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共感呪術  作者: 六神
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第四章 迷宮の竜

第四章 迷宮の竜







(1)






 空は青く澄み渡り、草原を渡る風は涼やかだ。


 メイシアは草原に横になり、ぼんやりと空を行く雲を眺めていたが、やがてそれもあきて視線を移す。


 ぐるりと頭を巡らすと、背の高い草が生い茂っている。細く伸びたそれはそのまま地平線を隠す山まで続き、連なる山脈から視線をもう一度空に移すと、白い雲が眩しすぎる昼下がりの太陽を横切り、光の中を鳥が二羽連れだって飛んで行く。さらに頭を真後ろに向けると、石造りの壁にぶつかった。


 壁の向こうにある国の名はエルディオス。


 膨大な土地を囲む壁には東西南北合わせて四つの門がある。都市の中に入るにしても、また出るにしても必ずその門を通らなければならない。出入り口はそこにしか存在していないのだ。しかも完全に行き来は自由というわけでもない。中に居住権を持つ住人にはさして関係のないことなのだが、外から来る人間は、ある程度の審査を受けてからとなる。荷車は必ず路肩に止めて、積み荷を詳細に調べられる。当然、入ろうとする人間も調べられた。目的、複数ならその構成、滞在期間。それらすべてを通過すると一人一人に通行証が交付され、ようやく中に入ることが出来る。出るときには街で購入したものがあれば、それも調べられる。


 つまり、面倒なことこの上ないのだ。しかしこれが自治国家エルディオスの特長でもある。


 しかしそれでも行き交う者が絶えないのは、ひとえにこの国には他にはないものが溢れ返っているから、逆にないものがあるから。


 連なる山岳にはまだ大量の鉱物資源が眠り、領地内の豊かな土壌は作物を作るのに適している。


 エルディオスが独立を保っていられるのも、整った環境のおかげだが、同時に常に侵略の危機に立たされる歴史を送っていた。しかし近年は南部の『中央』と不可侵の条約を結び、安定した状態を保っている。そのため門の前での審査も、徐々に簡略化されつつあった。


 それでも、まだまだ面倒なのは確かだ。


「……ずいぶん遅かったわね」


 その長時間にわたる審査を終え、二人分の通行証を持って帰って来たシオにメイシアは眠そうな顔で言った。

 対する彼は、常のように笑っている。


「すみませんでした。ーーーはい、どうぞ」


 草原に寝ころんでいるメイシアに、シオは通行証を手渡す。


 通行証は、ごわごわの紙に国印を押して必要事項を記入しただけの、とても安っぽい代物だった。メイシアは最初にかかる手数料を聞かされていた為、それを見た途端、この程度の物かと思わず憤慨しそうになった。


「この国って、ちょっと通り抜けがてら一晩泊まるだけでも、ずいぶんもったい付けるのね」


 むすっと顔をしかめ、メイシアは通行証をぴらぴらと顔の前で振る。


 相変わらず、シオのすねをかじって旅をしている身としては、通行証をもらえるだけでもありがたく、文句を付けるなどとんでもない事なのだが、それでも、言いたい事の一つや二つはある。


「……何よ、これ」


 一通りそれを眺め、メイシアは剣呑な眼差しをシオに向ける。


「何か、不都合でも?」


 メイシアは無言で立ち上がると、シオに自分の通行証に書かれている職種の欄を指さして怒鳴った。


「どうしてあたしの職業が魔導士見習いになるの? いつからあたしはあんたの弟子になったのよっ!」


 メイシアは勢いを付けて起き上がり、シオの眼前に通行証を突きつける。


「……しかし、メイシアさんは私に任せると……。あなたは無職ですから、何か書かないと。……あの、ここって祭りか特別な式典でもないと……一般の、つまり観光だけが目当ての人は入れないのです」


 しどろもどろになって言い訳をするシオに、メイシアもひとまず怒るのをやめた。


 そう、シオの言う通りだ。


 ここで「じゃあ、帰って下さい」と言われたら、メイシアは終りだ。


「主要目的があんたの荷物持ちってのも気になるけど。ーーーところで、何を買うの?」


 それがエルディオスに来た目的なのかと思い、当然のように質問したのだが、帰ってきたのは「さて、どうでしょうね」という曖昧なものだった。


「ちょっと、気になることがありましてね」


「ふーーん……」


 肝心の目的はきっと、最後までわからず終いなのだろう。


 メイシアはいわば押し掛け女房的に、彼の旅に同行しているだけ。未だに彼が何を思って北へ進路を取るのかも、詳しくは知らない。


 竜の住む谷へ行く。


 彼女が知っているのは、ただこれだけ。


 そして、メイシアが彼の後を着いて行くのは、この魔導士が彼女の故郷を水没させた何かを知っているから。


 だが、彼は肝心なことになると口を閉ざす。ことある毎にメイシアも話を聞き出そうと試みるのだが、彼と旅を始めてからこっち、必ず行く手に何かが起こり、詳しく訊ねる機会すら実はほとんどなかったのだ。


 そして、未だに解決していない問題も多い。


 第一として、宿場町で会ったイデア教の女神官だが、彼女はあれ以降、姿を見せてはいない。彼女の探す人物は、どうやらシオに似ている神官らしい。それがこの魔導士本人なのか、他人の空似なのかは不明なままだ。


 結局、彼女とシオを会わせる機会もなく、街を後にしてしまった。


 メイシアも、解決することを諦めているわけではない。ただ同時に、この魔導士から何かを聞き出すのが至難の業だという事も理解しているからだ。


「ねえ、イリューザはどうしたの。一緒に行ったはずでしょう」


 ともすれば、そのまま枯れてしまいそうになる気力を少しでも現実から遠ざけようと、メイシアは別のことを訊ねる。


「イリューザさんは、別口なのでとうの昔に終わっていますよ」


「別口って?」


 何か汚い手口でも使ったのかと言外に問うが、シオはそれを否定する。


「窓口で傭兵を募集していました。そう言った方々の手続きは簡単らしいですよ」


「けど、イリューザは仕事が終わったから家に帰るって言ってなかった?」


 さて、とシオは首を傾げる。


 実際に募集を見て、考えが変わったのだろうか。純粋な力試しかとも思ったが、どうも彼の性格からは多少ずれているような気がした。


「ですが、先ほど見かけた時は、衛兵の詰め所で当番の方と仲良くお酒を飲んでいましたよ」


 自分は誘われたが無視した、とシオは言った。


 結局、イリューザが戻ってきたのは、日もそろそろ傾いた頃で、メイシアは遅めの昼食を取り、たっぷり休憩してもまだ余りある時間に、そろそろ飽きていた。


 だから、上機嫌で戻り、手には土産の酒瓶まで握っている男を見た途端、メイシアは先ほどの通行証を見たときよりも数倍は不機嫌な顔をする。


「なんだ、嬢ちゃんはえらく不機嫌そうなツラしているな」


「当たり前よ! まったく、この酒飲み中年親父は。もういい加減にしてよね」


「まあまあ、街に入る頃には丁度夕食時ですよ」


 だから機嫌を直してください、とシオになだめられ、三人はひとまず歩き出した。


 しかし、メイシアの口は止まらない。


「いつもいつもいつもっ! 酒を飲むだけならまだしも、他人に絡むし、すぐ暴力に走る。おまけの今日は散々人を待たせるし。いいおじさんのすることとは思えないわっ!」


「若けりゃいいって問題でもないだろう。それに世間話も大切だぞ、いくら一国の兵士でも、酒が入ればただの人間さ」


「お酒の勢いを借りて情報収集? じゃあ、その間にひたすら待たされていたあたしたちはどうなるのよ!」


「おいおい、そんなに急いで街に入ってどうするよ。今日は天気もよかったから昼寝もたっぷり出来たろう」


「あぁっ、もう、話がずれてる!」


 しかしイリューザは、反省の色なく適当に謝るだけだった。


 後ろから二頭立ての馬車がやってきたので、口論もそこで中断することになった。通り過ぎ様、手綱を引いていた男はちらりとこちらを見て行った。そのまま行ってしまうとばかり思っていたが、少し先で馬車は止まり、男がこちらを手招きしている。


「さて、どうしたのでしょうか」


「馬車が壊れたのかしら?」


 首を傾げながらも、三人は馬車に近づく。


「何かご用ですか?」


 シオの問いかけに、男は荷台の後ろを指さして言った。


「街にはまだ遠い。悪いことは言わんから、乗って行きな」


 ぶっきらぼうな言い方だが、突然の申し出に三人は互いに顔を見合わせる。


「まぁ、確かにそうですね」


 まだ石壁に中に入って間がないため、街のある内壁は畑の向こうだ。このまま行けば間違いなく門に辿り着く頃には日が暮れてしまう。


「いいじゃない、乗せてもらいましょう」


 メイシア、次いでイリューザも荷台に上がる。シオも御主の男に礼を言って乗り込んだ。


「しかし、親切というには少しおかしかったですね、あの人」


 荷台の端で揺られながら、シオはぽつりと漏らす。


「そうよね、悪いことは言わないなんて、誘うときは普通使わないわ。あ、日が暮れると内壁の門が閉まって入れなくなるとか」


 なるほど、とシオを感心する。


「そいつは半分当たりだな」


 のそりとイリューザは荷の詰まった中を狭苦しそうに動く。


「さっき聞いた話だとな、最近は夜になると、門だけでなくすべての店も閉まる。住人すべてに夜間外出禁止令が出ているのさ」


 だから、とイリューザはそこでいったん言葉を切ると、外を指さす。


「まだ日が落ちるまで間があるってのに、誰も畑に出ていないだろう」


 街に続く道の両側は小麦が揺れ、他にも様々な畑が見える。しかしイリューザの言った通り、彼らの馬車以外動く物も人もなかった。








 馬車で内壁の門まで乗せてもらい、エルディオスの都市ーーとはいっても、この国は街も城もひとつしかない小国であるーーに入った。


 そして行く先々で、イリューザの話していた夜間外出禁止令を目の当たりにした。露店は日暮れ前に店をたたみ、外を歩く者は落ち着かなげに早足で家路を急ぐ。夜間が稼ぎ時の酒場や娼館までもが雨戸までぴっちりと閉め、太陽が山の端に最後の光を投げかける頃にはまさしく犬一匹通らない、無人の都市となった。


 住人達は皆、家の中でひっそりと虫も鳴かぬほどの静けさでじっと耐えていた。


 それが通り過ぎるのを。


 嵐が過ぎるのを待つのにも似ていたが、彼らが必死になって息を殺すのは、足下からじわりと這い上がってくるような恐怖に対してだった。





「でも、ここまで徹底しているのは不気味よね」


 一行も街の者に合わせて早めに宿を取り、すぐに夕食となった。だが、外出禁止令のおかげで、宿の酒場兼食堂もにぎわいは乏しく、彼らと同じように宿を取っている数組の客が食事をしているだけだった。


「あたしの部屋なんて、窓が開かないように内側から釘が打ってあるのよ。シオ達の部屋はどう?」


 メイシアの問いに、片方は無言で茶の入ったカップに視線を落とし、もう片方はこれも何も言わず酒を飲んでいる。


 夕食の席は、まるで葬式のように暗かった。


「……どうかしたの?」


 よほど窓が開かなかった事が衝撃的だったのだろうか、と思わず考えてしまったが、シオはゆっくりとカップを置くと、静かに告げる。


「メイシアさん、話を聞いて下さい」


「……なによ、改まって」


 それでも、メイシアは背筋を伸ばしてシオに向き直る。


「あなたとの旅を、ここで打ち切らせて下さい」


「は……」


 思わず間の抜けた声を出し、それからシオとイリューザの顔を交互に眺める。


「嬢ちゃんは俺が引き取る。悪いが、この国で仕事が終わるまで待ってくれ」


 娘が増えるから、稼いで帰らねぇとな、とイリューザは笑ったが、どこかその笑みは力がない。


「どういうこと……?」


 声が震えている。


 突然の言葉に、停止しそうな思考を必死で動かす。


「どういうことなの、シオ?」


 それでも、同じ言葉を繰り返すので精一杯だった。


 肩に黒竜を乗せた魔導士は、無言でメイシアの前に中身の詰まった布袋を置いた。


 音で、それが硬貨であるということはわかる。しかし彼の意図はわからない。


「……これは、なに?」


 問いかける声が低くなる。


 シオはひたとこちらをまっすぐに見つめる。長い前髪の下からのぞく、薄氷色の瞳がメイシアを映していた。


「私の持っている現金のすべてです。あなたとはここで別れようと思っているので、このお金は好きに使ってください」


 感情のこもらない、平板な声。


「イリューザさんと二人で決めました。勝手は承知ですが、これ以上、あなたを連れ回して行く事は出来ないと判断したので」


 メイシアは、シオとイリューザの顔を交互に見た。


「なんで……どうして……?」


 二人はメイシアと視線を合わさないようにうつむく。


 その表情、そして互いの挙動にメイシアは一瞬で事情を悟る。


 つまり、二人でこそこそとメイシアの身の振り方をご丁寧にも考えてくれたのだ。


「ーーーっ!」


 メイシアは勢いをつけて立ち上がると、金入れを掴んで席を離れる。そして、そのまま数歩行ったところで振り返った。


「あたしは諦めないから。これは預かるだけよ。シオが食料や装備を使い切っているのは知ってるんだからっ!」


 そこまで叫んでからメイシアは階段を駆け上がった。その勢いのまま部屋に飛び込むと、手に握っていた金入れを壁に向かって投げつける。


 薄い壁に、重い袋が当たって鈍い音を立てる。


 袋は床に落下し、緩んだ口から数枚の硬貨がこぼれた。


 メイシアは無言で硬貨を睨んでいたが、入ってきた時と同様、突然靴を脱ぎ、上着を放り投げて毛布を頭まで被る。


 馬鹿げている……わめきちらして相手の注意を引いたところでどうなる。


 彼には彼の事情がある。わかってついて行ったのではないのか。


 大体、今さらテュリエフの真相を知ってどうなる。


 誰も帰らない、何も変わらない。


 シオに無理矢理ついて行ったのも、街で噂の種にされるのが耐えられなかっただけ。


 メイシアはぐるぐると渦を巻く感情にもまれ、そして興奮した精神は一種の逃げ……眠りを求めた。











(2)






 規則正しい音が、耳を打つ。


 眠りの中を漂っている頭は、それが何の音か理解できなかった。それでも意識の中に音は幾重にもこだまし、やがて埋め尽くす。押し潰されそうになって、音から逃れようともがいているうちに、すぅっと意識が浮上する。


 やがて、音が何なのかわかった。


 大勢の人間が、足並みを揃えて歩く音だ。


 そこまで理解できたとき、意識は急に覚醒した。


 目を開けると、部屋は闇の中で、ぼんやりと夢の内容を思い出すうちに、目覚める直前のことが脳裏をよぎる。


「ーーーそうだ、靴音……」


 耳を澄ますと、音はまだ続いていたが、少しずつ遠ざかって行くようだ。


 メイシアは好奇心を刺激され、手早く服を整える。そうして、隣室で寝ているはずの二人を、どうやって理由を付けて連れ出そうかと考える。


 と、意識に、閃くものがあった。




 ーーーこれ以上、あなたを連れ回して行く事はできないと判断したので……




 胸が急に鉛を飲んだように重くなる。


 自分は先ほど、彼らに……いや、あの魔導士に、別れを告げられたばかりだというのに。


「そうだ、シオもイリューザも駄目だった……」


 どうやらずいぶんと寝ぼけていたらしい。もう一度寝ようかと思ったが、すっかり目がさえてしまった。このまま寝台に戻っても、きっとまんじりともしないで朝を迎えてしまうだろう。


 メイシアは大きく息を吐く。


「……見に行ってみようかな」


 何の解決にもならなかったが、メイシアは先ほどの足音を追いかけることにした。


 眠る事と同じく、現実からの逃避だと理解しながらも。






 既に明かりの消された階下に、足音を忍ばせて降りる。一階の酒場は、普段ならそれこそ一晩中でも賑わっているはずなのに、明かりも落とされたそこには張りつめたような静けさが漂っているだけ。この店だけではない、エルディオスのすべてで夜に動くものは消え去っていた。


 そろそろと足音を殺して扉まで近づき、閂を下ろした戸をそっと開けて、メイシアは外の様子をうかがう。


 ーーーしかし、その行動は無意味だった。


「うわっ、何も見えないじゃない」


 メイシアが声を上げるのも無理はない。外は濃い霧に覆われ、伸ばした指先も霞むほどの有様だ。彼女も今まで何度か濃い霧に遭遇したが、これは桁外れだ。夜の闇も手伝い、それこそ道と壁の区別もつかない。


