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同級生の確率

 運命を変える出会いというものは依然として存在するもので、それは誰にだってあるものだと僕は思っている。もちろん、運命の変化の大小は人によって異なる。さらにいえば、僕の運命の変化は、最初から曲がりくねって狂いきっていたのだろう。

 今から話す物語は、僕の灰色の青春を描いたものだ。どうか、暖かく見守ってほしい。



 高校2年の春––4月。

 新しいクラスに馴染めるかどうか不安になりながら、僕は新しい教室の自分に与えられた場所、つまりは新しい席に座った。

 教室のみんなも浮き足立っていた。知り合いと同じクラスになった者は馴染みの者と不安を共有するため会話をしたり、僕と同じように不安そうな表情をして新しい席に座っていたりした。また、初めて会う顔ぶれに戸惑いながらも勇気を出して話しかけたりする人もいて様々な人がいた。こういった光景は入学したての時も見たものだ。


「おう、有。奇遇だな」


 周りの様子を俯瞰しながら黙って机に座っていた僕に話しかけてきたのは、幼稚園からの幼馴染の一人である前橋哲也だった。爽やかな短髪に爽やかな面立ち。コミュニケーション能力も高く、おまけにスポーツまでできるときたもんだ。女子に人気の高いのも頷ける。彼とは幼稚園、小学校、中学校、そして高校に到るまで同じ学校という腐れ縁だった。


「はぁ。奇遇だな。まさかお前と同じクラスになるなんてな。てっちゃん。席どこよ」


 そう返した僕はというとてっちゃんとは真反対、少し伸ばした黒髪(ただ切りに行くのが面倒臭いだけ)に、圧倒的なコミュニケーション能力の低さ。人付き合いが面倒で自分からはほとんど話しかけに行くことなどなかった。こうしててっちゃんと仲良く話しているのは、幼稚園でてっちゃんがしつこく僕に話しかけにきてくれたからだ。


「俺? 聞いて驚くなよー? お前の隣!」てっちゃんは無理矢理僕の肩を組んだ。


「そうなの? うるさそう」


「おいおい、大親友が隣にきて嬉しくないはずないだろ!? もっと喜べよ?」


「なんだよそれ」僕はケラケラと笑った。


「なんか懐かしい気がするね! このやり取り!」

 後ろから僕の肩を掴んで話に割り込んできたのは、僕のもう一人の幼馴染、高崎千夏だった。肩まで伸ばした軽くウェーブのかかった髪に、快活な性格。てっちゃんと二人して僕にしつこくくっついてきてくれている友達だった。


「え?千夏までこのクラスなの?」

 僕はその偶然に思わず目を丸くした。幼稚園からの幼馴染がこうして同じクラスに集うというのはなかなかの確率だ。去年は三人とも違うクラスだっただけに喜びもひとしおだった。


「そ。ほんとすごい偶然ね。しかも席は有の後ろだよ!? すごくない? 去年なんか私と有なんか一番離れたクラスだったのに」


「確かになぁ。俺と有は隣のクラスだったけどな」


「そうだったなぁ……って自慢げに言うけど結局隣でしかなかったじゃん!」


 僕は頭の中で思わず学校で三人が一緒のクラスになる確率を計算し始めた。

 僕の所属する学年のクラスの総数は2年1組から2年8組の8クラス。1クラス40人のどこかのクラスにまず僕が配属されるとすると、その同じクラスにてっちゃんが配属されるのは同じ学年の前生徒320のうちから僕を除いた319人から僕のクラスの40人のうちから1人除いた39人の生徒のうちのどれか。

 同じことを千夏について考えると結局確率は・・・約1.46パーセントか。そんなことを一瞬で頭の中で計算して確かにすごい確率だと納得する。そしてそれと同時に、友達と話している間でさえこんな風に計算してしまう自分に嫌気がさす。これは職業病のようなものなのだ。

 僕がそうして偶然に想いを馳せていた時、ガラッと教室のドアを引き入ってきたのは新たな担任と思われる先生だった。


「おう、お前ら。浮ついてるなー。でも席には座れよ。ホームルームはじめっから」

 そう言葉を発したのは、教師のくせに長髪が目立つ男の教師だった。体は鍛えられているようで、脂肪もなくそう細くもない。

「知ってる顔付きもちらほらいるようだな。でも改めて自己紹介をするな。俺はお前らの担任になった広瀬だ。よろしくな。下の名前は柳! かっこいいだろ? え? そうでもないって? ほっとけ!」


 教壇に立つ男がそんな一人芝居を繰り広げる中、僕は開けられたまんまの教室のドアが気にかかっていた。僕は開けっ放しだとか〜しっぱなしと言う状況があまり好きではなかった。だから僕は教壇の男の話にはそっちのけでドアを閉めろ〜と言う念を送っていた。そんな僕に気づいたのか、気づかなかったのか広瀬は僕の顔をみて何かを察したような表情をしてグッと親指を突き立てて僕の方に突き出してきた。


「おう、気になっている奴もいるみたいだから、早速紹介しよう。うちのクラスに転入してきた転校生! 四ノ宮さんだ! 喜べ男子、べっぴんさんだぞぉ?」


 広瀬は僕の視線を間違って捉え、そう話を展開したが、そんなことはどうでもよかった。


 転校生?


