5: そしてきなこが消えた
「俺の名を全世界に轟かせれば、仲間たちを見つけられるかもしれん」
「轟かせなくていい!! 静かにしてて!!」
僕は必死にスマホを奪おうとするが、莉里ちゃんはひょいっと身をかわす。
「もう千回再生いったよ!」
「早すぎない!?」
「コメントもすごい! “声優誰?”とか、“次のセリフお願い!”とか!」
終わった。
完全に終わった。
明日には僕は“喋るぬいぐるみ男子”として一躍、時の人だ。
だが――
「ほう……次のセリフ、だと?」
やめろ。
その目を輝かせるな。
「ならば聞くがよい! 我が名は――」
「ストーーーーーップ!!!!!」
僕はきなこを鷲掴みにし、強引に鞄へ押し込んだ。
「今日はここまで! 充電切れ! バッテリーない!」
「えっ!? 電池式なのか!?」
「そう! 超高性能だけど電池式!」
そのまま教室を飛び出す。
廊下を全力疾走。
「なぜ撤退する!? 今こそ布教の好機だぞ!」
「好機じゃない!! 人生の危機!!」
階段の踊り場で息を整え、震える指で再生数を確認する。
三千。
さっきより増えてる。
さらに、コメント欄。
『このキナス、本物っぽくない?』
「……やめて」
『声ちょっと違うのに、なんか“本人感”ある』
「やめてってば……」
その瞬間。
ぶるっ、と鞄の中が震えた。
「……今のコメント」
「読むな」
「“本人感”とあったな」
「読むなって言ってるでしょ!?」
きなこの瞳が、すっと細くなる。
「なあ、襟音」
低く、静かな声。
「もし本当に俺がキナスだったら、どうする?」
どくん、と心臓が鳴る。
「……ない。絶対ない」
「なぜ言い切れる?」
「ここは普通の世界だし、魔王もいないし、ぬいぐるみが勇者とか意味わかんないし」
「だが、俺は動いている」
「それは……」
言葉が詰まる。
確かに。
それだけでもう、普通じゃない。
僕は首を振った。
「とにかく! 動画は禁止! 拡散も禁止!」
「それは困る」
「なんで!?」
「仲間がこの世界にいるなら、探さねばならん」
「いないって!」
「弟も」
その一言で、僕は黙った。
クロウ。
黒柴。
菅井のぬいぐるみ。
まさか――
「……考えすぎだよ」
自分に言い聞かせるように呟く。
でもその夜。
動画は一万再生を超えていた。
そして新しいコメント。
『うちのクロウも今日、ちょっと動いた気がする』
背筋がぞわっとした。
きなこが、ゆっくりこちらを見る。
「……やはり近くにいたか。確認しに行くぞ」
僕の袖をぐいっと引く。
「ストーーップ!! 確認ってまさか今から菅井ん家行く気!?」
「無論だ」
「今何時だと思ってるの!? それに動いたって絶対菅井の気のせい!」
「気のせいかどうかは確認すればわかる」
「確認しなくてもわかる! ぬいぐるみが次々動いてたまるか!」
僕はきなこをベッドの上に置き、布団をかぶった。
「今日は終了! 解散! 強制ログアウト!」
「待て、襟音――」
「寝る!!」
無理やり目を閉じた。
――翌朝。
アラームがうるさい。
まだ眠い。
ぼんやりと手を伸ばす。
「……あれ?」
ベッドの上。
何もない。
「きなこ?」
枕元。
机の上。
床。
ない。
「え……?」
昨日、確かにここに置いた。
布団の上に。
自分の目で見た。
胸の奥がひやっとする。
「まさか……おじさん、本当に……?」
きなこの身体で、夜中に出ていった?
いや、無理だ。
菅井の家なんて知らないはずだし。
そもそも、ぬいぐるみだし。
……ぬいぐるみ、だよな?
「やば……」
ただのいたずらならいい。
でももし、誰かに持っていかれたとしたら。
元は、僕の大事なぬいぐるみだ。
笑い事じゃない。
スマホを掴む。
震える指で、菅井の名前を開く。
「……頼む。クロウも消えたとか言うなよ」
通話ボタンを押した。