 常識的に考えれば、夜間外出禁止令が出ている街中を散歩しようとするのがそもそもの間違いだ。しかも、ご丁寧に行く手を阻む霧まで出ている。


 当然、メイシアもあきらめようかと思ったが、逆にここまで出かけられない条件が重なると、俄然変なやる気が出て来る。しかももう扉を開けてしまっている為、誰が見ているわけでもないが妙に引っ込みがつかなくなってしまった。


 そして、無茶だと頭で理解しながらもメイシアは、夜間外出禁止令の街で散歩することを強行した。


 一歩踏み出すと、霧独特の湿った、薄いベールのような空気が彼女を静かに包む。


 すぐに宿屋の扉も見えなくなった。目的は、もちろん先ほどの足音。ずいぶん遠くなってしまったが、まだ微かに聞こえる。そちらへ足を向けながらも、メイシアは不用意に角を曲がらないように注意して歩き出す。この霧では、すぐに自分の進む方向がわからなくなりそうだ。それだけならまだしも、帰り道すらわからなくなってはしゃれにもならない。


 濃い霧は、まるで水中を進むようなもどかしさを覚える。思わず両腕で水をかくようにして霧を押し分けて進むが、周囲の霧をわずかにかき回すだけで、じっとりと湿気が肌に張り付き不快感が増す。


 通りを何区画か進む内に、メイシアの足は少しずつ速くなっていた。


 足音はすでにない。


 彼女は確かに足音が向かったであろう方向に歩いていたというのに、その集団に追いつくどころか今では痛いほどの沈黙が通りに広がっているだけ。


 深い霧の中で、メイシアは言いようのない不安を感じる。


 真夜中に、目抜き通りをたった一人で歩いているという事実に、今さらながら気づく。


 途端、それまでなんの変化もなく続いていた道が、急に狭まって自分を飲み込んでしまうような錯覚を覚え、息がつまる。


 心細さと不安にメイシアは早足になり、足下も気にせず……いや、気にする余裕もなく走り出してしまった。


 だが、視界の悪さにすぐに足は走るのをやめ、とぼとぼと頼りない動作になる。


 それでも、立ち止まる事は出来なかった。


 足を止めた途端、何かが迫って来るような、そんな脅迫観念に襲われていた。


 しかし、もう限界だった。


「…………引き返そうかしら……。ううんっ! 絶対にそうした方がいいわ」


 多少わざとらしくも自分に言い聞かせると、メイシアは元来た道を引き返し始める。かなり遠くまで来ていたが、どうせ一本道だ。ゆっくりとたどって行けば、戻れるはずだ。


 石で舗装された通りには、彼女の慎重に進む足音しかないーーーはずだった。


 最初は気のせいだと思って別段意識もしなかったが、彼女の背後から聞こえる音は、建物に反響して次第に大きくなって行く。


 先ほど聞いた、足音が迫って来る。


「ーーーなに?」


 メイシアは足を止めて振り返り、そのまま硬直した。


 霧のせいか、距離感そのものがおかしくなっていたのかもしれない。


 彼女が振り返った先に、何十という兵士が、隊列を組んでこちらに向かって来ているのが見えた。メイシアの聞いた音は、彼らの靴音に間違いない。けれどその集団は夜中の行進練習にしては、かなり異様な様相を呈していた。


 全員が夢遊病者のように虚ろな眼差しをしている。それでも夜中まで練習させられ睡眠不足というのなら、まだメイシアも納得することができただろう。


 だが、相手の異様な姿に、メイシアは後退る。


 薄汚れ、全身に赤い飛沫を浴びるその姿。乾ききっていないそれは、血に間違いないだろう。そして何人かが背負っている袋からも、絶え間なく赤い滴が落ちている。


「……こんな夜中に狩り? まさか……」


 メイシアは集団から目をそらせないまま、じりじりと後ろに下がる。だが、血染めの兵士はもうすぐそこまでに迫っていた。


(っ、逃げないとっ!)


 棒のように言う事を聞かなくなった足を叱咤しながら、メイシアはすぐそこの路地に駆け込み、集団をやり過ごすことにした。


 たてる音は確かに人のそれなのに、どこか生を感じさせない兵団は、濁った目で前だけを見ていた。ほんの少し前までその進路を遮る形で立っていたメイシアなど、見えてはいても、意識には入らなかったようだ。


 最も、はっきりとその存在が認識された瞬間に襲いかかって来るかもしれない。


 路地の中で壁に同化するように張り付き、息を殺して足音が遠ざかるのを待った。


 そして、足音が完全に消えても、メイシアはしばらくの間その場から動く事が出来なかった。


 やがて、息苦しさに汗が流れる。どうやら、気づかないうちに呼吸まで止めていたらしい。荒く息を吐き、ふらつきながらも通りに顔を出す。そこにはもう、がらんとした道が霧の中にあるだけで、先ほどの集団が通過した痕跡は何も残っていなかった。


 そう、なにも……


 メイシアは、そこでおかしなことに気づく。


「……臭いが、ない?」


 普通あれほど大量の血を浴び、さらにまだ血が滴っているような袋を下げていれば、かなりきつく臭うはずだ。なのにこの濃い霧のせいなのか、鉄錆臭い臭いは全くしない。これで足音さえなければ、誰も現実に起こっていることだと認めないだろう。


 霧に消えた集団の異常さに、メイシアは身震いする。とても追いかけるような気にはなれなかった。幸い、宿ももうすぐそこのはず。


 そう思って通りを歩き出した時、声が聞こえた。


「ーーー兵隊さん、待ってください!」


 女性の声だ。


 しかも、記憶と経験によれば余り聞きたくもない類のそれ。別に、当人を嫌っているわけではないのだが、彼女に関わるとなぜかいつもこちらが疲れる目に遭うので、ただ何となく気後れしてしまうだけだ。


 だが無視するわけにもいかない。


「ーーーミワっ!」


 叫んでメイシアは、女神官の姿を探して目抜き通りを走った。


 霧で方向感覚も狂わされるのか、音の聞こえた方角に走っているはずなのに、なかなか相手を見つけられない。


 だが、先ほどから心なしか霧が薄くなったような気がする。


「それにしても、あいつらってエルディオスの兵隊よね……?」


 最も、それ以外の兵士が、自治国家の街並みを歩き回っているのは問題だろう。


 こんな夜中に演習だとはご苦労様だ。


 ……いや、絶対に違うだろう。あの行動の目的が、メイシアの想像もつかない理由だとしてもとても知る気にはなれなかった。


「ーーーぎゃっ!」


 と、足が石畳とは違う感触のものを踏み越え、途端に子犬の悲鳴のようなものが聞こえた。


 恐る恐る振り返ると、半ば予想していた通り、石畳の上に女神官のうつぶせに倒れた姿があった。


「ご、ごめんミワ!」


 抱き起こすとミワは弱々しい眼差しを向ける。


「あ……メイシア、さん……」


「どうしたの、あの兵士に何かされたの?」


 ミワは答えず、そのままへなへなと崩れた。


「……ミワ。あなたもしかして、お腹が空いているとか」


「はい……」


 ミワは半泣きで答えた。






 メイシアはようやく戻ってきた宿屋の寝室で軽く息をつく。彼女は寝台に腰掛け、すぐ側の床にミワが座っている。


 ものすごい勢いで、携帯食料を食べる女神官の様子に、メイシアはもう一度、今度は深く息を吐いた。


 わずかに残っていた乾燥穀物は、すべて女神官の腹に収まった。それでもまだ足りないという目を向けられたが、メイシアも他に食料の手持ちはない。わざわざ階下の食堂に忍び込んで取って来る気にもならなかった。


「そこ、汚いわよ」


 床のことである。しかしミワは他に座るところもありませんので、と答えにこにこしている。部屋の中は狭く、寝台以外に家具はない。


 しばし悩んだ末、メイシアは寝台の端を指さす。


「ここにいらしゃい」


 はい、とミワは素直に返事をすると、示された場所にちょこんと座る。その動作はどう見ても、年上のそれには見えなかった。


「……えーと」


 額に手を当て、何とかして考えをまとめようとする。


「まず、この間シオを殴ったことは置いといて、このエルディオスには何をしに来たの? また例の探し人?」


 別段必要な問いでもなかったのだが、今のメイシアは外で見た光景の為、ひどく混乱していた。何か、そう、取りあえず何か会話を続けていなければ、不安と焦燥感で思わず叫びだしてしまいたくなりそうだ。


「えぇ、そうなのです。この国の王城にいらしゃるアネクシオス様に会いにきましたの」


 ミワは全開の笑顔で答え、その内容はさらにメイシアを困惑させた。


「……ちょっと待って、ミワ。シオは隣の部屋で寝てるけど?」


 いると確かめたわけではないが、逆に彼が王城に行ったという証拠もない。


「シオが、そのアネクシオスじゃなかったの?」


 結局、前回は女神官とシオを会わせる事は出来たが、その結果はなんというか……シオの殴られ損だった。ミワは何も話さず逃亡し、気がついたシオは女神官の知り合いはいないという。


 そこで、振り出しに戻ってしまった。


 だからこそ、彼女に改めて問いかけたのだが……


 ミワは、にこにこと邪気のない笑顔をメイシアに向ける。


「とんでもないですわ。あんなうすらとぼけた魔導士が、たとえ顔が同じでもアネクシオス様のはずがありませんもの」


「ぼけならあんたもいい勝負よ。ーーーって、顔が同じ? シオってもしかして、そのアネクシオスとうり二つなの?」


 メイシアはミワに詰め寄った。彼女はわずかに真剣な面もちで眉根を寄せる。


「ええ、信じがたいことなのですが……。お二人とも、全く同じ顔をしているのです。銀の髪も、冷たくも美しい水色の瞳も。あの美貌が世にふたつ存在しているだなんて、不公平ですわ!」


「………………あ、そう」


 何が、誰に対して不公平なのかは、敢えてメイシアは訊ねなかった。放っておけば、またアネクシオスの自慢話に突入することは目に見えていたので、話を無理に戻そうとする。


「で、アネクシオスが王城にいる。その根拠は?」


 ミワは拳を振り上げ、今にも熱弁に突入しようとしていた所だったが、そこは律儀な性格なのか、残念そうにしながらも、元の位置に座り直す。


「エルディオスの王が、病で倒れたのはご存じですの?」


「ごめん。初耳」


 あまりにもあっさり言い切られ、ミワはがっくりと肩を落とす。


 メイシアも悪いとは思ったが、なにぶんこの国には今日来たばかりで、しかも最近、色々と慌ただしかった為、とても世間話に耳を傾けるような余裕はなかった。


「とにかく、病に伏せった王は治療の為に各地から高名な医師や薬師を呼び集め、その中に銀髪の男性がいたそうです」


「だからって、その相手がアネクシオスだって限らないじゃない」


 確かに銀髪は少ないが、珍しいというほどでもない。


 ミワもその可能性は十分承知していたのだろう。


 小さな空白があった。


 それでも、ミワに迷いが見えたのは刹那だけだった。すぐ瞳に意志が戻る。


「ほんのわずかでも、可能性を捨てることはできませんわ」


 ミワは真摯な眼差しで、メイシアをひたと見据える。


「諦めたら、そこで負けですもの」


 その熱心な態度に、メイシアも折れた。観念して肩を落とす。


「城に行くにしても、情報を集めるにしても。とにかく明日にしましょう」


 メイシアはのびをする。緊張が解けたせいか、急に眠気が襲って来た。


「どうせ泊まる所もないんでしょ。狭いけど、一緒に寝ましょ。ほら、明日からはあたしも手伝ってあげるから」


 メイシアが手招きすると、ミワは少し驚いたように目を見開くと、笑った。


「はいっ、ありがとうございます!」


 狭い寝台に、女二人が肩を並べる。しかしミワもメイシアも小柄なので、寝られないことはなかった。


「……ところでさ。ミワはあの兵士を追いかけて、何をしていたの?」


 返事は、ひどくあっさりしていた。


「いえ、城の方ならアネクシオス様のことをご存じかと思ったので。けど跳ね飛ばされてしまいましたわ」


 メイシアはひどく脱力した。


 普通、あんな異常な集団相手にものを訊ねる気になるだろうか。その無謀というか考えなしに動くところに何となく、隣室で眠っているはずの魔導士と繋がるものを感じて、メイシアはさらに疲れを覚えた。






 山の稜線が、ほんのわずか明るくなった頃に二人の旅人は宿を出た。


 そんな頃だというのに、もう街は動き始めている。王の出した夜間外出禁止令のために、少しでも時間を無駄にしないようにしているのだろう。


 そんな街の様子も、この二人の目には入っていない。最も、本当に彼らの周囲には見えない壁が存在していたのかもしれない。人が反射的にそこを避けて通るような気配がそこに漂っていた。


 石畳を歩きながら、一人が「行くのか?」と訊ねれば、もう一人は「はい」と答えた。


 深く静かにイリューザは息を吐く。その瞬間だけ、彼の表情は年月に疲れた老人の顔になる。


「言うだけ無駄ってことか」


「自分で決めたことですから」


 にっこりとシオは笑う。


「ったく、言う事だけは一人前かよ」


 イリューザはシオの銀髪をぐしゃぐしゃにかき回す。


 その前髪の間に見える薄氷色の瞳が、時折人形のように無機質になることをイリューザは知っていた。その瞳は彼すらも悪寒が走る。彼はそのことを悟られないように、さらにシオの髪を乱す。


 困ったような顔をして、それでも彼は笑っている。


 その様子に腹立たしさを感じると同時に、むなしさも覚えてイリューザは髪から手を離す。シオはすっかり乱れてしまった髪を押さえるが、その様子はどこか楽しそうだ。


 結局、自分はこの男について何も知る事は出来なかった。


 いや、そもそも尋ねる気にもならなかった。


 推測はいくらでも出来たが、確認した所で意味はない。


 ただ彼は、言った。


 数日前、寂しそうに笑いながらも「彼女の面倒を見てくれ」と。自分にこれ以上つきあわせると、彼女自身に危険が及ぶ可能性があるので、これからの身の振り方も含めて彼女を支えて欲しいと……。


 そんな事を言われなくとも、折々機会を見てもう一度メイシアを誘おうと思っていた所だった。実家に戻れば、そんな調子で拾ってきた子供達が待っているのだ。


 だから、あえてシオ自身の事情を聞く気にはなれなかった。


 聞いた所で、自分にどうこうできる問題でもないし、厄介ごとに巻き込まれるのもごめんだった。


 請け負った〈仕事〉を完遂できないことに、良心はなんの痛痒も覚えはしない。


 どうせ後金をもらう当てもなかった仕事だ。


 イリューザは何も言わず、尋ねずメイシアを引き取り。シオもまた、なんの説明もなく彼らの前から消える。


 それで構わない。


 メイシアに先に話していたとしても、彼女の説得にシオ自身聞く耳持たないのはもうわかっている。


「ったく、どいつもこいつも勝手ばかり言いやがる。少しは面倒ごとを片づける方の身にもなってみろってんだ」


「すみません……。でも、ありがとうございます」


 彼は笑う。


「ーーー礼なんか言うな。背中がむずがゆくなる!」


「ですが……」


「あー。もう何も言うな、聞きたくない。人間、自分のことだけ考えて生きいればいいんだよ。俺は他人の事情に構いたくないし、男相手に満面の笑みで礼を言われてうれしくなるような変人じゃねぇ」


 ひとしきり文句を連ねて背中を向ける。


「……ありがとうございます」


 かけられた言葉に、イリューザは苛立たしげに振り返る。


「だから、それを言うなって……」 


 と、彼の浮かべる表情に気づいた。


 うれしくてたまらない、満面の笑みの一歩手前といった顔。そんな、むしろ無邪気とも言える表情に、イリューザは勢いを削がれたが、振り上げた拳をそのままにするのも間抜けだったので、シオの後頭部を軽く殴った。


 それで腹の中も決まった。


「とにかく。嬢ちゃんの面倒は、俺がちゃんと見てやるよ」


「はい、よろしくお願いします」


 にこにこ顔の青年に、イリューザは大きく肩を落とした。


「……お前、俺をそこまで信用する根拠はどこから来るんだよ」


「はぁ……根拠ですか。特にないですが、イリューザさんなら大丈夫だと思いましたから」


「お前、正真正銘の馬鹿だな」


 イリューザはお手上げとばかりに頭を掻く。


 シオの肩に乗っている黒竜が、わずかに頭を上げる。


 その視線の先には、巨大な塔が見えていた。エルディオスで唯一の城。


 この国の中心であり、そしてすぐに事件の渦中にもなる場所だった。











(3)






