が少し違って感じられた。
「……少し、歩きますか」
その言葉は、
彼からではなかった。
私から、だった。
言った瞬間、
胸の奥が、静かに動く。
彼は、
一瞬だけ目を瞬かせた。
そして、
すぐに頷く。
「ええ。
よろしければ」
確認も、
期待もない。
ただ、
選択を受け取っただけ。
私たちは、
並んで歩き始めた。
腕が触れるほど近くはない。
けれど、
一人分の距離ではない。
「今日は、
風が穏やかですね」
彼が言う。
「ええ」
それだけで、
十分だった。
歩調は、
自然と揃う。
誰かに合わせたわけではない。
気づいたら、そうなっていた。
数歩進んで、
私は、ふと思った。
私は今、
距離を縮めたのだろうか。
――いいえ。
距離を、
選び直しただけだ。
縮めるでも、
詰めるでもない。
「隣に立つ」という位置を、
自分で選んだ。
それだけ。
「……無理は、していません」
私がそう言うと、
彼は、すぐに答えた。
「存じています」
即答だった。
「だから、
こうして並んでいるのだと思います」
その言葉に、
胸が、少しだけ温かくなる。
評価も、
理由づけもない。
ただ、
私の選択を、
私のものとして受け取っている。
歩き終え、
自然に立ち止まる。
「今日は、
ここまでで」
私が言うと、
彼は頷いた。
「はい」
それ以上、
何も言わない。
けれど、
別れる前に、
彼は一言だけ付け加えた。
「ありがとうございました」
何に対して、
とは言わなかった。
私は、
小さく頷く。
夜、部屋で灯りを落とす前、
私は今日のことを思い返していた。
私は、
誰かに導かれたわけではない。
守られただけでもない。
自分の意思で、
隣に立った。
それは、
とても小さな選択。
けれど――
確かに、前に進んだ一歩だった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




