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6: 白い影を追って

発信音が、やけに長く感じる。


 プルルルル。


 出ろ。


 出ろ出ろ出ろ。


「もしもし……」


 寝起きの声。


 少しだけ安心する。


「あのさ、変なこと聞くけど」


「何だ」


「……クロウ、いる?」


 一瞬の沈黙。


「……は?」


「いる? いない?」


「いるけど」


 全身の力が抜けた。


 よかった。


 連鎖覚醒はしていない。


「あのさ。そっちに、うちのきなこ……いや、キナス行ってない?」


「襟音の高性能キナスか?」


「高性能言うな」


「来るわけないだろ。寝ぼけてるのか? いくら高性能でも、一人で俺ん家まで歩いて来るわけない。家の場所も知らないのに」


 くく、と笑う。


 確かに。


 それはそうだ。


「菅井だって、昨日クロウが動いたとか言ってたじゃん」


「あー、あれな」


 少し間。


「あれは勘違いだった」


「……だよね」


「うちの家の霊の仕業だった」


「普通の勘違いじゃない!! えっ、怖いんだけど」


「悪戯好きでな。困ったもんだ」


「ペットみたいに言うなよ……」


「用件それだけか? もう切るぞ。襟音もそろそろ準備しないと遅刻するぞ」


「あ、うん……ごめん。またな」


 通話が切れる。


 静まり返る部屋。


「……いない」


 ベッドの上は空っぽ。


 きなこ、どこに行った。


 やっぱり。


 おじさんが、きなこの身体のまま外へ――?


 ちょ、待て。


 きなこの身体で外?


 ひっ。


 アスファルトに転がるきなこ。


 雨上がりの水たまり。


 泥。


 泥だらけのきなこ。


 いや、そんなのまだ序の口だ。


 犬。


 猫。


 カラス。


 くちばしでつつかれるきなこ。


 引っ張られる耳。


 ほつれる糸。


「だめだだめだだめだ!」


 ぶんぶん首を振る。


 想像するな。


 でも想像してしまう。


 元は、僕の大事なぬいぐるみだ。


 笑い話じゃない。


「学校行ってる場合じゃない……!」


 制服を掴みかけて、止まる。


 どうする。


 探す?


 でもどこを?

 着替えて外に飛び出す。

 家の周りをくまなく探す。


 いない。


 でも、あの足じゃ遠くには行けないはずだ。


 ――ニャーン。


 白い猫が横切った。


 その口に、何かぶら下がっている。


 口元から、赤茶色の何かが揺れている。


 丸いフォルム。


 まさか。


 心臓が跳ねた。


 僕は反射的に走り出す。


「待て!!」


 猫が振り返る。

 目が合った瞬間、猛スピードで路地裏へ。


 追う。


 曲がる。


 さらに曲がる。


 ――行き止まり。


 白い影は、消えていた。


 終わった。


 せめて写真を撮るべきだった。


 わかるのは、「白い猫」という情報だけ。


 警察に届ける?


 いや、「ぬいぐるみを猫に盗まれました」なんて言っても――


 相手にされるわけがない。


 それより。


 こうしている間にも、きなこの身体が――。



 行き止まりの壁を見上げる。


 白い影は、もうない。


 ……くそ。


 諦めきれず、周囲を探す。


 ゴミ袋の陰。


 室外機の裏。


 物置の隙間。


 ――いた。


 赤茶色のぬいぐるみが、転がっている。


 駆け寄る。


 拾い上げる。


「……きなこ」


 震える手で持ち上げる。


 目は片方が飛び出し、腹は裂け、白い綿が汚れて灰色に固まっている。


 尻尾も、くるりと巻いていない。

 そもそも、柴犬ですらない。


 どこかの家の、別のぬいぐるみだ。


「……はは」


 力が抜ける。


 よかった。


 これは、きなこじゃない。


 でも。


 じゃあ、僕のきなこはどこへ?


 安心と同時に、別の冷たさが胸を締めつける。


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