銀色の子供
帝国第四環第七区。
夜明け前の通りは動き始めていた。
石畳を鳴らす車輪。
縄を引く音。
荷を急かす怒声。
天へ向かって伸びる漆黒の塔。
麓から真っ直ぐ伸びる巨大な道は、白く浮かんで見えた。
◇
まだ日も昇りきらない時間。
教会孤児院の扉を叩く音が響いた。
シスター・エレノアが扉を開ける。
そこに、小さな子供が立っていた。
銀色の髪。
その色を薄くしたような目。
汚れた服に、擦り減った靴。
「……どうしましたか?」
「置いていただけるところを探しています」
エレノアは、その目を見返した。
「名前は?」
「アルビー」
「姓は?」
「ない」
「年齢は分かりますか?」
「わからないです」
「入りなさい。寒いでしょう」
エレノアは小さく頷いた。
アルビーは入口で靴を脱ぐと、壁際へ静かに揃えた。
「まず身体を洗いましょう」
湯を使わせてもらうと、アルビーは静かに汚れを落とした。
「お腹は?」
「空いてる」
「それなら大丈夫ですね」
エレノアは少し笑った。
◇
食堂では、年少組が朝食を待っていた。
年少組の少女がアルビーを指差す。
隣にいた年上の少年が声を掛けた。
「ぎんいろ」
「こら、指差さない」
少女は慌てて手を引っ込めた。
朝食のスープから、温かな香りが漂う。
アルビーは器を持ち上げる。
一度息を吹きかけてから、静かに口をつけた。
「お前、腹減ってないの?」
「減ってる」
年上の少年は少し眉を寄せ、しばらく向かい側の銀色を見つめていた。
「名前は?」
「アルビー」
「マルクだ、年少組の世話役をしてる」
マルクは隣の少女へ視線を向ける。
「こっちはミア」
「……ミア」
ミアは小さく手を振った。
「アルビーだ、よろしく」
◇
朝食を終えると、エレノアが部屋を案内した。
大部屋の端。
古い毛布と、小さな棚がある。
「今日からこちらを使ってください。あなたも、これから孤児院の一員です」
「はい、よろしくお願いします」
エレノアは大部屋を見渡した。
アルビーの視線は、寝床と小さな棚へ向いている。
その目は、わずかに細められていた。
◇
昼前。
アルビーは水桶を運び、掃除を手伝っていた。
途中でミアが雑巾を放り出した。
「つかれた」
「そこまでやったら終わりだ」
アルビーは床を指差す。
ミアは少し考えてから、また雑巾を持った。
(……うまくやれそうですね)
エレノアは胸の内でつぶやく。
◇
夕方。
孤児院の窓からは、第四環第七区の荷路が見えた。
倉庫。
工房。
市場。
黒い屋根が並ぶ向こうに、巨大な道が遠く光っている。
通り過ぎる荷馬車。
道に残った轍。
アルビーは窓際に立ち、しばらく外を見ていた。
◇
夜。
子供たちが眠った後、エレノアは木札を一枚増やした。
『アルビー』
推定六〜八歳。七歳として記録。
出身不明。
そこまで刻み、手を止める。
それから、小さく書き足した。
『要観察』
木札を伏せる。
エレノアは静かに息を吐いた。
(言葉遣いは丁寧で、愛想はあまりないけれど、嫌な感じはしないわね。下層で育った子供、という感じでもありませんし……)
(……何かあったのでしょうね)
とはいえ、事情を抱えた子供は珍しくない。
エレノアは灯りを落とした。
(……まずは、慣れてもらわないとですね)
◇
大部屋の端で、アルビーは目を閉じていた。
第四環第七区の夜は騒がしい。
荷車の走る音が響く中、アルビーは屋根の下で深い眠りに落ちた。




