第10話 いつの間にか、並んでいた
その日、
私は久しぶりに、少しだけ改まった席に出ることになった。
大きな催しではない。
公爵家主催の、小規模な会合。
親しい家同士が集まるだけの、穏やかな場だ。
「無理なら、欠席してもいいのよ」
母はそう言ってくれた。
「いえ。
少しなら」
そう答えたのは、
本心だった。
今の私は、
外に出ることを、
もう怖れていない。
会場に入ると、
視線が集まるのを感じた。
けれど、
以前のような重さはない。
探るようでも、
値踏みするようでもない。
ただ、
「来てくれたのね」
という空気。
「お久しぶりです」
挨拶を交わし、
席に案内される。
その席が、
自然と、
エドワード様の隣だったことに、
私は一瞬だけ戸惑った。
「……こちらで?」
確認するように言うと、
使用人は、少し驚いたように目を瞬かせた。
「はい。
いつも通りで」
――いつも通り。
その言葉が、
静かに胸に落ちた。
エドワード様は、
すでに席に着いていた。
「失礼します」
「どうぞ」
それだけ。
視線が交わる。
それ以上は、ない。
周囲も、
何も言わない。
誰も、
「なぜ隣なのか」を疑問に思っていない。
それが、
少し不思議だった。
会話は、
終始、穏やかだった。
政治の話は出ない。
探るような質問もない。
代わりに、
季節の話や、
最近の街の様子。
エドワード様は、
必要なときだけ口を開き、
私の話を遮らない。
それが、
周囲にとっても、
自然な光景らしかった。
「お二人は、
本当に落ち着いていらっしゃるわね」
誰かが、
感想のように言った。
私は、
反応に迷った。
否定するほどでもなく、
肯定するほどでもない。
「……そうでしょうか」
曖昧に答えると、
相手は、満足そうに頷いた。
「ええ。
安心して見ていられます」
安心。
その言葉が、
少しだけ、心に残った。
会合が終わり、
庭に出る。
夜の空気は、
ひんやりとしていた。
「お疲れではありませんか」
エドワード様が、
低い声で言う。
「大丈夫です」
それも、本当だった。
少し歩く。
隣に人がいるのに、
意識しすぎない。
「……皆さん、
自然でしたね」
私がそう言うと、
彼は、わずかに考えてから答えた。
「ええ。
今のあなたが、
そう見えているのだと思います」
「私が?」
「はい」
それ以上、説明はしない。
説明されなくても、
分かる気がした。
屋敷に戻り、
部屋で一人になる。
私は、
今日の出来事を思い返していた。
誰も、
私たちの距離を詮索しなかった。
誰も、
関係性を定義しなかった。
それなのに、
並んでいることが、
前提になっていた。
「……不思議ですね」
私は、
まだ何も選んでいない。
それでも、
周囲は、
「並ぶこと」を
自然だと受け取っている。
拒まれることもなく。
押しつけられることもなく。
夜、灯りを落とす前、
私は一つだけ、思った。
もし――
このまま、
並んで歩く日々が続いても。
それは、
悪くないかもしれない。
そう思えたことを、
私は、まだ誰にも言わない。
けれど、
否定もしなかった。
それだけで、
今は十分だった。
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