20話 ミリアとエリザベートの策略
クリスとミリアの初顔合わせから一月が過ぎていた。
ミリアは教会には通っていないため、商会でカルロスの専属通訳をしている。
カルロスの専属通訳は女性であったが、妊娠をし出産のために退職となった。
新たな通訳を雇う予定であったが、ミリアがカルロスの通訳となる事を伝え、そして出産で退職される通訳と一度話をしたいと申し入れた。
この世界は頑張って女性が手に職を得ても、出産すると仕事を辞めなければならない暗黙のルールがある。
「リサさん。出産した後、通訳に復帰したいと思う事はありますか?」
ミリアは通訳のリサとお茶をしながら本音を聞き出そうとしていた。
「出来ることならもう一度仕事に就きたい気持ちはあります。ですが、それは許されない事だと理解しています」
リサは諦めた表情でミリアの問に答えた。
「優秀な人材を育てるのには、時間もお金もかかります。優秀な人を出産で諦めなければならないのなら、それは無駄な事だと私は思うのです。
法で復職を禁止されているわけではないのです。リサさんが復職したいならば、その間は私が通訳代理をします。カルロスさんの許可をもぎ取るので、もし復職出来るのなら考えてください」
ミリアはリサの復職したい願いを胸に、カルロスの執務室に突撃した。
カルロスはミリアの話をすんなり受け入れてくれた。
「もしミリアがうちの商会で働いていたなら、絶対に手放さない。ならば結婚させないか、子供を産ませないくらいすると思う。それほど優秀な人材を手放したくはないと考える。
俺は男で子を産むとかは分からん。だから、出産して家に入るならば仕方ないと思っていた。今まで復職したいと言いに来た女性はいないからな。復職したいなら、こちらからお願いしたいくらいだ」
女性は子供を出産したら復職は出来ないと思っていた。
雇う側は子供を育てるなら復職を頼みにくいと考えていた。
変な気遣いで復職が出来なかっただけだった。
リサは子供を出産した半年後に復帰する事が決まった。
カルロスに出産した女性をこれから先解雇しなくて済むように、育児休暇を制度として作り、商会で託児所を運営する提案を出した。
カルロスはミリアの案に賛同してくれて、育児休暇の制度と託児所の準備を始めた。
リサにその事を伝えると泣いて喜んでくれた。
ミリアはカルロスと託児所の事と通訳をこなして、日々忙しく過ごしている。
この一月は、婚約者であるクリスから連絡もない。耳に届く噂によるとシールス子爵令嬢との逢瀬に忙しいようだ。
ミリアは初顔合わせ以来、カーソン公爵家にも顔を出していない。
カーソン公爵家にはカルロスから未来の女性達のためにミリアが尽力し動いていると伝えてくれたので、何かを言われる事はなかった。
ミリアはこの国で一番の知識を持ち、作法も国で上位であると言っても過言ではない、
それは、ミリアの教鞭をとったことのあるエリザベート夫人が一番理解している。
社交界で自分達の息子がどう言われているのかも耳にしているはず。
息子を窘めないのは、ミリアが婚約者として存在すれば良いだけだと考えているからでは?
息子の醜態を回避するために、自分が利用されているのでは?と考えていた。
ミリアは 公爵家を信頼する相手として見てはいない。
それは、アドルフに対してもだった。
カルロスにアドルフには会いたくない。
ミリアは、はっきりと伝えた。
仕事は受けるけれど、カルロスを通じて欲しいと頼んでいた。
カルロスはナタリーから初顔合わせの話や、婚約に至るまでの話を聞いていた。
それにカルロスはアドルフに警告を入れていた。それを理解していたのかは分からないが、可愛がっているミリアを蔑ろにするような現状に腹を立てていた。
アドルフがミリアに会う事は叶わなかった。
ミリアの部屋で飲む好みの紅茶も、ミリアの可愛らしい笑顔も取り上げられてしまった。
妹であるエリザベートに呼び出されたアドルフは、エリザベートの冷たい視線に息を呑んだ。
「今日はミリアとクリスの顔合わせだったはずだが……何かあったのか?」
アドルフは状況が見えずに問いかけた。
「お兄様、ミリアはクリスとの婚約を望んでいるとおっしゃいましたわね。今日のミリアさんを見る限り、そうは見えませんでしたわ」
「は?そんな筈はない!ミリアはずっとエアハルトを好いて待っていたのだから」
「ミリアさんはクリスがエアハルトだと知っているのですか?
