モンスターテイマー、氷狼と出会う
青白く光を通す氷穴の中、狩人の正体は明かされた。
生まれ変わり、人の姿になったかつてのハリスのパートナー犬・ダーニャは、深々と礼をする。
互いを懐かしむような、しかし複雑そうに見つめ合うハリスとダーニャ。
対して何も知らないリンゴは、二人を交互に見て困惑する。
「ダーニャ? いぬ……? ど、どういうことなのですか……?」
「ああ、そう言えば説明をしていなかったか」
ハリスは思いだし、かつてレナにも話した過去をリンゴに語る。
そして、村を救った際に犠牲になった唯一の命である、ハリスの飼っていた牧羊犬・ダーニャが彼女であると示した。
しかしリンゴは、御伽話にしか聞こえないその話に困惑する。
「生まれ変わりなんて、本当にあるのですか? そもそも彼女が本当にダーニャというワンちゃんとも限りませんし」
「……まあ確かにそうだな」
疑う気はないが、ハリスもリンゴの言葉に乗る。
するとダーニャは困った様子で眉を曲げ、作り笑いする。
「あれ? 証拠を示さねばいけない感じですか?」
「何かあるのか?」
「例えば……私と御主人のみが知っている秘密などは」
ダーニャはそう言うと、顔を下げて思い出し、ぼそりと呟く。
「ちょうどリンゴ殿くらいの頃まで、御主人は菜物以外の野菜を食べられず、よく私に」
「ああ、大丈夫だ。本物だ。もう話さなくていい」
話を途中で打ち切り、ハリスは彼女がダーニャであると認める。
しかし彼の意思は届かず、過去を知ったリンゴが勝ち誇った目で見上げてくる。
死で分かたれた相棒との再会という、奇跡的な状況であるにもかかわらず、ハリスは溜息をついて肩を落とす。
そのとき、ダーニャの後ろで眠っていたフェンリルが、大きな頭を上げる。
『うるさいねぇ。何事だい?』
「あ、申しわけありませぬ氷狼さま。これは……」
すぐにフェンリルへ振り返り、謝罪するダーニャ。
だがその藍色の瞳は、ハリスをじっと見つめていた。
『なるほど。お前がダーニャの主人だね』
「……お初にお目にかかります、氷狼様」
『別に、改まる必要は無いさね』
大きな狼は顔をにっこりとさせ、その視線をリンゴへ移す。
とつぜん鋭い瞳に睨まれ、びくりと震える少女。
フェンリルはそんな彼女の反応を、どこか楽しそうに見つめる。
『なに、取って食おうだなんて思わないよ。まだ肉が少ないからね』
「で、ではもっと成長していたら?」
『ギャハハハ! 冗談に決まっているだろう!』
口を大きく開け、豪快かつ少し下品に笑うフェンリル。
彼女が爆笑するだけで、氷穴内に軽い振動が生まれ、三人はふらつく。
ひとしきり笑い終えた彼女は、改めてリンゴへ告げる。
『それを外しに来たのだろう? とっとと私の目の前まで来るんだよ』
彼女の首輪を見て、フェンリルは言い当てる。
緊張を浮かべるリンゴは、息を飲んでフェンリルの前まで歩み寄り、体を震わせながら立ち止まる。
するとフェンリルは、彼女の首輪を僅かに睨む。
その瞬間、首輪の錠前は弾けるように外れ、本体ごと地面に落下した。
『これでもう、その首輪はただの装飾品だよ』
「も、もう終わったのですか?」
『信じられないのかい? 試しにまた巻いてみるといい』
フェンリルに言われ、リンゴは首輪を拾い上げる。
緊張する彼女は意を決して首輪を巻き、全壊と同じ手順で、隣に立ったハリスに触れる。
しかし首輪に変化はなく、少女はそれを取り外す。
自身についていた呪いが解け、緊張の糸が緩んだリンゴは、よろよろとその場へ崩れ落ちる。
「よ、よかった……ありがとうございます……」
『いいってことさ、これくらい』
安堵に胸を撫で下ろすリンゴに、フェンリルは微笑んで告げる。
だが直後、その大きな瞳は細められ、少女を見て告げる。
『じゃあ少しの間、眠ってもらおうかね』
「あ……」
小さく声を漏らし、そのまま地面に倒れるリンゴ。
途端に彼女はすやすやと寝息をかき、沈黙する。