 このクラスに?

 と言うことはさっきの計算間違ってるじゃないか!


 そんなさらにどうでもいいことを考えている間に彼女はシャリンシャリンと言う音が聞こえるかのような優雅な歩き方で教室に入ってきた。彼女はこの高校の指定のものではない緑を基調としたセーラー服を着ていた。この学校の制服は茶色を基調としているので、とても目立った。天候までに制服が間に合わなかったのだろうか。来ている服の印象もあって彼女は別世界から来た人のような感じがした。そして教壇の前まで歩いて来て一言。


「私……しのみやあい。よろしく……」


 自己紹介はそれだけ。自分のことについても、これからの意気込みについてもなく、それはまるで人間関係など必要ないと主張しているかのような自己紹介だった。

 そんな自己紹介を差し引いても、彼女の容姿は度を超えて綺麗だった。サラサラの長い黒髪にメガネ。メガネをかけていても美人が丸わかりなほど整った顔立ちをしていた。それを見てクラス中の男子が「お〜!」と声を出したのが聞こえた。もちろん僕も。

 それは去年の続きでしかなかった僕の生活に多少の色を加えた出来事だった。とはいえ、だからどうするといったこともなかったが。


「それじゃあ……席はと。空いてるのは……そこだ。四ノ宮、あの席に座ってくれ」


「……はい」


 広瀬の声に続いて、彼女は指された席、僕の目の前の席に座った。道理で前が空いてると思ったよ。


「よし! それじゃあ、はじめだしみんなも自己紹介しとくか」

 その広瀬の一声で僕たちは自己紹介をすることになった。一人一人、ありきたりな自己紹介をしていく。僕はそれに耳を傾けながらも、目の前に座る少女を眺めていた。


「……です!趣味は……です!よろしく!」


「よしじゃあ次は……四ノ宮はさっきしたから、白波瀬」

 広瀬が僕の名を呼んだことで僕はようやく自分の番が来たことを認識した。皆が自己紹介をしている間も、変わらず目の前の少女は無反応だった。


「白波瀬有って言います。気軽に有って呼んでください。趣味は……コンピュータ関係を色々いじったりすること、かな? 機械関係で困ったことあったら言ってください。以上」

 簡単な自己紹介をして自分の番を終えると、再び目の前に座る少女を見たが、僕の話など微塵も聞いている様子はなかった。


「よし! じゃあ次! 高崎」

 千夏の番になり、そして次の人と自己紹介はどんどんと進んでいき、じきに全員が自己紹介を終えた。僕は一通り彼女を観察していたが、どの自己紹介にもピクリとも動かず、関心を示さなかった。僕はその時点で、この子は周りと意思疎通を図るつもりがないと察して、これ以上興味を持つことをやめた。いくら美少女だろうと、周りに興味を示さない人と仲良くなれる気はしないし。


 その後、ホームルームが終わると案の定僕の前の席に人が押し寄せて来た。そしてめまぐるしく質問を繰り返す群衆。


「四ノ宮さんって、制服違うんだね!それ前の学校の制服?」


「……間に合わなくて」


「四ノ宮さんってあいって名前可愛いよね!どんな漢字書くの?オーソドックスに愛するの愛とか?」


「……」


「四ノ宮さんって美人さんだよねー!前の学校では彼氏とかはいなかったの?」


「……」


「四ノ宮さんって……」


「四ノ宮さんって……」


 最初の質問以外ほとんど返事をしてないじゃないか。しかも最初の返事でさえ一言。なんてツッコミはさておき。


 僕は人波に押しのけられるようにして自分の席を離れた。仕方なく教室の端の方によって、同じく自分の席から離れて来たてっちゃんと千夏とこの現象について談義することにした。


「はぁ……予想通りだけどさ。こうまでなるかね? 普通」

 僕はため息をつきながらそう言った。予想していたとはいえ、自分の席を追われるほどだとまでは考えていなかった。


「すごい人気だねー! 四ノ宮ちゃん」千夏の驚いた顔。


「そうだな! あんだけ可愛かったら仕方ないってところはあるけどな!」


「てっちゃんは完全にあっち側だと思ってたけど?」

 僕はさっきまで自分がいた方向を指して言った。てっちゃんは可愛い子にはめっぽう弱い。そのルックスと運動神経から女の子にはモテるモテる。その上てっちゃん自身も女好きと来たもんだから、当然あの輪の中に入るもんだとばかり思っていた。


