第12話 距離を取っていた理由
朝、目を覚ましたとき、
私は少しだけ、考え事をしていた。
昨夜の出来事は、
大げさなものではない。
けれど、
確かに心に残っている。
守られたことよりも、
それを当然のように受け取った自分に。
身支度を整え、
庭に出る。
白百合は、
相変わらず静かに咲いていた。
私は、その前で立ち止まり、
深く息を吸う。
香りは強くない。
けれど、
確かにそこにある。
――私も、
こんなふうに在りたかったのかもしれない。
距離を取ろうと決めたのは、
誰かを拒みたかったからではない。
むしろ、
逆だった。
私は、
期待されることに、
少しだけ疲れていた。
王太子の婚約者として。
公爵家の娘として。
「ふさわしくある私」として。
求められる役割に応え続けるうちに、
いつの間にか、
自分の感情が、
どこにあるのか分からなくなっていた。
だから――
身を引いた。
選ばれなかったから、ではない。
選び続けることを、
一度やめたかった。
「……距離は、
逃げるためではなかったのね」
独り言は、
誰に聞かせるものでもない。
私は、
自分を守るために、
距離を取っていた。
誰かを信じないためではなく、
誰かに委ねすぎないために。
昼前、
母とお茶をする。
「最近、
何か考え事をしている?」
「少しだけ」
正直に答える。
「答えは、急がなくていいわ」
母は、いつも通りだった。
「今のあなたは、
ちゃんと立っているもの」
その言葉に、
私は静かに頷いた。
午後、
書庫で本を選んでいると、
扉の外から、足音がした。
「失礼します」
エドワード様だった。
「少しだけ、
父に用がありまして」
「そうですか」
それだけの会話。
けれど、
彼の存在が、
私の思考を邪魔しないことに、
改めて気づく。
「……一つ、聞いてもいいですか」
私がそう言うと、
彼は、すぐに立ち止まった。
「はい」
急かさない。
「もし私が、
これからも距離を取ったままだったら」
言葉を選ぶ。
「それでも、
あなたは、
同じように接しますか」
彼は、少しだけ考えた。
そして、答える。
「はい」
短く、確かな声。
「距離は、
縮めるためのものだけではありません」
その言葉に、
胸の奥が、静かに揺れる。
「守るための距離も、
尊重されるべきです」
私は、
その言葉を、
ゆっくり受け取った。
夜、部屋に戻る。
私は、
自分がなぜ距離を取っていたのか、
ようやく分かった気がする。
そして――
距離を取ることと、
誰かを受け入れることは、
必ずしも矛盾しないのだと。
「……少しだけ」
ほんの少しだけ、
立ち止まる場所を、
共有してもいいのかもしれない。
そう思えた夜だった。
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