2-7 エルフ族の理想郷
遥か昔、エルフ族は、とても緑豊かな土地で暮らしていた。
そこは、争いも無く、とても穏やかで、エルフだけが住む事が許された、まさにエルフにとっては理想郷だった。
そこには、雲をも突き抜ける程の、一本の大樹があった。
その名も、【世界樹ユグドラシル】ーーその大陸の代名詞となったものだ。
世界樹は、エルフ族にとって、とても大事な木だった。
世界樹は、エルフ族にとって信仰の対象だった。
世界樹が、エルフ族と、その土地を守っていたからだ。
そして、その世界樹の管理を代表的に行うのが、【神子】と呼ばれる者達ーー【ハイエルフ】だった。
その理由が、世界樹と心を通わせれるのが、ハイエルフだけだったからだ。
ハイエルフは、その他のエルフより長命だった。
しかし、ハイエルフは、ドライアドよりも、遥かに出現率が低く、年々ハイエルフが生まれる確率が減少していった。
一万年が二万年に。
二万年が三万年に。
その度に、『神子代理』を立てて、エルフは何とか世界樹のお世話をする。
しかし、それも限界だった。
何せ、他のエルフでは、世界樹の言葉など聞く事は出来ないのだから……。
そして、ある日を境に、とうとうハイエルフが、プツリと現れなくなってしまった。
ハイエルフの寿命は、凡そ一万年と言われているが、今までは最低でも一万年に一人は生まれていた。
けれども、既に三万年もハイエルフが現れなくなっていた。
自分達は神ではない。
どの人種が生まれるかは、確率の問題だ。
何故?突然ハイエルフが生まれなくなってしまったのか?
原因など、誰にも分かる筈はなかった。
正しく、神のみぞ知る、だ。
どうすれば良いのか、最早皆がお手上げ状態だった。
そんな中、事件は起こる。
その年、『神子代理』に選ばれた男の娘が、難病に侵された。
それは、未知の病気であり、余命半年と宣告された。
娘はまだ、二百歳と言う若さだった。
幾らドライアドだったとしても、未知の病気を治す特効薬を、たった半年で生成するなど、不可能に近い。
そもそも、ドライアドは別に医者ではないのだ。
先ずは、その病気がどのようなもの(症状などを見て)かを突き止め、どんな植物が合うか、多種多様な植物を組み合わせては調合してみたり……何やかんやと必要となってくるのだ。
それでも、やれるだけの事はやろうと、皆は精一杯頑張った。
しかし、月日だけが無情にも過ぎ去っていく。
そして、遂に『神子代理』は暴挙へと出た。
何と、世界樹の木を切り取ってしまったのだ!
世界樹ユグドラシルは【神樹】だ。
その木には、黄金に輝く『桃』が成る。
それは、腐る事もなく、地面に落ちる事もなく、永遠にそこに実り続けるとされている。
その桃は、神の供物とされ、エルフ族は誰もその実に触れてはならない。
それは、エルフ族にとっては、赤子でも知っている、絶対的な掟だった。
けれども、『神子代理』はその掟を破った。
何故なら、その桃だけが、『神子代理』にとっての希望だったから……。
その桃は【神の桃】ーーどんな万病をも治すと言われた、奇跡の果実。
『神子代理』は、その桃を持って、家に持ち帰り娘に食わせた。
すると、見る見るうちに、娘の容態は回復していった。
『神子代理』は、滂沱の涙を流し、歓喜に咽び泣いた。
けれど、驚く事に、殆どのエルフが、彼の暴挙を責めなかったのだ。
『神子』が生まれなくなって早三万年。
人々の世界樹に対する信仰心は、薄れてしまったのだった。
その事実に、世界樹ユグドラシルは、嘆き激怒した。
そして…………世界樹ユグドラシルは、その土地から、忽然と姿を消した。
世界樹の消えた『ユグドラシル大陸』は、木々が枯れ、大地に作物が実らなくなり、瞬く間に不毛の地へと変貌していった。
自分達の犯した罪に、漸く気付いたエルフ達は、途方に暮れた。
そんな中、エルフの中で、まことしやかにこんな噂が流れた。
『我らが理想郷への道を記すは、ハイエルフのみ』とーー。
こうして、エルフはその土地を捨て、世界各地に飛び散り、種を残す事に専念した。