「いや、俺レベルともなるとあの輪なんかには入らないわけよ」


「はぁ? どうゆうこと?」


「あんな風に有象無象に混ざって質問なんかしてたら、印象が霞むだろ? 女の子を落とすにはそんなんじゃダメなのよ。お分り?」

 てっちゃんは偉そうにそう言ったのでちょっといらっとした。


「はぁ?じゃあどうすればいいんだよ」


「まずはインパクトのある登場の仕方で相手の印象に残るようにするんだ」


 相変わらず偉そうにそう言うてっちゃんを見て、やれやれと思い僕と千夏は顔を見合わせた。偉そうに言うだけあって、堂々と四ノ宮を中心にできている輪に近づいていくと、四ノ宮さんにたかる人たちを押しのけて四ノ宮さんの机までたどり着いた。そして一言。


「四ノ宮さん! 一目見たときにビビッと来たんだ! 結婚しましょう! なんちゃって」

 てっちゃんはニヘラと笑ってそう言った。いや、それはバッドエンド一直線の選択肢だと思うんだが……。などと思いながら様子を見守っていると、さすがにこれには四ノ宮さんも反応を示すようだった。周りも予想外のてっちゃんの言葉に固まってしんとしてしまっていた。


「……キモい」

 一蹴だった。四ノ宮さんはにやけ顔のてっちゃんをゴミを見るような目で一瞥すると、そう吐いて捨てた。てっちゃんの自信満々の顔には冷や汗が滲み、てっちゃんには珍しい苦笑。周りもさすがにてっちゃんに気を使ってか、そのことには言及せず、また四ノ宮さんへの質問ぜめに移った。


「うう……」


「よ、さすが恋愛マスターだな!」

 僕は落ち込むてっちゃんに塩を塗り込む言葉を送る。こいつはたまにはこう言う経験をした方がいいと常々思ってたんだ。


「くそ、茶化すなよ。あれで大概の女子は笑ってくれるんだけど……キモいって……キモいって女子にそんなこと言われたことねぇよ……千夏以外には……」


「私はいつでも言うからね。さっきのはキモかった!」

 千夏も僕と同じくてっちゃんに塩を塗り込む。


「グハァ!?」


 僕と千夏はそのてっちゃんの様子を見てクスクスと笑った。


「でも本当にすごい女の子だね。あの質問ぜめにもほとんどが沈黙か一言だけで返すだけなんて」


「確かにねー。私はちょっと苦手なタイプかも」

 サバサバした千夏と四ノ宮さんの相性はそれほど悪いとも思えなかったのだが、感じるところは人それぞれだからそうなのかと感心する。


「へぇ〜。千夏にも苦手な人とかいるんだ」


「私だって人間なんだから。それぐらいいるよ。私をなんだと思ってるんだね!君」

 千夏はため息をついたあと少しふざけながらそう言った。


「千夏」


「あのねぇ・・・そう言うことじゃ」


「はいはい夫婦漫才ごちそうさま」

 僕らのやり取りをてっちゃんが茶化す。これはいつも繰り返されているやり取りだ。でも特に僕が千夏と付き合ったりしていると言う事実は全くない。


「ちょっと!ふ、夫婦だなんてもう!」

 千夏は顔を赤くして否定する。いつもこの感じの反応だ。いい加減慣れればいいのに。


「夫婦じゃねぇわこら。んで? てっちゃんは諦めんの?」

 僕は軽く否定を入れてから話題を戻した。


「諦める? この俺が? これまで落としてこなかった女はいないこの俺が?」


「千夏は落とせてないじゃん」

 僕はてっちゃんの矛盾を突くとてっちゃんは少し顔を歪ませた。


「狙った女の子ってことだよ! それぐらい分かれ! 千夏なんか俺のターゲットには選ばれるに値しませーん」


「アァン?」

 てっちゃんの軽口を聞いた千夏がすかさずてっちゃんの頭を抱えてこめかみをグリグリとドリルした。


「いてててて!この馬鹿力!やめい!」


「言うことが違うんじゃないかなぁ?」


「いてててて! わかったよ! ごめんなさい千夏さま! あなたは最高にいい女でございます!」


 無理やり褒め言葉を言わされたてっちゃんはようやく解放され、こめかみを押さえてうずくまった。


「それでいいのだよ」

 千夏はしたり顔だが、てっちゃんは本気で気分の悪そうな顔をしている。


「ウェ、本当に痛い時って吐き気がするんだ……こいつの馬鹿力……パワーアップしてやがる……」

 てっちゃんがそう言うと千夏がてっちゃんをにらんだ。


「ヒェっ!?」


 僕はその光景がいつものことではあるのがおかしくって声を上げて笑ってしまった。転校生なんてイレギュラーがなくても、この三人がいれば楽しくやっていける。そのときの僕は確かにそう思っていたんだ。


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