2.リディアとレイの共同生活(2)
リディアは彼の姿をそっと窺う。
ぼさぼさだった黒髪はすっかりと艶を取り戻し、今はグレーがかった黒に見える。ずっと地下室にいたと言っていたが、確かに肌は白くしみひとつない。
やせ細った体は少し肉が付き、初めて会った日より一回り大きく見えた。
涼し気な目元に高い鼻梁の整った顔。遠目にも目を引く、しなやかな立ち姿。
(うーん。綺麗な顔)
頬に少し血色が戻ってからというもの、レイは急に「絵になる男」になってしまった。
かと言って、リディアは居候させている年下の男に恋情を抱くほど、若くはない。
リディアはもう、27歳。この国では既に行き遅れとされる歳だ。22歳で親から勘当されひとりで生きていくために必死に過ごしているうちに、気づけばこんな歳になっていた。特定の恋人もいないので、もしかしたらこのまま一生おひとり様コースかもしれないと覚悟している。
「リディア。終わったよ」
「ありがとう。助かったわ」
「うん。……それだけ?」
レイは、目をキラキラさせてリディアを見つめる。
(レイがもし動物だったら、絶対に犬だわ)
それも、飛び切り人懐っこい大型犬に違いない。
褒めて、褒めてと言いたげな態度に、リディアはレイの頭をいい子いい子と撫でる。レイは嬉しそうに目を細めると、リディアにぎゅっと抱きついてくる。
リディアに心を許してからというもの、レイはとっても甘えん坊だ。
食事のときは隣に座りたがり、掃除をしていれば後をついて歩き、夜になると「一緒に寝ないの?」と真顔で聞いてくる。もちろん、それは断固拒否してひとりで寝かせた。レイはとっても不満そうに口を尖らせていたが。
「レイはすぐ抱きついてくるのね。そんなにくっついていたいの?」
「うん」
「どうして?」
「落ち着くから」
本人に悪気がないのはわかる。
けれど、正直リディアは落ち着かない。
「……私は落ち着かないんだけど」
「そのうち慣れるよ」
「慣れさせる気なのね」
レイは少し笑う。どうやら図星だったようだ。
「あざといのね」
「嫌いになった?」
不安そうにレイが瞳を揺らす。
「ううん。そんな訳ないでしょ」
にこっと笑うと、レイは「リディア、大好きだよ」とまた抱きついてくる。
(しょうがないなあ)
助けただけ。
行く当てがないから置いているだけ。
それなのに、こんなに懐かれたらいざひとり立ちするときにリディアのほうがさみしくなってしまいそうだ。
「今日の午後は、今作ったお薬を納品がてら、買い物に行くつもりなの。一緒に行く?」
「行く」
レイは即答する。
「じゃあ、早速準備していきましょう」
リディアは未だに抱きついているレイの胸を押しのけると、愛用の買い物かごを手に取った。
「私はお薬を納品しに行くから、レイは先にお店を見ててくれる?」
「リディアと一緒に行っちゃだめなの?」
「いいけど、別々に行動したほうが用事が早く終わるでしょう? お店を先に見て、お買い得品をチェックしておいてほしいの。わかった?」
「……うん」
レイはどこか納得していないような表情を見せたが、最終的には頷いた。
「パンと、お肉とお野菜を買いたいのだけど、全部で5キャラット以内に収めたいわ」
「5キャラットだね。わかった」
レイを買った影響で、今は懐が寒い。
お金を貸してくれる当てがないこともないが、できれば心配をかけさせたくない。だから、できるだけ節約しておかなければならないのだ。
リディアはレイと一緒に町に向かい、中心部で別れていきつけの薬屋に向かう。
「こんにちは」
「リディアちゃん、こんにちは。この前納品してくれた鎮痛剤、すごく効くって評判よ」
カランとドアベルを鳴らしながら店内に入ると、明るい声に出迎えられた。ここの薬店の女主人であるイマンだ。
「本当ですか? よかった! 今日は胃薬を作ってきたんですけど──」
リディアは先ほど作ったばかりの薬が詰められた瓶を籠から取り出し、カウンターに置く。そのとき、カウンターに無造作に広げられていた新聞の記事が目に入った。見出しには、【大魔術師ダリウス様のフォシニが行方不明に!】と書かれていた。
イマンが薬を計量して買い取り額を算定している間、リディアはその記事を眺める。なんでも、この国──アルファールで一番の天才魔術師と名高いダリウス・クロウウェルのフォシニが姿を消し、彼は大層心を痛めているという内容だった。
「その記事の件で、最近この辺にも聞き込みがあったよ。黒髪の青年のフォシニを見かけなかったかって」
「黒髪の青年?」
脳裏に過ったのは、もちろんレイのことだ。
(でも、そんなわけないか)
黒髪の青年など、ごまんといる。
それに、大魔術師ダリウスは慈悲深いと有名で、フォシニのことも家族のように思っていると聞いたことがある。レイが置かれていた環境とは違いすぎる。
だれもがダリウスのようにフォシニを家族のように思ってくれる人格者だったら、どんなに幸せな世界になるだろうと思わずにはいられない。




