モンスターテイマー、伝説の地へ訪れる
大雪原の果てにある霊峰の麓。
谷のようになった地帯に、大きめの集落ほどの村はあった。
規模はつつましいが、人々は活発に外を出歩き、生活を満喫している。
一つだけ特別な点を挙げるとするなら、そのほとんどが女性で、なおかつ犬耳があることだろう。
狩人に連れられたハリス達は、そのまま村の旅館へ案内される。
その玄関で三つ指をつき出迎えた者もまた、犬耳の生えた小さな少女だった。
「本日は遠いところをはるばるありがとうございます。当館の女将でございます」
彼女の挨拶と同時に、犬娘の従業員がハリス達から荷物を引き取る。
靴を脱いで彼らが玄関を上がると、残った狩人が会釈する。
「では、私はこれで」
「あら狩人さん。今日は寒いし、温泉にでも入っていったら?」
「お気遣いは嬉しいが、用事がありますので」
女将の提案を振り切り、玄関の戸を開けた狩人。
彼女はハリスのほうを見ると、小さく笑みを作る。
「また明日」
「?……ああ、明日」
去りゆく狩人の言葉に、反射的に答えるハリス。
彼の前で提案した女将は唇を尖らせる。
「全く狩人さんたら、つれない方ですねぇ」
可愛らしく愚痴りつつ、顔を上げる女将。
彼女はハリス達のことを思い出し、私情を挟んだことを謝罪する。
そして彼女はレナ達女子三人に、ウインクしながら尋ねる。
「お客様はいかがですか? 露天は今の時間、女性専用となっていますので」
女将の提案に、体が冷えきった彼女たちは、瞳をキラキラと輝かせる。
「温泉……私、初めてかもしれません……!」
「いいよー温泉は。普通のお風呂とはまた違ってさぁ」
「確かに、他の何にも例えられぬ心地良さがあります。しかし何千年ぶりでしょう……」
「どんだけ生きてんのレナ。ドラゴンのいた時代じゃん」
示された温泉という道に、三人の想像は膨らむ。
嬉しそうな彼女達に、優しく笑みを浮かべるハリス。
すると女将は彼にも尋ねる。
「男湯は今の時間だと露天が無いのですが、いかがでしょう?」
「せっかくだ、露天のある時に楽しみたい。俺は先に部屋へ行こう」
「かしこまりました、ではこちらへ」
ハリスの判断により、レナ達は犬娘の従業員に連れられ温泉へ、彼は女将に続いて宿部屋へ向かう。
二人の後ろに荷物をもった従業員が続く中、長い廊下を歩く。
その少し退屈な時間を、女将は話で繋ぐ。
「お客様は今回、どのような経緯でこちらへ?」
「フェンリルに会いに来た、と言ってもおかしくはないか?」
「いえいえ、年に一、二組は同じようなお客様が」
少し薄い女将の反応に、ハリスは少しだけ安心する。
しかし彼女は忠告するように言葉を続ける。
「ですが出会えるでしょうか? 今まで来たお客様は、みな出会えずにお帰りになられますし」
「さすが伝説のモンスターと言ったところか」
「ええ、私もこの村に辿り着いたときの一度だけ」
ハリスの返答に、無意識に女将が漏らす。
彼はその言葉を聞き逃さず、顔を向けて尋ねる。
「会ったことがあるのか?」
「この村に住む犬の娘はみな、記憶を失くしていつの間にかこの村の近くにいて、その際に一度だけ氷狼さまと出会うのです」
女将の語る不思議な話に、ハリスは興味を抱く。
すると彼女は興が乗ったのか、彼に教えてくれた。
この村には昔から犬の娘しかおらず、一握りの普通の人々は、噂を聞いて村に移り住んだ者たちである。
そして娘たちはみな、名前も記憶も忘れながら、自分たちのできることを知っており、それを役割分担でこなしているのだ。
「私にも従業員にも、あの狩人にも名前はありません。この村に流れ着いた時から、自分の役割に沿って生きているのです」
「……そうなのか」
「まあ稀に、よそから来た男と結ばれたり、普通の女性も働いていたりしますが」
村の成り立ちと形式について知り、こくこくと頷くハリス。
すると女将は一つの部屋の前で立ち止まり、彼に頭を下げる。
「少し意地の悪い話をしてしまい、申し訳ありません」
「気にしないでくれ。それに俺たちはどうしても、フェンリルに会わなければいけないからな」
そう語るハリスに、女将は立ち止まった宿部屋の扉を開く。
質素ながら落ち着いた雰囲気の、少し温かみのある部屋に、彼は背伸びをしながら入っていく。
従業員がそこに荷物を置くと、女将は頭を下げ、部屋を後にしながら尋ねる。
「会わなければいけないとは、どのような理由で?」
「……解かなければいけない呪いがあってな」
*
いっぽうそのころ露天風呂では、レナ達が美しい雪景色を、熱い温泉に浸りながら満喫していた。
「あはぁ……赤かったゲージが回復していくような感覚……」
お湯の中に顎まで浸かり、ポーラがとろけた声を出す。
レナも胸に刻まれたハリスとの契約の印を隠すことなく、空を眺めて無心になっている。
しかし彼女は、ソワソワとするリンゴに気付き、肩を寄せる。
彼女の首輪は、温泉であろうと外れることはない。
「助かりましたね、首輪を持ち込み可能なアクセサリーと判断してくださって」
「幸い首との間に余裕があるので洗えますし……まあ違和感はありますけど……」
ハリスの目的である首輪を触り、溜め息をつくリンゴ。
彼女は鼻までお湯につかると、ぶくぶくと息を吐いて心を落ち着かせる。
やがて二人の会話に気付いたポーラも、泳ぐようにレナ達の元へ近寄り、話の輪に入る。
「そういえばレナちゃんの胸のソレ、ハリスと契約してるんだね」
「巨人と戦う直前に、ハリス様が認めてくださりまして」
嬉しそうに頬を染め、肩を竦めるレナ。
ポーラはそんな彼女に更に近寄ると、胸に埋め込まれた石に指を伸ばして触れる。
それをレナは、顔を赤らめながら見つめ、疑問符を浮かべる。
「あの、何をなさっているのですか?」
「他のモンスターに埋め込まれてるのは見たことあるけどさ、見た目人間と変わらないオーガの女の子がこれっていうのは、ちょっと背徳的だなって……」
「……何を仰っているのですか」
ため息を吐きつつ、ポーラの手を受け入れるレナ。
するとリンゴが口元を湯船から浮上させ、訂正する。
「レナさんは魔族です。普段は翼と尻尾を隠していますが」
「え、そうなんだ。ごめん」
間違いを間違いで正されつつ、リンゴの気遣いを受け入れるレナ。
寄り合う三人の絆も深まり、温泉により回復し、明日から始めるフェンリル捜索の英気を蓄える。
……ただ一人だけ、レナの暴力的な連山とポーラの健康的な双丘を見たリンゴは、自分の平原へ目を落とし、湯船へぶくぶくとため息をついた。
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