EP34:リインカーニエト、逆行転生者 その1
レオポルトのたっての願いを聞き入れ、父はアドリアン・ベッカーを食事に招待した。
父が所有し、居住する賃貸宮殿に、レオポルト、フランツ、ベッカーが集まった。
ベッカーは典型的な有産市民の風貌で、己の実業家としての手腕と才覚でなりあがったという自信にあふれ、精力と活力がみなぎる、三十代前半のダーティブロンドで淡い褐色の瞳の、ウェストコートの上からでも見て取れるほど筋肉質な均整の取れた肉体の持ち主だった。
そして眉間に特徴的なホクロがあった。
『簡単な食事会』と称して父がベッカーを呼び出したので、応接室に隣接するダイニングルームにはベッカーの他に客はいなかった。
長いテーブルは真っ白な極上のダマスクス織のテーブルクロスが敷かれ、その上には銀製の枝付き燭台に燈った火が幻想的に輝き、純銀のナイフとフォークや最高級のクリスタルガラスでできたワイングラスが並べられていた。
スープから始まったコース料理の間ずっと、レオポルトとフランツをまるで空気のように無視して、ベッカーはレオポルトの父と話し続けた。
ベッカーが声をひそめ内緒話のように
「次はアメリカのネバダ州、いや、当時はまだ『ユタ準州西部』だな、そこでアメリカ最大の銀鉱山が発見されるから、土地や採掘権を手に入れるのはどうだ?(*1)
それとも、ペンシルバニア州のタイタスビル南方のオイル・クリーク川岸の土地を買い占めるか?(*2)
そこでドレークという男が機械掘りで石油採掘に成功するから、掘削会社に少額投資する方法もある。
どうする?」
五十代前半の、いわゆる『ロマンスグレー』で渋みのある落ち着いた風貌の、レオポルトの父は鷹揚に構え
「すべて君のアイデアに乗るよ。
今まで失敗したことはなかったからね。
私の社会的地位と信用と、君のアイデアと、私たちの資金があれば何も怖くないさ!」
ゆったりとベッカーにほほ笑みかけた。
フランツがレオポルトの様子をうかがうと、血の気が引いた真っ白な顔に、唇の端をピクピクと痙攣させていた。
カチャン!
音を立ててナイフを置くと、レオポルトが
「ベッカーさん!
あなたはまるでこれから起きる未来のことをすべて知ってらっしゃるようだ。
なぜですか?」
単刀直入に尋ねた。
ベッカーはレオポルトの父と目を合わせ
「息子さんに正体を明かしても大丈夫なのか?」
父はゆっくりと頷いた。
ベッカーは背筋を伸ばし、堂々と胸を張ると、すぅっ!と音を立てて息を吸い
「僕はね、未来の知識を持ったままこの19世紀中ごろに生まれた『転生者』だからさ!
21世紀というのはね、工業や医療といった科学技術は発展したが、誰もが安穏と一生を過ごせるバラ色の未来なんかじゃない。
過酷な競争と奴隷労働を強要する空気が蔓延する世界だ。
『発展し続けなければ死ね!』というスローガンのもと過重労働を強いられた僕は組織に使い果たされ、過労死したんだ。
神様がご褒美として、僕が詳しい歴史知識を持っているこの時代に転生させてくれた。
この時代から見れば『未来』の知識を使って、僕が今のように財を蓄え、美女を手に入れ、美酒美食におぼれ、自由自在に、勝手気ままに、人生を謳歌することは、すべて神様がお決めになったことだ!
だから僕は神も仏も天も運命も信じている!信心深いんだよ!」
レオポルトの目がキラッと光り
「あなたの所有する賃貸集合住宅で切妻が落下し、少女が死亡したことを覚えていますか?」
ベッカーは悪びれた様子もなく、いたずらが見つかった子供のように肩をすくめ
「ああ。もちろん!妹さんのことだね?
父君にも君にも申し訳ないと思っているが、あれは不幸な事故だ。
僕に責任は無いよ。」
レオポルトは切り裂きそうな目つきでベッカーを睨みつけ
「失礼ですが、奥様の年齢は?
そのほかのガールフレンドたちの年齢は?」
ベッカーがムッとしたように口をすぼめ
「君に何の関係があるんだっ!」
苛立たしそうに叫んだ。
レオポルトは瞬きもせず睨みつけたまま
「あなたは幼女と言ってもいいような年齢の女性が好みなのでは?
事故現場の近くで妹に声をかけましたね?
『仔猫を買ってやる』と。」
ベッカーが焦ったように上ずった声で
「う、嘘だっ!バカげた話だっ!し、知らんっ!証拠でもあるのかっ!!??」
レオポルトがますます鋭い視線で刺し貫こうとするかのように睨みつけ
「妹に拒絶されたあなたは、妹に殺意を持ち、猫のぬいぐるみをグラついた切妻の真下に置き、妹が下敷きになるように細工したのでは?
万能な未来の知識を持つあなたなら、遠隔操作もしくは時限式で、狙った時間に構造物を落とすことなど簡単でしょう?」
ベッカーは余裕を取り戻そうと、無理やり口をゆがめて笑顔を作り、レオポルトを睨み返した。
(その2へつづく)
(*1:コムストック・ロード(またはコムストック鉱床)は、アメリカ合衆国で最初に発見された銀の大きな鉱床である。ネバダ州バージニア山脈の一峰ダビッドソン山の東斜面、現在のバージニアシティの下に位置している。その発見が1859年に公表されると、探鉱者達がこの地域に殺到し、その鉱業権登録を競い合った。)
(*2:ドレーク油田は、アメリカ合衆国にある歴史的な油田である。ペンシルベニア州タイタスビル(Titusville)南方のオイル・クリーク川岸にあり、鉄道員だったエドウィン・ドレーク(Edwin Drake)が1859年(8月28日)にアメリカで初めて機械掘りで石油を採掘し、これが近代石油産業の始まりとなった。)




