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いつかあなたを  作者: Jun
歪められた世界

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1 シュタイン家とガードナー家

 トーマス・シュタイン伯爵は、妻のカミラと共に隣の領のアラン・ガードナー伯爵夫妻が到着するのを待っていた。

 ちょうど薔薇の花が咲き始めたばかりの季節で、玄関ポーチに立つ二人にも、甘く高貴な香りが漂って来ていた。まだガードナー夫妻の馬車は到着しそうになかったので、トーマスはその香りに誘われ、庭に降りて設えられた小道を散歩し始めた。

「カミラ、君も来ないか。君の好きな黄色の薔薇が綺麗に咲いているよ。後で庭師に言って少し切って貰おう」

 黒いくせ毛に茶色の瞳、人好きのするトーマスは、玄関ポーチに立ち微動だにしない妻に呼びかけた。

 それに対しダークブロンドの髪を高く結い上げ、いつもどおり背筋をピンと伸ばした姿勢のカミラは、トーマスの言葉が聞こえていないのか、馬車の来る道の先を一心に見つめている。


 訪問者のアラン・ガードナーは、領地が隣で同じ伯爵位という事もあり、トーマスとは幼い頃から気軽に遊ぶ仲だった。互いに領地を訪れ野山を駆け回り、馬に乗れる様になると、遠乗りにも頻繁に出かけた。二人は気の合う仲間で、冗談の通じる気の置けない間柄だった。


 アランには婚約者はいなかったが、トーマスは学院に入る一年前に、ウィルソン伯爵家のカミラとの婚約が決まった。

 ウィルソン伯爵家とシュタイン伯爵家は長年の商売仲間で、その関係を重視した、いわゆる政略の婚約だった。だが政略とは言っても、トーマスは元来気が優しい男だったし、カミラは教養ある美しい娘だったから、二人は互いを尊重し、穏やかに上手くやっていけると思われた。


 ある日、何度目かの婚約者同士のお茶会の為、カミラがトーマスの邸を訪問していた。

 庭に設えたテーブルで和やかにお茶をしていた二人だったが、青かった空が俄かに黒い雲に覆われたかと思うと、瞬く間に大雨が降り出した。慌てた従者が二人に傘を差しかけ邸に入り、メイド達が大急ぎでお茶のテーブルを片付け、皆がホッと一息付いた時、執事がトーマスにアランの来訪を告げた。

 偶々近くに遠乗りに来ていたアランがこの雨に立往生し、雨宿りをさせて欲しいとシュタイン家を訪ねたのだった。


 アランはトーマスが婚約したのは知っていたが、まさか自分が約束無しの無作法な訪問をした日に、ちょうど婚約者が来ているとは思わなかったので大いに恐縮した。

 二人に丁寧に挨拶をして、邪魔をした詫びを言った後「少しだけ、雨が小やみになるまで、場所を貸してくれれば十分だから」と、執事と共に奥に去ろうとした。

 そこをカミラが引き留めた。

「トーマス様のお友達でしたらご遠慮なさらず、私ともどうぞ仲良くして下さい。私は、トーマス様と婚約を結んだウィルソン伯爵家のカミラと申します」

 あの時のカミラの目を、トーマスは何年経っても忘れられない。

 カミラはそれまで身に付けていた、穏やかで礼儀正しい淑女の仮面では無く、輝く太陽を初めて見つけた夜の民の様な、熱っぽい憧れの目でアランを見つめていた。


 トーマスはそれを見て少なからずショックを受けたが、社交の場で同じ様な事が何度かあった為、黙って諦める事が出来た。ただ仲良く野山を遊び回っていた幼い頃とは違い、アランが金髪碧眼の麗しい男性に育っていくにつれ、自分とアランが並んでいる時に女性がどんな風に振る舞うのか、トーマスは十分分かっていた。