クリスが商会に顔を出さなくなってから、ミリアとクリスは顔を合わせていたのですか?クリスは魔導具で色を変えていましたし、かなり体型も違いますけれど?」
アドルフはハッとなり顔を青褪めさていく。
(サシャもミリアはエアハルトを好きなのだから、婚約者となる前にクリスとしてきちんと会わせた方が良い。と、そう言われ喧嘩になったが……)
クリスはアドルフに何度も話していた事がある。
エアハルトの時の情けない姿ではなく、貴族として立派になったクリスとしてミリアに会いたいと、ずっと言われていた。
アドルフは男心を理解し、ミリアと顔を合わせるのを避けさせていた。
「クリスは顔合わせで正体を言ってないのか?」
アドルフは祈るようにエリザベートに尋ねた。
「シールス子爵令嬢がなぜか顔合わせの時間に馬車で邸を訪れ、クリスを連れ出しましたわ。
それに、ミリアは子爵令嬢との仲は承知のうえだと。王命での婚約は断れないから仕方がないと言ったそうよ」
「不味いな……」
「そうね。子爵令嬢にいれあげる公爵子息。その噂をミリアは全て知っているそうよ?」
「………」
「お兄様とクリスの不手際でミリアを失望させたわ。失望してくれていれば、まだましだけれど。
なので、ミリアには自由を与えます。公爵夫人にはあの子ならいつでも立てるので好きにすごしてもらうわ。お兄様はミリアにクリスの正体を知らせる事は許しません。クリスが自ら正体を明かし、ミリアの信頼を得るまで誰も口出しする事を禁じます」
エリザベートの言葉に反論すら出来ない。
アドルフはミリアの心を傷付けた事にようやく気が付いたのだ。
エアハルトが社交界に復帰したのはミリアのためだった。公爵家の嫡男としてミリアの前で倒れた不甲斐ない男のままではミリアに告白が出来ないと……。
ミリアからしてみれば、待って欲しいと。ただそれだけを伝えられ、状況の説明もなくミリアはただエアハルトの病を心配し約束通り待ってくれていた。
なのに、手紙すら返事もないのにクリスは社交界に復帰しお茶会や夜会にもでていた。
ミリアからすれば、忘れられた。
そう思っても仕方なかったのだ。
エアハルトの社交界復帰をミリアに伝えた事にサシャは激怒したのだ。
懸命に生きるミリアを傷付けたアドルフを許さないと、国を出て行った。
アドルフはふらふらしながら邸へと帰って行った。
クリスの専属執事であるギルにも同じように伝えた。
ミリアやその周囲にエアハルトとクリスが同じ人物だと言ってはならないと。
エリザベートはミリアが嫁ぐ事が嬉しかった。聡明で可愛くて、芯のあるミリアが好ましかった。
「クリスとお兄様のせいでミリアを傷付けてしまったわ」
エリザベートの握る扇子がミシッと、音を鳴らした。
執事のギルも、レオン公爵も顔を青褪めさせた。
アドルフとクリスはこの国で怒らせてはならない女性二人を怒らせてしまった。
エリザベートはこの国の王妹。
サシャは隣国の王妹。
どちらも強い権力を持っている。
ミリアは知らず知らずに最強の王妹二人を後ろ盾としていた。
その事実に気が付いている者はどれだけいるのか。
ミリアが学園に入り社交界に顔を出せば、あの容姿だけで話題となる。
カルス帝国からの信頼もあるミリアを、貴族達が放置するはずはない。
さらに伯爵家の事情や婚約者が悪い意味で有名なクリス公爵令息なのだから。
ギルとレオンは大きなため息を吐いて、これから起こるであろうトラブルが少しでも少なく、些細な事であるように祈るしかなかった。
婚約して二ヶ月になる頃、ミリアは学園へと入学する事になった。
学ぶ事などないので、飛び級試験を受けて卒業資格を得る事に決めた。
エリザベートに手紙を出して飛び級試験を受けたいことを記した。
返事はその日に届いた。
エリザベートしか公爵家にいないとのことで、ミリアは翌日のお茶会の招待を受けた。
公爵子息の婚約者として、今日は身なりを整え貴族令嬢然りとした姿で公爵家を尋ねた。
可愛らしく美しい所作のミリアに、邸に勤める使用人達は息を呑み見惚れていた。
未来の公爵夫人として相応しいと、早くも忠誠を誓う者さえいた。
「久し振りね。ミリアさん」
「ご無沙汰しております」
美しい礼をとり席へと着いた。
「最近はカルロスの専属通訳をしたり、女性達のために様々な活動をしていると聞いています」
エリザベートがミリアの近況に触れた。
「女性達が手にした職を手放さずに済むように何が出来ないかを模索しております」
「出産をしない女性も増えたと陛下から聞いた事があります。職を手放さずに済むように子を作る事を諦めたり遅らせたりしているのかしら?」
貴族に嫁いだ女性の一番の仕事は子を成す事。夫人達には理解しにくい事かもしれない。
「結婚しても働かなければ生きていけない者もいます。妻が仕事を手放して家庭に入っても安心出来るように蓄えをしてから出産をする人は多くなったようです。
女性が働く機会が増えた事は喜ぶべき事ですが、その後の制度がなっていません。
出産するから仕事を辞める。復職も叶わない。子供にお金はかかってくる。ならば、安心出来るように蓄えるために、出産を遅らせる。仕事を辞めたくないから、子を産まない。悪い循環ですね」
