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囲碁入門

夏の夕暮れ市街地にある大きな産婦人科病院の日本庭園で女の子が噴水遊びをしていた。


青々とした木々が整えられている日本庭園であった。庭園の中には池があり錦鯉が優雅に泳いでいる。病院の入院患者・産婦さんらは鯉に餌をやることが楽しみになっていた。


池の周りに松や楓などが青々とし悠然とした風景をかもし出していく。


池に流れ入る小路を辿っていくと白鳥の噴水が作られていた。白鳥はつがいの父母と小さな子白鳥が仲良く並んでいた。今にも空に向かって飛翔しそうな白鳥であった。


「あみお嬢さまお嬢さまったら」

この医院の家政婦さんが日傘を差して立っていた。


噴水に顔をつけジャブジャブさせた女の子にこう言った。

「いいとこのお嬢さまがそんなにも噴水にお顔をつけて。綺麗なお顔が台無しになりますわ。まあまあお嬢さまったら」

白鳥噴水の周りにはいつも入院されている産婦さんたちでいっぱい。院内の庭園をお散歩して途中に立ち寄って行く。


妊婦さんは生まれてくる赤ちゃんの将来について白鳥の前で語り合っていた。

「ねぇ院長先生に聞いてみたいんだけど。噴水の白鳥はなぜ白鳥なの。赤ちゃんを子宝を恵まれたのなら(こうのとりでしょう」


妊産婦さんたちはなぜでしょうねと口々に言って笑い病棟に戻っていく。


顔に白鳥噴水を嫌と言うほど浴びた女の子はキョトンとして振り向いた。鳩が豆鉄砲を喰らった、いや噴水鉄砲をバシャバシャ喰らった顔だった。


女の子のおじいちゃん院長先生になぜ白鳥の噴水ですかと尋ねる。

「庭園の白鳥かね。その質問はよく聞かれますなあ」


院長先生の話によるとこの医院は江戸時代から続く医者の家系となっている。


明治や大正時代までは内科医であったが院長の祖父(先々代)が帝国大学医学部に進むと、

「内科医や外科医はいくらでもいる。不足している産婦人科医をやりたい」

と転科してしまった。

「先代は先見の明がどうやらあったようだ。この地域には産婦人科がひとつもなかったらしい。県や市からも助成金が貰えて産婦人科を開業したんだ」

助成金から診療所を開設する。

「診療所にしてみたら妊婦さんがわんさか押し寄せてきたらしいんだ」

個人経営の内科医院から診療所の産婦人科にまずは生まれ変わる。

「産婦人科診療所からはアッハハ。ワシが経営手腕を発揮させ病院に拡大させたんだ。今いる病棟を2棟増設したんだ。息子の副院長も頑張って1棟を増やしたいとしているようだ」


院長先生が病棟を増設された時に日本庭園も作っていた。依頼をした日本庭園業者から、

「院長先生。このお庭には福が来なさるという意味で白鳥の飾りをされたらどうですか」


業者も最初は産婦人科ならば子宝に恵まれるだろうで(こうのとり)を考えた。

「しかし産婦人科にいらっしゃる入院患者さんはすでに子宝に恵まれてなさるから」

子宝運搬の鸛より幸せに羽ばたく白鳥ですねとなった。白鳥噴水は市の助成金からの捻出である。


産婦人科医院のひとり娘あみはお庭の噴水が大のお気に入りである。幼稚園のお絵描きの時間には白鳥の噴水を大体描いていた。


噴水が定期的に飛び出す白鳥の口を顔で覗いては喜んでいた。

「白鳥さんはお水ピューしているのよ」

白鳥から水が出たり止まったりがまず不思議である。

「白鳥さんはね。あみのお友だちさんよチャプチャプしましょう」

不思議なので噴水を止めようと小さな手を出して見たりと水遊びをシャアシャア楽しんでいた。


あみ間欠噴水を間違ってしまい噴水が体に掛かると、

「ヒャア冷たいなあっ助けてぇ〜。でもあみは気持ちいいのよ。白鳥さんには怒ったりしないの」


幼稚園の年長お嬢さまは真っ赤なビキニを着せてもらい水遊びに夢中である。


あみの様子を見ていた家政婦らは心配をする。


どうやら噴水の出ている白鳥つがいの背中になんとかして乗りたいと考えているようであった。

「あの白鳥さんの背中にチョコンしたらあみはパタパタと飛び出すの」

なんとかして直接噴水を避けて背中にと繰り返していた。間欠噴水がうまく行かなくてキャアキャアと逃げ惑う。

「あみお嬢さまは天真爛漫なことですわ。さあさあうまく白鳥さんのお背中に座りますかしら。噴水は強いですわよ。あみお嬢さま頑張って頑張って。もう少しされましたらお部屋に帰りましょ」


