EP35:リインカーニエト、逆行転生者 その2
ベッカーは低く太い落ち着いた声で
「確かに僕は神に匹敵する知識を持つ。
未来のことを知っているからね。
その僕に楯突くとどうなるかわかっているのか?
妹のようになっても知らないぞ!
ハハハッ!
まさか、そんなに馬鹿じゃないよな?
父親のように僕の従順な奴隷であれば、君もおこぼれにあずからせてやる!
僕は万能だ!
このチート能力で、油田や金銀鉱山を誰よりも早く発見できるし、いつどんな戦争が起きるかを知っている。
未来の素晴らしい科学技術を、発明者本人よりも先んじて発明できるし、難しい数学の定理だって発見できる。
僕は簡単に歴史を変えられるのさ!
なろうと思えばすぐにでも『歴史に名を遺す偉人』になれるのさ!
特許も名声も金も女も手に入れ放題だ!
先人たちが百年も二百年もかかって発見した知識や発明した技術を、一瞬で、思い出すだけで実現できる!
羨ましいだろ?!
君のようなモブで雑魚な凡人が一生かかっても手に入れられない富と名誉と人々からの賞賛が僕には空気よりも簡単に手に入るんだ!
ハハハッ!
これぞ僕が神に選ばれた証拠!
前世のあの苦しい奴隷労働に耐えた褒美なんだ!
あ~~~愉快愉快っ!」
レオポルトは眉ひとつ動かさず、淡々とした声で
「だが、結局、今のあなたはどうだ?
歴史を変える人物ではない。
その証拠に、あなたがしてることは利己的で貪欲な人間なら誰でもできる簡単なこと。
未来の知識を生かして、公害や自然破壊を防いで社会を良い方向に変えるとか、戦争を防ぐとか、貧困をなくすとか、人々が神に祈り求める幸福を実現しようとはしていない。
雑魚でモブだった前世と何ら変わらない思考回路で、下衆な欲望を果たそうとしているだけ。
いじめた上司が憎い?会社を恨んでいる?成功した同僚に嫉妬?
その憂さを晴らすために、神が与えた能力を何ひとつ活かそうとせず、高い倫理目標を己に課すわけでもなく、卑近な下卑た願望と醜い恨みを抱え、復讐のために他人を痛めつけ、放蕩の限りを尽くそうとする。
恵まれた素質の上に、たゆまぬ努力を積み重ね、苦心を重ねてやっと発見した偉大な先人たちの知識や技術を、『ただ知っているだけ』というあんたが、実用的な使える技術にまで実現できるはずはない。
結果だけを知っていても、その途中の躓きや失敗を乗り越える能力がなければ、実用までたどり着かない。
あんたにはその能力が無い。
だから投資や株という虚構を売り買いすることでしか、金持ちになれないんだ。
神はそれを知っているから、あんたを転生させたんだ。
あんたは何度、いつどこへ転生しても、歴史には何の影響もない、偉大な功績を何ひとつ残せない、下衆でモブで雑魚な凡人だよっ!」
あまりにも理路整然とした罵倒に呆然としたフランツが口をあんぐりと開け、レオポルトを見つめていた。
レオポルトの父はめったに崩れない表情を崩して、眉を上げ、口をへの字にして、驚いたような、叱りつけたいような、複雑な顔をしていた。
罵倒されたベッカーは目の端をピクピクと痙攣させ、怒りと屈辱で血の気が引いた蒼白な顔で、口角に泡をためて、言い返そうと口をモゴモゴさせていた。
レオポルトは
「ベッカーの処分は父上に任せます。
マリアンヌを殺した犯人を、最終的にどうするのかは父上が決めてください。
では失礼します。」
デザートが来る前にスクッ!と立ち上がり、膝に掛けていたナプキンを机の上に投げ出し、ダイニングルームを出て行った。
それを見たフランツも慌てて立ち上がり、
「僕もっ失礼しますっ!」
とついていった。
父の賃貸宮殿を出て石畳の路を、肩を怒らせて歩くレオポルトにフランツが追いついた。
それに気づいたレオポルトが
「君の言いたいことは分かる。
偉大な功績を遺す歴史的人物が、すべて倫理的に高潔な聖人君子というわけではない。
だからベッカーのような下衆が歴史に名を遺す偉人になったって構わない。
だが必然性があり、神に愛されたから凡百の人々より優れているという自認は間違っている。
ベッカーや僕らが辛苦を舐めずに済んでいるのは、ただ偶然、幸運にめぐまれただけ。
気分屋の神が作ったくじ引きに当たっただけだ。
そうだろ?
僕らの神はどの人間も愛したりしない。
幸福も不幸も平等に無作為に分配する、残酷なほど公平な神さまなんだから。」
と呟いた。
数年後、事業をすべて手放し巨万の富を得て隠居したアドリアン・ベッカーは、目のくらむような豪邸で、贅沢な調度品と、お腹の皮がはちきれるほど詰め込んだ美酒美食と、好みの美少女たちに囲まれ、人々がうらやむような、贅を尽くした放埓で淫蕩な生活をしている、という噂が立った。
その美少女たちの中に、レオポルトが雇った腕利きの探偵がいた。
彼女の使命はアドリアン・ベッカーを破滅させること。
当時入手が容易だった『白い粉』を食事やワインに混ぜ、ベッカーに飲ませ続けた女探偵は無事に役目を果たせた。
『白い粉』の幻覚作用や禁断症状のせいで、嘘や暴言や暴力など、狂気じみた奇行を繰り返すベッカーに対して、親しかった人々や、仕方なく付き合いをしていた世間の人々は、すぐに冷淡に接するようになり、無視し、やがてベッカーを記憶から葬り去った。
その晩年、神に選ばれたはずのベッカーを待っていたのは、荒れ果て、汚物に溢れた豪邸での、孤独な死だった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
フランツとレオポルトの話は、一旦、これで終わりとしますが、また二人に会いたくなったら何か書くかもしれません!