 メイシアは隣室の扉を開け放ち、呆然とした。


「やられた……」     

 

 いくら夜更かしして寝過ごしたとはいえ、まだ十分に朝も早い時間帯である。それなのに、目的の人物はそこにいなかった。


 寝台の上には押しかけ傭兵が転がっているだけで、魔導士の姿はない。それ以前に、隣室はメイシアと同じ一人部屋だった。てっきり男連中は二人部屋を取っているとばかり思い込んでいたのだが、当てが外れた。


 どうやらシオは、宿に泊まる真似すらせず、そのまま出て行ったらしい。


「……どうかしましたの?」


 まだ半分寝ぼけた顔で、ミワは部屋から顔を出す。


「シオがいないのよ」


 ミワは話す合間にあくびをし、目をこする。


「あらあら、大変ですね。追いかけますか?」


「ご飯を食べる間に考える」


 きっぱりとメイシアは言い切る。


「どうせイリューザに聞いても、知らないって言うわ。それなら起こす労力が無駄になるだけよ」


「じゃあ、私はもう少し寝ますから……」


「あんたも起きるのよ!」


 眠そうにあくびをしている女神官の襟首をつかむと、メイシアは一緒に階下に引きずっていった。








 イリューザは起きていた。


 会話のすべてに聞き耳を立てていたが、どうやらメイシア当人は頭に血が上っているのか、彼の狸寝入りに気づかなかったようだ。


「……元気な嬢ちゃんだ。さて、どうするよ」


 シオがどこを目指しているのかは、彼も知らない。もちろん、見当はついていたが、それをあの無鉄砲な少女に教えるつもりはなかった。


 きっとあの子は一日街を歩き回り、疲れ切って戻って来るだろう。


 それでも、諦めるという言葉を知らない精神力には恐れ入る。


 彼なりの懐柔策はもちろん用意してあったが……きっと今は、放っておいた方がいい。余裕のない状態では、話も聞いてもらえないだろう。


 イリューザはそう結論づけて、今度こそ惰眠をむさぼり始めた。








 そして、押しかけ傭兵の想像通り、メイシアとミワの二人は日が落ちるまで方々を歩き回ってから宿屋に戻ってきた。


 この国の夕暮れは、その日の終わりを意味する。


 だが女二人の一日は、まだ終了には早かった。


「さて、今日一日のおさらいね」


 メイシアは大半を片づけた夕食を前に告げる。だが、それは独り言ではない。テーブルを挟んで向かいには、まだ一生懸命に硬い肉と格闘する女神官の姿があった。


「まず、二人で仕入れた情報の交換。しかるべき後に、それらを駆使して今後の対策と、それらを円滑に実行する為の方法を模索し……」


 そこまで言って、メイシアはテーブルを叩く。ミワはようやく口に入る大きさに切れた肉を満足そうに頬張ったまま硬直する。


「模索するんだけど……。ごめん、言葉が続かない」


 滅多に使わない難しい語彙ばかりを集めてみたが、結局使い慣れない為、話すことと考えことが追いつかなくなってしまった。


 しかしミワは、小首を傾げたまま口に入った肉を一生懸命噛んでいる。


「あのさ、食べるのもいいけど、少しは人の話も聞きなさいよね」


「……はい、あの、すみません」


 小さくなる様子がまるで小動物のように思えてしまい、メイシアは気勢をそがれて脱力する。


「とにかく、今日見聞きしたことを全部話してよ」


 ミワはくるくると周囲を見回す。他の客を気にしたのだろうが、他者の耳を気にするどころか、食堂にいる人間など向こうの方に数組程度。相変わらず、夜間外出禁止令の為、酒場は閑古鳥が鳴いているようだ。結局、わざわざ聞き耳を立てるもの好きもいないだろうということで、ミワは口を開いた。


「……えーと、まずは王様がご病気というのは本当らしいですわ。そして国政を一手に引き受けるのは、そのご子息だそうです」


「で、その息子。実は正当な王位継承者ではない」


 メイシアも一日歩き回って色々と噂話を仕入れてきたので、ある程度この国の今の事情は理解できたつもりだ。


「そのようですわね」


 ミワはため息をつく。


「なんでも地方領主の娘との間にできた子供で、つい最近まではその存在を知る者はなかったそうですわ」


「しかしそうも行かなくなった」


「はい……。王が病魔に倒れてすぐに、兄達二人が派閥を作って争うようになり……。実はこの二人も母親が違って、しかも弟の方が母親の身分が高い為、どちらを王位につけるかで問題になったそうで……」


「相争って、共倒れってわけね」


 メイシアは手を挙げて降参のポーズを取る。


 どこの世界でも権力闘争というものは起こっているのだろうが、結局死んでしまっては意味がない。メイシアにしてみれば、なんの価値もないことでも、当人達にとってはまさに命をかけてまで得なければならない義務のようなものが存在しているのだろう。


 馬鹿らしい、とメイシアは口中で呟く。


「王には彼ら二人しか子供がいなかったので、急遽その領主の子を王族として引き取ったそうです」


 メイシアは頭痛がしてきた。王位を継げる血縁の者がいないからとしても、行き当たりばったりというか、なにも考えていないというか。その子供が真実を知っていたかどうかは知るよしもないが、それでも、生まれてからずっとかなりの苦渋を強いられてきたはずだ。いくら王族の血を引いているとしても、正式に認められなければただの私生児。大っぴらに名乗ることもできなかったはずだ。それがいきなり王族に格上げされ、今は彼が国を動かす中心になっている。


「可哀想ね……」


 それはメイシアの独り言だった。しかし、ミワは彼女の声を聞き取ったらしい。


「確かに哀れですが、それは私達が決めることではありませんわ。その子供は本当は喜んでいるのかもしれません。その目になにを映し、どう感じるかは本人次第ですもの」


「……そうね」


 彼女達は彼を知らない。だから、勝手な想像で動くしかないのだ。


「その王子様の名前は?」


「えーと、ルヴェイグですわ。正式に家督を継ぐまでは、人前に出ないので容姿はわかりませんけど。かなり若いみたいですわ」


「ルヴェイグ……」


 二人にとって重要なのは、彼の人となりではなく、そこにアネクシオスという神官がいるかどうかなのだ。だがメイシアとしては、そこに魔導士シオの名前がある可能性の方が気になる。


「シオ……」


 今現在行方のわからない魔導士は、その神官と同じ顔をしているらしい。どこで二人が関係するのかはわからないが、すべてはアネクシオスを見つければはっきりする。メイシアはそう考えていた。


 メイシアは息を吐く。思っていたよりも、それは大きく聞こえた。


 と、背後で扉を開ける音と、何者かが歩く靴音がする。


 日が暮れた後で客が来るとは珍しいと思ったが、メイシアはわざわざ振り返ったりはしなかった。


 だが、向かいに座るミワの表情が変わる。


「メイシアさん……」


 驚いたように目を丸くし、パンを手にしたままおろおろとしているではないか。


「あ、あの、後ろ」


「一体なによ、ミワ……」


 おずおずとメイシアの背後を指さすミワ。面倒くさそうに振り返った彼女は、あまりにもそこに立っていた者が、この場に合っていなかった為、不覚にも二の句が繋げなかった。


「少しよろしいですか?」


 声をかけたのは、礼儀正しさが上等な服と一緒に歩いているような、いかにもどこか貴族の家の執事といった風体の初老の男だった。


 メイシアは慌てて周囲を見回し、目の前の女神官の顔をたっぷり眺めてから、その男に向き直る。


「……もしかして、あたしに声をかけたの?」


 はい、と答え男は深々と頭を下げる。


 もう一度、メイシアは女神官を振り返る。だが彼女は妙にぎこちない動きで首を振るだけだ。


「わ、私にもなにがどうなっているのか……」


 ミワはなにを考えたのか、手にパンではなく杖を握りしめる。それが攻撃に移らないよう願いながら、メイシアはもう一度老執事に向き直る。先ほどは不意だったので醜態をさらしてしまったが、今は調子も戻ってきた。


「で、なんの用?」


 周囲の目には、メイシアはずいぶんとふてぶてしい態度に映っただろう。


「我が主人が、あなた様をお招きしたいと申しております」


「なによ、それ」


 メイシアは鼻で笑った。


「会いたいならそっちから出てきなさいと伝えて。残念だけど、あたしはそんなに安くできてないの」


「そうですわね、今も他人様のお金で食事していますし」


「ミワは黙ってなさい! とにかく、帰ってちょうだい」


「さようでございますか」


 愛想もなにもない、淡泊な答え方だ。その口調に、メイシアの神経はさらに逆撫でされる。ただでさえ今は機嫌が悪いというのに、こんなわけのわからない招待を、笑って受ける気にはなれない。


 老執事を無視してメイシアは、食事の続きにかかる。


「残念です。そのように、主人ーーーいえ、ルヴェイグ様に伝えておきましょう」


 その名称に、メイシアは弾かれたように振り返る。老執事は相変わらずの無表情のままだ。


 メイシアはしばしの逡巡の後、老執事に向き直る。


「……行ってあげようじゃない」


 言って、彼女は不敵に微笑む。


「あ……あの……」


 一人事態について行けなかったミワが、立ち上がったメイシアに声をかける。


「あ、忘れてた。あんたもいたのよね」


 メイシアは老執事にミワを指し示す。


「あのさ、一応連れがいるんだけど、その人っておまけもいいって言ってた?」


「あなた様おひとりとしか、聞き及んでおりません」


 つけいる隙もない。慇懃無礼とはこういう態度の事を指すのだろう。


 メイシアは妙な所に感心しながらも、ミワと老執事を交互に眺める。


 正直、一人で行くのは不安だ。


 だがこのチャンスを逃すわけにも行かない。


 老執事は……その主は、ミワではなく自分を指名した。つまり、相手はメイシア自身をなんらかの経緯で知っている事になる。


 この国で、メイシアの存在を主とやらに伝える可能性がある相手といえば、一人しか思いつかない。


 魔導士シオ。


 この招待のどこかに、彼の存在が隠れているはずだ。


「わかった。……じゃあ、ミワ。そういうことだから」


 表情が強張るのを感じながら、それでもメイシアは、ミワに手を振って歩き出した。


 その背に、言葉が突き刺さる。


「いけませんわ、メイシアさん!」


「ここの食事なら大丈夫よ。前払いだから」


「そんなことは知っています」


 ミワは席を蹴倒し、メイシアにすがりつく。


「明日からの生活費は、きちんと置いて行って下さい!」


 半泣きでしがみついてくるその様子は、相当程度真剣で必死だった。


「………………神官って、こんなのしかいないの?」


 メイシアはこの甲斐性なしの女神官に、思わず殺意を覚えてしまった。









 メイシアを乗せた馬車は、一定のリズムで車体を揺らす。時々小さな溝にはまって、わずかに横揺れする程度で、至って快適だ。車内も、いや、食堂の前に止めてあった馬車の外装を見たときから思ったことなのだが、俗っぽく言ってしまえば、金をかけているの一言に尽きる。しかも窓には厚い布が架かっていて、どこを走っているのか、どこに連れて行かれようとしているのか、まったく見当がつかない。


「……早まったかしら」


 メイシアは自分の行動を振り返り、肩を落とす。


 相手がメイシアを呼び出す理由は皆目見当はつかないが、まさか茶飲み友達を探しているわけでもないだろう。それに、メイシア個人を指名したからといって、シオと知り合いとは限らない。それよりも、その御主人様と魔導士の関係を探す方が難しいだろう。


「なんで、あたしを呼び出すのかしら」


 不安に思ってメイシアは、そっと窓に架かっている布をはぐって外の様子を眺める。


「…………ふぅん」


 馬車がどこに向かっているのかを確かめた後、メイシアは椅子に背を預け、座り直して腕を組む。


 馬車の進む目抜き通りは、エルディオスの中心に繋がっている。つまりこのまま進むと行くところはひとつしかなくなる。


「……王城、か」


 窓外の風景は、いつしか変わっていた。


 雑多ながらも活気に溢れる市街から、権力欲に憑かれた者の住まう領域に。


「無理を言ってでも、ミワを連れてくれば良かった」


 まったく知らない場所に一人で行くのは心細い。一人でも知り合いがいるだけでずいぶんと精神的な支えにはなるのだが。


「……まぁ、二人一緒でも、なにもできないような気はするけど」


 メイシアは力無く笑って、肩を落とした。










 イリューザは酒を飲んでいた。


 部屋の中に抱えるほどの酒瓶を持ち込み、床に座り込んで杯を傾けていた。それはいつもの彼らしくもなく、酒を飲む行為自体も、楽しむというより、なにかを忘れる為にやけになっているという飲み方だ。


 そして、夜も更けた頃、扉を叩く音に渋面を上げた。


 誰だと問いかけようとして、それもすぐに無駄だと気づく。こんな夜更けに訪ねてくるような輩は、どう考えてもまともな相手ではない。


 イリューザは無視を決め込んだが、片手はバスターソードに伸びている。


 少し間を置いてから、扉を一枚挟んだ向こうから声がした。


「どうした、もう寝てしまったのか?」


 落ち着いた、若い男の声だ。


 それでも無視していると、声はさらに続ける。


「俺が誰だかわかるか? あんたが狙っている人物だ」


 続く声が、少し笑みを含む。


「〈中央〉から逃げている、神官アネクシオスだ」


「…………」


 イリューザは静かに酒瓶を床に置くと、バスターソードの柄を握りしめる。


「おいおい……乱暴はやめてくれ。今日は警告をしに来ただけだ」


 だが向こう側の相手は、その細心の注意を払った動作も見透かしたようだ。


「なにが警告だ。ちょいと調子を変えても無駄だぞ、シオ」


 その名に、相手からの反応はなかった。


 少し間があって、人を嘲るような低い笑声が返ってきただけ。


 その声は、妙に人の神経を逆なでする。


 あの、呑気に笑う青年とは様子がまったく違っていた。


「なんで戻ってきたかは知らねぇが、今の俺はちょいといらついているんだ。そこで待ってろ。今すぐに仕事を終わらせてやる」


「そう急くな。俺が言いたいのは、お前は勘違いしているということだ。俺と……あの化け物を混同するな。それに、断言してやる。お前では俺を殺す事はできない」


「はっ、なめた口をきくな若造が。シオはてめぇ……神官アネクシオスだろうがっ!」


 イリューザはすぐさま立ち上がり、扉を開け放つ。


 だが場には誰もいなかった。すぐ廊下に走り出たが、周囲にはなんの気配もなく。念のため階下の酒場で片付けをしていた主人を捕まえて尋ねたが、誰も人は通らなかったという素っ気ない返事が返ってきただけだった。


 そして腑に落ちないものを感じながら部屋に戻ったイリューザの中に、様々な疑問が染みのように広がる。


「シオは……アネクシオスじゃねぇのか?」


 イリューザはまとまりの悪い髪をくしゃくしゃにかき回す。もやのかかった頭のまま、彼は上着のポケットから一枚の封書を取り出した。


 イリューザは中に入っていた便せんを目で読み上げる。


 そこにはこう記されていた。





 神官アネクシオスを処分せよ。


 手段は問わない。





 それは〈中央〉にある酒場で受けた仕事だった。前金の多さと、その馬鹿馬鹿しさに呆れて引き受けたのだ。


 暗殺を頼むのに、足がつかない彼のような流れの傭兵に依頼する事もあるだろうが、十中八九、前金だけを持ち逃げされるのがオチだ。恐らく依頼人は素人で、しかもよっぽどせっぱ詰まっている。


 そう、たとえば、百年以上も空位だった大神官に任命された男を処理しなければ、自分の立場が即座に危うくなるような位置にいて、しかもそれを回避する実力も味方もいないような人間。


 恐らく、悪党ではないだろう。


 被害妄想のような恐怖にかられ、反射的にこのような暴挙に出てしまったのだ。


 内心では馬鹿らしくて笑っていたが、その心情にはある意味同情に近い感情も覚えた。


 仕事もある程度片づいて暇だった事もあったし、無理だと思えば前金だけ持ってさっさとこの国から立ち去ってしまえばいい。


 だから、期待はするなよ、といって酒場を後にした。


 イリューザはそんな経緯を思い出しながら、手紙をもう一度懐にしまうと顔を上げた。


 奇妙な静寂が、彼の回りの世界を包んでいた。













(4)






