第十六.五首『あの日の記憶、生首が睨むモノ』
これは心矢が貝の怪異の中に閉じ込められていた間のお話です。
「ここは……いったい……」
目が覚めるとそこは真っ暗な世界だった。
「そうだ! ベロたん! おーい!」
呼んでも返事は無い。
すると、どこからか聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。俺は声のする方を見てみる。
「今日のデート楽しかったね!」
「あぁ、今度はどこへ行きたい?」
「どこだっていいよ、心矢となら」
俺は目を疑った。そこにいたのは俺とつむぎだった。それも生首ではない、ちゃんと体のあるあの頃のつむぎだ。真っ白なブラウス姿がとても可愛らしい。
「なんで……なんで……!」
俺はつむぎの元へ走ろうとした。しかし、どういう訳か足が動かない。
「おーい! つむぎー!」
呼びかけても、返事は無い。
するとそこに何者かが走ってきた。
「おらぁ〜〜!殺す殺す〜〜!」
全身黒ずくめで手にはナイフを持った男。分かりやすく通り魔だ。殺すと言ってるのだから間違いない。
――それに、俺はその通り魔の姿に見覚えがあった。
俺……いや、俺ではなく、今俺が見ているもう一人の、つむぎと一緒にいる方の俺が素早く通り魔の存在に気付き振り返った。つむぎも少し遅れて背後を見る。
「刺しころ〜〜す〜〜!グサグサァ!!」
通り魔はそういうと、思いっきりつむぎに向かってナイフを振り下ろした。
……こいつやっぱり通り魔とはちょっと違うかもしれない。
「危ない!」
もう一人の俺が素早く通り魔の腕を掴み、つむぎを守った。流石、俺。彼女をよくぞ守った。
「逃げろつむぎ!」
「でも! 心矢が!」
流石に(もう一人の)俺の腕にも限界が来ていた。受け止めていた通り魔の手の中にあるナイフの刃の先端が、今にも顔に刺さりそうなほど迫っている。
「守らなきゃ……守る……! うぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
――その瞬間、(もう一人の)俺の目が赤く光った。全身が通り魔の服装以上に真っ黒にそまり、さらにその背中から無数のハリネズミのトゲのようなものが生える。
まさしくその姿は怪異と呼ぶに相応しかった。
「嘘……だろ……?」
ありえない。俺が怪異になるなんて。
だが、ありえないはずなのに、この光景をなぜか俺は知っているように感じた。知っているように感じたことが、俺はなおのこと怖かった。
「心……矢……?」
つむぎが怯えた様子で後退りする。
「ひぇぇぇぇ! ごめんなしゃーい!!」
通り魔が恐ろしい怪異の姿に恐れをなして、一目散に走り去った。
怪異は通り魔が逃げたのを確認すると、ゆっくりとつむぎの方を向いた。怪異がつむぎに一歩、また一歩と近づく。
「いや……こないで……」
つむぎは震えて涙目になりながら更に後退りする。
「やめろ! つむぎに近づくな! それ以上近づいたら!」
俺はもう、全てを思い出していた。全てを思い出し、もう全てがもう無駄であると知りながら、それでも叫んだ。
これから先に起こることも、すべて理解しながら……。
「いや……いや……いやぁぁぁぁぁぁ!」
彼女が、つむぎが、道路に向かって飛び出していく。ふらつき、よろめきながら、それでも脇目もふらず走っていく。
――そして、横から走ってきたトラックが彼女に激突する。真っ白なブラウスは赤く染まり、体は吹っ飛んでマネキンのようにそこに転がる。
トラックは急ブレーキをかけるが間に合わず、その転がった彼女の首の真上を轢いたところで止まった。
首はその拍子にブチリと切れ、外れた頭部がまるでこちらを睨むかのように転がる。まるでバケモノを見るかのように。
いや……『まるで』というのはおかしいか。だって……だって俺は……。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
この俺自身の姿が、恐ろしい怪異の姿へと変わっていく。
(だって俺は……バケモノなんだから……)
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