2-4 猫のしつけ方
本当は、二話投稿します。
バサリーー。
今夜も、俺はいつも通りにレベリングをしに森に来てみたら、思いもよらない事態に遭遇してしまった。
上空では、【ルフ】と呼ばれる魔獣が、黒い羽根を広げて、滞空している。
あ、今日は満月だ。
なんて、どうでも良い事を考える。
地面に視線を向ければ、先程会ったばかりの、釣り目で少し長めの髪を後ろで縛った、黒猫のお兄さんが、何故か血だらけでぶっ倒れてるんだよ。
こりゃ瀕死だな。
まだ辛うじて息はあるが、それも時間の問題だろう。
大方、帰り際にルフに見つかって、あの金髪縦ロールの女の人に見捨てられでもしたかな?
…………………………仕方ない。
折角見付けたのに、ここで見過ごしたら寝覚めが悪そうだ。
俺は、ルフを見上げる。
ルフも、ジッと俺を見下ろしていた。
俺が、次にどんな行動をとるのか、観察しているのだろう。
俺は、少し考えた素振りをしてから、〈異空間収納〉から、徐に肉類を取り出す。
ルフは、高位の魔獣だ。
高位の魔物には、知能の高い魔物と、そうじゃない魔物が居る。
知能の高い魔物は、長く生きた魔物がなる傾向があるが、知能が高くても、好戦的でプライドの高い魔物もいて、人の話など一切聞く耳を持たないといった奴が多い。
と言うか、そっちが大半だ。
けれど、ルフは違う。
腹が空けば、人間を狩る事もあるが、基本比較的大人しい部類に入る。
ある種、魔物としては珍しいタイプであった。
だからこそ、俺もこうして落ち着いていられるんだが。
俺は、出来るだけ多くの肉類を敷物に詰めると、それを〈風魔法〉で浮かせて、ルフの所まで届けた。
ルフは、俺の意図する事を察したように、その敷物を脚でキャッチする。
「ごめんね~、ルフ。食事の邪魔しちゃって。一応この人、俺の顔見知りだから、今回は見逃してくれないかな?」
俺の謝罪とお願いを聞いたルフが、
「キュイィィィィィ!」
と一声鳴いて、了承の意思を伝えると、そのまま西の方に飛び去って行く。
俺は、そんなルフの後ろ姿に向かって、「皆にも宜しくね~」と手を振った。
「さて、と……」
俺は、ルフが見えなくなるのを確認すると、ディータと言う人に視線を戻した。
因みに、彼のステータスは確認済みである。
名前も、あの女の奴隷である事も。
耳と尻尾を隠してはいたけど、実は獣人族の猫人だと言う事も。
〈真眼〉で視て、彼が黒猫(忌み子は知っている)であると言う事も。
〈真眼〉ーー『隠されたものを視る』事が出来るスキル。
「取り敢えず、傷を回復してから、いつもの所に連れて行くかな」
そう考え、早速俺は行動に移した。
「…………ん」
ジュエリー・ホワイトタイガー親子の塒(俺は『基地』と呼んでいる。厨二病くさい?ほっとけ)に、ディータを運び込み、暫くしてディータが目を覚ます。
血を流し過ぎた後遺症(治癒魔法は血までは回復しない)か、初めはボーッとしてたディータだったが、突如ハッとして起き上がり、ズボンの裾に忍ばせていた短剣を取り出す。
…………は?
そして、ジュエリー・ホワイトタイガー親子に向けて投擲。
俺もすかさず『苦無』を取り出すと、短剣目掛けて放ち、短剣を撃ち落とす。
そのまま、ディータの手首を掴み取り、背後に捻って襟首を掴むと、地面に叩き付けた。
「くっ?!」
その間、凡そ五秒。
何が起こったのか分からず、困惑した顔でディータが俺に振り向き、今漸く、俺の存在に気付いたように、驚愕に目を見開く。
「お前は……?」
「………………」
俺は、質問には答えなかった。
ただ無言で、殺気を放つ。
「………………ねえ?今何しようとしてたのかな?次、あの子達に何かしたら………………殺すよ?」
「ッ?!」
声を低くして言い放つ。
俺の殺気に当てられたディータが、息を呑む。
「……分かった?分かったら返事は?」
「わ、分かった……」
それを聞いた俺は、フッと掴んでいた手を緩める。
すると、ディータはサッと俺から距離を取り、壁際に逃げ込んだ。
まるで、手負いの獣だな。
あ、別に間違っちゃいないか(笑)
俺は、ホワイトタイガー親子の無事を確認しようと、そちらに目を向ける。
無事……は無事なのだが、仔虎(あれから二年経ってるので、それなりの大きさではあるが)五匹はプルプル震え、足元には五つの水溜まりが………………うん!ちょっと反省!
どうやら、俺の殺気は、ディータだけに留まらず、仔虎達にまで及んでいたようだ。
後でご機嫌をとっとく必要があるかな?
