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異界帰りの(元)第二王女専属給仕係  作者: 白火
2. VS某国の貴公子
20/52

2-3 ニアミス



 不気味な静寂。


 張り詰める空気。


 周囲にいる者は誰もが息を呑み、微動だにしない。


 ──否、動くことができずにいた。


 貫千の全身から放たれる“気”に圧されて──。


 貫千は男を助ける際、咄嗟のことに向こうにいたときと同じ感覚で、纏気てんき解放術を使用してしまっていたのだ。

 貫千の気に中てられた者は、身体が鉛のように重く感じ、言いようのない恐怖を感じていることだろう。

 一階、特に貫千の周辺はその影響下にあった。


 その貫千は──鋭い眼光でもって階段の上を睨みつけていた。

 視線が捉えているのは金髪の男とSP二人。


 成人男性を階下に放り投げるなど、社員同士の争いとは到底思えない。

 『運がいい』──間違いなくあのSPはそう言っていた。そのことから、今も薄ら笑いを浮かべている外国人三人組が関与していることは疑うまでもないだろう。

 

 あの男はたしか小百合の婚約者……

 小百合は違うと言っていたが……

 だが、こうして一緒にいるということは──


「う……」


 そのとき、貫千が間一髪というところで救った男が呻き声を上げた。

 貫千がそれに気づき後ろを振り返ると、男は苦しそうな表情で喘いでいた。

 そのことで、ようやく纏気を解放してしまっていると気づいた貫千は、急いで術を制止すると


「大丈夫ですか?」男に声をかけた。


 先ほどは余裕がなかったために乱暴な物言いをしてしまったが、見れば年上の社員であったために言葉遣いを直す。すでにそのくらいの冷静さは取り戻していた。


「あ、ああ……」男が上半身を起こしながら返事をする。


 男の無事がわかると、貫千が気を抑えたこともあって、周囲の緊迫していた空気がほんの僅かにだが弛緩した。


 しかし、再起動した社員たちはすぐには席を立たなかった。

 蓮台寺小百合が絡んでいるであろう騒動の顛末を見届けたいのか、みな、そのままの姿勢から動こうとしない。


 数人、スマホで撮影をしている者はいたが。


 貫千はそんな社員らを視界の端に


「いったいどうしたんですか」男に訊ねた。


 すると、男は目の前にいるのが貫千であったことに気がついたのか、一瞬ぎょっとした顔を見せた後「どうもこうも……」と経緯を話し始めた。


「……おかしな外人野郎が蓮台寺さんにちょっかい出してきやがったから、それを止めようとしただけだ……そうしたら別の男が割り込んできて、胸倉掴まれたと思ったら……」

「放り投げられたのですか」


 言葉の最後は貫千が引き継いだ。



「ああ……お、おまえが助けてくれたのか……?」


「たまたまです。間もなく警備員が来ると思いますから、ええと……」貫千が男の名前がわからずに言葉を詰まらせると


安土あづちだ」それに気づいた男がそう名乗った。


「すみません。安土さんは医務室へ。立てますか?」


 貫千は安土に肩を貸そうとしたが、


「ああ、身体はなんともない。大丈夫だ」男は苦笑すると、一人で立ち上がった。


「安土!」


 と、そこへ男がひとり階段を駆け下りてきて


「安土! だ、大丈夫か!」安土の身体に触れながら無事を確認した。


「あ、ああ。いきなりだから焦ったが……この通りなんでもない」安土はその場でトントン、と跳ねて、全身に異常がないことをその男に教える。


 それを見た貫千は


「──ですが、念のため安土さんを医務室に連れて行っていただけると助かるのですが」


 知り合いらしき男の社員にそう頼むと


「あ、ああ……わかった……」その社員は口ごもりながら了承の返事をした。貫千のことを良く思っていないがための態度だろうことは貫千も理解している。


「悪かったな。ありがとう。助かった」


 しかし安土は助けてもらったからか、先ほどチラッと見せたような表情はもうしていない。

 心から感謝をしているように見受けられる。


 そして、安土は知り合いの社員に付き添われて食堂から出ていった。


「どうされましたか!」


 すると安土たちと入れ替わりに二人の警備員が入ってきた。と、騒動を目撃していた女子社員が身ぶり手ぶりを交えて警備員二人に状況を説明する。


 貫千が階段の上に視線を戻すと、例の三人組が階段を下りてくるところだった。

 三人は社員らが注目する中、平然とした顔でフロアから出ていこうとしている。


 警備員が来たのであれば彼らに任せよう──これ以上騒ぎが起こらなそうなので、貫千も行方を見守ることにした。

 すべての事情を知らないのに、首を突っ込むわけにはいかない。

 変に騒ぎ立てて小百合に迷惑がかかることも考えてのことだ。

 小百合の婚約者だとしたら今この場で下手な手出しはしない方がいい。

 行動を起こすとしても、小百合になにか相談されてからにしよう──そう判断したのだった。


 相談してくれれば、だが。





 出ていこうとする三人の前に警備員が立ちはだかり、


「すみませんが、話を詳しく訊かせてもらえますか?」行く手を遮った。


 しかし、金髪男はすました顔で


「必要ない。ワタシは次の予定があるから失礼スル」


 そう言うと、立ち止まろうともせずに警備員の間を割き、大男二人を従えて出ていってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 警備員が慌てて後を追いかけるが──あの調子では話を聞くことができるかどうかわからない。


「マジかよ! あんなの殺人未遂じゃねえかよ!」

「警察に言った方がいいんじゃないの?」

「あれ、朝のニュースの男だろ!」

「俺、動画持ってるぜ! 一部始終撮ったから証拠になる!」

「それより……見たかよ、あいつ……」

「あ、ああ……」



 三人がいなくなると、食堂の中は一斉に喧しくなった。

 結果として怪我人は出なかったが、恐ろしく暴力的な行為を目の当たりにしたことに、興奮状態の社員らが口々に見たことを話し合っていた。


 そんななか、貫千は小百合の姿を探した。


 しかし、今いる場所からは見ることができなかった。

 おそらく腰が抜けてイスにへたり込んでいるのだろう。

 貫千は二階に上がるか──とも考えたが、それは止めておいた。

 小百合たちの無事は確認している。

 いまここで小百合の傍に近寄ったら、それはまた変な噂が立ってしまうだろう。


 後で連絡してみよう──と、貫千は食堂を後にした。




 結局、金髪男との接触は避けられたのだが、それはどちらにとって幸いだったのだろうか──。


 


 あの男とはまた会うことになりそうだな……


 貫千も、このままでは終わりそうにないことを本能で察知していたのだった。





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