義妹の微妙な変化
小学生の義妹を持つ奴は、みんな俺と同じ経験をしているのだろうか?
たとえば、四月も終わりに近い今朝も、こんな具合である――。
「……おっ」
眠気を堪えて階段を下りた俺は、珍しく義妹の碧が朝食の用意をしている場面に出くわしてしまった。
最近、行き違いが多くて、余り見かけなかったのである。
俺は高校生になったし、碧も高学年の小学五年生だしで、話が合わない……どころか、そもそも話をする機会すらない。
「あー、久しぶり?」
家族だというのに、間抜けな挨拶をすると、こちらに背を向いて配膳していた碧が、ぱっと振り返った。
こいつ、また髪が伸びたなと思うが、とにかくシャンプーのCMみたいにふわっと髪が舞い、大きな瞳が俺を見つめる。
あたかも、ネットでグーグルムーンを観察中、月面に謎の基地を見つけたような目つきで、そらもう、しげしげと。
「……おはようございます」
見つめ合ってから三十秒ほどして、ようやく挨拶を返してくれた……敬語でな!
しかしこいつ、小学生とは思えぬほど色っぽいな! 別に胸も年相応で、巨乳とかいうわけじゃないんだが、ミニスカートから伸びるパンストの足がエラい目立つ。
さすが、この年で160センチ近いだけのことはある。おまえは、レースクィーンかと。
などと俺が口を半開きにして観察していたせいか、ぷいっと碧がテーブルに向き直り、「朝食の用意、いつものようにしてますから」と素っ気なく言ってきた。
危ないわっ、血の繋がってない馬鹿兄が、わたしを性的な目で見てるわっ、とでも思われたかもしれない。
まあ、俺の被害妄想かもしれんが。
「あ、ああ……悪いな。顔洗ってきてから、もらうよ。ところで」
聞こえないような顔で碧が部屋を出かけたので、慌てて俺は呼び止めた。
久しぶりの会話だし、もう少し話そうと思ったわけだ。
「……なんでしょうか、にいさん」
なんという、棒読み口調。いやぁ、冷ややかを通り越して絶望する。
それでも俺はめげずに、がんばって話題を探した。
「え、ええと、小学校の方はどうだ?」
「別に……ただ」
「うんうん、ただ?」
俺が喜んで促すと、ちらっと俺の顔を見て、困ったように顔を背けた。
こいつー、二年前まで一緒に風呂に入ってた仲なのにー、その嫌そうな顔はないだろ?
今だって、目を閉じればおまえの裸体が浮かぶぜ……既にちょっと胸が膨らんでたな。ああ、俺はヤバいな! と思う瞬間である。
「た、ただ、クラス換えが終わると同時に、学級委員長に選ばれてしまいました」
なぜか暗い顔で言う。
「おー、いいことじゃないか。あの学校は確か、投票で決めてたよな? おまえがそれだけ人気あるってこと」
「よくはありませんっ」
俺の脳天気な褒め言葉は、義妹の不機嫌なセリフに遮られた。
小さい拳を固めて、睨むように俺を見上げる。
おい、拳がぷるぷる震えてるぞ? 家庭内暴力だけは、勘弁な。
「最低、週に一度は、夕方まで学校に残らないといけなくなります。……家に帰るのが、遅れるんですっ。どこがいいんですか!」
あんた、なんでわからないのっと言わんばかりの声音だった。
「え? あ……そう?」
一応、答えはしたが、その説明ではわからん。
帰宅が遅れて、なんか不都合あるか、この家? 親父はいつもうちにいないし、誰も文句言わんぞ……せいぜい、俺のメシが出前のピザになるくらいだ。
「気に食わんなら、悪かったよ」
「いえ、そうではなく――」
言いかけて口を閉ざすと、そのうち「はああっ」と、こいつにしては情感たっぷりに息を吐いた。
「……もういいです、学校に行きます。にいさんも、早く朝食済ませてください」
「はいはい」
返事が適当に聞こえたのか、むっとした顔で義妹が踵を返す。
勢い余って、純白スカートがめくれたぞ、今。……ちなみに、下着はスカートと同じく純白だったが。
よく考えたら、一緒に風呂に入るのは、もうやめて正解だな……あいつより、俺が意識するだろうから。
「その制服」
いきなり立ち止まった義妹が話しかけたので、俺は飛び上がりそうになった。
まさか、心は読まれてないよなっ。
「な、なんだ?」
「制服……似合ってますね」
完璧な棒読み口調でそう言うと、今度こそ碧はリビングを出て行った。
全然褒められた気がせんわけだが……なんだ今の? 一種のイヤミか?
俺は当惑して、しばらく突っ立っていた。
――ざっくりと説明すると。
我が伊達家は、再婚した父と俺(良介)、そして二番目母の連れ子である碧の三人家族である。
ただし、せっかく再婚したというのに、その二番目の母は、うちにきてたった一年で亡くなった。それが俺の六歳の頃で、あとはずっとこの家族構成だ。
つまりだ、高校入学して間がない俺は、義妹の碧が家族となってから、九年経つことになる。
嫁入りしてきたセカンド母が亡くなった時、まだ碧はたった二歳であり、右も左もわからない状態だった。
まあ、今だってまだ十一歳で、小学五年生にすぎないんだが――ここ二年ばかり、碧の様子がひどく変化した。
いやもう、二歳から九歳くらいまでは、何を置いても「にーに! にーにっ」で、俺に懐きまくり、どこへ行くにもついてきてくれたほどだった。
ホント、嬉し恥ずかしで、あちこち痒くなるくらいだったのに、二年前に小学三年生に進級した途端、ふいに態度が劇的に変わった。
そのあたりから、なぜか俺に敬語を使うようになりやがんの。
というのも、どうやらそれまで「にーには、みどりのにいさまだよ」と思っていたのに、珍しくうちに帰ってた父親が、「いやいや、おまえと義兄の良介(俺な)は、血が繋がってないんだぞ」と教えてしまったのだな。
それがきっかけで、碧に大いなる心境の変化が生じたらしい。
ホント、毎日こんな状態だぜ。
あのクソ親父はホント、うちの害悪である。
俺の唯一の癒やしを奪いくさってからに。
今度は現代が舞台の、ふつーの恋愛物語。
ただし、相手は二人で、義妹と教師という立場……。
両極端に年齢の開いた相手です。
一度で全部書くと、ちと長くて読みにくいでしょうから、二~三回くらいに分けます。
普通の告白話なので、それ以上にはならないかと。
前の短編と同じく、興味なければスルー、多少なりとも楽しめたらよろしくお願いします、ということで。