第170話 ゆず_大切な人を満たせない苦しみ
気まずい沈黙が流れた。私は謝らなくてはと思ったが、喉がふさがってしまったのかと疑いたくなるほど、声が出なかった。
「ゆず」
沈黙を破るように優太が私の名前を呼んだ。私はハッとして彼の顔を見た。
「無理しなくていいんだよ。」
目に涙を貯めながら、それでも微笑みを作って優太は言った。私はただただ、申し訳なくて、黙って頷いた。優太はバスタオルを手に取ると「温泉に行ってくる。ゆっくり休んでて。」そう言って出ていった。
部屋の扉が閉まった時、私は声を押し殺して泣いた。せっかく優太の誕生日なのに、満足に喜ばすこともできない。それどころか傷つけてしまった。
つくづく私はこんな自分が嫌いだ。本当に大切な人の心を満たせる存在になりたいのに、なんで上手くいかないんだろう。私は優太のおかげで救われ、自分のことを受け入れられるようになったのに…。
温泉から戻ってきた優太は何後もなかったように、ニコニコしながら部屋に入ってきた。冷蔵庫を開けてビールを取り出し、「一緒に飲む?」と言ってくれる。私は優太が怒っていないことにホッとして、ビール缶を受け取った。
窓辺の椅子に座りながら、外の景色に目をやる。大きな月がまぶしいほどに輝いている。都会のように夜になっても町が明るくないから、余計に月が美しく見えた。
優太は勤め先で開発された新商品の話をし、私は新しくオープンする飲食店の内装のデザインを任されたことを話した。仕事の話をするのは好きだった。任された店の内装を思い浮かべながら、先ほど庭園で見た竹をくりぬいた照明をいい感じに活用できないだろうか、と考えをめぐらす。
缶ビールを飲み終え寝る支度が整ったところで、私はありったけの勇気を振り絞った。
「寝る時、手だけ繋いで寝たい」
私の希望に優太はなんとも微妙な顔をした。
「本当に無理しなくていいんだよ」
「わかってる。でも努力させて欲しい」
私は譲らない姿勢を見せた。優太は小さく息を吐くとわかった、と言った。




