モンスターテイマー、万全の準備を整え決戦へ
ハリス達の暮らす部屋に、大量の箱が積まれていく。
巨人との戦いの為に、冒険者達が注文したアイテムを、一時的に保管しているのである。
そこへ大きな木箱を抱えたハリスとレナが、扉を開けて入ってくる。
彼等は箱を床に置くと、一仕事やりきった様子で腰掛ける。
「お疲れ様でした、ハリス様」
「まだこれからだ。冒険者たちに武器を配らないといけないからな」
ハリスの返答を聞き、レナは加速する忙しなさを理解し、緩んだ顔でため息を吐く。
束の間の休憩に、彼女は箱の山を眺めると、何か思いついたように尋ねる。
「ハリス様は何を注文なされたのですか?」
「折角だから先に出してしまおうか」
木箱から立ちそう言うと、ハリスは部屋の隅に置かれた別の箱を取る。
座っていたものと違い、コンパクトな箱を開け、彼は中から三つのアイテムを床に並べる。
五枚のカード、謎の刻印が為された青い貴石、ラッピングされた謎の箱。
並べた中から箱を取った彼は、それだけを他二つから避ける。
「これは最終手段だから避けて……何か気になるものはあるか?」
「ハリス様、これは一体何ですか?」
彼の隣に座り込み、カードを指差すレナ。
純朴な表情で尋ねる彼女に、ハリスはカードを一枚一枚並べて説明する。
「これは召喚符といって、『スピリット』という特殊な人工モンスターやアイテムを、一時的に使役できるものだ」
「人工モンスター……初めて聞きました」
「例えばこのオーガが書いてあるカードは、巨大な腕を出現させて四肢のように扱える。このケットシーは……」
獣耳の生えた人間のカードを手に、ハリスは説明を続ける。
初めて見るアイテムに、彼女は表情をころころと変え、楽しそうに聞いている。
全ての召喚符を説明し終え、そのまま懐にしまうハリス。
するとレナは、カードと共に並んでいた青い貴石に、新たな興味を抱く。
「綺麗な石ですね……こちらはアクセサリーですか?」
美しい石に触れようと、手を伸ばすレナ。
彼女の指先が貴石と接触した瞬間、ハリスは横からその手と石に、自身の手を重ねる。
暖かな触れ合いに、レナは一瞬、ドキリと身体を硬直させる。
「……ど、どうされたのですか?」
紅潮したまま声を漏らすレナに、ハリスは少し間を開けて口を開く。
「リンゴへ俺の生い立ちを話した時のこと、覚えているか? 俺はあの時、話していないことがあった」
「覚えていますが、それは一体?」
「……戦闘で発生した被害だ」
彼が告げると、レナは「あっ」と声を漏らす。
気付いた彼女に、ハリスはそのまま話を続ける。
「村にも人にも、羊にも被害は出なかった。ただ一つ、俺の相棒の命を除いて」
「……牧羊犬、ですね」
欠けた穴を埋めるように答えるレナに、ハリスは頷く。
すると彼はレナの手を退け、下にある貴石を眺めて説明する。
「これはモンスターテイマーが、パートナーと契約するために使用する石だ。しかし使ったことは一度もない……今までは、どうしても思い出してしまっていたからな」
牧羊犬の代わりに契約を交わしてしまっては、両者に失礼になってしまう。
秘めていた話を聞き、レナは瞳を潤ませる。
やがてハリスは、全てを告白し終えると、視線を彼女に移す。
少し緊張が浮かぶ彼は、それを飲み干して、橙色の瞳に告げる。
「レナ、俺のパートナーになってくれないか?」
「……はい」
真剣な眼差しで即答する彼女に驚くハリス。
話の途中で何となく察していたレナは、強張った表情を綻ばせ、朗らかな声で話しだす。
「一応の形式として、何故私なのか聞いてもよろしいでしょうか?」
本来なら答える前に尋ねることを質問するレナ。
そんな彼女にハリスは参ったと言わんばかりに頬をかくと、あらかじめ用意していた解答を述べる。
「まだ俺達は出会って日が浅い。だが、だからこそ俺は、同じ時に自由を得た者同士、理解し合って共に成長できると思った」
「………………」
「何千年と生きたレナに、共に成長という言葉は――傲慢だろうか?」
ハリスが言葉を締めると、今度はレナから彼の手に自分の手を重ねる。
至近距離で視線を交換し、息を触れ合わせた彼女は、悪戯な表情で口を開く。
「傲慢だと? そんなことがある訳が無かろう。貴様は私に自由を与え、人間をもう一度信じようという意思と、仕える喜びを教えてくれたのだからな」
それは普段、他者に威圧する際に、彼女が使う声色と口調。
妖艶な表情から放たれる声に、ハリスは改めて、彼女が人間ではないことを再認識する。
だがそれは嫌悪感ではなく、彼女を知りたいという好奇心。
レナはそれを悟ったのか、コロコロと笑いだし、ハリスも釣られて笑みを浮かべた。
やがて二人は立ち上がって距離を置き、契約を開始する、
「『我が眼前に立つこの者と、我は全てを分かち合う』!」
貴石を握り、彼が唱えた瞬間、拳の中で石が大きく光を放つ。
彼の手をすり抜けた石は、目を瞑るレナの胸を貫通し、彼女の中へ消えていく。
すると彼女の髪がふわりと揺れ、足元から波紋のような光が僅かに放たれる。
彼女は目を開け、メイド服の胸元を覗くと、そこには石に刻まれていた紋様が浮かび上がっていた。
そんな彼女と契約を終えたハリスは、口を動かさずに声を送る。
(感覚共有に非常用の魔力共有、互いの居場所の感知。あとは一部のスキルやアイテムの効果を共有できるらしいが、試してみないとわからんな
(この念話も、契約の効果ですか?)
レナも真似して伝えると、ハリスは頷く。
手探りな彼等だが、二人とも関係の進展を喜ぶように、満足げな笑みを浮かべる。
するとその時、部屋の扉がノックされ、リンゴが中へ入ってきた。
「戻りました! 冒険者さん達に荷物の到着、伝えて来ました!」
飛び込んできたリンゴの言葉に、振り向くハリス。
それまで柔和な表情を浮かべていた彼は、鋭い目で彼女を見ると、ハッキリとした口調で告げる。
「リンゴ。今回の巨人討伐、お前に最重要の役目を託したい」
「…………え?」
そこから語られるハリスの作戦に、彼女は汗ばみ、目を回しながら震えだした。
*
二日後、正午。
草原から町にかけて、それぞれの役割を持って展開した冒険者達が持ち場へ立つ。
最前線に立つハリスもまた、隣にマスターとレナを連れ、神経を研ぎ澄ます。
するとマスターは彼の耳に顔を寄せ、心配した様子で尋ねる。
「なあ、本当にこの作戦で大丈夫なのかね?」
「当然だ。準備は欠かさなかった」
「準備、ねえ……」
腕を組み、訝しげに声を漏らすマスター。
彼の脳裏には、この場にいないリンゴの、ガチガチに緊張した姿が焼き付いていた。
悩ましげに「うーん」と声を漏らすマスター。
だが彼の杞憂を引き裂くように、キッ! と前を睨んだレナが告げる。
「巨人、来ます!」
彼女の声に合わせて、冒険者全員が弧を描く地平線を注視する。
景色の奥にある山々より大きな人影は、這うような地鳴りを轟かせながら、確実に町へ迫っていた――。
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