 馬車から降りたメイシアは、初めてこの国の中心部を間近に見た。


 黒々とした闇に包まれた城は、巨大な牙のような様相を呈している。二本の同じ形をした塔が、左右対称にそびえ立っていた。


(なんか……怖い、この城……)


 メイシアは漠然とそう思った。


 先ほどの老執事に案内されて城内に入ったメイシアだが、自分の感覚の正しさに、我ながら感心する。


 城内は、重苦しい沈黙に満ちていた。


 長い廊下は他に人影もなく。明かりは壁に等間隔で点いてたが、妙に薄暗く感じる。明かりが闇を……いや、暗く淀んだ雰囲気を払拭できないのだ。そして、流れる空気はじっとりと重い。


 メイシアはつい最近にも、同じような空気を感じたことがあった。


 重い湿気と、まとわりつく不快感。


 それらは、昨晩の霧と良く似ている。


 メイシアは寒気を覚え、自分の両腕で己の身体を抱きしめた。


 しばらく進むと、幾分広い場所に出た。天井は高く、華麗な装飾が施されている。


 思わずメイシアは足を止め、装飾を子細に眺めて行く。そこには自分も良く見知っている図形が記されていた。


「これ、竜……?」


 装飾はなにかの物語を現しているらしい。周囲の廊下から始まって、天井の彫刻へと続く。その中心に描かれている生き物は、は虫類に似た体型をしながら、大きさはその比ではない。それは人間以上の英知を持ったとされる、竜の姿だった。


 だが、描かれている竜は腹の下に宝物を抱えているわけでも、その溢れんばかりの知識を人間に与えている図でもなかった。


「……囚われの、竜」


 数多くの兵が快哉を上げる中、竜は中心に据えられていたが、その姿は力無く、首を地面につくほど垂らしている。伝説を数多く残し、強大な力の象徴とされる竜だが、その彫刻の扱いはどうにも不釣り合いに思えた。


 天井から視線を下ろすと、廊下の突き当たりに老執事が黙って立っていた。気づいてメイシアは後を追うと、彼の立っている背後に巨大な絵画が掛かっているのが視界に入る。それはこの城の全景を、どこかの丘から見下ろしたものだった。全体的に淡い色調でまとめられた絵は、春のような穏やかさに包まれたおり、先ほどメイシアが感じた不安な気持ちを一蹴するような暖かさがあった。上の方には「白牙城」と書かれている。それがこの城の名なのだろう。


 この絵には合っているが、今の雰囲気には不釣り合いだとメイシアは思った。


 それからしばらく城内を連れ回され、帰り道もわからなくなる頃になってようやく応接間に放り込まれた。そして、老執事とはそこで別れた。


 だがしかし、応接間に入ってからもメイシアはずいぶんと待たされた。


 一度女中がお茶を出しに来たくらいで、後は廊下を歩く者さえない。しかたなく、部屋を見て回るのだが、なにもメイシアの興味を引くような面白い物はない。部屋は中央にテーブルがあり、その両側に三人掛けの長椅子。一人掛けの椅子がひとつ。そして隅の方には棚があったが、飾りらしく、引き出しの中にはなにも入ってはいない。後は壁に風景画が一枚掛かっているだけだ。


 部屋の中を、メイシアはうろうろと所在なく歩き回る。


 どうにも落ち着いて座る気にはなれない場所だ。


 内装や掃除は完璧なまでに整えられていたが、逆に完全に出来上がっているせいか、妙に居づらいのだ。思わず、自分の埃にまみれた服や、くしゃくしゃになった髪を見て息を吐くが、今さらこれらはどうにもならない。


 何度も大きく息を吐きながら、それでも一定の場所に落ち着かずに動いていたメイシアだが、その内沸々と怒りがわき起こってきた。元々一所にじっとしておけるような忍耐は持ち合わせていない。しかも彼女を呼び出した相手はいつまで経っても現れる気配もない有様。


「ーーーったく! いい加減にしてよね!」


 メイシアは長椅子の背を蹴飛ばした。ぐらりと揺れるそれを手で止め、深く息を吐く。壊せば弁償させられるかもしれないという考えは、今のメイシアにはない。むしろ、自分に壊させるほど怒りを覚えさせた向こうが悪いとさえ思っているくらいだ。


 もう少し相手が現れるのが遅ければ、その椅子は廃品となっていただろう。


 ノックもなく扉が開き、メイシアはその音と気配に気づくと敵意も露わに叫ぶ。


「誰っ!」


「ーーー勇ましいな」


 くつくつと、若い男が扉に手をかけた体勢で笑っていた。


「こんなに女を待たす方が悪いのよ!」


 行き場のない怒りの矛先を、メイシアは椅子からその男に移す。


「だからといって、物を壊されても困る」


 男は長い黒髪を、ゆったりと束ねている。目も同色の切れ長だ。メイシアはそこまで相手を観察してから、ようやく首を傾げる。


「……あんた、誰?」


「王子様だ」


 言って男はさっさと部屋を横切って一人掛けの椅子に腰掛けると、悠然と足を組む。


 そんな様子は妙に様になっていたが、同時になにかがメイシアの中に引っかかる。だがその違和感は頭の中でもやになるだけで、言葉としては出てこない。


 仕方なく、メイシアは別の事を口にした。


「王子様って、もしかしてあんたがルヴェイグ?」


 メイシアの知識で思いつく人物名は、それしかなかった。


「すぐにわかってもらえて嬉しいよ」


 男ーーールヴェイグは笑う。しかしその笑みには、傲慢と、自分より下の者に対する嘲りがあった。


 こいつ……楽しんでる。


 メイシアはそう直感した。急に王族に据えられ、権力争いの渦中に放り込まれた可哀想な青年のイメージは、彼にはない。むしろ絶対の自信に溢れ、放っておいても自分からのし上がってきそうだ。


 メイシアは苛立ちのままに、テーブルを叩く。


「で? 一体あたしになんの用なわけ?」


 その音にも、彼はなんらひるむ様子はない。


「くだらない用事なら、即帰るからね」


 しかし彼は笑っている。心底おかしそう笑いながらも口にする言葉は彼女にとって歓迎できる内容ではなかった。


「確かに、形式的には招待だが。この城の中にいる以上は、こちらの意志に従ってもらうよ」


 つまり、彼を満足させるまでは、たとえメイシアがどう望んでも、門が開くことはない。そう言いたいのだ。


 メイシアは瞬間的に熱くなる頭をなんとか押さえる。いきなり相手に飛びかかっても解決できる事ではない……むしろ危険だ。その程度を理解するだけの冷静さは残っていた。


「あんた……あたしの一番嫌いな人間よ……」


 だが、抑えた怒りに声が震えるのは止められなかった。


 逆にルヴェイグは少しだけ意外そうな顔をする。むしろ飛びかかって自分を殴り倒すのを待っていたようにも見えた。


「そうか。しかしそこまで言い切るとは、ずいぶんと気丈だな。もっとも、なにも考えていないだけなのか?」


 メイシアは、この男を絞め殺してやりたい衝動を、必死になって押さえる。今ここで飛びかかっても、彼が一声出せば、途端に彼を助ける為に大勢の人間が飛び込んでくる。相手はメイシア一人くらい始末することを、なんとも思っていないだろう。


 自分の非力さが、歯がゆい。それは、腕力だけではない、もっと様々なものを含めての力が自分にはない。


「……早く、用事を済ませたら」


 メイシアは長椅子に腰を下ろす。怒りに、語尾がわずかに乱れてしまった。


 そんな様子に、ルヴェイグは底意地の悪い笑みを浮かべる。


 そのふざけた笑みに、メイシアは背筋に冷たいものが走った。


 思わず椅子から身体を浮かしたが、逃げようと焦る気持ちとは裏腹に、足はそれ以上動かない。


(なに……なんか、変よ……)


 身体と意志が切り離されてしまったような感覚。


 ルヴェイグの瞳が、表情が、少しずつ彩りを失い俯く。


 彼は人形のような動きで感情のない顔を上げた。


 その瞳に魅入られた瞬間、メイシアは全身を震わせ後ろに倒れ込む。幸い、背後には長椅子があった為、転倒はせずにクッションのきいた椅子に再び沈み込む。肌触りの良い椅子だったが、今のメイシアにはまったく触れている感覚がなかった。


 ルヴェイグは鏡のようにのっぺりとした瞳をし、唇に笑みだけを貼り付かせている。


「貴様は、死ね」


 ルヴェイグの変貌から目をそらせないメイシア。全身が冷たくなり、発せられた言葉はさらにメイシアを混乱させる。


 彼はふらりと立ち上がる。その動きは奇妙で、先ほどとは別人に思える。まるで人形の操り手が変わったような、変化。


「人を苦しめるには、人を殺す……。人間は、よくその手段を使うらしい」


 右手がメイシアに触れようとのばされる。


「い、いやっ!」


 メイシアは迫るルヴェイグの腕を弾き、脱兎のごとく、その場から逃げ出した。


 倒れ込むようにして開け放った扉を振り返る余裕もなく、廊下に転がり出る。勢い込んで倒れてしまったが、毛足の長い絨毯のおかげで大した痛みはない。そして、倒れた視界の向こうでは、まったくその場から動いていない男の姿が見えた。


 彼は、笑っている。


 メイシアはもつれて言う事を聞かない手足を叱咤しながら、その場から逃げた。


 そして残された男はふらりと頭を上げる。


 闇色の瞳に宿る光が、急速に色彩を帯び、膨れ上がる。


 その光の名は、狂気だった。


「それが、契約……。そう、契約だ」








 ただメイシアは走り続けた。


 先ほど来た道を戻れば外に出られることはわかっていたのに、それができなかった。廊下を走り、階段を駆け下りる。その下に人がいればまた引き返し、別の方向に走る。そうする内に、メイシアの方向感覚はずいぶん狂わされていた。次第に、ある方向に導かれていることにも気づかないで。


 今のメイシアは、触れたら弾けそうなほど混乱に満ちていた。


 追いつかれたら、どうなるかわからない。


 そんな漠然とした恐怖が、彼女を突き動かしている。


「助けて……」


 うわごとのように繰り返す。助けの手はないと思ってしまえば、それを言い続けていなければ、自分はきっとこの場でくずおれて動けなくなってしまうだろう。


「……誰か……っ!」


 次第に、求める〈誰か〉が具体的な色になる。


 黒と、銀。そう、彼の色だ。


「ーーーシオ!」


 その名を叫んだ時が、彼女の逃亡の終わりでもあった。


 メイシアは行き止まりの扉に両手をついた。


 激しく息をつくメイシアの前にある、ひとつの扉。流れる汗を不快に思いながら振り返ったが、長く、そして入り組んだ廊下のどこを見ても、どこをどう走ってきたのか思い出せない。


 そして、引き返すことはできなかった。


 戻る事ができないのなら、道はひとつしかない。


「行くしか、ない……」


 少なくとも、メイシアは彼のことを思い出せた。逃げるだけしかできないと思っていたが、他人の事を思い出せる余裕があるくらいだ、きっと大丈夫だろう。


 根拠などない。それでも、意識がそう告げてくる。


 メイシアは扉を開けた。


 入った途端、異様な臭いにメイシアは眉をひそめる。それは部屋中に焚きしめられた香の香りで、幾種類も同時に焚いている為、こんな臭いになってしまったのだろう。


「……なによ、この部屋」


 メイシアが言いたくなるのも無理はない。幾つもの明かりが揺れるそこは、扉の前からずっと、薄い布が天井から降りていて、視界をふさいでしまっている。しかたなく、一枚一枚を慎重にはぐって進むが、焚きしめられた香に胸が悪くなる。これでは長時間いるとそうとう苦しいだろう。隠れるのには最適だが、嗅覚がおかしくなってしまう。


 何枚目だろう、すでに覚えきれないほどの布をめくったとき、不意にその向こうに大きな影が見えた。


 天蓋付きの、寝台。


 輪郭からそう判断するが、まず間違いはないだろう。


「誰か、いるの?」


 当然の疑問だった。


 よくよく見てみると、確かに誰かが寝ている。ここで騒がれては元も子もない。だが幸いにも、横たわっている相手は、眠っているのかぴくりとも動く気配はない。メイシアはそろそろと後ずさりを始める。どうも、このまま出て行った方が利口そうだ。


 だから、突然目の前の布がめくられ、そこに立っている者を見たときのメイシアの驚きは、尋常ではなかった。


「ーーーっ!」


 口元に手を当て、必死に叫びを押さえる。不覚にも、あまりのショックに目の端に涙がにじんだ。


「嫌われたものだ……。だが、勝手に入ってきたのは貴様の方だがな」


 楽しげに、青年が口元をほころばせる。どこか作り物めいた、虚ろな笑い。


「なんで……いるの」


 ルヴェイグの笑みに、メイシアはぎり、と歯をくいしばる。


「言ったはずだ、貴様が入ってきただけ。私はこの部屋の主に呼ばれた」


 振り返る先には、豪勢な寝台があった。天蓋から下がる薄い布が、彼らと中にいる者とを遮っている。


「ここは王の寝室。無断で入ってきた者がどうなるか、わかるか?」


「知らないわよ。それとも、あんたが答えてくれるの?」


「さあ」


 とぼけて首を傾げる青年。


「国王なら、知っているかな?」


 言って、彼は天蓋の布をはぐった。


「!……」


 その光景は、メイシアを恐怖の底に追い立てた。顔を覆ってしまおうと上げた両腕が、途中で止まってしまう。震える身体は逃げることもできず、場に縫いつけられたように動かせない。


 そこにあるのは死体だった。


 ただそれだけなら、どんなにひどい形でも、腐敗しきっていても、メイシアはここまで恐怖心をかき立てられなかっただろう。


 それは苦悶に満ちた表情のままミイラ化していた。だが無事なのは顔だけであって、後の部分は内側からなにか得体の知れないものによって食い破られていた。生き物かもしれないが、とても同じ世界のものとは思えないほど、醜悪な姿をしている。ムカデに似たものが、指先から突きだし、猫科の動物のような物が臓器の一部を口にくわえている。


 だが、それらはすべて死に絶えていた。


 そう、人体で孵化した瞬間に、猛烈な早さで時が過ぎ、この生物を死に追いやった。そんな風に見えた。


「察しが早くて助かる」


 愉快そうに、ルヴェイグは笑う。


 メイシアの思考を読んだような言葉だったが、そのことに気づくほど彼女に余裕はなかった。


「肉体に魔物の種を植え付け、卵が孵化したら時を進める。そうすると、見事な飾りができるのでな……。だが」


 一度言葉を区切る。


「そうすると、肉体は最低限の痛みだけで死んでしまう。当然だ、こいつらの方が寿命が長いからな」


 遺体に触れようとして、その手を止めた。


「壊れやすいからな。もっと人目のあるところに飾りたいのに……残念だ。臭いもきついから、こんな馬鹿みたいに香を焚かなければいけない」


 呟く声は、心底楽しんでいた。


「だが、これもなかなか面白いぞ。魔物に殺された魂というのは、転生できず、肉体に留まる。語りかけてくるのだ……。こう、恨みがましくな」


 ルヴェイグはからからに乾いた顔を指さした。


 そこには、恐怖と絶望があった。

 もうなにも映さない、落ちくぼんだ眼窩から、自分をこの様な目に遭わせた者に対する、明確な殺意と行き場のない憤りがあった。

 メイシアは足から力が抜け、その場に座り込む。

 これほどの嫌悪感と不快感を、メイシアは感じたことはなかった。









 ーーー悔しい。


 腕に枷られた重みに、逆にメイシアの神経が研ぎすまされる。


 憎いのではない。


 ただ、己の無力さに歯がみする自分がいた。


 そして、意志が折れないようにきつい目を向けることしかできない自分。


 視線の向かう先には、黒髪を揺らす青年がいた。


 メイシアは両脇を動きのぎこちない兵士二人に固められ、腕は鉄の輪がはめられている。あまりの重さに手を上げることもできない。


 王の部屋でメイシアは罪人のように引き立てられ、長い廊下を歩かされていた。


 機械仕掛けの人形のように、動きのおかしい兵士は、その目もまた、人形のようだ。それらを見てからメイシアは、自分の生殺与奪の権利を握っている青年に声をかける。


「……どこに向かってるの?」


 階段を下りているので、地下に向かっているのは間違いない。


 地下というと、拷問部屋という血なまぐさいものを想像してしまったが、わざわざ自分一人にそこまで手間をかけるとも思えない。


「退屈している奴がこの先にいてな。しばらく相手をしてやってくれ」


 背を向けたままでも、彼が笑っているのが見える。そして、その笑みの意味するものは、決して言葉通りではないことも、メイシアはわかっていた。


 階段を下りきると、意外にも広い場所に出た。地下というと狭く、のしかかるような圧迫感を想像していただけに、拍子抜けする。


 そこはかなりの広さがある空間だった。白い石のみで作られ、明かりは規則的に壁に掛かるランタンのみ。そして階段から正面は、ぽっかりとした空間が広がっていた。


 黒々とした闇。巨大な、天然の洞窟。それが遙か向こうまで続き、廊下からはすぐに切り立った崖のようになり、見下ろせば空間のすべてが地底湖だった。


 廊下から伸びるわずかな明かりが水面を照らしているが、闇の全景を浮かび上がらせるには足りない。


 この城の地下すべてが地底湖なのではないか。メイシアはそう思ったが、この際そんな疑問はあまり意味がなかった。

「ここにいるから、適当に相手をしてやってくれ」


 その言葉を合図に、兵士達がメイシアの両脇をつかんで前に押し出す。


 すぐ足下から先は、底までの距離感もつかめない闇が広がっている。抵抗して暴れた際に、小さな石のかけらが転がり落ちたが、着水する音は聞こえなかった。


「ちょっと、なに考えてんのっ!」


「奴は一番底にいるから、がんばって潜ってくれ」


 言って彼は踵を返す。


「待ちなさい!」


 振り返ったが、彼女に来たのは衝撃。


 次の瞬間、足下の床が消えていた。


 目眩を覚える。


 そして、彼女が理解したのは、頭から落下する自分の身体と、黒々とした水面を見せる地底湖だけだった。













(5)






