魔法少女、飛ぶ
世界樹の枝上から、激戦を眺めるリンゴ。
足を振り上げた巨人の姿は、ハリスの考えた策からすれば、まさに絶好の体制である。
瞳を揺らし、体を緊張で震わす彼女は、ほんの一瞬記憶を回想する。
*
それは、巨人襲来当日の未明。
リンゴはハリス達と樹上に登り、枝の上から最後の確認を貰う。
「巨人が不安定になったタイミングで、何とかしてリベイルケインを渡す。そうしたらリンゴは」
「……飛べば、良いのですね」
不安げなリンゴの声に、レナとハリスは優しい顔で頷く。
それでも彼女は浮かないまま、まだ暗い樹上からの景色を、静かに眺めていた。
帽子で視線を隠すリンゴに、レナの表情も曇っていく。
心配が募った彼女は、静かにリンゴの背を見つめるハリスへ語りかける。
「ハリス様、やはりここは私が引き受けることはできませんか?」
「確かに交代はできる。だがこの役割がリンゴなら、作戦の成功率も格段に上がる」
否定はせず、それでもリンゴに大役を任せたいという意思を伝える。
彼の返答に対し、レナは追及せずに引き下がる。
改まるように咳を一つし、ハリスはリンゴの隣に並ぶ。
顔を上げた彼女は、まっすぐ前を見る彼へ尋ねる。
「どうして私をそんなに信用するのですか? 私なんて、まだ未熟者で」
「リンゴの活躍と努力、それだけで信頼してはいけないか?」
「実を結ばない努力に価値はありません。私の飛行魔術だって……」
弱気に声を漏らし、少し俯くリンゴ。
再び彼女が視線を上げると、ハリスの顔が厳しいものに変わっていた。
リンゴがその威圧感にたじろぐと、彼は自分の表情に気付き、少し破顔させて告げる。
「実を結ばないというのは、誰が決めた?」
「…………」
「俺はリンゴならできると思うのだがな」
意地悪なハリスの言葉に、リンゴは答えられず黙り込む。
二人の対話を静かに見ていたレナも、二人の背中に語りかける。
「私もハリス様と同意見です。リンゴであれば、きっと」
パーティメンバーのかける信頼が、リンゴには大きなプレッシャーになる。
だがハリスはそれすらも見通した様子で、彼女の視線へ合わせるようにしゃがみ込み、同じ景色を見ながら告げる。
「上手くいくかはわからない。でも」
彼女の不安を現すような、優しくも弱々しい声で囁かれる言葉。
「自分を信じて飛んでみろ」
それに続いた彼のアドバイスは、とても力強いものだった。
仲間は自分を信頼している。
信じていないのは、失敗を恐れる自分自身……明確に気付いたリンゴは、帽子を上げて前を向く。
*
そして今、彼女は改めて覚悟を決めた。
視界に広がるのは青空と、仲間達の待つ草原。
不安に揺れていた瞳も、小刻みに震えていた身体も、筋が通ったように静まり返っている。
やがて彼女はゆっくりと目を閉じ、重心を前に傾けながら、モノローグする。
(私は飛べる……私は飛べる……飛べるんだ……!)
重心が完全に倒れきり、リンゴの足は枝から離れる。
ふわりと風を受け、小さな身体が落下を始める。
空気を切り裂き、勢いよく落ちていく少女。
魔女帽は彼女の頭から脱げ、円を描いて舞い上がる。
みるみる地面が迫る中、少女は冷たい風を受けて心を静めていく。
そして――カッ! と、リンゴの瞼は開かれる。
瞬間、落下していた少女は空中を舞い、急カーブを描いて上昇した。
ひらひらと落下を続ける魔女帽をキャッチし、被り直したリンゴ。
彼女はそのまま巨人へ向かって飛行しつつ、体だけ翻して世界樹を見ると、ハリスから受け取った硬鞭を大きく振りかざす。
「リベイルケイン!」
名前を呼ばれると共に、その先端は勢いよく伸びていく。
リンゴの中に眠る莫大な魔力を得たリベイルケインは、世界樹の幹を何周も回って固定され、それでもまだ飛行に合わせて伸びていく。
状況を確認し、頷いたリンゴは再び前へ向き直る。
振り上げきった巨人の足が、ゆっくりと振り落とされていく。
それを見た彼女は高度を一気に下げ、巨人に向かって迫っていく。
『ん? 何だ?』
リンゴの存在に気付いた巨人が、ほんの一瞬攻撃を止める。
だがその瞬間、巨人が軸足としてついていた足の周りを、彼女はぐるぐると周回する。
そのまま彼女は一気に高度を上げ、自分に鞭を蹴り渡して落下するハリスを見つけると、声を張り上げて叫ぶ。
「ハリスさああああぁぁぁん!」
「リンゴ!」
振り向いたハリスの手を、リンゴは固く繋ぐ。
少女の表情は希望に満ち溢れたように明るく、星のようにキラキラと輝いていた。
そんな彼女にハリスも、満足そうに笑みを浮かべる。
「飛べるようになったな」
「はいっ! 私、飛べますっ!」
互いに笑いかけあう二人だが、戦いはまだ終わっていない。
彼等は揃って真剣な表情を作り直すと、ハリスが地面を指差して告げる。
「あの位置に着陸だ」
「了解ですっ!」
ハリスの指示で、一気に高度を下げていくリンゴ。
巨人が彼女達に気を取られている隙に、足元にいた戦士達は退避する。
そんな中、ローブを纏った魔術師達は、リンゴを見上げて声を漏らす。
「飛行魔術か……さすが魔術学園の生徒、俺も使えればなぁ」
「しかもあの子、相当上手くないか? 使えないからわからないけど」
一般魔術師にとって十分高難度の魔術に、見惚れる彼等。
そうこうしているうちに、リンゴたちが着陸すると、そこには大勢の冒険者が集まっていた。
彼等は二人を迎えると、巨人を見上げて告げる。
「まんまと策にハマったもんだな」
「偉そうぶって気付かねえなんて、相当の脳筋野郎だな」
言われ放題の巨人は、憤慨して彼等に襲い掛かろうとする。
しかし大きな足の片方には、リベイルケインが絡みつき、歩行を阻害する。
困惑する巨人をよそに、冒険者の中からハリス達の元へ駆け寄ったレナは、二人を確かめてほっと息を吐く。
「お二人とも、ご無事だったのですね!」
「リンゴのお陰でな。さて……」
集合した三人に、集まった冒険者も含め、巨人の姿を見る。
足を自由にするため、リベイルケインを振り解こうとする彼だが、強く絡まって上手くいかない様子。
ハリスはそれにニヤリと悪い笑みを浮かべると、遂に作戦を露にする。
「やはり巨人の倒し方といえば――転ばせるに尽きるだろう?」
彼が語ると同時に、周囲の冒険者たちの目が、ギラリと光った。
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