ミリアはエリザベートに丁寧に世の中の女性の環境について説明をする。
「私達の立場では分からない事ね。ミリアはそれに気が付き動いた。素晴らしいわね」
ミリアはエリザベートに褒められ目を丸くした。
批判されるかもしれないと思っていたからだ。未来の公爵夫人が女性に働く事を勧めるなど、貴族として良しとしないだろうと。
エリザベートは驚くミリアを不思議そうに見つめた。
「あの、エリザベート様は女性が働き続ける事に反対はしないのですか?」
「反対なんてしないわよ。私達は民達から税を納めてもらい生活をしているのよ?民である女性が働き続けたいと望むならば、それを可能にするように手を尽くさなければなりません。民達が生きやすい制度を作る事も私達貴族の役目ですから」
エリザベートの言葉を聞きやはり驚いた。
女性が働き続けられる環境を整えるためにカルロスとは頻繁に話し合いをしている。
その中で女性が働き続ける事に異を唱える貴族夫人が多くいた。
女性は家に入り夫に仕え家政を仕切る事が一番の仕事だと……。
それが可能なのは貴族だからなのだと考えが及ばない夫人達。
「私達が新しく作ろうとしている制度に反対する貴族夫人は多くいるのです。女性は家に入り家政を仕切る事が一番の仕事だと……」
ミリアは制度を作るなかで反対する貴族夫人の話をエリザベートに詳細を説明した。
「そう……。愚かな考えの夫人もいるのね」
その話題は夫人の言葉で終わることとなった。
「ところで、息子とは会っていないのかしら?」
突然クリスの事を聞いてきた。
ミリアも一応心構えをしていたけれど、話の流れとしては突然過ぎて紅茶でむせてしまった。
「っ……。そうですね。初顔合わせ以来お会いしていませんし、連絡もしておりません。お互い忙しいので」
咎められる事を承知で事実を伝えた。
嘘をついてもきっと調べられているはずだから。
「構わないわ。あの子がどうしようと、どうなろうと自己責任ですから。それよりミリアさん。時々こうしてお茶を一緒にして貰える?隣国の話や、他国の話を沢山聞かせて欲しいの。
私はね本当は他国に嫁ぐ予定だったの。嫁ぎ先の国も決まり、その国の歴史や文化を学んだわ。12歳の頃よ」
エリザベートは政略的な婚約ではあるけれど、王女として自身の役目をきちんと理解していた。
嫁ぎ先の国の事を知ろうと、沢山学んだ。
初めて自国を出て行く恐怖より、他国に行く事に楽しみを見出していた。
エリザベートが16歳の誕生日を迎える前日、嫁ぎ先の王太子が自国の下位貴族の令嬢を妊娠させていた事が発覚したのだ。
王太子は廃嫡され下位貴族の令嬢と結婚させられ、僻地の領地に幽閉された。
エリザベートは王太子と交流は深くあったわけではなかったので、不貞を聞かされても心は全く痛まなかった。
ただ、国を出て行く機会を逃した事の方が辛かった。
「エリザベート様は外交を担わなかったのですか?私が言うのは烏滸がましいですが、語学は堪能ですし、知識も深く。その……とても綺麗ですし、立ち振る舞いは素敵ですし……」
ミリアは自分が口にした言葉が急に恥ずかしくなり、段々と声が小さくなってしまいアワアワし始めた。
「フフフッ。ありがとう。でもね、レオンが私に求婚してくれたの。ずっと想っていたと。
公爵家を生まれてくる子供に早々に継がせ、旅行に行こうと約束してくださったの。だから、クリスがミリアさんと結婚してくれたら、公爵夫人を貴女に直ぐに渡すつもりでいたの……」
(息子がアレだと、おちおち旅行も出来ないわよね。でも、他国に旅行する事を楽しみに公爵夫人としてずっと立たれていたのよね……)
ミリアは少し考えた後、エリザベートにある提案をする。
「ご子息様とはちゃんと結婚致します。これは王命ですので、破棄も解消も出来ません。
おそらく、白い結婚となるかと思います。
三年。三年の間、エリザベート様の代わりとして公爵夫人を務めます。三年で公爵様と旅行を楽しまれてはいかがでしょうか。
三年後のご子息を見て、それからをお決めになればよろしいかと。
エリザベート様のようには無理ですが、三年の間はきっちり夫人として公爵家を守りますので」
エリザベートは目をパチパチさせてミリアを見つめた。
(この子、やっぱり面白過ぎるわ)
「お仕事として公爵夫人を務めると?」
「そうです」
「フフッ。では、早々にミリアとクリスの式の支度を始めますわ。ミリアならば立派な公爵夫人となるでしょう。気にする事なく旅行を楽しめそうね」
エリザベートとミリアは笑い合った。
エリザベートの夢の実現のために結婚を決めたミリア。
「ミリア。貴女のことは必ず私が守ります。きっとサシャ様も同じ気持ちです。私に向けてくれた気遣いを忘れないわ」
こうしてクリスの知らない間にミリアとの結婚の日取りが決められた。
飛び級試験の合格を得て、ミリアは学園には通わずに公爵家と商会を行き来する事になる。
(学園に通ったら巻き込まれるもの。絶対に嫌よ。公爵夫人としてエリザベート様のために、家政と商会に力を注ぐつもりなのだから)




