2-3 運命の出会い
本日三話目。
奴隷生活三年目。
この年、俺はある出会いを果たす。
この日の事を、俺は一生忘れないだろう。
その日は、朝から空は曇天に覆われていた。
朝から、あの女は上機嫌だった。
新しい玩具を見つけると、いつもこんな感じだ。
俺たちからして見れば、いい迷惑である。
今度は、どんな奴が犠牲者になるのか。
まだ見ぬ相手に、同情を禁じ得ない。
あの女は、出掛けると一言だけ告げて、俺と二人の奴隷を引き連れ、馬車である場所へと向かった。
何処に行くかは、この時の俺達は知らされていなかった。
そんな事はいつもの事だ。
「何故わたくしが、奴隷なんかに態々お伺いを立てなくてはいけませんの?貴方達は、ただ黙ってわたくしの言葉に従えばいいのですわ!」
とは、この女の言である。
だから俺達は、黙って着いていくだけだ。
その先が、例え地獄への片道切符だったとしても……。
いや、もう既に地獄には居るか。
そんな事を思い、内心自嘲気味に笑いながら、俺達は馬車に半日程揺られる事になった。
因みに、外出する時は、俺は耳と尻尾を魔法具で隠して出掛ける。
あの女の言いつけだ。
余計なトラブルを、未然に防ぐ為に。
馬車の窓から見える景観や喧騒で、大まかな場所が特定出来た。
俺も来たのは初めてだが……。
馬車が停車すると、俺と女は馬車から降りる。
他の二人は、馬車で待機だ。
建物の入口の前に、中年の男と若い女が立っていた。
「ようこそおいでくださいました。ミランジャ様」
中年の男が口を開く。
その笑顔は、粘っこく嫌らしく、俺はどうも好きになれそうになかった。
それよりも気になったのが……。
俺はチラリと、男の背後に佇む女を見遣る。
この女、かなりデキる。
流石は、世界の闇を担うと言われる『犯罪国家』ーーヴァレン国と言った所か。
無表情に立つ女は、一見自然体に見えるが、隙が一切見当たらない。
恐らく、服の下には、『暗器』を隠し持ってるであろう。
中年の男とあの女が、二、三言葉を交わすと、俺達は建物の中に入った。
建物の中では、小さな気配が、幾つか感じられた。
部屋の隙間から、覗き見してる子供もいる。
ここは、一体全体、どう言った所だ?
犯罪者予備軍(この国ではいい意味で)の収容所か何かか?
程なくして、俺達は応接間に通された。
そこは外観とは裏腹に、それ程過度ではないが、センス良く装飾が施されていた。
高そうな絵画や置き物。
ソファーは革張りで、テーブルは大理石で、高級感が漂っていた。
明らかに、貴族やお得意様を接待する様相だ。
あの女がソファーに座り、俺はその後ろに控える。
中年男の方の女が紅茶を入れ、あの女と男の前に置くと、俺と同様に、中年男の後ろに位置取る。
あの女が紅茶を一口飲むと、「相変わらず良い腕前ね」なんて、珍しく他人を褒める言葉を口にする。
人心地ついたタイミングを見計らい、男が聞く。
「さて、ミランジャ様。本日はどの様なご要件で?」
男の質問に、あの女はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「あら?分かってるのじゃなくて?」
「……はて?何の事ですかな?」
「そう……まあ、いいわ。わたくし、ある情報を耳にしましたの」
「情報、ですか……?」
「ええ…………ふふふ。何でも、面白い物を拾ったそうじゃない?」
「………………」
あの女は、心底可笑しそうに笑みながら、勿体ぶるように言った。
一瞬、男の後ろにいる女の眉が、ピクリと動いたような気がしたが、すぐに掻き消える。
「さて?何処からの情報かは存じ上げませんが、何をおっしゃてるのか……」
「あら?しらばっくれるのかしら?」
暫し、二人が沈黙で見つめ合う。
根負けしたのはーー男の方だった。
「はぁ~……流石はお耳が早い。時期が来るまでは、と秘匿してきたのですがね」
「人の口に戸は立てられないわ。完全に秘密にするのは難しくてよ?わたくしにだって、それなりの情報網はありますもの」
「なるほど。そうでしたね。ですが、予め言っておきますが、既にあの物の行き先は決定しております」
