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いつかあなたを  作者: Jun
悪の作る世界

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87 学院入学

「明日からフリードも学院生か。早いものだな」機嫌よくグラスを傾けるレジナルドは、フリードにだけ向ける優しい笑みを浮かべている。

 それを受けてフリードも嬉しそうに「おじい様。僕、今まで同い年の友人がいなかったので、とても楽しみです」と笑顔を返した。

 レジナルドは少しの間言葉に詰まったが、うなずいて答えた。

「そうだな。うん、きっとお前なら良い友人が沢山出来る事だろう」


 自分のせいでカラバン子爵家の評判が悪い自覚のあるレジナルドが、その場限りの言葉を口にするのをフランクは冷ややかな目で見ていた。彼は学院時代この父のせいで、仲の良い友人など一人も出来なかった。

(お前もカラバン子爵家の人間だと分かれば、誰一人友になろうとはしないだろう)

 希望に満ちて目を輝かせる我が子に、酷い言葉を浴びせかけて絶望させてやりたいと、喉まで出かかった言葉をフランクはかろうじて飲み込んだ。

 しかし苛々した心は収まらず、どうにかこの鬱憤を宥めようとあれこれ考えていたフランクは、ひとつ良い事を思いついた。


「マーサ。明日のフリードの入学式、俺も出席しようと思う」

 フランクは、良い思い出が一つも無い学院に二度と行きたくないと思っていたのに、まるで暖かい家庭のような孫と祖父の会話を耳にして、全てをぶち壊しにしてやりたくなった。その為なら忌まわしい学院にも、再び足を踏み入れて良い気がした。

 マーサはフランクの申し出を受けて顔を引きつらせたが、フリードの「わあ!父上、入学式にいらして下さるのですか」という声を無視できず「良かったわね、フリード。だけどフランク、あなたはお忙しいんじゃなくて」と言う事で、やんわり押し留めようとした。


「いや。最近手がけていた大きな仕事が済んだばかりだ。是非出席させてもらいたい」

 フランクは、この様子なら自分が行けばマーサへの嫌がらせにもなるし、フリードの素性が父兄にも学生にも、あっという間に広まるだろうとほくそ笑んだ。

 マーサは、フランクの暗い笑みを見て何を企んでいるのかを悟った。

 それでフリードの受けるであろう傷を少しでも小さくする為に、今日中にこの家の評判ついての話をしておこうと決心した。


 食事が終わり、フランンクがレジナルドと仕事の話をしている隙に、マーサはフリードの部屋に出向いた。

「フリード。学院に行く前に、あなたに話しておかなければいけないことがあるの」

 明日の為に制服や持ち物を点検していたフリードは、母のいつになく重々しい態度を見て「どうしたんですか、母上」と驚いて尋ねた。


「あなたが学院に入ったらすぐに気づくと思うから、前もって言っておかなきゃと思う事があって…」マーサが言い淀んでいると、フリードは不安げな顔になった。

「何でしょうか。もしかしたら僕は、人よりも勉強が遅れているんでしょうか」

「いいえ。そんな事は無いわ。今まで私が見てきた限り、あなたはとても良く出来ていると思う」

「良かった。それじゃあ何ですか」

「実はね、カラバン子爵家の評判についてなの。うちは、貴族の間で良い評判とは言えないの」

「え。それはどうしてですか」

「そうね…。この家は使用人も少ないし、社交も余りしないでしょう。だから、色々な噂があるのよ。噂を聞いた人の中にはうちを嫌って、あなたとも付き合おうとしないかもしれない。だけど、あなたには何一つ悪い事は無いのだから、気にせずに堂々としていれば良いと言いたかったの」

「でも母上。それならどうして、カラバン子爵家は社交をしないんですか。噂なんて間違っていると、頻繁に社交をして教えてやれば良いじゃないですか」

「それは…そう出来たら良いけれど、お祖父様はもうお年だし、お父様はお忙しいから。あなたがこの家を継いだら、そうしてくれると良いと思ってるわ」


 マーサは噂の具体的な内容も、それが真実だとも、フリードに伝えることはできなかった。レジナルドが立場の弱い若い女性を次々に妻にしては、無残に命を散らさせているなど、まだ十三歳の、祖父を慕っている子どもにはとても言えなかった。いつも朝食の用意をして給仕をしている女性が、実は戸籍上は義理の祖母であるという事も。