「……こいつはひどいな」


 場はそんな一言で済ませられるような、生やさしい光景ではなかった。


 人が、躯となって転がっている。


 その場には彼以外動くものはなく、絶命した者達はすべて、空虚な胸をさらしていた。


 血しぶきが壁に飛び、人の部分がゴミのように転がっている。


 イリューザが立っているのは、内壁の外にある広い練兵場だった。


 闇に落ちたそこには、血の臭気がねっとりとうずまいている。かがり火がまだ燃え残っていたが、辺りを照らし出すにはあまりにも弱い。だが、場の惨状は日の光の下ではとても直視できないだろう。


 内壁と外壁の間にある練兵場は、城の裏手側になる。ここには正規の兵ではない、臨時で雇われている者達が生活する場でもある。隅の方に平屋の建物が見えた。


 もちろん、この国で傭兵として登録をしたイリューザも本来ならばここで生活し、上からお呼びがかかるのを待つことになっていたのだが、シオとメイシアの件があった為、自主的に数日ほど引き延ばしたのだ。


 そのことで仕事を首になるのなら、さっさとメイシアを連れて家に帰ればいい。どうせその程度にしか考えていなかった仕事だ。


 そして、彼が今ここにいるには、なにも急に仕事熱心になったわけではない。いつまで経ってもメイシアが部屋に戻ってこないので、宿屋の主人に話を聞くと、一度夕食を取りに戻ったが、すぐに妙な老人に連れられて出て行ったという。


 一緒にいた女神官の行方は大して気にならなかったが、メイシアは大問題だ。夜間外出禁止令など知った事ではないと、すぐさま彼は宿を飛び出した。


 霧の深い闇の中、イリューザはそこで、あれを見てしまった。


 死人の行進。


 そうとしか思えないような、異常な集団。


 彼の勘が、その集団の後を追いかけろと囁く。


 そして……奇妙な集団を追いかけた先が、この練兵場だった。


 この場にいた傭兵達は、仮にも国の争い事に参加しようというくらいだ、そこそこ腕に自信のある者達ばかりだったはず。それを、兵達はまるで子供の相手をするように片っ端からなぎ倒して行った。


 腕が立つ、などという問題ではない、〈力〉そのものが違った。兵は剣を棍棒のように振り回し、刃で切るというより、力と重さを使って叩きつぶすような勢いで相手を殺していった。


 それだけでも異様だったが、倒れた者の胸に刃を突き立て、心臓を抉り出すことも、通常の神経ではできないだろう。


 兵達は殺し、心臓を奪い尽くすと霧の中へと消えて行った。


 そのすぐ後に霧は綺麗に消え去り、現在、凄惨な光景を彼の前に露呈させている。


 イリューザは深く息を吐く。それは、死んだ者達に対する悲しみから来るのではない。彼自身、傭兵達を見捨て影に隠れて事態をながめていた事に、まったく良心が痛まないわけではなかったが、しょせん彼にとってこの者達はすべて他人でしかない。痛む胸も、限界があるのだ。


 その分彼の意識は、ここにいない者に向けられていた。


「……シオの奴」


 いったい、なにをやろうとしている……。


 後半は、言葉にならなかった。


 なぜここで彼の名が出て来るのか。


 そもそも、この残虐な事件があの魔導士と関係があるという証拠もないのだ。


 それでも……どうしても、考えがそこに行き着いてしまう。


 イリューザは頭を振る。


 宿屋で妙な男に意味不明な事を吹き込まれたせいで、そんな風に考え方が偏ってしまうのだ。


 そう、自分に言い聞かせる。


「けどよ、嬢ちゃん。あんたはあいつのなにかがおかしいと踏んだから……出て行ったんだろう?」


 振り返ると、白牙城が闇の中、黒々とした影になって浮かび上がっていた。






 闇の中を落ちて行く速さは、光の中のそれより数倍も早く感じられた。


 だが、水に落ちた衝撃をメイシアは覚えていない。


 水面に叩きつけられたショックで記憶を失ったのか、その直前に気を失ったのか。


とにかく、メイシアの意識はわずかな間、水と同じ闇の中に落ちていた。


 ゆっくりと、落ちて行く。


 暗い、光の射さない水中で、どちらが上かもわからなくなりそうな世界の中を、メイシアの身体はゆっくりと沈んで行く。


 と、彼女の周囲が薄ぼんやりとした光に包まれる。意識のない身体は、このまま放っておけば地底湖の底まで沈んで行くだけ、いずれは浮き上がってくる事もあるだろうが、重い手枷がある以上、望み薄だった。


 しかし、水中で彼女を受け止めた者がいた。だがその人は、華奢な身体を差し出した腕に乗せただけで、互いの身体は落ちるのをやめない。


 下から、なにかにたぐり寄せられるように。


 静かに、落ちて行く……。


 ふと、メイシアのまぶたが震え、ゆっくりと持ち上がる。


「あ……」


 まっさきに視界に入ったのは、その穏やかな微笑。


「もう大丈夫ですよ」


「シオ……」


 メイシアがそう呟くと、銀髪の青年は頷いた。


「大丈夫、なにも心配しないで下さい」


 彼は黒々とした闇とは対照的に、静かに、だが暗いものを払拭するように笑う。


 メイシアは、きょとんとした視線をシオに向ける。


 そして次の瞬間、彼女の中にくすぶっていた怒りに火が点る。


「ーーーそう言われて、この状態に満足行く人間がいると思ってんの!?」


 メイシアはシオの頭を殴った。しかも手枷の部分でだ。


 さらにメイシアの勢いは加速する。


「だいたいここはどこ? あたしは水の中に落とされて、なのにどうしてあんたがいて、しかもなんだか、落ちて行ってない?」


「い、一度にいわれましても、私の口はひとつしかありませんので……」


 しどろもどろしているシオの眼前に、メイシアは手枷のはまった腕を突きつける。


「とりあえず、これ、外してっ!」


「はい……」


 手枷は、シオが口中で呪を呟くと砕けた。破片はゆっくりと周囲を漂い、暗い空間に散って行く。


 そこでようやくメイシアも落ち着いてきたので、シオに説明を促す。


「……先ほどの質問にもあった通り、メイシアさんは地底湖に落とされて気絶しました。そして今現在いる場所も、地底湖の中です」


「人間は、水の中では生活できないけど」


「私は魔導士に見えますよね」


「じゃあ、これも魔法なんだ」


 メイシアはその一言で、あらかた納得してしまったらしい。


「すごいわね、地上と同じみたい」


 敢えて違いを掲げるなら、その浮遊感だ。


 地に足がついていないせいか、妙に身体がふわふわと頼りない。それ以外は、息も会話もできるので、特に不自由することはなかった。


「しかし驚きましたよ。上を見たら、メイシアさんが落ちて来るのですから」


 呑気に笑っているシオに、今さらながらメイシアは色々と思い出す。


 そう、こんな状況に陥ったのも、元を正せばこの魔導士が元凶なのだ。


「あーのーねー。あたしは、落ちたんじゃなくて、落とされたの! だいたいあんたはここでなにしてたの。その間にあたしがどんな目にあったか。だいたいねぇっ、あんたがあたしを置いて行ったからこんなことになるのよっ!」


 言葉に出した途端、これまでの光景がまざまざと甦ってきた。


 行方のわからない魔導士を探し、奇妙な老執事によって連れて行かれたのはこの国の王城で、会いに来たのはその王子。


「もうっ、すっごく大変だったのよっ! この城に連れ込まれて、なんか変な王子には殺されそうになるし……そうよ! あの王子があたしをここに突き落としたのよ!」


「この国の、王子がですか」


「そうなのよ。よくわからないけど、王子がなぜかあたしのことを呼び出したの。ねぇシオ、あんたなんか言ったの?」


「いえ、私はこの城の方とはどなたとも会っていませんが」


「……まぁ、そう言うと思ったけど」


 メイシアは肩を落とす。


 今さらだが、メイシアは未だにシオの腕の中だ。それでも水中にいるせいか、抱き上げられているというより、落ちないように支えてもらっているような状態だ。それでも、妙に相手との顔が近くて、変に居心地が悪い。


 早く下ろして欲しかったが、シオはまったく気にとめていない様子だし、メイシアもまた、言い出すタイミングがつかめないでいる。


 そもそも、いったい自分はなにをしているのだ、とメイシアは息を吐く。


 考えてみれば、この城に用事があるのは、アネクシオスの行方を捜しているミワであって、自分ではない。本当に例の神官が城にいて、なんらかの情報網から自分と女神官の所在をつかんだのなら、それこそ呼び出されるのはミワでなければおかしい。


 あの男……ルヴェイグは、どうやってメイシアの事を知った。


 なぜ、自分でなければいけなかったのか。


 様々な部分が引っかかり、頭の中がざらつく。


 いくら考えてもメイシアには理解できないような問題ばかりだった。だが、答えはすぐ目の前に転がっているような気がする。


 そう、目の前の魔導士。彼が嘘をついているという可能性だ。


 彼が銀髪の神官として城に入り、ルヴェイグに自分の事を話す。そして王子は自分になんらかの利用価値を見出して呼び出し、殺そうとした。


 そう考えてしまえば、すべて辻褄が合う。


 ミワは彼の正体を否定したが、目の前の魔導士は、魔導士ではないのではないか。


 メイシアはうつむき、胸の前で手を重ねて身体を丸くする。


 どの想像も、彼の顔を見ては言い出せなかったからだ。


「……あのね、ミワが……ほら、前に話した女神官が、この城にアネクシオスっていう神官が来ているっていうのよ」


 彼の顔は見えない。だが少しの間待ってもなんの答えもなかったので、メイシアは先を続ける。


「……だから、その……シオがさ、この城にいる神官なのかなって思って……」


 答えはない。


 代りに、彼の身体が離れて行く。


 シオはメイシアから腕を放し、一人先行して下降して行った。


「っ、ちょっと待ってよ。なにか答えなさいって!!」


 慌ててメイシアも後を追うが、慣れない浮遊間に身体が上手くついてこない。そして進まない身体と同じように、頭の中ももどかしさで溢れていた。闇の中に放り出された不安感も手伝って、メイシアは思わず叫び散らす。


「シオ、待って、待ってよ! どうしてなんにも答えてくれないのよ! 今までずっとずっとはぐらかされてきたけど、このところ、なにかある度にシオと、その神官の話が出て来るのよ。いくらなんでもおかしいって思うわ。いい加減、あんたとあの神官の関係を教えなさいっ!」


 力一杯叫んだ。それでも、彼は答えない。振り返ろうともしない。


 相手に言葉が届かない悔しさに、メイシアは唇を噛む。


 それでも、闇を行くシオの後を追った。もう少しで彼の姿を見失いそうになったが、それはだけは回避された。どうやら目的地に到着したらしい。そこは地底湖の底で、なにか巨大な物の側に、彼は立っていた。そしてどこからともなく黒竜がやってきて、シオの肩にそこが定位置とばかりに収まる。


 メイシアも地底湖の底に足を下ろす。浮遊間はそのままなので、地面を踏んでもふわふわと身体が舞い上がり、やはり落ち着かない。


 そして、彼の側にある巨大ななにかに視線を移した。


「……これは」


 まったく光のない空間に、それは白いーーーいや、鈍色の光を放っていた。


 薄ぼんやりと光っているが、宝石ではない。小山のように巨大だが、岩石の類でもない。だが、彼女がそれの全容を理解するまで、しばらくかかった。


 メイシアはやっとのことで、一言だけ呟く。


「……灰色の、竜」


 しかしその姿に、メイシアは眉根を寄せる。


「ひどいっ……!」


 黒竜をずっと巨大にした生き物は、全身に太い鉄の棒を打ち込まれていた。棒の先には鎖が連なり、その先は近くの岩に固定されている。だらりと地面に首を投げ出しているその姿は、死んでいるように見えた。


「白牙城……」


 シオはぽつりとその名を口にする。


「この城の名前だそうです。おそらくその名の由来は、この白竜からでしょうね」


「囚われの、竜……」


 城の中で見た竜の彫刻画を思い出す。あれは、事実だったのだ。 


「エルディオスで起こっている事はすべて、彼が知っています。私は彼に会いに来たのです」


「彼って……死んでるじゃない」


 こんな状態で、生きている生物などいない。


 だがメイシアは、自分の常識が覆されたのがわかった。


 息絶えているとばかり思っていた竜は、彼女に己が生きていることを証明するように、その双眸を開いた。緑色に輝く目が、こちらに向いている。


 彼女は竜の生命力を侮っていた。


 シオはその様子に、眉根を寄せる。


「この竜は、エルディオスが建国されてからずっと、このままなのです。もう、三百年は経とうとしている……」


「そんなに……」


「だから、ずいぶんと人を恨んでいます」


「……あのさぁ、この国って変な事ばっかりなんだけど、もしかしてこいつのせいなの?」


 緑の双眸で、こちらをじっと見据える竜を指さす。


 だが、否定の言葉はすぐに返ってきた。


「今ここにいる彼は違います、彼はあくまでこの件の被害者です」


「え、彼って、えーと……?」


 メイシアはシオの言いたいことが今ひとつ理解できない。いつものことだが、シオの物言いはどこか足りなくてわかりづらい。


「この国で、ルヴェイグと名乗っている者こそが、この白竜なのです。ここで鎖に繋がれている竜は本物のエルディオスの王子、ルヴェイグ・マリア・エルディオスです」


「そんな、あいつが……竜だっていうの?」


「変化ではなく、互いの精神を入れ替えてしまっています。恐らく表面上は誰も気がつかなかったでしょう」


「入れ替わり? あのさ、どうやってそんなことをしたの?」


 馬鹿みたいに疑問詞ばかり繰り返す自分に、少しばかり呆れたが、それでも説明されなければとても理解できないような話だ。


「それは恐らく、簡単ですよ。相手が目の前に来た瞬間に、入れ替わったのです。いかにその能力の大部分を封じられようとも、竜には元々万能に近い能力があるとされていますので、遠距離でなければそう難しくもなかったでしょう」


