第十五首『あたいの肝を冷やすモノ』
血塗れの姿、手にはキラリと光る鋭い爪。間違いない。かつて心矢が倒したあの怪異だ。
あたいは目の前の怪異に対し、ミッドナイトブラスターの刃を向けた。
「モグラ……いや、この世界を作った、怪異! よく聞きなさい!」
モグラは私の声にビクともせず、爪を構えてこちらを睨みつける。
「確かにあたいには、怖いものが沢山ある。どうしようもなくなって、動けなくなることだってある」
あたいはこの不可思議な世界で起きたことを思い出した。
ピエロ、ちょうちょ、とろろ、モグラの怪異の出現、……そして何より、大切な妹と弟を失うこと。全て、あたいが心の底から恐れていたこと。いや、今も恐れていることだ。
「自分の中の恐怖のいつまでも負けているほど、あたいはは弱くない! 大切な何かを守るためなら、どんな恐怖だって乗り越えられる! だからそんなまやかしの姿じゃなく、正体を現しなさい!」
するとモグラの怪異の姿はみるみるうちにドロドロに溶けて、やがてどんどん大きく太い柱になって、空高く伸びていった。
柱といっても、建物に使われるような、木や石の柱ではない。もっと白くて、柔らかそうな質感で、そして……ちょっとだけ美味しそうなその姿。
――そう、貝柱だ。
「やっぱり、今までのは全部、あの貝の怪異が見せてた蜃気楼……幻だったのね」
次の瞬間、貝柱の周りに三十人ほどピエロが現れる。ピエロ達は皆手に剣や鎌、ハンマーなどの武器を持ち、ニヤニヤと笑っている。
どうやら、貝柱を守るための最後の足掻きらしい。
「今更そんな幻に、あたいは負けない!」
次の瞬間、ピエロ達がこちらに襲いかかってきた。ピエロ達は、身軽な動きでこちらを翻弄しながら、次から次にそれぞれが持っている武器で攻撃してくる。
しかし、あたいはそれに屈しない。次々に来る攻撃を、躱し、跳ね返し、受け流し、ミッドナイトブラスターで確実に攻撃を与えていく。攻撃を受けたピエロは、受けた先から霧となって消えていく。
しかし、消しても消しても、その先から新しいピエロが出現し、武器を持ってこちらへ向かってきた。
(これじゃキリがない……霧だけに……じゃなくて、本体を倒さなきゃ……)
あたいは、ミッドナイトブラスターをダガーナイフモードに変形させると、それを自分の左手首の数珠にかざした。こうするとことで数珠に入っている除霊力がミッドナイトブラスターに移動し、必殺技を放つことができるのだ。
除霊力が充填されたミッドナイトブラスターは、暗闇の中でぼんやりと緑色の光を放つ。あたいはそれを確認すると、ひょいと近くにいたピエロの頭に飛び乗り、それを踏み台にして飛び上がった。
そして、空中でミッドナイトブラスターを構えると、しっかりと貝柱を見据えて叫んだ。
「ミッドナイトスラーッッシュッ!」
叫びとともにあたいはミッドナイトブラスターのトリガーを押しながら振りかざした。刃から緑色の斬撃弾が放たれ、貝柱を横真っ二つに切り裂いた。
「やったか!?」
切られた貝柱がゆっくりと奥の方へ倒れていく。その断面から大量の霧が噴き出し、辺り一面が一瞬で霧に包まれる。
「これは……うぅ……」
その霧に包まれると、なんだかあたいの意識も遠のいて……
◇ ◆ ◇
「ん……ここは……」
目が覚めると、あたいは見覚えのある道に寝そべっていた。目の前には大量の砂が落ちている。
間違いない。あたいが貝の怪異と戦っていた場所だ。
「倒せた……の……? そうだ! 心矢とつむぎさんは!」
あたいは飛び起きて、その場に立って目の前をよく見る。だが、一緒に吸い込まれたはずの心矢の姿はない。
「ベロたん! 後ろ!」
どこかで聞き覚えのある声がした。つむぎさんの声だ。あたいは後ろを言われるがままに後ろを振り向く。
「つむぎさん! 心矢は! ……えっ?」
……あたいの目の前にあったのは、空中を浮遊する生首の付いたドローンと、その手前に立つ、真っ黒な人型の怪異だった。