詠唱をせずに魔術を使用し、リンゴを眠らせたフェンリルに、警戒したハリスはリベイルケインを向ける。
おもむろにフェンリルはそれを見ると、薄く微笑んで囁く。
『リベイルケインか。どうりであの子の気配がすると思ったよ』
「あの子?」
『レナーズベルグさ。彼女は自分のことをレナと呼ぶが』
懐かしがる大狼に、ハリスは二人が接触済みであることを思いだす。
『アンタがレナの正体を知っているのに、この子が知らないみたいだったからね。話のために眠ってもらったよ』
「……そういうことか」
理由を聞かされ、リベイルケインを収めるハリス。
対してフェンリルは、続けて彼の記憶を読み、知りたがっている村の秘密について語る。
『ダーニャ含むあの村の娘は、前世では人に可愛がられていてね。ただそれでも未練の抱えた子を、生まれ変わらせて好きに生活させてやっているのさ』
「なら、ダーニャは?」
『正義感だね。誰かを救い続けたいって意思があるから、村と一緒に私も少し守ってもらっておる。代わりにコイツにだけは、記憶を残しておいたんだ。他の犬たちと口裏は合わせるように言ってね』
ただ、と言ってフェンリルは体を起こす。
すると寄り添っていたアルミラージュが、ハリスの足元へ逃げ隠れる。
身体を上げたフェンリルの腹部には、深々と大きな傷が刻まれていた。
赤黒い血が白銀の毛にべっとりと付着し、痛々しくつやめく。
だがフェンリルは、その痛みに耐えられず再び横になり、口を開く。
『情けないね。誰よりも長く生きた私が、ぽっと出の、ファブニルの墓荒らしにやられるとは』
うわ言のように呟くフェンリルに、やはりかと合点がいくハリス。
だがダーニャは、彼女の言葉に抗うように声を張る。
「大丈夫ですよ氷狼さま! アルミラージュを治療した御主人であれば、氷狼さまだって!」
誇らしげに語るダーニャを、愛おしそうに見つめるフェンリル。
だが彼女は、その言葉が結実しないと理解していた。
その気持ちはハリスも同じで、彼はダーニャの肩を叩き、俯いて告げる。
「確かに治療はできるが……俺は医者じゃない」
「何を言っているか! 御主人ならきっと!」
現実を見ず、困惑した様子で叫ぶダーニャ。
そんな彼女を見かねたハリスは、眉間に皺を寄せて告げる。
「あの時、お前を救えなかったのは、俺なんだよ」
「で、でも」
「お前を救えず、俺はモンスターの治療も勉強した。だからこそ、できる事とできない事の差くらいわかる」
悲しげな瞳で、厳しく告げるハリス。
自分の命を持ってそれを知るダーニャは、無力感にガクンとうなだれた。
諦めた彼女の様子を見たフェンリルは、ハリスに感謝するように頭を下げると、二人に告げる。
『私が動けない今、連中の狙いはあの村だ。早く戻って、守ってやってはくれないかね?』
「氷狼さまは……?」
『私は自分で何とかするさね。まだ試していない魔術もあるし、このままくたばる気はないよ』
ダーニャを勇気づけるため、フェンリルは笑みを浮かべて答える。
それを見ていたハリスも、彼女の意思を汲むように、しゃがみ込んで告げる。
「どんな動物にも治癒能力はある。治療はできなくても、まだおしまいじゃない」
肩を叩き、英気を与えるハリス。
彼等の下に、治療されたアルミラージュも歩み寄り、ダーニャを見上げる。
「コイツも言っているぞ。『自分たちの仲間と同じ最後にしないでくれ』ってな」
言葉を訳し、有角の兎の応援も伝える。
するとダーニャは、再び瞳に意思を宿し、抱いて立ち上がる。
ハリスはフェンリルに礼を告げ、彼女の姿を瞳に焼き付け、眠ったままのリンゴをお姫様抱っこで抱え上げる。
そうして三人は、村を守るため、氷穴をあとにする。
そんな彼らの背後を、治療されたアルミラージュも、健気についていくのだった。
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