第二十話 七変化
伊吹のスキル七変化
その能力は肉体を自在に変化させること。
人間には本来あるはずのない翼が背から生え、伊吹は宙を舞う。
「おぉー」
その様子はさながら天使のようだった。
「行っくよー!」
靴が二足、落ちてきたかと思うと、伊吹の両足は鋭い鉤爪を有していた。
猛禽類の脚。
天使からハーピィへ。
天空から獲物を狙う鷲の如く、翼を羽ばたいて急下降。
鋭い鉤爪が魔物を襲い、鷲掴みにして急所を裂く。
手早く一体を仕留めると、群れの中心で人間へと回帰した。
更に腰から尾が生え、その先端には鎌が鈍く光る。
その場で一回転。
瞬間、引き裂かれた虚空から刃が散らばり、群れのすべてが八つ裂きとなった。
「鎌鼬の鎌だよーん!」
尻尾を仕舞い、伊吹は裸足のまま駆けて靴と靴下を回収する。
「えへへ。どうだった? どうだった?」
「あぁ、凄かったよ」
「でしょー? じゃあ、じゃあ、今の私って可愛い?」
「あぁ、かわ……なんだって?」
「だーかーらー。私、可愛い?」
思わず視線を二人へと向ける。
「答えてあげてくれるかな?」
「大事なことよ」
そう二人が言うので、改めて伊吹に向き直る。
「可愛いよ、天使みたいで」
「そっか。ならば、よし! さぁ、行こう!」
伊吹は何事もなかったかのように背を向けて歩き出す。
俺たちもそれに合わせて足を進めたが、頭の中は疑問だらけだった。
「ほっとしてた? 今」
中でも気になるのは、答えを聞いて安堵していたこと。
喜ぶでも、照れるでもなく、安心していた。
「そうよ、ほっとしてたわ」
「なんで?」
「それは伊吹のスキルに関係してるの」
七変化が?
「伊吹のスキルは自分の体を作り替えてしまうから、そのたび自分が自分でなくなるのよ」
「元の姿に戻っても、それが本当の自分がわからなくなっちゃう時があるの。だから……」
「言ってほしいのか。自分が、自分だって」
先ほどの意図は、それだった。
可愛いかどうかは伊吹なりの確認作業で、とても大事なもの。
下手なことして拗れさせずに済んでよかった。
「なにしてるのー! おいてっちゃうよー!」
「今行く」
駆け足になって伊吹に追いつき、ダンジョンの先へと進んだ。
§
「あれ?」
俺たちの目の前には、先ほど倒した魔物の死体があった。
「伊吹? あなたの後をついて行ったはずだけど」
「あははー……迷っちゃった」
「しようがないよ、迷宮だし」
いざ私に続けと言わんばかりに先頭を歩いていた伊吹だったが、入り組んだダンジョンの構造の前ではあえなく撃沈するしかないようだ。
けれど、無理もない。
行けども行けども代わり映えしない景色が続いている。
迷わないほうが可笑しい。
「てっきり嗅覚やら聴覚やらで道がわかっているのかと思っていたわ」
「残念、無念、なんにも考えてませんでしたっ」
「誇らしげに言うことじゃないよ、伊吹」
「だいじょーぶ! 今度はちゃんと印をつけていくから!」
腰の雑嚢鞄からチョークを取り出した伊吹は壁に印を書こうとする。
「ちょっと待った」
それに待ったを掛けつつ、スキルを発動する。
再現するのはカナンのマップ機能。
ミラーダンジョンでは鏡のギミックの仕様か、使用不可だったがここは違う。
目の前にウィンドウが開き、マップが表示された。
「わおっ、凄いね。超、便利!」
「これならもう迷わないね」
「これが使えるなら、渓谷の底に落ちた時、なぜ使わなかったの?」
「なんでかって? さっきまで存在を忘れてたから」
「……そうね、私も気づくべきだったわ」
当たり前すぎて忘れることはままある。
カナンで出来ることは現実でも出来るんだ。
いい加減、これに慣れないとな。
「さぁ、行こう」
マップを頼りに足を進め、今度は迷わずダンジョンの最奥へと近づいた。
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