 メイシアはそこで首を傾げる。


「ねぇ、だったらその本物の王子は、どうしてこんなところに来たの。地底湖の、それも一番底なんて、普通にやって潜れる深さじゃないわ」


 メイシアは上を見上げる。当然、地上の様子などうかがう事はできない。夜空よりもなお深い闇が広がっているだけ。


 今度の質問に、彼は即答しなかった。


 ただ、小さく笑った。眉根を寄せ、どこか苦しそうに。


 そう、普通にやって潜れないのなら、普通じゃないやり方をすればいい。


「ーーーあっ!」


 メイシアは気づいた。彼の表情から悟れなかったら、相当の馬鹿だ。それでも、自らの想像をうち消そうとして、頭を振る。


「嘘よね、そんなの……」


「多分、メイシアさんの想像通りですよ」


 シオは、水に沈んだ竜に視線を移す。


「彼は、メイシアさんと同じようにして、ここに沈められたのです」


「そんな……なんの為に……」


 理由なんて、知ってどうなるものでもない。それでも、問わずにはいられなかった。


「誰かにとって、彼は邪魔でしかなかったのでしょう」


 突き放すような彼の言い方に、メイシアは揺れている感情をどうにか抑える。何度か深呼吸を繰り返した後、シオに向き直った。


「……助けてあげられないの?」


 メイシアの言葉は予測済みだったのだろう。シオは途端に難しそうな顔をする。


「彼を……というより、竜の身体を解放するのは難しいでしょうね。この地底湖そのものが封印の役目をしているので……私の力量では、無理でしょう。下手な事をすれば、膨大な地下水が地上に溢れることになります」


「水が溢れるって……じゃあ、この国も、水没しちゃうの?」


 メイシアは思わず身体を震わせる。


 テュリエフーーー彼女の故郷は水の底に沈んだ。


 それと同じ事が、この国でも起こるかも知れない。


 彼女の動揺にシオも気づいただろうが、彼はそれを無視して話を続ける。


「そして、仮に彼が外に出られたとしても、問題は私に竜と同じ術が使えるかどうかです。精神に関する術は、術者の力量次第ですから」


 期待はするな。言外にそう語っている。


「まぁ、湖の水を抜くなんて大げさな真似をするより、竜をここに引っ張ってくる方が、よっぽど簡単ですね。もっとも、実行できるかがどうかが問題ですけど」


「じゃあ、行きましょう。その竜を捕まえに!」


 すぐさま答えてきたメイシアに、シオはにっこりと笑った。


「ーーーでは、行きます。つかまって下さい」


 さしのべられた腕を取ると、身体が急速に上昇を始める。すぐに囚われの竜が遠ざかり、闇の中に見えなくなった。


「……ねぇ、シオはどうして彼がここにいるってわかったの?」


 答えを期待して訊ねたわけではない。ただ彼は最初から、囚われの竜……エルディオスの王子に会う為にこの国へ来たような気がする。


 少しの間、沈黙があった。しかしそれは拒絶の為のものではなく、そこには迷いを帯びたような間があった。


「ーーー声が、聞こえたのです」


 彼はようやく、ぽつりと言葉を漏らす。


「最初は理解できなかったのですが、なぜか強く惹かれた……。その声が、悲しく……哀れで……」


「シオ……?」


 メイシアの言葉は届かない。彼の独白は続く。


「誰にも見つけてもらえない。あの冷たい水牢の中でただ朽ちてゆくばかり……。彼は、誰が憎いわけでも、呪いの言葉を吐くでもなく……ただ、このまま誰からも顧みられず朽ちて行く事を恐れていたのです。……悲しい事です。己の欲の為に彼を突き落とす者がいて、哀れな彼を使って復讐に立つ白竜がいる。そして、表には現れずに糸を引く者もまた……」


「ちょっと、この騒動。まだ裏で誰かが手引きしているっていうの?」


 シオはようやくメイシアという存在を思い出したらしい。勢いよく顔を上げる。だが彼女に向けられた眼差しは、感情というものが欠如していた。乱れた髪に縁取られた、血の気のない肌。暗い淵のような眼差し。無表情でも、放心しているのとは違う。


 彼は、囁く。


「あの人は、愚かです。そして追いかけることしかできない私はそれ以下の存在です」


 彼の目は、なんの光景も映していない。目の前のいるメイシアすら素通りし、地底湖の闇のそのまた向こうを見ている。いや、彼の目には別人の姿が映っているのだろう。


「ーーー……貴方にとって他者の命とは、それほどに価値のないものなのですか? ……私には、わかりません」


 後半はメイシアに向けられた言葉ではなかった。シオは言葉を吐き出すと、両手で顔を覆ってしまう。そんなシオを、メイシアは初めて見た。まるで悪戯をして叱られる直前の子供のように背を丸め、ただ許しを請うような弱々しい姿。


 このまま泣くのではないか。


 メイシアは漠然とそう思った。だがシオは涙のひとつもこぼすことなく、次に顔を上げた彼の口元には、常の笑みが戻っていた。


 だから……メイシアはそれ以上、彼になにも尋ねる事ができなかった。





 先ほどの広間に戻ると、明かりは点いたままだったが、周囲にはなんの気配もない。


「……ここの兵士って、なんかおかしいのよね。あたしのことを、見てるのにわかってないみたいなの」


 なるべくなら、兵士には会わない方がいい。もし遭遇すれば戦うことになるかもしれない。メイシアが見つけたいのは、ルヴェイグの姿をした竜だけだ。メイシアは迷わず先行し、階段を駆け上がる。


「この間、夜中に見た兵士なんて、血塗れになって歩いていたのよ」


 後ろを歩くはずのシオから返事はない。


「どう思う、シオ?」


 振り返って問うが、シオは階段の途中で立ち止まり、なにか考えている様子だった。


「あのさぁ、なに悩んでるか知らないけど。竜をなんとかすれば、全部うまく行くわよ」


「……それだけで、終わるのでしょうか」


 シオの独白は聞き流し、メイシアはさっさと階段を昇りきる。目の前に、閉ざされた扉が構えている。


「大丈夫、まだ間に合うわよ」


 その言葉は、シオには聞こえないように呟いた。


 そしてシオが追いつくのを待つと、今度は彼が先行して地上に通じる扉を開けた。


「ーーーひっ!」


 メイシアは小さく悲鳴を上げ、思わずシオのマントの陰に隠れる。


「おやおや、困りましたね……」


 階段を昇りきり、ようやく出てきた通路には、二人の出て来た扉を囲むようにして兵士が何十人も立っていた。


 全員が、そこにただ立っているだけ。持っている武器が剣ではなく棍棒というところから見て、真剣に殺し合いをするつもりはなさそうだ。だが、殺すつもりがないだけで、なにもぼんやりと彼らを通すつもりはないだろう。


 その為の、壁なのだ。


 最初に彼らが飛び出した時、集団も一歩動いたが、すぐに状況を悟って立ち止まると、兵達もまた動きを止めた。あくまで、向かってきた時しか攻撃しないように命令されているのだろう。


 何十もの虚ろな視線に、メイシアは身体を震わせる。


「あの時見た、兵隊と同じだ……」


 霧の中で見た、奇妙な集団。まるで操り人形のようだ。


「どうやら、ここの方達は皆、白竜に操られているようですね」


 メイシアは自分の想像を読んだようなシオの答えに、思わず顔を上げる。


「え? この人達、正気じゃないの?」


「少なくとも、自分の意志で身体を動かせる状態ではないようですね」


 これが、竜の力。その一端。


 当たり前のように心を入れ替え、こんなにも大量の人間を支配下に置いてしまう。そんな存在が本当に世の中にあるなど、にわかには信じられなかったが、突きつけられた現実は受け入れなければならない。


「じゃあ、なに。こんなに兵隊を出してきたってことは、竜って自分で戦う自信がないのかしら」


「逆ですよ。それだけの実力があるから、安心して自分のやりたいことに没頭できるというわけです。私達のことはどうせ、そんなに重要視していないはずです」


 シオは背後にメイシアをかばう。黒竜は相変わらずシオの肩の上で、時々ぱたりと尾を動かすだけ。同じ竜でも、こちらに加勢するつもりはないようだ。


「あ、そう。なめられてるってわけ。いいわ、シオ。なめられたらその分倍にして返すのよっ!」


「……そこまで真剣にならなくても……」


 シオは渋々といった感じで杖を掲げる。杖が金色に輝き、呪と力ある言葉により、シオを中心にして放射状に衝撃が広がる。大半の兵士は強風でも受けたように吹き飛び、別の兵士とぶつかって、将棋倒しになる。


 あっという間に消えた人の壁の前で、シオは息を吐く。


「傷つけるのは、好みませんので」


 メイシアを先に行かせ、シオは倒れた人で足の踏み場もないそこを器用に走り抜ける。メイシアも一応注意はしたのだが、何度かよろけて手や足を踏んでしまった。


「まず、竜を探さないと。シオ、場所はわかる?」


 ようやく人で埋まった場所を乗り越えて振り返ったが、そこにシオはいない。彼は倒れた兵士に足をつかまれ、自分も床に這いつくばっていた。


 その後ろで、のろのろとした動きで次々と兵が立ち上がっていた。虚ろな眼差しをして、手にした棍棒を振り上げて迫る。


「馬鹿っ! なにやってんの、早くなんとかしなさい!」


「そうですねえ」


 答えるシオに、やる気らしいものは皆無だった。だが、兵士は手を砕かれるまでシオの足を離しそうもない。


「シオっ!」


 突然、メイシアの後方から、黒い巨大な影が通り過ぎる。


「えーーー?」


 思わず我が目を疑うような光景だった。


 ものすごい速さで、その残像のみを脳裏に焼きつけたそれは、前列にいた兵士をなぎ倒した。


 そして衝撃のあまり、飛び散る人の部分。


 一番異常だったのは、血が、赤い体液がその兵士達からは一滴も流れなかったことだ。


 影は、肩に巨大なバスターソードを担ぎ上げると、呆れたように振り返る。


「相変わらず、甘い奴だな」


 のんびりとこの場にそぐわない口調でイリューザは告げる。


「あなたは相変わらず容赦ないですね」


 笑ってシオは、彼のバスターソードを横目で見る。彼の足をつかんでいた兵もまた、手首から向こうをきれいに両断されていた。


「助けてやったんだ、感謝しろ」


 そんな軽い調子のやりとりの間で、メイシアは震えていた。


「なーーー……なんなのよ、一体……」


 メイシアは蒼白になっている。


 人が、物のように千切れてしまった。いや、この場合は壊れたと言った方が正しいのかもしれない。


 無造作に転がる、人だった物の部分の中で、彼らは平気で笑っている。


「おう、まだいたのか、嬢ちゃん。あんまり見るなよ、夜眠れなくなるぜ」


「いたのか、じゃないでしょ。これって立派に人殺しじゃない!」


 しかしイリューザはメイシアの叫びなどまったく無視して顔を背ける。


 わめき散らしている彼女の隣に、ようやく立ち上がったシオが並ぶ。


「メイシアさん、そこで憤る事は正しいと思います。ですが、今はそうも言ってられない状況のようですよ」


「そんなっ!」


「そもそも、最初から常識の通じる相手ではなかったのです」


 シオはメイシアの肩を押す。だが彼女は動かない。


「まずは、ここからさっさとずらかろうぜ」


「そうですね」


 イリューザの言葉にシオは頷き、彼はメイシアの肩を抱くようにして押し出すと、無理に走らせる。さすがに力の差には逆らえず、メイシアも渋々動き出した。


 だが、駆け出す直前、メイシアはもう一度だけ振り返った。


 そこで、今夜何度目かの、自分の中での常識が壊れて行くのを感じた。


「なんで……動けるの?」


 メイシアの疑問には、誰も答えてはくれなかった。


 ただその光景が、事態の異常さだけを告げている。


 身体の一部を砕かれても、彼らはのろのろと動きだし……追いかけて来た。











(6)






 追われる者は、ただひたすらに走り続ける。


 追う者は、操り人形さながらのぎこちない動きでゆっくりと追いつめてくる。


「ねえ、このまま袋小路にぶつかるなんてこと、ないわよね」


 先ほどから立て続けに見せつけられた、常識はずれの出来事から、メイシアはずいぶんと立ち直っていた。それでも状況は変わらない。広い城の中、出口を求めて走るだけだ。


「十分あり得ますが、今のところは大丈夫でしょう」


「その根拠のない自信はどこから湧いてくるのよ」


「クロツ君が教えてくれますので」


 シオは、肩先に留まっている黒竜を指さす。今はシオが先行し、間にメイシア。最後尾がイリューザとなっている。


「……道案内もできるなんて、ある意味飼い主より優秀よね」


 ううむと唸るメイシアの前に、別の集団が現れる。


「こちらです」


 と、相手に突っ込む寸前。シオはすぐ近くの脇道に飛び込む。メイシアが走りながら後方を振り返ると、いつの間にか最初よりも兵の数が三倍ほどに増えていた。


「いい加減にしてよ、あいつら一体どうなってるわけ?」


 苛立ちに、メイシアは髪をかきむしる。


「ーーー死人ですね」


 シオの言葉はさりげなく、思わずその重要性を聞き逃すところだった。


「彼らはとうの昔に死んでいますよ」


「シオ、こいつらはどうか知らねぇが、外で殺された連中は全部心臓をくりぬかれていたぞ」


「そうですか……」


 互いの状況は、走っている間に大まかにだが確認しあった。そこでメイシアは奇妙な王子の話と、地底湖で見たものを話し、シオはそれを補足する。イリューザは練兵場で見た奇怪な兵士と殺された傭兵の件を話した。


「じゃあ、あたしが見た兵士達も誰かを殺したんだ……」


 メイシアは背筋が冷え、震えながら呟く。


「……なんの為に、そんなこと……」


「そんなの、俺達にわかるわけねぇよ。だいたい、兵を操って人を殺し、その心臓をかき集めるなんざ、まぁ、尋常な企みじゃあねぇだろうな」


 確かに、彼の言う通りだ。人間に長い間封じ込められた竜の気持ちを推し量る事など誰にもできないだろう。


(でも、これって……本当に人間が悪いの?)


 先ほどイリューザが倒し、物のように転がった兵士達。そんな彼らを最初に殺し、遺体まで弄んでいるのは、かつて人間に虐げられた竜。


 ーーーだから、ずいぶんと人を恨んでいます。


 シオの言葉が甦り、メイシアは再び肩越しに振り返った。どんどん増えて行く兵士達。そしてその兵士達に殺された、多くの傭兵。


 どれだけの人間が犠牲になったのだろう。そして、これだけの命を奪っても、三百年地底湖に縛り付けられた竜に対して人間が支払う代償は足りないのだ。


(けど……いつになったら、終わるの?)


