任命「生き物係」
アウターの改造と修理が完了して、自由に宇宙空間を飛び回れるようになったフーさんは僕のデブリ拾いを手伝うと言い出した。
僕の機体はそんなに新しくもないから、フーさんの機体の動きのスムーズさがうらやましい。
やっぱり頭がむき出しなのは落ち着かないけれど、アームと足をつけっぱなしにしたのは最初から作業を手伝うためだったようである。
「なんだか申し訳ないな」
「大丈夫だよ。でも鉱石はこの子たちが集めてくるんだよね? どうしてデブリ拾いを続けるの?」
「ああ、元居た船の残骸回収とか、漂流物の調査をね。あんまり効率的ではないけど、そのおかげで君も見つけられたから」
「そ、それは頑張ってやらないとだ! うん! この子達にも漂流者には気を付けるようによく言っておくよ!」
「それは本当にとても助かる。でも、まぁほとんどは宇宙のゴミを片付ける「ゴミ係」ってところだから君みたいなことは滅多にないよ?」
あくまで僕からすると、操縦の腕が鈍らないようにする日課という意味合いが強い。
付き合わせるのが気の毒だと思った僕だったが、フーさんはううーんと唸って複雑そうな顔をしていた。
どうにもそう言うことではないようである。
「ううん。いや! やるよ! 何日かここで過ごしてたらカノーの言うことが嘘じゃないってわかるから、それなら何かできること探したい!……いい?」
フーさんの目は迷いが見てとれ、どうにも現在のポジションは座りが悪いらしい。
そんなに不安そうな顔をしなくてもよいと思う。
要するにやることを探しているらしい。
この先どうするつもりなのかはわからないが、宇宙で死にかけたのなら精神的休養も必要だろうと僕は思う。
同じ宇宙で死にかけた仲間としては、僕もフーさんに手を貸したいところだった。
「そりゃあもちろん。ああでも、それならなおさら、僕の手伝いじゃなくてもいい気はするかもな」
「そうなの? で、でも私この子達にメッセージとか伝えられるから力になれるよ?」
フーさんの周りには日に日に精度が上がってゆく宝石型魔法生物が輝いている。
戯れるように飛ぶ彼らはずいぶんフーさんになついているように見えた。
「ずいぶん仲良くなったんだね。生き物とか好きだったりするのかい?」
「うん! 大好きだよ! ここは緑は豊かなのに、動物はあんまりいないから少し残念なくらい」
「おお、そこに興味もあるんだね。……なら面白い話があるんだけど、その前に一つ聞いていい?」
「なに?」
「戦うのとか得意だったりする?」
「え? も、もちろんだよ! フェアリーシリーズのタイプ3は戦闘特化だよ!」
なんか闇の深い胸の張り方をしてきたけれど、これはお願いしてみるべきだろうか?
僕の頭に浮かんだのは、もう一つの持て余し気味案件だった。
「実は……コロニーの中に他にもシュウマツさんが作り出した動物がいるんだけど。見てみる?」
「見る!」
気持ちのいいくらいの即答である。
僕が言ってしまったと後ろめたさを感じていると、嬉しそうなフーさんは面白い質問をしてきた。
「じゃあ、その仕事は何係?」
それはさっきゴミ係なんて言った、僕の冗談を混ぜっ返したらしい。
しばし考え、ため息を吐いた僕は当たり障りがない係にフーさんを任命しておいた。
「そうか。ええっと、じゃあ君を……生き物係に任命しよう」
何も知らない女の子を騙したようで僕の良心はとても傷んだがどうにかできるならどうにかしてほしいのも本音だった。
というわけで僕はフーさんをコロニーの中に連れてきてしまった。
アウターを完全装備でやってきたが、やはり勝てる気がしないのは自分の失敗体験からだろうか?