 マーサはフリードの健全な心を守りたいと願い、この家の闇から遠ざけてきたが、学院では嫌でも噂が耳に入ってくるだろう。この子が学院で祖父に疑惑を持ち、やがて真実を知った時、レジナルドを、フランクを、そして私を恨む事だろう。

 それでも、ここまでフリードを真っ直ぐな人間に育てられて、私は後悔していないとマーサは思った。明日フランクは入学式に出席すると言っていたが、彼はレジナルドとフリードが友達の話をしている時、怒りに満ちた目で二人を見ていた。きっと自分の惨めだった学院時代を思い出し、憎しみが溢れたのだろう。

 ああ、何とか明日もその後も、フリードが傷つかないでいられたら。

 到底無理と分かってはいても、マーサはそう願わずにいられなかった。この子がどうか、ひどく辛い目に遭うことがありませんように。


 入学式の日は朝から天気が悪く、細かい霧雨が降っていた。

 フランク、マーサ、フリードの三人は、レジナルドに見送られながら学院に向かうべく、馬車に乗り込んだ。

「おじいさま、行ってまいります!」元気良く挨拶するフリードに、レジナルドはニコニコと笑顔を見せて「おお、行ってこい。帰ったら話を聞かせてくれ」と呑気に返事をしていた。

 フランクがマーサの隣で「お前がこいつに何も教えようとしなかったのは、果たして正かったのかな」と囁いてきたが、マーサは唇を噛み締めてやり過ごした。


 学院では、入学式に参列する新入生とその家族が集まり、それぞれ知り合いの貴族同士固まって楽しそうに談笑していた。生徒達も既に同じ派閥や、領地の近い者同士友人関係ができていて、フリードの様に誰も知り合いのいない者は稀だった。

 その様子を見たフリードは気後れして、マーサの影に隠れて小声で話しかけてきた。

「母上、みんなもう友人になっているみたいですね。やはり我が家は社交をしていないから、出遅れてしまったみたいです」

 マーサは肩を落とすフリードの為に、自分の知っている下位の男爵家の人間がいないか、あたりを見回した。

(私の実家と同じ位の家なら、カラバン子爵家の噂など知らないはず。私だって、それでこの家に嫁いできたのだから)


 目を皿の様にして探していると、広間の端の方に実家と同じく商家から男爵を賜った、見知った顔を見つけた。

 元から商売で付き合いのあった家で、家督を継いで男爵になった長男が、息子の入学式の付き添いで来ていたのだ。

「あそこに昔の知り合いがいるから、ちょっと挨拶してくるわ」

 本当ならフランクとフリードを一緒に連れて行く方が早いのだが、マーサ自身も実家に絶縁されている身であり、相手がどう出るか分からないので、まずは一人で向かった。

 マーサはそんな自分の背中を、フリードは不安そうに、フランクは馬鹿にした様に見ているのを感じていた。


「あの、すみません。確かパルマ男爵家の方ですよね。実家との取引でお目にかかったことがあるのですが、覚えておられますか」

 マーサが声をかけると、親子三人で居心地悪そうに立っていた父親が「ああ、もしかしたら、マーサさんですか」と声を弾ませた。

「はい、そうです。ご無沙汰しております。うちも息子が今年から学院に入学なので、今日は親子三人で参列しに参りましたの」

「そうなんですか。うちもなんですが、貴族と言っても、商人が男爵になったばかりで満足な知り合いもおらず、途方に暮れていたところです。息子も不安がっているので、良かったらマーサさんのご子息を紹介していただけますか」

「ええ。勿論です」マーサは喜んで、フリード達の所へパルマ男爵家の三人を連れて行った。


「フランク、こちら私の実家が取引をしているパルマ男爵家の皆さんよ。やはりご子息がご入学されるの。パルマ男爵、こちらが夫のカラバン子爵子息と、息子のフリードです」

「初めまして。お近づきになれて光栄です」フランクが大げさに笑顔を見せて握手を求めると、パルマ男爵はうろたえた。

「いや、マーサさんが子爵家に嫁がれたとは存じ上げませんでした。こちらこそ、光栄です」

「男爵家当主でいらっしゃるのだから、ご謙遜なさいますな。私など、まだ家督も継げない身なんですから」フランクが冗談めかして答え、二人は握手を交わした。

 その横で、フリードとパルマ男爵家子息カールも、恥ずかしそうに挨拶をした。

「皆様。もうそろそろ式が始まるみたいですよ」そこでパルマ男爵夫人が皆に声をかけ、六人は連れ立って式典会場へ向かった。


読んでいただき、ありがとうございます。


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