【ルイン視点】取引
「一つ取引をいたしませんか?」
俺はカイエン兄上を真剣に見ながら言った。
「取引?」
「ウィルオス伯爵家を私が潰す代わりに、フィレス公爵にセルジュ兄上を支持しないことを表明してもらうというのはいかがでしょう」
俺がそう言うと、カイエン兄上は目を見開いていった。
「本当に可能なのか? サシェル義兄上と言えば、魔法バカで政治なんぞ1ミリも興味ないぞ?」
「そうですね。なので、カイエン兄上を支持するということは難しいでしょう。魔法の為なら、カイエン兄上の言うことも聞きませんからね」
「その通りだ」
「しかし、セルジュ兄上を支持しないと言うだけであれば、別にそれは問題なくなる」
「確かに」
「そしてサシェル義兄様の後押しでこうやって私の元にディアッハがいる。これで、多くの貴族は勘づくでしょう。フィレス公爵家がセルジュ兄上を支持しないと表明したということは、ルインを支持していると言っているようなものだと」
「そうなるだろうな」
「私は、王太子にはならないことをここでカイエン兄上に誓います」
俺はそう言うと、ソファーから立ち上がり、テーブルの脇まで移動し、王に恭順の意を示す、騎士の礼をした。
そして暫くすると、カイエン兄上が笑いだした。
「ハハハ! ルイン、見ない間に随分と大人になったな!!! 気に入った! その取引のってやろう!」
俺は立ち上がり「ありがとうございます」と言いソファーに戻った。
「しかし、それでもサシェル義兄上が、そんなことを表明してくれるのか?」
「それはこれからお願いしますが、恐らく間違いなく。なぜならば、私が気になっている女性は、フィレス公爵家の伯母上、奥方、娘という、社交界を牽引する全員が懇意にしております」
「なんと! あの伯母上が!」
「はい。なので間違いなく応じてくれるはずです」
「なるほど、わかった。それであれば、私も母上を説得できる。ウィルオス伯爵にはこれまで世話になったが、俺の信条である正義に反するのであれば、この時までの縁であったということだろう」
「ありがとうございます」
「いや、しかしウィルオス伯爵の噂には私も頭を悩ませていたのだ! 母上が言うから一旦は飲み込んだが、王になったら真っ先に切り崩そうと思っていたのだが、これでスッキリできるぞ!」
「それはよかったです」
「しかしルイン、先ほどの騎士の礼、反故にした際にはわかっているのだろうな? 腹を切る覚悟でいろよ」
「無論」
「ハハハ! このカイエン・リオルダート。お前の取引にのってやろうではないか!」
カイエン兄上はそういうと、高らかに笑った。
俺はディアッハと第2騎士団長室を出ると、執務室へ戻った。
「やぁルインなんだい! 今度は何のお誘いだい?」
俺の執務室のソファーに腰かけるサシェル義兄様が話しかけてきた。
俺はそのままサシェル義兄様の座るソファーの脇まで移動し、
「サシェル義兄様、お願いがございます」
「なんだい?」
「セルジュ兄上を支持しないと表明していただきたい。どうしてもウィルオス伯爵を潰さねばならないのです」
俺はそう言って、サシェル義兄様の脇で膝をついた。
「ええ? てっきり私は、またフィオラ嬢への郵便配達を頼まれるもんだと」
「フィオラ嬢を、ジョルト子爵がウィルオス伯爵の次男と3日後に婚約させようとしています」
俺は膝をついたままそれを伝えると、サシェル義兄様は沈黙した。
そして暫くすると、
「フィオラ嬢が望んでいるなんてことはないんだよね?」
「もちろん。元々は、実娘のアマレーヌ嬢への婚姻打診を、子爵の隠し子のような存在であったフィオラ嬢を引き取ることで身代わりにしようとしているのですから」
すると、恐ろしいほどの殺気がサシェル義兄様から漏れてきた。
暗部でずっと活動してきた俺すら気圧されてしまいそうなぐらいだ。
「いけないねぇ。それは許せないねぇ。しかもウィルオス伯爵と言えば悪い噂の権化のような人物じゃないか」
「はい、なので今回潰します」
「しかしそれと、私がセルジュ殿下を支持しない…あぁそういうこと…」
「はい。お願いできないでしょうか?」
俺が再度頭を下げると、サシェル義兄様は少し間をおいて、
「フハハ! いいよ! ルイン、ちょっと見ない間に随分といい顔つきになったね! それにここで嫌だとでも言おうものなら、私は家に居場所がなくなるよ!」
「ありがとうございます。サシェル義兄様のおかげです」
「そうかい? 私はティエラ様のおかげだと思うけどねぇ! しかし、子爵も、あからさまだねぇ」
「そちらも潰します」
「あら、そっちもやっぱりなんかあるんだ」
「はい」
「そうなると、フィオラ嬢も一応ジョルト子爵家だからねぇ」
「それでもう一つサシェル義兄様にお願いがあります」
「なんだい?」
「フィオラ嬢を引き取っていただけないでしょうか?」
俺がそう言うと、サシェル義兄様は「うーん」と悩んだ感じで、
「それは流石に無理じゃないかい? だって、一応子爵家の手続きは王家の認めた正式な物だろ?」
「はい。しかし、王家の正式な書類であるが故に、王家が引き取り主として不適格であると判断した場合にその契約を無効に出来るという条項が含まれています」
「あぁ、そんな条項あったね…。使われたことないから忘れてたよ…」
「まず子爵家は処分ではなく、爵位をはく奪します。爵位のはく奪とその理由により、不適格であると判断できます。するとフィオラ嬢は、一人の平民となります。しかしフィオラ嬢は、サシェル義兄様もご存じの通り、平民として放っておくと危険です」
「フィオラ嬢はそういうことはしないよ?」
「フィオラ嬢が危険なことをするのではなく、フィオラ嬢が危険なことに巻き込まれるの方です」
俺がそう言うと、サシェル義兄様はニコニコしだして、
「少し答えが見えてきたみたいだねー! ルインいいことだよ!」
「なのでそのタイミングでフィレス公爵家で引き取っていただきたい」
「なるほどなるほどー。まぁ今日の所は、一旦こちらとしては大丈夫だよと回答しておくよ! 母も妻も娘も喜ぶだろうからね! ただ、実際にフィオラ嬢を引き取るかは彼女の意思を聞いて決めるよ」
サシェル義兄様は流石だな。
この人は、魔法バカで、人の機微など微塵も気にしていないように見えるのに、大事なところで判断を見誤らない。
まだまだ勝てないな…。
「ありがとうございます。それで十分です」
「それじゃあ私は、母上に流石に話しておかなきゃだから、帰るとするよ!」
「ご足労頂きありがとうございました」
そういうとサシェル義兄様は俺の執務室を出ていった。
「ルイン殿下」
「なんだディアッハ」
「この動きティエルの家に内密に伝えてはだめでしょうか?」
そうか。
フィレス公爵家がセルジュ兄上を支持しないと表明することは、ほぼセルジュ兄上には可能性がないと言っているようなものだ。
それほど、今のフィレス公爵家は勢いも支持も強い。
なんなら王家より支持されている可能性すらある。
「ディアッハ、俺に生涯忠誠を尽くすのであれば許す」
「必ずや」
「わかった。ではティエル公爵と長男にのみは、他言無用で内密に伝えてよい。ディアッハが俺の元に移動したことからも理由はなんとかなるだろ」
「ありがとうございます」
その後俺は暗部のメンバーに、証拠集めと段取りを指示した。