いや、単純にアウターを含めても見上げてしまう巨躯を持つ生き物は非常識だと僕は思った。
「フシュウウウ……」
今牛、豚、鳥の三つの頭を持つキメラは口から熱い息を吐きこちらを睨んでいる。
前回僕の敗北の後、魔法で作られた檻に閉じ込められていたが、それでも届く威圧感は確実に増していた。
強張った表情のフーさんがこっちを見るので、僕はそっと目を逸らす。
「……ナニコレ?」
「動物?……シュウマツさん曰く家畜らしいけれどね」
「ちょっとめちゃくちゃ過ぎだよ!? なんで頭が三つあるの!」
「……わからないけど、語弊を恐れず言えば、シュウマツさんの真心かなぁ?」
「どんな真心なの!? これは動物じゃなくてモンスターって言うんだよ!」
「全くその通りだと思う」
心なしか前よりでかくなっている気さえする。
目が白目で一切の知性が感じられない上、血走って闘争心しか感じないのはもはや嫌がらせの類だと思う。
しかしそんなモンスターを前にしてなお、フーさんは奮い立った。
「この平和な場所にあんな魔物がいたなんて……でも大丈夫! 私には新生アレーネと、この子たちがいるんだから!」
「おお!」
フーさんの手の中には、宝石の魔法生物が山のように抱えられていた。
確かに実験の結果、あの遠隔操作で高速で飛んで行くミサイルみたいな魔法生物がその気になれば巨大な小惑星すら破壊できることが判明した。
あれならばどうにかなるかもしれない。
フーさんはキラキラした彼らを空中高く放り投げると、素早く指示を出した。
「あいつをやっつけて!」
ただいつもなら恐ろしい速さで飛び出していく魔法生物達は、一向に動く気配はない。
「え!」
「……」
魔法生物達は、陸にまかれて地面でビチビチしていた。
動かないんじゃなくて動けない、そんな感じである。
「まさかこの子達……宇宙じゃないと動けない?」
「どうやらそうみたいだ……」
「魔法なのに!? い、いやでも大丈夫だよ! スペーススーツのアウターがただの動物に負けるわけない!」
あ、それ僕も立てたフラグだ。
不安が頭をよぎったが、そう暢気にしてはいられない。
檻は一定距離に踏み込むと解放されるチャレンジャーウエルカムな仕様だった。
檻から解放された牛豚鳥が羽を広げて空中高く舞い上がる。
「「ヒィ!」」
僕ら揃って悲鳴を上げた。
そんな僕らの悲鳴は空中からの突進で僕らごとかき消された。
「ううう……銃も……銃が効かないなんて」
「なんというか、あのパワーおかしいよね? おかしいと思うんだよ僕は」
奮闘はしたのだけれど、後には命からがら逃げ延びた負け犬が二人いるだけだった。
封印していた小銃まで使ったのに全部筋肉で弾くとか、もう僕はあれを動物とは思えない。
「……まぁ動物好きに、家畜の世話は酷な話ではあったかも」
「そういう問題? いや、それ以前に大きな問題があるよね?」
「ちょっと自分を慰める嘘だから気にしないで。……でもおいしいらしいんだよなぁ」
「あれって、おいしいの?」
「うん、おいしいらしい……食べたことないけど」
僕とフーさんは同時にため息を吐く。
まぁ味なんて今となっては夢のまた夢の話だった。
そして敗北を期したことで、なんだか面接に落ちたみたいになってしまったフーさんには悪いことをしてしまった気分だった。
「はぁ……これじゃあとても生き物係は名乗れないね」
「いやー正直僕が悪かったかなって思ってる」
そんな時、狙ったようなタイミングでふわふわとやって来たシュウマツさんが僕らに暢気に声をかけて来た。
「やぁ、君達は何をしているんだい?」
「……このタイミングで出てきておいて聞く? またお肉はお預けだよ」
「おや、ばれてしまったかな。ところで何なんだい? 生き物係とは?」
「……生き物の世話をする人?」
まぁ小学校ネタのジョークではないとは言わないけれど。君まで混ぜっ返すかね?
僕的にはいくらなんでも軍用アウターまで引っ張って来て倒せない謎の生物についてもう少しきっちり話をしておきたい気分なのだけれど、僕が何か言う前にシュウマツさんは僕らの前にやってきて、何か閃いたみたいにピカリと輝いた。
「ふむ。動物の世話がしたいのかね? ならばちょうどいい。一つ頼まれてくれないかな?」
「「??」」
シュウマツさんの光に導かれてやって来たのはシュウマツさん(本体)の麓だった。