表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
越後の軍神に愛された男〜軍神の正体は女性でした。傍に居続けたのは俺だけです〜  作者: 大夢虎鈴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/22

第十章 関東管領の影 第10-2話 廊下の二人

長尾ながお 政景まさかげが春日山城に来た。


憲政の件で景虎かげとらと話し合うためだった。


仙桃院せんとういんも一緒だった。


才助さいすけが「また政景様が来ましたよ」と言った。声に微妙な色があった。


「何かあったのか」


「いや、別に。ただ、政景様が来ると城の空気が変わるというか……なんか重くなる気がして」


「関東への出兵の件で、折り合いがついていないのだろう」


「そうですか」


「政景殿は景虎様の方針に、いつも最後はついていくが、すぐにはついていかない。それが今回も続いているのだと思う」


才助が「灯真さんはよくわかりますね」と言った。


「観察しているだけだ」


「俺も観察してるんですけどね。灯真さんほどはわからないです」


「才能の種類が違う。お前は噂を集めるのが得意だ。俺は人の顔を見るのが得意だ」


「そういうもんですかね」


「そういうものだ」


才助が「そうか」と言って、作業に戻った。


---


昼過ぎ、灯真は廊下を歩いていた。


記録室きろくしつから炉場へ向かう道だった。


角の手前で、声が聞こえた。


また、立ち止まった。


こうして廊下の角で立ち止まるのは、この城に来てから何度目になるだろうか。


「政景殿は……ご納得されていますか」


直江なおえの声だった。


いつもより低かった。


家老として話している声ではなく——もう少し個人的な場所から出てきている声だった。


「景虎のすることに、最終的にはついていく人ですから」


仙桃院だった。


落ち着いた声だった。


「……関東への出兵となれば、政景殿にも負担がかかります。上田長尾家としての——」


「わかっています」


仙桃院が静かに遮った。


遮り方が、柔らかかった。


怒っているのではなく、話の向きを変えているような遮り方だった。


「政景は文句を言いながら、結局動く人です。直江殿もよくご存じでしょう」


直江が何か言おうとした。


一呼吸ほどの間があった。


言わなかった。


「……はい」


短い返答だった。


「直江殿も、同じでしょう」


仙桃院が言った。


「……某は家老です」


直江の声が、少し硬くなった。


感情を封じるような、硬さだった。


「そうですね」


仙桃院が言った。


微笑んでいる声だった。


それ以上、何も言わなかった。


廊下に静けさが戻った。


---


灯真は角を曲がれなかった。


この会話に含まれているものを——感じていた。


言葉にはなっていない何かが、二人の間にあった。


「某は家老です」という直江の答え。


その答えの意味を、仙桃院は「そうですね」の一言で受け取った。


受け取って、終わりにした。


そこにあるものを、掘り返さなかった。


二人ともわかっている。わかっていて、言わない。


言わないことで、何かを守っている。


(直江殿は、何を守っているのか)


景虎の秘密を守っている。


それはわかっていた。


しかし今日の廊下の声は——秘密を守っている声ではなかった。


もっと別の、もっと個人的な何かを、あの声は持っていた。


「仙桃院、どこにいる」


廊下の向こうから政景の声がした。


太い、よく通る声だった。


「ここよ」


仙桃院が答えた。


声が少し明るくなった。


夫の声に応える声に変わった。


足音が来た。


仙桃院が歩いていった。


政景の声がした。「遅い。何をしていた」


「直江殿と少し話していました」


「直江と? 何を話した」


「関東の件です」


「……また景虎の肩を持つのか、あなたは」


「あなたも最後は同じでしょう」


「それはそうだが——」


声が遠ざかっていった。


---


廊下に、直江が一人残った。


灯真は角を曲がった。


直江が振り返った。


目が合った。


どちらも何も言わなかった。


直江の目に、何かがあった。


怒りではなかった。悲しみでもなかった。


ただ——長い時間をかけて、何かを積み重ねてきた人間の目だった。


灯真はその目を、少しの間、見た。


直江も灯真を見た。


見ながら、何かを確認しているようだった。


直江が先に歩き出した。


灯真は直江の背中を見ながら思った。


直江殿も、守っているものがある。


景虎の秘密だけではない。


もっと別の——柔らかいものを。


長い年月の中で形になった、言葉にできない何かを。


廊下の角を直江が曲がった。


足音が消えた。


灯真はしばらく、廊下に一人で立っていた。


才助が向こうから歩いてきた。


「灯真さん、何してるんですか、こんなところで」


「少し考えていた」


「何を」


「……人の守り方について」


才助が「難しいことを考えてますね」と言った。


「そうでもない」


「そうですか?」


「守っているものがある人の顔は、わかりやすい」


才助が「そうなんですか」と首を傾けた。


「どんな顔ですか」


「……少し、疲れている顔だ。でも諦めていない顔だ」


才助がしばらく考えた。


「……それって、灯真さんの顔でもありますよね」


灯真は才助を見た。


才助が「あ、余計なこと言いましたか」と縮んだ。


「……いや」


灯真は炉場へ向かって歩き出した。


才助が「あ、待ってください」と後ろからついてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