 メイシアの思考は、イリューザの言葉で遮られた。


「しかしよ、いい加減どうにかしねぇとこっちの足が先にくたばりそうだぜ。さっさと本命の所に行ってその人の皮をかぶった竜とやらをぶちのめそうぜ」


 イリューザの調子はあくまで軽いが、確かにいつまでも逃げ切る事はできない。だがシオの答えは、逃げる一行になんの救いももたらさなかった。


「……そう簡単な話にはならないと思いますよ。竜は人と比較する事も愚かしいほど強大で万能な力をもっています。それに彼らにとって肉体そのものも、あまり意味がありません。しょせんは、力の一部を変化させたものに過ぎない……」


「じゃあなんだ、こいつでぶった切っても死なねぇってことか?」


 イリューザは自分のバスターソードを叩く。先を走りながらも意味は通じたのか、シオは黙って頷いた。


「傷つく事はあっても、別の力が肉体を再生してしまうのです」


「おいおい、そんな節操なしの化け物、どうやって倒すんだよ」


「竜を滅ぼすには、存在そのものを圧倒的な力で消し去らなければ、その場はしのげてもいつかは復活してしまうでしょう」


 静かな、だが否定の言葉を受け付けない様子に、イリューザはお手上げとばかりに頬を掻く。


「……あいつは、楽しんでいるだけなのよ」


 メイシアは囁く。


 あの黒い双眸に、彼女はただの部品でしかなかった。


 己の遊びに使う、ネジか歯車。


 そう、もうこれは復讐とは呼べない。あの竜は自身の圧倒的な力を用いて、人間で遊んでいるのだ。閉じこめられた恨みを解消する為だけに、無意味な殺戮を行っている。


 行く先に、ひとつの扉が現れる。


 彼らは迷わず開け放った。







 大広間の雛壇の上で、玉座に座っているのは年若い男だった。


 若い、その姿を借りた醜悪な生き物。


「ルヴェイグ……」

 華麗な装飾の付いた服を着込み、不敵に微笑するその姿。


「王子様を探したら、王の間に出た。できすぎてるな」


「探す手間が省けて良かったですよ」


 違いねぇ、とイリューザは鼻で笑った。


 そして、眼前の存在もまた、笑っている。


「この国の王は死んだ。当然、次代の王はこの私になる」


「だが、おまえさんはルヴェイグじゃあない」


「今は、私がルヴェイグだ」


「それは見た目のことですよ」


 シオは二人に下がるよう腕を上げ、自分は数歩前に出る。


「あなたは、誰ですか?」


 その問いに、ルヴェイグの姿をした者が笑う。思わず悪寒が走る、嫌な笑い方だった。


「さあ、忘れたね」


「水に浸かりすぎて、頭の中までふやけきったんじゃないの?」


 メイシアの皮肉に、ルヴェイグは笑ったまま彼女に一瞥を投げかける。


「ーーーっ!」


 冷水を浴びせかけられたように、メイシアは瞬間硬直する。胸をわしづかみされたような圧迫感を覚え、呼吸が一瞬止まった。


「力のない者がわめくな、耳障りだ」


 メイシアは言葉に詰まる。額から顎にかけて、冷たい汗が伝う。


 反論は、できなかった。


「おい、大丈夫か嬢ちゃん」


 イリューザがメイシアの肩に手をかける。微かに、震えていた。


「うん……」


 これが、竜の存在。圧倒的な力……いや、力とも呼べないなにかが、人間の自分と決定的に違う。


 眼前の存在は、メイシアなど瞬き程度の労力もかけずに消し去ってしまうだろう。


「それでは、力のある者のいうことなら、耳を貸すと」


 静かに歩み出るのは、銀髪の魔導士。


 ルヴェイグは、シオを品定めするように、不躾な視線を向ける。


「確かに、貴様なら文句はない」


「光栄です。では早速ですが、あなたの本体を解放してあげましょう」


 その言葉に、ルヴェイグは興味を引かれたらしい。面白そうに目を細める。


「ただし、条件があります」


 竜は無言で、先の言葉を促す。


「元の身体に戻り、即刻この国から出て行って下さい」


 その言葉を吟味する様子もなく、竜はふてぶてしい態度のまま、玉座に背を預けている。


「あなたがあそこまで面倒な手を使って人を操るのも、必要なものがあったからでしょう?」


「……そうだ。閉じこめられていた間に、ずいぶんと力を消耗してしまったからな。手っ取り早く滋養を付ける必要があった」


「それで、人の心臓ですか……」


 シオ達の入ってきた扉から、さらに玉座の奥から虚ろな目の兵士達がぞろぞろと入ってくる。だがすぐに襲うような命令は受けていないのか、整然と、と呼ぶにはやや機敏さが欠けていたが、シオ達を囲うようにして整列する。


「あんなもの、普段なら食いたくもなかったがな」


 ルヴェイグは嘲笑う。


 その様に、メイシアは呆然と立ち尽くしていた。 


 心臓。それを、食った?


 一体、なんのことだ。


 メイシアから世界が遠ざかり、まるで演劇でも見ているように、眼前のやりとりが現実感を失ってゆく。


 シオはもう、笑っていない。だが逆に、ルヴェイグは上機嫌だ。


「ずいぶんと表情が変わったが。同族を殺されて怒りを覚えたか? もっとも、これでもこちらは譲歩しているのだ。食う人間は、外から集めた分で我慢している」


「その為に、傭兵を集めていたってのか」


 イリューザはなんとも言えない気分で吐き捨てる。彼もまた、操られた兵士達が傭兵を殺し、その心臓を奪う光景を目撃してきた。下手をすれば、自分も竜の栄養とやらになっていたかもしれない。


「……食事と復讐は、別の話という事ですか」


 低い声でシオ。


 シオの瞳が、冴えた輝きを放つ。ルヴェイグは、あくまで余裕の態度を崩さない。


「ーーー先ほどの条件だが」


 返答は、簡潔だった。


「断る」


 誰も、なぜとは叫ばない。


 この条件が、いかに人間のみを考えた、傲慢なものだとわかっていたから。


 それでも、心のどこかで受け入れてもらえると考えていた。


 信じていたからこそ、衝撃があった。


「やはり、駄目ですか」


「当然だ。元々私の住処の上に国を作ろうとしたのは人間だ。それだけなら、数百年も我慢すれば滅びる。気にするほどでもない」


 彼は足を組み、膝の上に肘をつき手で顎を支える。その動作の人間らしさと、語られる真実が奇妙なまでに融合する。


「それを、なにを考えたか人間は、私をこの地に封じた。なんでも、地竜の住む土地はよく作物が育つそうだ。たった、それだけの為に私は全身に鉄の棒を打ち込まれ、鎖に繋がれた。その土地にいる、ほんのわずかな人間を潤す為だけに……」


 凄絶な笑みを浮かべ、声に怒りをにじませる。


「これで人を恨まなかったら、私はとうの昔に生きることをやめただろう」


 自嘲のこもった竜のつぶやきは、軋るような声だった。


 だがイリューザは呆れたように頭を振る。


「けどよ、その偉大な竜がどうして人間ごときにそんな真似を許したんだ。俺が思うに、お前さんは近づく人間を放っておいたんだろう。たかが人間ごときになにができるってな」


 イリューザの指摘に、初めて竜はシオ以外の人間に意識を向ける。


「面白い想像だ……だが、悔しいがそれは正解だ。そしてその過去は、私にとって屈辱でしかない。私の上に作られていく国も、私が出て行きたくなったら、さっさと壊してしまおうと思っていたくらいだからな。そんな態度を、人間は傲慢と呼ぶのだろう。だが私に言わせれば、人間が卑小なだけだ。貴様らにとっては、さぞかし納得いかないことだろうがな……」


「そんなことはない!」


 叫んだのは、メイシアだった。シオは弾かれたように彼女に向き直る。


「メイシア、さん?」


「だって、それっておかしいわ。そこに最初からいた者が、他人に押さえつけられるなんて、絶対おかしい!」


 あの悲惨な竜の姿を見なければ、メイシアは逆のことを叫んでいただろう。しかしこれは同情から来るものではなかった。今から叫ぶ事は、様々な方向から物事を見て、考えたメイシアなりの答えだ。


「そんなことをされたら、あたしだってなにを考えるかわからない……。だから、あなたが人を恨むのはわかる、わかるけど……」


 一度言葉を切ると、ルヴェイグを見据える。


「けど、そこまでする権利はあなたにはない!」


 人を、その心臓を食らうだけでは飽きたらず、死んでしまった者達の自由まで奪う。


 復讐と呼ぶには、あまりにも血にまみれている。


「いくら仕返しでもね、限度ってもんがあるのよ馬鹿野郎っ!」


 心底から来る叫びだった。


 大広間は水を打ったように静まり返る。


 その場にいた者は、誰一人として口は挟まなかった。


 あくまで口だけの話だが。


「…………」


 ルヴェイグが、黙って片腕を宙に振り上げた。


 メイシアが覚えているのはここまだった。後は轟音と、目を焼く光。そして下から突き上げられるような衝撃に、意識を失った。







 メイシアは目を開けた。


 ーーー空が、見えた。


 暗い暗い、闇だった。


 身体の下の硬い感触に顔をしかめ、そして、痛みに悲鳴を上げる身体を叱咤しながら起き上がって呟く。


「…………生きてる?」


 少なくとも、これが夢でなければ助かったということだろう。


 だがメイシアは、目の前の光景を気を失っている間に見ている夢だと、信じたかった。


 城が……白牙城が、それとわかるような形も残さず消滅していた。あれだけ巨大な建造物だったはずなのに、特徴であった塔はどこにも見えない。ただ、瓦礫の山と土埃が支配するだけ。


 メイシアは広漠とした世界に立ちすくんだ。


 そして、ゆっくりと振り返る。


「街が……」


 街もまた、城と同様に崩れ去っていた。


 城の惨状を見れば、形が残っている分ましに思えたが、これでは復興するのはもう無理だろう。メイシアがこれまで生きたほどの時間をかけて再建するか、生き残った者達だけでも他の場所に移り住むかだ。


 彼らは、帰る家を失ったのだ。


「テュリエフと、同じだ……」


 自分と同じだ。


 そして、彼らもまた彷徨うのだ。


 竜によって。強大なる力によってすべてを狂わされた。


 それを手引きするのはーーー。


「っ、アネクシオスーーっ!」


 メイシアは空に向かって叫ぶ。


 神殿中の人間を、殺して逃げた神官アネクシオス。


 『中央』から、テュリエフ。テュリエフから、エルディオス。国を渡り、災厄の種をまいて去る者。


 彼の正体も、目的も未だに不透明なまま。


 いったい、誰に尋ねれば答えてくれるのだ。


 彼のまき散らす種は確実に芽吹き、今も誰かを苦しめている。


「……もう、もうこんなの嫌だ……。シオ、どこにいるのよっ!」


 彼女は、魔導士の姿を探した。

 すべての疑問の中心にいるのは、常に彼なのだから。







 シオはすり鉢状に地形の変わってしまった場所の、中心付近に立っていた。


「あまりにも、くだらなかったからな、思わず力加減を誤った」


 爆発の中心には、男がいた。竜の精神を持ち、人間の中に巣くうもの。


 竜は楽しそうに笑うと、華麗な衣装をひるがえす。周囲の惨状に反して、服まったく汚れていない。


「しかたなかったのだ、許せ」


「……楽しそうですね。復讐を完了し終えた感想はいかがです」


 対するシオは、全身を細かい傷に覆われている。


「あぁ、晴れ晴れとした気分だ。できれば、もっと時間をかけていたぶりたかったが……まぁ、それは後にしよう」


 くつくつと、心底うれしくてたまらないとばかりに竜は喉を鳴らして笑っている。


「後でも今でも……同じことは、絶対にさせません」


 シオは笑わない。だが丁寧な態度だけは、どこまでも崩れなかった。


 彼の肩に乗る黒竜が、吼える。遠く、透明に響く吼声が周囲に響き渡る。


「……ほぅ、さすが『黒き咆哮』というべきか」


「それはあなたもでしょう、『時の迷宮』」


 初めて、ルヴェイグの表情が驚きに歪む。


「その名を、知っているとはな」


「世間一般では、黒竜以外の目に見える竜は、存在しないことになっていますからね」


「私は門番だ、名など不要。いや、その存在が消滅した時、この名前も消えたはずだった」


 答える為というより、独り言のように竜は呟いた。


 そのまま、自嘲のこもった笑みを浮かべる。


「あの人間が私の名を告げた時は、心底驚いたものだ。だが、名を告げる者には従わねばならん。人間と契約など交わしたばかりに私は束縛される……。銀の髪の魔導士を殺せと……」


 竜は苛立たしげに吐き捨てる。そして頭を振って嘆息し、無表情に顔を上げる。


「私は『時の迷宮』。……竜の住む谷の番人」


 竜は微動だにしない。ただ視線を向けただけで、シオの身体を切り裂いた。


 肩から胸にかけて血が噴き出し、衝撃にシオの身体が傾く、だが彼は倒れることなくその場に踏みとどまった。


「ほお……」


 竜は感心したような声を出す。


「そこまでして、守りたいか。その娘を」


 倒れかけたシオの後ろには、メイシアがいた。


「あ……シオ……」


 彼がいるとわかったから、近づいた。もう少しで声をかけようとしたとき、突然シオの身体が裂け、血が飛び散った。


「大丈夫ですか、メイシアさん」


 だがシオは笑っている。


 全身を、赤く染めて。


 傷口を押さえる手の間から、止めどなく鮮血がしたたり落ち、地面に染みを作る。


「なに言ってんの、全然大丈夫じゃないわ、あんたがっ!」


「私は平気ですよ。ところで、イリューザさんを見ませんでしたか?」


「知らない、けどあいつが死ぬわけないでしょう」


 そうですね、といってシオは、竜に視線を移す。


「まだ、その娘の盾になるつもりか?」


「丈夫が取り柄なもので」


 シオは杖を水平に構える。


 杖が金色に変わると、重力にことごとく逆らって、銀の髪が、マントの裾が、すべてとてつもない強風を下から受けたように舞い上がった。


 途端に、彼の周囲から風の矢が放たれる。


「しかし感覚はありますから、こう見えてもかなり痛いのです」


 矢はまっすぐ竜に向かう。しかしその攻撃は、彼に辿り着く前に霧散した。


 風の残滓が、ふわりと竜の髪を揺らす。


「……その程度か?」


 声には、嘲りというより驚きの方が強い。


「その程度のものなのかっ!」


 攻撃の威力は、彼の感情に左右されているらしい。叩きつけられた空気の塊が、シオの胸を圧迫し、残った風がさらに腕や足を切り裂く。


「しょせんは人の身、巨大な力を行使するには限度があるということか」


 契約によって縛られ、その契約は眼前の魔導士を消滅させるまで解ける事はない。


 だが、相手の手応えの無さに竜は苛立っていた。


 自身を封印していた国は、先ほど力を解放しただけで消し飛んでしまった。正直、まだ足りない。数百年の苦渋を思うと、この国にいる人間全員を自分の手で殺しても、その恨みは晴れそうもなかった。


 だから、眼前の人間を代りに嬲ってやろうと思ったが、普通の人間と変わらない反応しかしない。


 あの人間が化け物と呼ぶ存在。


 実際はどうだ、ただの人間にしか過ぎないではないか。


 意識を現実に戻すと、とうとう魔導士は膝をついていた。


「シオ!」


 メイシアは叫んで駆け寄り、そして改めて彼の傷のひどさに絶句する。


「あなたに怪我がなければ、それで構いませんよ」


「だからって、そんな傷だらけで言われても嬉しくない!」


 どこをつかんでも、指先は血に染まった。


「イリューザさんが、女の人は大事にしておけと言っていました」


「馬鹿っ! どうしてもっと真剣に戦わないの、こんなやり方で守ってもらっても、見ているこっちが痛いのよ」


「けど、ある程度は呪力結界が防いでくれるので。それに……私は平気です」


 メイシアは泣きたくなった。この男は、全然わかっていないのだ。彼女がどんな思いで彼を見ているのか、見ているだけしかできない者は、身体が傷つかない分心が痛いのだ。


 負い目を感じてしまう。


 たとえば本当に、彼が自分の為に命を投げ打つことになったら、メイシアは自分が許せないだろう。


 彼が、自分に対してなにも期待していないから、見返りを求めようともしないからなおさらだ。


「馬鹿……」


「大丈夫ですよ」


 シオはメイシアに触れようとして、その手が血塗れなのに気づいてやめる。


「彼は、罠にかかりましたから」


「罠……?」


「少し違いますけど」


 二人の見ている前で、彼の用意した罠は動き出した。


 地が、揺れる。


 そして、竜の立っている地面が地鳴りを伴って盛り上がり、巨大な塊がそこから出現する。


「なにぃ……!」


 驚いたのは、竜自身だった。


 彼の足下から巨大な顎が突き出し、口を開けて彼をくわえ込んだのだ。


 石と砂と、そして水滴をまき散らしながら現れた塊は、灰色混じりの竜だ。身体に刺さる鉄の棒はそのままで、鎖だけ引きちぎってきたらしい。


 轟音をたて、巨大な質量を持った存在が地の底から這い出してくる。


「そんな……封印が……」


 竜は声を引きつらせ、叫ぶ。


「言ったはずです、あなたの本体を解放すると」


 血塗れの魔導士。その肩には、彼の流す血と同じ色の目をした黒竜があった。


「『黒き咆哮』……!」


「あなたを封印する水牢は、私には壊せません。けど黒竜ならーーー同等の力を持つものなら、簡単に破壊できますよ」


 もっとも、いくら竜とはいえ、あれほどの質量のある封印を前にすぐさまどうこうできるわけではない。時間がどれほどかかるかもわからない封印解放を当てにするのは危険だったので、シオはまずこの竜を押さえようと動くことにした。