いつかまた、ハイエルフが何処かで生まれ、自分達を世界樹のおわす、理想郷へと導いてくれると信じてーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「わ、私達を!理想郷へと誘って下さい!」
「おい!」
唐突の、ドライアド双子の女性が発した言葉に、男性が慌てて叱咤する。
「だって兄さん!ハイエルフだよ?!漸く、私達エルフ族の念願が叶ったんだよ?!どうせ死ぬなら、最後に一目でも世界樹をこの目で焼き付けときたいじゃない!!」
「それは……」
女性の必死な形相に、男はたじろぐ。
男の方も気持ちは同じなのか、困ったような、それでいて、期待に満ちた縋るような視線を俺に送ってきた。
俺はニコリと笑い、
「ごめん。無理」
サラリと、真実を告げる。
二人は、愕然とする。
「そ、そんな……嘘、だよね?」
それでも、女性は信じられないと言った風に、尚も食い下がる。
「嘘じゃないよ?」
だから、俺も更に現実を突き立てる。
「あ……ああ…………」
女性が、絶望に打ちひしがれて、崩れ落ちた。
男性が、そんな女性に、優しく肩を触れて慰める。
………………別に虐めてるつもりはないんだけど、これじゃ、俺が悪者みたいだな。
そう思った俺は、更に付け加えた。
「僕も、エルフ族の事は知ってる。ハイエルフだけが、世界樹ユグドラシルの元に辿り着けると信じてる事も。だけど、それは半分正解で、半分間違いだ」
「………………どう言う、事だ?」
男性が、胡乱な瞳で顔を上げて俺を見た。
「そもそも、あそこには、普通の生物は行けないし、生きていけないんだよ」
「「…………え?」」
二人が、声を揃えて驚く。
一瞬の沈黙の後、男性の方が、ある事に気付いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!その言い草だと、あんたは本当に、世界樹の在り処を知ってるって事に……」
「知ってるよ?」
俺は、事も無げに言った。
自分がハイエルフだと知った時、ハイエルフとは一体どんなものかと、アシスに聞いた事がある。
その時に、エルフ族の過去話や、ハイエルフの本来の『役割り』なども、ちゃんと聞いていた。
「そ、それじゃ……」
それを聞いた女性の方が、絶望から一転して、再び希望に顔を輝かせた。
「でも、さっきも言ったように、世界樹の元に、行く事は出来ない。少なくとも、今はまだ、ね」
「それはどう言う……」
「悪いけど、これ以上は話せないかな~?」
「そ、そこを何とか!」
双子のドライアドが懇願してくるも、俺は結局首を縦に振る事はなかった。
すると、それまで黙っていたディータが、口を挟む。
「……そろそろいいか?」
「おっと。ごめんごめん。話がかなり脱線しちゃったね。他の人達には、何の事か分からず、退屈だったでしょ?」
「いや…………あんたが謝る事じゃないが……」
ディータは、チラリとドライアド二人を見遣る。
「お前達にも、色々と事情があると思うが、俺達を解放してくれた恩人に、先に礼をするのが筋ってものじゃないのか?」
「「…………あ」」
ディータが、不愉快そうに顔を歪ませる。
良く見れば、他の何人かも、あまり良い顔をしていなかった。
双子ドライアドは、バツが悪そうに頭を下げた。
「す、すまない。つい、先走り過ぎた」
「わ、私も……ゴメンなさい」
「うん。まあ、僕も特に気にしてないから別にいいよ。それじゃ、本題に戻ろうか」
改めて、俺は集まっている面々を見渡した。
前回、書こうと思ってて忘れてたんですが、『ハイエルフ』は、一般的には広く知られています。
但し、詳しい身体的特徴を知ってるのは、エルフ族のみです。
なので、ディータも「伝説の?」と驚いてますし、院長やマイアもハーフエルフだとは分かってますが、まさかハイエルフだとは思っていません。
因みに、ハーフエルフになると、色素が薄くなるとされているので、髪質などにも違和感は持っていません。