「まあ!そうなの?」
「ええ。此方が思っていたより優秀でしたもので。ですので、もし交渉をしたいのであれば、私ではなく、あの物が『所属』する部署で、直談判する事をお勧め致します」
「そう……それは残念ね。けど、折角来たのだから、一目見る事は出来ないかしら?」
「……仕方ありません」
そう言って、男は後ろの女に目配せする。
女は一礼した後部屋を出て、十分程して戻って来た。
後ろに、ある少年を引き連れてーー……。
その少年を視界に捉えた瞬間、
ブワッーー。
全身の毛という毛が逆立った。
光の反射で、銀にも見える灰色の髪。
長いまつ毛に、伏し目がちな瞳は琥珀色。
尖った耳が、少年がエルフだと、一目で物語っていた。
まだ年端もいかぬ子供だと言うのに、妙な色気を感じる。
神秘的で幻想的ーー。
この場だけが別空間のようで、少年からは、えも言われぬ存在感が放たれていた。
それが、俺が少年に抱いた第一印象だった。
あの女でさえ、口をポカンと開けて惚けている。
少年が、伏し目を上げて、俺の方を一瞥だけした後、あの女に視線を合わせる。
そして、ニコリと微笑み、
「お初にお目にかかります。麗しのマダム。カエルと申します。僕とお会いしたいと聞いてきたのですが……お目汚しにならなければ幸いです」
胸に手を当て、優雅に一礼。
歯の浮くような台詞の後の、少し困った仕草。
先程までとはうって変わり、笑顔は年相応で、それが返って、少年の魅力を引き立たせる。
しかし、その所作は洗礼されており、本当に子供か?!と、疑いたくなってしまう。
年甲斐も無く、あの女が頬を染めるのを、横目で覗く。
……………………キモい。
このままでは話が進まないと判断した男が、コホンと咳払いを一つし、現実に引き戻す。
あの女がハッと我に返ると、居住まいを正す。
瞳は、未だにうっとりと少年を見詰めていた。
「……ご覧の通りですよ。我々は、赤子の頃からコレを見慣れているので、ある程度の免疫がありますが、初対面の方は、最初は皆似たり寄ったりの反応でして……」
男が苦笑しながら説明する。
「どうも、スキル云々関係なく、周囲を魅了してしまうらしく……淫魔の血でも混じっているのではないかと、本気で疑ってしまいますよ」
男が、疲れたように漏らす。
少年は、自分の事を話されてると言うのに、キョトンとしていた。
自覚が無いのか……?
「そんな理由から、時期が来るまでは……と言う話です。将来的には、〈偽装〉の魔法具で見た目を変えようかと考えております」
「そ、そんな!勿体ないわ!」
「ですが、コレは何れ暗殺者となる身ですので」
「え?!て、てっきり男娼かと……」
そこは俺も同意だ。
「いえ、違います。こんな形をしておりますが、これは、暗殺者としての素質はかなり高いです。上も認める位には。一応、男娼と暗殺者と検討をしたのですが、暗殺者の方が良いと結論付けられましてね」
その時気付いた。
少年ーーカエルが、不快そうに眉根を寄せているのを。
二人は、話に夢中で気付かない。
俺の視線に気付いたカエルが、ニヒルに笑い、俺に軽く手を振る。
その仕草がちょっと意外で、俺はクスリと笑ってしまい、慌てて表情を戻した。
笑うなど、何時ぶりだろうか。
その後、完全にカエルの魅力にハマったあの女が、どうにかカエルを手元に置けないかと交渉するも、男は上が決める事ですので、と一向に首を振らず、ならばと、あの女が口添えだけでもして欲しいと食い下がり、男の方も、それなら、と漸く首を縦に振った。
「但し、どうするかの決定を下すのは上ですので、あまり期待はなさらないで下さい」と付け加えて。
流石のこの女も、上とやらには強く出れないらしく、それで構わないと、漸く話が纏まった。
既に日は暮れ、夜の帳が辺りを包む。
男の、泊まっていくべきだと言う案に、あの女は、あろう事か、明日は外せない用事があるからと、それを断る。
普通断るか?
こんな暗闇で襲われたら、溜まったものじゃない。
何考えてるんだ?この女。
危機管理能力ゼロなのか?