「…………まさか、同族がこの身を解放するはな……。これだけは、ありえないと思っていた。だが、方法などどうでもいい、身体は戻ってきた、もうこの人間は必要ない」


 竜は、自身の顎によって半分に折れようとしている身体を忌々しげににらみつける。


「そうも言ってはいられませんよ」


 竜の言葉に、シオは穏やかに反論する。


 と、あれほどの猛々しさを見せていた竜の身体は、いつの間にか動くのを止めていた。力無く頭を垂らし、そして……。


 竜の片目が落ちた。


 身体が、竜の肉体が腐り落ちて行く。


 瞬く間に皮膚が黒ずみ、次には紫色になって肉は溶ける。皮膚が破れ、筋組織が滅び、骨が見えると、身体は急速に力を失い、竜をくわえたまま崩れた。


 それが、最後だった。


 漂白されたように白い骨の中、突き出した鉄の棒が絡み合って奇怪なオブジェとなる。


 その下に、竜は……竜の精神を宿した人間に肉体は、下敷きになっていた。竜の牙に捕らえられたまま、それでもなにかを求めるように腕を伸ばす。


「なぜ……なん、だ……」


 下肢を砕かれ、それでも竜は動こうとする。


 骨と腐臭を放つ肉だったものの残骸。それらを前に、信じられないとばかりに形容しがたい表情を見せている。


「わかりませんか?」


 シオはゆっくりと、骨格だけが残った竜を見上げる。


「あなたはとうの昔に、寿命で死んでいたのです」


 いくら竜でも、永遠に生きることはない。


 水牢という場に捕らわれていた竜は、自身が死んでいる事にも気づかず、水の中を漂いながら、ただただ人間への恨みを積み重ねていったのだ。


 竜の口元が、皮肉げに歪められる。


「計られた、というわけか。人間に……あの男に……。ーーーアネクシオス……!」


 とうとう耐えきれなくなったように、からりと骨が砕ける。細片となったそれらが、竜の上に降り積もり、覆い隠してしまった。


 白い灰のような小山が場にできあがり、吹く風に少しずつ飛ばされていく。


「……なにが、どうなったの?」


 メイシアは困惑気味に立ち尽くす。シオは答えない。なにも語らない、その静けさが逆に不安を煽り、メイシアは急いで言葉を繋げる。


「ねぇ、本当のルヴェイグはどうなったの?」


 そこでシオはようやく顔を上げる。白い灰を見上げ、呟くように声を上げる。


「……彼もまた、既に亡くなっていました。竜という檻に囚われ、身動きが取れなかっただけなのです」


 辺りに再び静けさが戻る。


 気がつけば、もう空は白み始めていた。


 長い、長い一夜だった。


 メイシアはすとんと腰を落とす。


「……彼は……幸せだったのかしら」


 それは竜を指したのか、それともルヴェイグか。メイシア自身にも、よくわからなかった。


「もう、終わってしまったことですよ」


 シオの言葉にメイシアは素直に頷く事ができず、無言で背を向ける。


 終わったと、そんな言葉で片づけるにはあまりにも多くのものが失われた。


 城に残っていた者達は、恐らく生きてはいないだろう。そして、この一件が終わるまでにも大量の血が流された。


 人命だけではない。人を受け入れる国そのものも、崩壊してしまった。


 竜は図らずも、己の復讐を遂げたのだ。


「……やっぱり、わかんないよ」


 竜の行いを思うと、怒りを覚えるが、同時にこの国がかつて竜に与えた苦痛を思うと、途端にその感情も萎える。


 あの時は勢いに任せて叫んでしまったが、メイシアには竜の行いを非難する権利はない。


 と、背後で何かが倒れる音がした。


 振り返ると、シオがうつぶせに倒れている。


「ちょっと、シオ!」


 うっかり忘れていたが、シオは重体だったのだ。慌てて駆け寄り、力無い身体を抱え起こすが、ぐったりと重く腕にのしかかってくるだけで反応がない。


「シオ、シオっ!」


 耳元で叫ぶと、シオはようやくうっすらと目を開ける。


「メイシア、さん……」


「馬鹿っ、倒れるまで無理しないでよ!」


「ははっ……なんだか私、メイシアさんには怒られてばかりですね……」


 どこまでも緊張感なく笑う青年に、メイシアがさらに説教を飛ばしていると、彼らに近づく人影があった。


「おう、お前らようやく見つけたぜ」


 傭兵は砂埃にまみれながらも、軽く手を振ってみせた。


「あ、イリューザ! よかった、ちょうど良い所に帰って来た」


「おう、ただいま」


 言いながら、ぎろりとイリューザはシオをにらみつける。


「シオ、助けてくれたのは感謝するが、もう少し飛ばす場所を考えろ!


「あ……す、すみません。突然だったもので、あの、そんなに遠くへ?」


「俺の足で、全力で歩いてこのざまだ」


「ーーーそうよ、最初の爆発!」


 あの中心にいて、どうして自分は無傷だったのか。あのときはただ生きていたことに驚いて、一番肝心なことを忘れていた。


「もしかして……シオが守ってくれたの?」


「まあ、そうですね……」


 シオは自信なさそうに笑い、メイシアは少しの間ためらった後、一言だけ告げた。


「……ありがとう」











(7)




 街は崩れ去ったが、すべての人間が死んでしまったわけではない。そして、生き残った者達は、必死で生き続けようとしていた。


 人は、無意識に人との繋がりを求める。傷をなめ合うということでもあったが、誰かと協力することの大切さを、彼らは知っているのだ。


 城が消滅し、街が吹き飛ばされ、国としての機能を失っても、生活の基本は変わらない。食べて、寝て、動いて、眠って。それだけは、どんな階級の者でも変化はないのだ。


 残った食料を解放する者があれば、それを使って食事を作る者がいる。それを食べて、動ける者は瓦礫に埋まった者を助ける。それまでほとんど言葉を交わすこともなかった他人がなんの打ち合わせもなく自然と役割分担は決まっていった。


 教会には怪我人が溢れ、正面の通りには収容できなかった者達が簡易の天幕の下にいる。こんな目にあっても、それでも人は神にすがる。なにかを信じていたいから。


 多くの人が死んだ。


 原因を知る者はいない。中には勘の良さでなにかを悟った者もいたかも知れない。それでも真相は闇に消えた。


 たとえすべてを知ったとしても、彼らにはなにもできなかった。


 なにも、できはしなかった……。


 そして、突然の災厄の原因を探る事もできないまま、朝が来て、そして日が暮れた。


 人は人に惹かれて集まる。天幕が張られ、火がおこされ、少ない食料を分け合い、肩を叩いてお互いを慰め合う。


 まだ、明日があると思うから。






 一行はエルディオスに残っていた。


 シオが動けなかった為、そのまま城のあった区画に野宿したのだ。季節は冬に向かっていく頃だったが、屋外でも火を囲んでいればどうにか耐えられるだろう。


 メイシアは拾ってきた太い木ぎれをイリューザに渡す。それらはすべて、元は家だったものの一部だった。


「シオは?」


「寝てる。起こすなよ。血が足りてねぇんだ。そっとしておいてやれ」


 イリューザは渡された木ぎれを、ナイフで器用に細かく切り分け、火の中に放り込む。メイシアはそんな様子を見ながら、ちらりと彼の背後をうかがう。そこにはわずかに残った城の壁があり、その後ろから毛布にくるまった足がのぞいている。


 シオの傷は深かった。皮膚どころか骨を削る勢いで裂かれた傷に、イリューザは顔をしかめながらも傷に布を巻いていた。しかし、それ以上の治療は彼の技術や手持ちの道具では不可能だった。かといって、街の医者に診せようにもそこには怪我人があふれかえっている。医者の数や医薬品は絶望的に足りない。結局、医者を探してシオを連れ回すより、少しでも寝かせて体力の回復を待つ事にしたのだ。


 ぱちん、と火がはぜる。その音で、メイシアは我に返った。


 そこでまだ火の側に立ち尽くしたままだった事に気づき、慌てて荷物を下ろし、自分用の毛布を肩にかける。


 その様子を見ていたイリューザは、小さく息を吐く。


「あのな、嬢ちゃんが変な気を回すのは筋違いってもんだ。あいつは自分の思った通りに行動して、あんたをかばったんだ。それを気にするくらいなら、助かった事をもっと喜んでやれよ」


 メイシアは毛布の端をきつく握りしめる。


 丸一日経っても、鮮やかに散った血の色が脳裏から離れない。黒い服からしたたり落ちる、鮮烈な色彩。彼に触れた自分の手もまた、赤かった。それとは対象的に、紙のように白かったシオの顔色。


 メイシアは毛布をはねのけ、勢いを付けて立ち上がる。


「あたし、なにか食べ物を探してくるね。目が覚めたら、きっとシオはお腹が空いてるだろうから」


 イリューザの返事は待たずにメイシアは走り出した。






 昼間も街を歩いたが、ひどいものだった。


 通りは瓦礫に埋まり、残った建物もまた、なにかしがね損害を受けている。撤去作業は遅々として進まず、人々の顔には疲労の色が濃かった。


 夜になってもまだ、あちこちでかがり火が焚かれ、少しでも瓦礫を掘り返し、そこにいるであろう人達を捜す作業が懸命に行われていた。


 そこを、メイシアはふらつく足取りで歩いていた。


 街の人間ではないメイシアは、どこか自分が場から浮いているように思え、なにも手を出せずにいた。食料を手に入れようにも、同じ事だった。


 と、そんな彼女に声をかける者がいた。


「メイシアさん!」


 振り返ると、女神官が笑って立っていた。


「……ミワ?」


 大分薄汚れていたが、彼女の笑顔に陰りはない。


「あんた、無事だったんだ」


「はい、どうにか。けど、昨日はびっくりしましたよ。宿屋で寝ていたはずなのですが、突然大きな衝撃が来て、気がついたら色々なものに埋まっていましたの」


「……本当、よく無事だったわね」


 まさしく衝撃の告白に、メイシアの顔が引きつる。


 対してミワは、それほど困っている様子はなかった。普段なら、少々のことで取り乱すというのに、逆の異常事態だと奇妙に落ち着いてしまうらしい。


「とにかくお腹が空きましたわ。どこかでなにか食べません」


「……こんな状態で、店が開いていると思うの?」


「しかし食べなければ、人間生きてはいけませんわ。それに、夜は冷え込むので、寝る所も確保しなければなりませんし」


 そして相変わらずの妙な勢いに負け、メイシアはミワに引きずられていく羽目になった。






「はい、どうぞ!」


 ミワが湯気の立つ深皿をふたつ持ってやって来る。メイシアは崩れた壁にもたれかかり、少し離れた集団の話し声を、なんとなく聞いていた。


 差し出されたのは、スープの入った深皿。メイシアは立ち昇る湯気をじっと見つめる。


「うん……ありがとう」


 スープにはほとんど具はなかったが、暖かかった。


 しばらくの間、二人は並んで座りスープを飲んでいたが、やがてミワが口を開く。


「少し、違う話をしましょうか。先ほどあなたが言った、白い竜のことです」


 ミワは空になった皿を脇に避ける。


「白い、竜?」


 ミワには一応、彼女の理解できる範囲で事情を説明したのだが、その地底湖に封じられていた竜の話をした途端、ミワは驚愕した。


「この世界にも、神話の時代はありました」


「それって、竜がエルアル・イシスを支配していたって話でしょう?」


 真実のほどはわからないが、メイシアも昔よく聞かされた話だった。


「ええ、太古の昔、大陸全土に竜は存在していましたが、ある日を境にそのほとんどが別の場所へと旅立ちました。……数を増やし始めた人に、大陸の支配権を譲ったのです。そこから、我々の知っている歴史が始まったとされています」


 しかし、それらはあくまでお伽噺の類でしかない。メイシアはどこか懐かしい気持ちでミワの話に耳を傾けていた。


「そして、大陸に残った少数の竜は、人の迷惑にならない為に、肉体を捨てました」


「でも、なぜか黒竜だけが身体を捨てなかった、と」


「だから、この世界に白い竜は存在していないのです」


 と言うより、存在していることが既に、なにかの間違いなのだ。


 肉体を持つのが黒い竜で、それ以外は特定の形を持たない。空気と同じように、目に映ることはない。


 それが、この世界の常識だ。


「じゃあ、あの竜は新種だっていうの?」


 ミワは首を振る。


「歴史が始まる前は、白竜は存在していました。そして、彼らがこの世界を出て行ったのは、なにも人間に遠慮したからではありません。白の竜を……白銀の主に連なる者を、この世界に封印したからなのです」


 メイシアは聞いた事のない話に、思わず身を乗り出す。


「その白銀の奴は、なにか悪いことでもしたわけ?」


「世界を死なせてしまうところだったそうです」


 ミワの顔はあくまでまじめだった。


「……なんか話が大きすぎて、よくわからないけど。じゃああの竜は、偶然封印されなかった運のいい奴なのね」


「はい、おそらく。そしてすべてを見守る者として黒竜が……黒金の主が残ったのです」


「封印を逃れた白い竜か……。でも、せっかく生き残ったのに、今度は人間に利用されるなんてね……」


 メイシアはつぶやく。


 ややあって、ミワが声をかけてきた。


「メイシアさんはこれからどうなさるのです?」


「あたし? うん……またシオに着いて行くわ」


 別れを告げられたのは、ついこの間だというのに、なぜかその言葉は自然と口に出た。イリューザもシオも、再会してからその話題を持ち出さなかったこともあるだろうが、メイシア自身、もう腹は決まっていた。


 どれだけ拒絶されても、自分はシオを追いかける。


「そうですか。私は北へ……〈竜の住む谷〉へ向かう予定です」


 その名称に、メイシアは弾かれたように振り返る。


「え……それってっ!」


 以前、シオから聞いた事がある。彼もまた、そこへ行くのだと言っていた。そしてメイシアの驚愕の意味を当然理解できないミワは、さらに話を付け加えてきた。


「お伽噺の場所です。ですが、アネクシオス様はおそらくそこへ向かっているはずです」


 アネクシオス。


 シオ。


 神官と魔導士。


 すれ違っていた単語が、ようやく一本の線に繋がったような気がした。


 すべては、〈竜の住む谷〉へと向かっているのだ。


「ねぇ、ミワ。シオもそこへ行くみたいなんだけど……」


「あらあら、奇遇ですわね」


 よくわかっていないのか、ミワは呑気に笑っているだけだ。その呆れるほどにのんびりとした調子に半ば苛立ちながらもメイシアは尋ねる。


「偶然もなにも、できすぎてるわ。ねぇ、その〈竜の住む谷〉って、いったいなんなの?」


 お伽噺では、太古の昔、竜が異世界に旅立った場所とされている。


 そして、竜の力を求める者は、そこから竜を呼ぶ事ができる、と。


 しかし問いに対して、ミワは首を傾げるだけ。


「そうですねぇ。私もよくは知らないのです。どんなところなのでしょうか……」


「行かないとわからないってわけね」


 メイシアはようやく肩の力を抜く。


 わからない事ずくめだが、ようやく色々と材料が揃ってきた。


 行かなければわからないのなら、行けばわかるということだ。


 俄然やる気が出て来たメイシアは、最初とは違う勢いの良さで立ち上がる。


「あたし、行くわ。シオと一緒に、〈竜の住む谷〉へ!」


「はい。私もそこへ向かいます。きっとその場所で、すべてがわかるはずです……お互いの、疑問に思うすべてが」


「うん……。じゃあ、またね」


 メイシアは笑って手を振り、ミワもまた、笑って彼女を見送った。


 一緒に行かないかと誘おうかと思ったが、そんな事をせずともすぐにまた再会できる、そう思えた。






 結局、食料の類はなにも手に入れることができず手ぶらのままだったが、メイシアの顔を見たイリューザは、なにも言わなかった。ただ、メイシアがこれからもシオと一緒に旅を続けると言った時、一度だけ頷いた。


「あいつ、治ったってよ」


 なんの前置きもなくいきなり告げられ、メイシアは内容を理解できなかった。


「え? なにが、治ったの?」


 首を傾げるメイシアに、イリューザは壁の向こうを指さす。


「シオの奴だよ。しかし、便利なもんだよな、魔導士ってやつは。寝ている間に傷を癒す術を自分にかけていたんだとよ」


 メイシアはイリューザの顔と壁の向こうに見えている毛布の端を見比べる。


「……本当に、治ったの?」


 胡乱気な眼差しを向けるメイシアに、イリューザは意地悪く笑ってみせる。


「おう、きれいさっぱりな。嬢ちゃんも後であいつを押し倒して服を脱がしてみろよ。もう跡も残ってなかったぜ」


「っ、なんであたしがそんな真似しなきゃいけないのよっ!」


 メイシアは真っ赤になってイリューザに食ってかかるが、彼は豪快に笑うだけで相手にもしない。


「だから言っただろ、あいつのことは気にするだけ無駄なんだよ」


「う……それとこれとはまた別の話だと思うけど、怪我が治ったのはよかったわ」


「そうだな。で、シオの奴も動けるようになったからな、明日には移動するぞ。けどよ、今度は俺の寄り道につきあってもらうぜ」


「えっ、でもこの辺りに酒場も賭場もないわよ?」


 メイシアは半分冗談で言ったのだが、イリューザは太い笑みを浮かべるとことさら楽しそうに告げた。


「俺の家が、この山向こうにあるんだよ」




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