 いずれにせよ、カミラは自分と結婚するのだし、アランも誰か伴侶を見つけ、その人と結婚するのだ。

 それまでカミラがアランに憧れを抱くのは自由だし、節度を持ってさえいれば、自分を交えた三人での交流を止める理由は、トーマスには無かった。

 その日はカミラが帰宅する時間になるまで、結局泊まって行く事になったアランが、カミラにねだられるままトーマスとの昔話を語り、三人で和気藹々と過ごす事になった。


 それからも機会があれば、三人で一緒にお茶を飲んだり、時にはトーマスの馬にカミラが相乗りし、アランと共に遠乗りに出かけてピクニックもした。

 ピクニックでは土魔法を持つトーマスが地面を均すと、そこに風魔法を持つアランが浮かばせて運んだ敷物や用具を設置し、三人で魔法の無駄遣いだと笑いながら、カミラの火魔法でマシュマロを焼く焚火を起こした。

 アランは風の他に水魔法を持つ複属性持ちだったので、アランの出した水もカミラの火で沸かし、皆で美味しいお茶を飲んで楽しく過ごしたものだった。


 同い年の三人は学院入学も一緒で、仲の良い三人グループとして行動を共にしていた。

 時折、カミラはアランを切なげな目で見つめていたが、決して自分の気持ちを露わにする事は無かったし、アランも又カミラに特別な感情を抱く事は無かったので、三人の関係は和やかに続いた。


 三人は四年に進級し、アランはその頃には麗しの君として女子生徒の憧れの的だったが、未だ婚約者はいないままだった。

 あと二年すれば卒業、卒業後はすぐにトーマスとカミラの結婚と成る変わらない三人に、変化があったのはその秋だった。

 学院にマーガレット・フロスト子爵令嬢が入学してきたのだ。

 彼女を入学式の日に見かけたアランは、あっという間に恋に落ちた。

 マーガレットは小柄で栗色の髪に緑色の瞳の、森の精の様な少女で、大変珍しい聖属性持ちだった。そのせいか彼女の周囲には清廉な空気が漂っていて、友人に囲まれ楽しそうに笑う姿は生き生きとして魅力的だった。


「トーマス。俺は何とかしてあの子と知り合いになって、いずれ婚約の申し込みをする。必ず妻にしてみせる」

 アランがそんな事を言い出す様になると、カミラは硬い表情をしながらも「アラン様なら、きっとうまく行くわ」と微笑み、応援すると約束した。

「ありがとう、カミラ」嬉しそうに笑うアランにトーマスは、面識の無い令嬢と一体どうやって知り合いになるつもりなのかと心配した。

 アランの事だから何か策があるのかもしれないが、強引な事をしない様、見守らなければと思っていた。


 トーマスの心配をよそに、運命はあくまでもアランの味方だった。

 ある日アランとトーマスが中庭を通りかかると、珍しく一人でいるマーガレットがぴょんぴょん飛び跳ねているのを目撃した。

 何をしているのか不思議に思い二人が近寄ると、彼女が木に引っかかった紙を取ろうと頑張っているのが分かった。

 その様子が余りに可愛らしく、トーマスは立ち止まって引き込まれる様に見つめてしまった。そのトーマスの横をアランは素早くすり抜け、彼女の横に立つと小さく呪文を唱えた。アランは風魔法で木に引っかかっていた用紙を浮かび上がらせ、正確にマーガレットの元へ運んだ。


「ありがとうございます。風魔法をそんなに上手く使えるなんて、すごいですね」目を丸くして自分の手元へ舞い降りた用紙を受け取って、マーガレットはアランへ礼を言った。

「どういたしまして。君の役に立てたなら嬉しいよ。 僕は四年のアラン・ガードナーと言います。よろしく」アランが手を差し出すと、マーガレットも「私は一年のマーガレット・フロストです」と自己紹介し、握手した。

 アランはマーガレットの手を握ったまま「いきなりで済まないが、僕と友達になってくれないか。願わくば友達から恋人になれたら嬉しい」と言い、マーガレットの頬が赤く染まった。



読んでいただき、ありがとうございます。


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