そんな風に内心思うものの、当然口には出せず、俺はあの女の命に、粛々と従う。
案の定というか何というか…………やはり帰り際に事件は起こった。
男の、護衛を付けましょうか?と言う申し出にも、この女は断りやがった。
理由は至極単純。高いから。
当然、タダで護衛を貸してくれるわけもなく、護衛を借りるなら金銭が絡む。
ヴァレン国で、何かを買ったり借りたりすると、バカ高だそうだ。
その分、ハズレはそうそう無いらしいが。
しかし、あの女曰く、「そんな金払うなら、奴隷を買うわよ!」だとーー。
……………………バカなのか?
そして、現在に至る。
俺は今、巨大な鳥の脚に捕らわれ、空高く飛んでいた。
名前は知らない。見た事ない魔物だ。
ヴァレン国の周りにある森は、【魔の森】とも呼ばれる、強力な魔物達の巣窟だと聞いた事がある。
恐らく、その中の一体なのだろう。
事の起こりは、ヴァレン国を出国し、一時間ばかりで起こった。
この鳥が、突如空から襲ってきて、あの女が俺を囮に逃げ出したというわけだ。
簡単だろ?
ほんと、俺の人生って碌でもないよな。
思いの外、俺は落ち着いていた。
俺はこの鳥に食われるんだろう。
それなら、せめて一矢報いる。
例え、碌でもない人生でも、俺にだって意地はあるんだからな。
俺は、最後の力を振り絞り、短剣で鳥の脚を切りつけた。
強靭な脚らしく、一度や二度じゃ傷つかない。
ならばと、何度も切り付ける。
同じ箇所を何度も何度もーー。
刃が欠けても切り付けた甲斐もあり、漸く脚に薄い切り傷が出来る。
鳥は、痛がると言うよりは、傷を負った事に驚いたように、咄嗟に俺を脚から離してしまう。
バキバキバキバキッーードサッ!
「ぐっ?!」
俺が落ちた先は(多分魔の)森。
木がクッションとなり、辛うじて生きている。
運が良いのか悪いのか……。
だが、運もここまでだ。
霞む目で上を見れば、巨大鳥はまだそこに居た。
木が邪魔をしているのか、空に滞空している。
しかし、それも時間の問題だろう。
時期に俺は、奴の腹の中。
「く、はは」
自然と笑みが零れた。
死のカウントダウンが始まってる中、俺はただ笑う。
死ぬのが怖くないか?
怖いに決まっている。
生きたいか?
生きたいに決まっている。
やり残した事は?
多いにある。
あの女に復讐をしたいか?
そんなの…………ーー決まっている!!
俺は自問自答する。
それでも、最早俺にはなす術はない。
全てが後の祭り。
あの時ああすれば良かった。こうすれば良かった。
後悔ばかりが過ぎる。
もう、笑うしかないだろ?
もう、何もかも遅すぎるんだよ。
俺にはもう……何も無い。
いや、初めから無かったのかな?
せめて、最期位は笑って死なせてくれ。
そう思うのに、頬を一筋の涙が伝う。
親父、お袋、今から俺もそっちに行くからな。
俺は、そっと目を…………閉じようとして、その時、草むらがガサリと揺れた。
そちらに視線を動かすと、そこには人影が……。
一瞬、死神かと思った。
黒い羽根が、ヒラリと舞う。
けれども、そこには死神ではなく、思いもよらない人物がーー。
何故?
どうしてこんな所に?
そんな疑問が頭に浮かぶが、俺はそれ所ではなく、必死に口を動かして、その人物に告げた。
『逃げろ』ーー。
それが、言葉になったかは知らない。
何せ、俺はそのまま暗闇に飲まれてしまったのだから。
こうして、俺ことディータは、一度死んだのだった。
漸く、主人公の容姿を書けた(笑)
どうしても『神秘的で幻想的』と言う部分を使いたかったので、それを自分で表現しちゃうと、ただのナルシストになる。それは、トーヤのイメージに合わないし。
なので、第三者視点が必要だったんですよね(笑)
明日は、二話投稿する予定です。
少しでも面白いと感じて下さったら、ブクマや評価をお願いしますm(_ _)m
更にやる気が上がりますので♪