モンスターテイマー、魔法少女を見舞う
布団にくるまるリンゴの元に歩み寄るハリス。
リンゴの隣に座った彼は、持っていた袋を横に置いて彼女へ向く。
「あまり調子は戻っていないようだな。気分的にはどうだ?」
「それがあんまり……ふわふわして、ぜんぜん魔力が回復しなくって……」
「頑張りすぎたかもしれないな」
労ったハリスは、彼女の頭をぽんぽんと撫でる。
大きな手を抵抗せずに受け入れるリンゴ。
汗ばんだ彼女は常に顔色が赤く、照れているのかどうかわからない。
それでも彼女は口元に笑みを称え、やがてため息をつく。
「頑張りすぎなんて、私なんてまだまだですよ。現に皆さんは元気ですし」
「そんなことはない。マスターも感謝していたぞ?」
「本当ですか? それは確かに、嬉しいです」
たどたどしい言葉で感情を吐きだすリンゴ。
普段の彼女に比べ、輪をかけて素直すぎる口ぶりに、さすがのハリスも心配の色を浮かべる。
しかしリンゴは彼の変化にすら気付かない。
するとハリスはふと思い出し、横に置いていた袋をまさぐる。
「そうだ、ちょうどいいお見舞いの品があってな」
「お見舞いだなんて、お気遣いしていただかなくても」
「まあそう言うな。きっと喜んでくれると思って買ってきたんだ」
「私が喜ぶもの、ですか」
ハリスの言葉に考えこむリンゴ。
するとたちまち、彼女の顔の赤みが増していく。
ほんの少し思考を回すだけで紅潮してしまう彼女に、まずいと瞬時に察したハリスは、すぐさま袋から手のひら大の果実を三つほど取りだす。
赤い果実と淡い緑の果実、それを目の前にし、彼女は首をかしげる。
「心当たりがないのですが……」
「そうか。お前の名前と同じ音なのだがな」
彼のヒントにハッと気づき、顔を上げる少女。
ハリスは口元をニッと持ち上げると、満を持してその名前を告げる。
「これが〝林檎〟だ。俺の故郷ではありふれた果実だが、こちらでは市場でもあまり見かけなかったからな」
「は、初めて見ました。こんなもの、どこから?」
「果物屋の奥さんが旦那さんに無茶言って、俺達が帰ってくるまで仕入れ続けてくれていたらしい」
「あの人たちが……」
「食べたこともないだろうから、帰還祝いに渡したかったのだと」
彼の膝上に置かれた果実を、リンゴは瞳を輝かせて見つめる。
するとハリスは懐からナイフを取り出し、赤い果実を一つ取る。
「剥いてやるから少し待ってろ」
銀色の刃を果実にあてがうハリス。
その様子をリンゴは、興味深そうに見つめる。
だが直後、彼女は何かを思い出し、前のめりに彼へ顔を寄せる。
「ま、待ってください!」
彼女の言葉にハリスは一度手を止める。
するとリンゴは顔を上げ、汗ばんだ顔で訴えかける。
「昔読んだ本に、その果実を皮ごと食べる記述がありました! ぜひ試してみたいのですが!」
「構わないが……正直食べづらいぞ?」
「大丈夫です!」
必死な頼みにたじろぐハリスは、もう一つの赤い果実を彼女に手渡す。
残った青い果実は、いったん袋の中へ戻し、皮むきを始める彼。
その隣で果実を両手に持ったリンゴは、口を大きく開けてかじりつく。
シャリ、という音とともに、彼女は初めての味に堪能する。
「不思議な味……噛めば噛むほど甘い蜜があふれ出て、食感も今まで食べた果物と全然違って」
「俺はよく慣れ親しんでいるから、そういう反応は新鮮だな」
「こんなにおいしい果物が食べられるなんて、少し羨ましいです」
「服も家具も基本手作りのひどい田舎だったがな」
自虐ネタを吐いて、ハリスは鼻で笑う。
リンゴはその間にも二口、三口と自身の名前と同じ響きの果実を頬張っていく。
やがて果実を剥き終えたハリスは、袋の中から木皿をとりだしてその上に乗せる。
それはただ剥かれただけでなく、兎のような見た目に細工されたものだった。
「何ですかこれ!? とってもかわいいです!」
「そ、そうか? 故郷だと見舞いの時には、こういう細工をするんだ」
「へぇー……なんだか食べるのがもったいないです」
じっと兎の形に切り分けられた果実を見つめるリンゴ。
ハリスはそんな彼女に微笑みかけ、優しい声色で告げる。
「これからも仕入れてくれるらしいから、これくらいならいつでも剥いてやる。それにお前が学園に戻る前に、林檎を使った料理も食べさせてやりたいしな」
不意な彼の言葉に、リンゴは「あっ」と寂しげな声をもらす。
冒険者として休学している彼女だが、ハリスたちとの生活も二ヶ月近くが経ち、その期限も刻々と近づいていた。
しょんぼりとするリンゴの横顔を見つめるハリス。
だが彼は少し冷酷に、だが爽やかに伝える。
「お前は十分成長した。だから今は体調を治して事件を片付けて、しっかり思い出を作ろうじゃないか」
「……はいっ」
運命を受け入れながらも、リンゴの背中を押すようなハリスの応援に、彼女は力強くうなづく。
そして彼女は兎型の林檎を手に、一口齧りついた。
*
しかしそれから三日経っても、リンゴは回復しなかった。
布団から出ることも難しいほど魔力が枯渇し、息を荒げる彼女。
そんな彼女を研究員に任せ、戦闘準備を整えたハリスは口を開く。
「存外早かったな、では行ってくる」
「ああ。マスターにも先に言ったが、今回はあいつらも対策をしてきているはず。気をつけてくれ」
研究員の忠告に、ハリスは黙って頷き、部屋を出る。
階段をトントンと降り、誰もいない酒場に彼が出た瞬間だった。
強烈な地響きと共に、ドゴオォォォォンッッッ! と炸裂音が轟く。
異常を察知し、酒場を飛び出すハリス。
そこには既に準備を終えていたレナとポーラが、彼を待ち、同じく異音に驚いていた。
「二人とも無事か!?」
「うん! それより今の音って!」
「先日あの襲撃者たちが侵攻してきた方向からです! 急ぎましょう!」
瞬時に伝達し、走りだす三人。
町をたちまち駆け抜け、草原に出て壁へ向かう。
するとそこには、何かを見上げて驚愕する冒険者たちと、マスターの姿。
彼等の視線の先にあるはずの壁は、大きく風穴を開け、そこから音を立てて崩れ落ちていた。
追いついたハリス達もそこを見上げると、破壊された壁の向こうから声が響く。
「やっほ―! 期限より一日早く来たよ!」
かなり高い位置から聞こえるヴァイスの声。
立ち込める砂煙が晴れると、その向こうから、鈍く光る黄金色の巨大な鱗が山のように覗く。
巨大な翼に一対の角、半ば朽ちる巨躯。
白濁した大きな目が壁の内側を凝視してくる。
レナはその姿を見ると、青ざめて呟いた。
「まさか、ファブニル……!?」
巨大な黄金の龍の肩に乗るヴァイスは、レナを筆頭に驚愕する人々を見て、無邪気な笑みを浮かべて告げる。
「さあ、第二回戦だ!」
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