第60話・【童話全修 その9】
メイジーが手慣れた手つきでランタンに火をともすと、暖かみのあるオレンジの光が辺りを照らした。無数に転がる小石の影が、洞窟の奥に向かってスーッと伸びて行く。
この、ぼんやりとした情緒あふれる色が僕は好きだった。
「グレ子ちゃんさ……」
……いや、【バイキング・オブ・カリビアン】や【没落令嬢】の世界を体験して、好きになったと言う方が正しいと思う。ランタンオイルのにおいも、ちょっとだけクセになってしまった。
「なんでアタシの胸ばかり見ているわけ?」
……え?
「胸? ……はい?」
確かにランタンを持つ手は、灯りをかざす為に胸のあたりにある。それを見ていれば、当然視線はそこにいく。
「――いや、ちゃうって、違うって! ランタンの火が綺麗だなーって思って、それで……」
「ふぅ~ん……スケベっしょ!」
「ふぅんスケベでいやがりまっす!」
……もう、ペローまで。
「だから見惚れちゃダメだってぇ~」
「違いますから。もう、二人とも僕より前にでないでね」
「でも、グレ子ちゃんランタン持ってないっしょ。アタシが前にでないとなにも見えないんじゃ?」
「ああ、僕は大丈夫」
と、ポケットから文明の利器・スマホを取りだしてライト機能をONにした。機械的な白く強烈な光が、あっさりとランタンの情緒を打ち消してしまうのを見て、なんだかちょっと悲しくなった。
「え、なにその板きれ……」
「まぶし過ぎるでっす」
と、不思議な板に興味津々な二人。……これはもう、異世界での定番イベントだな。
特にペローは、新しいおもちゃを買ってもらったかのようなはしゃぎ方だ。……残念ながらあげる事はできないけど。それに、この世界にはテレビやゲーム機が存在しているのだから、スマホも遠くない未来に登場すると思う。
しかし、そう考えると……現時点で懐中電灯や乾電池が無いのは何故なんだろう? なんだか中途半端な設定の世界だ。
「ゲームのセーブとかどうしてんだろな」
「セーブって?」
「あ、いや、なんでもない。それよりも足元に注意して」
つまずくような石やくぼみがないか、大きな穴があったり危険な物が落ちていないか。メイジーには特に足元だけを照らしてもらい、逆に僕は、できるだけ光が広範囲に届くようにと、スマホを高く掲げた。
所々に落ちている黒色オオカミの毛。ますますこの先があやしい。
「ねえ、グレ子ちゃん。あの辺り、なんか変じゃない?」
「う〜ん……。変と言うか、舗装されているね」
光が届くギリギリの辺りから、壁や床がレンガ張りになっているのが見えた。変どころかしっかりと補強がされている。
――そして更にその奥から、微かに話し声のようなものが聞こえてきた。
「なんか音がしやがりまっす」
「黒色オオカミかな……」
メイジーがペローの手をギュッと握ると、彼はしっかりと両手で握り返した。ひとりっ子の僕には、このちょっとした信頼関係がものすごく微笑ましく、そしてまぶしい。
だから意味もなく、この妹と弟を『危険な目に遭わせるわけにいかない』なんて使命感を勝手に持ってしまった。
「下がって。僕が先にいくから」
いつでも攻撃に移れるようにと腰に手をやり、水筒の蓋を手探りで開けた。水魔法ならいざという時に、二人の前に防御水壁を作りだす事ができるからだ。
できるだけ足音がしないように、そっと、じりじりと歩を進め、レンガの床に足がかかったその時――。
「あ、だれかきたー」
「えーだれだれー?」
「まだ眠いよー」
と、大勢の子どもの声が聞こえてきた。その声には緊張している様子もなく、むしろ遊びにきているかのようだった。
「牢屋だ……」
鉄格子の向こうには大勢のチビヤギがいた。動き回る子もいれば、へそをだして寝ている子もいる。部屋の中にはランタンがひとつだけ。かなり薄暗かったが、絵本やおもちゃが散乱しているのが見えた。
この子たちが、捜索依頼のでている子供たちで間違いないだろう。
そして……
「ばぁば!!」
そこには、赤猫ずきん姉妹のお婆さんまでがいた。
「おやおや、ペローちゃん。メイジーもよく来たね」
「おばあちゃん、大丈夫?」
鉄格子を挟んでの再会。とりあえずは生きている事を確認できたのだから、ここは素直に喜ぶべきだろう。
「早くだしてあげないと」
「でもグレ子ちゃん。牢屋の鍵がどこにも……」
頑丈にはめ込まれた鉄格子。これを人の手で開けるのはどうやっても無理だ。要の土魔法でもあれば、破壊できたかもしれないけど。
「鍵か……どこにあるんだろ」
「——それはコイツが知ってんじゃね?」
洞窟の奥から響いてくる声と共に、なにか大きなものが飛んできた。それは僕らの手前に落ちると跳ねて転がり、ズザザザザ……と目の前で止まった。
「痛いブゥ。ひどいブゥ……」
「え、ドイル!?」
……って、なんでお前は縛られているんだ?