にしても、流石は母虎。
俺の殺気などなんのその。
どっしりと構え、堂々とした佇まいーーと思ったが、前言撤回。
母虎も、良く見りゃ僅かに震えてんじゃん。
漏らしてはいないけど、どうやら母虎も、完全に萎縮させてしまったらしい。
………………後で謝ろう。
さて、これからどうするか。
俺は、思考をディータのこれからの事へと切り替える。
取り敢えず助けてみたものの、正直この後の事は特に考えていなかった。
……………………あれ?これ、前にも似たような事あったか?
デジャブ?
[………………]
まあ、いいか。
ディータは、未だに警戒心マックスで、俺を睨み付けていた。
このまま睨めっこしてては埒が明かない。
先に進めなくては。
やはりここは、年上(前世二七歳+現世七歳)の俺から歩み寄るべきだろう。
そう思い、俺はディータに、なるべく優しく声を掛けてみた。
「えっと…………大丈夫?」
ピクリーー。
ディータの、肩が震える。
あー……駄目かな?これは……。
話にならないかも。
そんだけ怖かったのかな?
そう思ったが、少しの間を置いてから、ディータはゆっくりと口を開き、言葉を選ぶように話し出した。
「お前……カエル、だったか?」
「あ、うん!そうだよ!名前覚えててくれて嬉しいよ」
「……いや、忘れられないだろう。普通」
「うん?」
「…………何でもない」
何か、ボソリと言われたが、聞き取れなかった。
僅かの沈黙の後、ディータが再び口を開く。
「おま……あんたが、俺を助けてくれたのか?」
「まあ、一応は」
「そこの……石持ちか?そいつはあんたの……」
「僕の友達だよ。もしまた何かしようものなら……」
「わ、分かってる!!」
俺が、スっと目を細めると、ディータは冷や汗を流して慌て出す。
………………まだ殺気出してないんですけど?
「さ、さっきは悪かった。また魔物に襲われると思って、つい条件反射で……」
ディータは、バツが悪そうな顔で頭を掻いて謝罪する。
「まあ、情状酌量の余地はあるよね。僕は謝罪を受け取るよ。皆は?」
俺は一応、ホワイトタイガー親子にも確認を取る。
母虎が、代表して「ガウッ」と返事をした。
「ガウッ(訳:許す)」
……多分。言葉分からんし。
まあ、雰囲気で?
「あの子達も許すってさ」
「……そうか。良かった」
ディータは、心底ホッとした顔をした。
「で?これからどうするの?」
俺は話を変え、本題へと移る事にした。
「……これから?」
彼は訝しむように聞き返す。
「え?だって、ディータさんってあの女の奴隷でしょ?戻るのは確定だとしても、今すぐには止めた方がいいかな?せめて、もう少し休んで本調子になってからの方が良いと思うし。ただ、そうなると、何処で体を休めるか……って話になるんだよね」
まあ、俺としては、別にこの基地で休んでもらっても構わないとは思うけど、ホワイトタイガー親子がどう思うかが分からないし。
それに、俺の目の届かない所で、ディータがこの子達に手を出さない保証は何処にもない。
何せ、今日会ったばかりの人だ。
人となりもまだ分からない。
そんな人物を、簡単に信じれる程、俺はお人好しではない。
俺の質問に、ディータは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「それは…………て、ちょっと待て。俺、あんたに名前教えたか?それに奴隷の事も……」
「……あ」
そう指摘され、俺は漸く自分が失言してしまった事に気付く。
やっべ。ついポロッと口が滑った。
どうすっかなー?
〈鑑定〉スキル持ちだって言うべき?
「あー……まあ、細かい事は気にしないで。今は、もっと気にするとこあるでしょ?」
結果として、俺は取り敢えず誤魔化す事にした。
二ヘラと笑う。
ディータも、納得してはいないだろうが、追求もせずに「……そうか」と一言呟くだけに留めてくれた。
有難い。
「……で、俺の今後だったよな?知っての通り、俺は奴隷だ。俺の【隷属紋】は、長期間主人の側から離れると死ぬ類のものなんだが……人にもよるが、それが大体一~二週間位だな」
「うん」
奴隷には、主に二種類ある。
それに加え、『特殊』な奴隷が存在する。
ディータは、その『特殊』な奴隷になるのだろう。
奴隷についての説明は、また今度。
ディータは続ける。
「だが、俺としては、正直あの女の所には戻りたくない」
「じゃあ、どうするの?このままじゃ、どちらにしろ、死んじゃうよね?それとも死んどく?」
俺がそう聞くと、
「……………………」
ディータは、暫く難しい顔で考えた後、「いや」と小さく呟いて軽く頭を振る。
その彼の瞳には決意の色が宿っていた。
それだけで、俺は何かを察した。
そして、ディータは俺に驚きの頼み事を口にしたのだった。
【補足】
この世界でも〈念話〉はあります。
但し、それを使用出来る相手は、『人間』(同族)のみです。
なので、ホワイト・タイガーは人語は理解出来ても、話す事は出来ません。
『従魔』でもないですし、例え『従魔』であっても、『何となく言葉は理解出来る』程度で、ちゃんとした会話は出来ません。
…………勉強すれば、話は別ですが。