長年勤める家政婦が大笑いをする。


あみは白鳥口の間欠噴水発射をなんとかして避けたい。白鳥に近く寄り背中に股がりたいとしてチャンスを狙う。がどうしても噴水を被ってしまう。

「あらっあみお嬢さま。また失敗だわあっ。頑張って頑張ってアッハハ」

噴水があみの顔をバシャバシャ。あみはイヤという程噴水を浴びてしまう。全身水びたしで赤いビキニはグッショリである。


「イヤーん助けて。白鳥さん意地悪さんよ。あみに意地悪しないで」

かわいいSOSをあみは出してベソをかいていた。

「お爺さまの院長先生が可愛いがるはずですわ」


噴水のあみ水遊びを傍で見守る家政婦。あみの子守りも仕事のうちに入っていた。

「あみお嬢さまは手の掛からないお子様ですわ。可愛らしくて素直なお嬢さまですの」


赤いビキニのあみを見守っているのは医院のナースもである。産婦人医院のナースは、

「あみちゃん嬉しいわね。もう少しするとあみお姉さんになられるんですからね」

まもなくあみに弟か妹が誕生するのを心待ちにしていた。


あみはビッショリになりながらキャアキャアと噴水の中で白鳥と共に弾けていた。


あみの母親副医院長夫人はその夕方に産気づいていた。

「あみお嬢さまもう少しですよ。ママに赤ちゃんが生まれますわ」


あみはママがいないから夕飯を医院のナースたちと食べていた。祖父の医院長先生も父親の副医院長先生も分娩室に入ったままであった。いつもの食卓にはあみの大好きな家族はいなかった。

「ママが赤ちゃんを生むのよ。あみはお姉さんになるの」

夕飯でちょっと寂しい顔をあみは見せていた。


ナースたちは交代で勤務をこなしひとりだけ夕飯を食べるあみをナース控えに呼んだ。控え室は病院の娘あみの遊び場でもあった。

「あみちゃんはお姉さんになるのね。どうしましょうね。赤ちゃんがあみお姉さんなんて呼んだら」

勤務のナースたちにあみはお姉さんよ、お姉さんよと声をかけてもらう。


「えへっ」


お気に入りのマグカップでコーンスープを飲むあみは笑顔になっていた。ひとりだけの夕飯は子供心ながら何を食べていたのかよくわからないくらいだった。大好物のハンバーグはクチャクチャ食べてはいたが味覚はほとんど覚えていなかった。

「ハンバーグ食べたかなあ。コーンスープはゴクゴクしたけど」

マグカップを飲み干すと手元のナプキンであみはお口をゴシゴシ。

「ふぅいただきました」

ご馳走さまでしたをナースに言うとヒョイと椅子から降りた。寂しい顔はなかった。

「あらっあみちゃん何処行くの。控え室でテレビ見ていてちょうだい。ゲームも絵本もあるのよ。病室に行ったりしてはダメよ」

夜勤ナースたち突然の分娩が入ったりして勤務が忙しくなる。あみの観察の目が届かなくなる。


あみはナースの姿が控え室からパッと消えたらトコトコと控え室を病室を駆けいく。あみのはく赤いスリッパの音が聞こえ分娩室まで冒険に出かけることにする。


分娩室の中にはあみの祖父・父親・母親がいた。新しい生命もまもなく誕生である。


「あみはお姉さんなのよ」

早く生まれないかなとあみは広い広い病院の廊下を行ったり来たりした。行方不明扱いのあみはすぐナースに発見。


「あみちゃんいい子だから控え室でナースさんと一緒にいましょ」

手の空いたナースがあみの手を引いては控え室に戻した。

「あみは早く早く赤ちゃんみたいなあ」


時計が9時を回ったあたりから幼稚園児あみはうとうとし始めた。

「あみはお姉さんなのよ。早く赤ちゃん見たい見たい、グゥー」

テーブルにコテンと顔を伏せ寝入りであった。

「あみちゃん明日の朝には赤ちゃんがいますからね。楽しい夢を見て寝んねしましょう」

あみはそのままベッドに連れていかれ夢見る乙女となっていく。


深夜の2時であった。産婦人科分娩室では歓声が巻きあがった。


「お父さん男の子です」


我が子を取りあげた副院長がまず喜んだ。あみの弟の誕生の瞬間であった。母親はかなりの難産を経験してぐったりであった。

「あなた男の子でしたの。そうそれはよかったわ」

疲れた顔だがにっこりと笑っていた。


男の孫が生まれましたとナースから報告を聞いた祖父の院長はベッドの中である。


「男なのかっそうかそうか」


院長はベッドの中で大きく頷いた。

「我が産婦人科の跡取りが出てきたな。後継者が生まれたな。うんうん」

小じわの混ざった顔にキラリと涙が流れた。枕が濡れ院長先生はおじいちゃんの顔になる。

「男の孫だな。男の子だな」

院長は心地好い眠りについた。夢の中では江戸時代から続く医者の家系と産婦人科が現れた。

「よかったよかった。孫が男で」


翌朝早くあみは目覚める。

「ママは?ママはいないの」

あみはいつもベッドにいる母親をキョロキョロと探した。通いの家政婦さんはまだ出勤していない。


「ママがいない」


幼稚園児のあみは泣き出しそうになる。


「あっそうだ」


あみは昨夜を思い出すとシャキッとしてベッドから起き出す。ひとりで着替えを済ませたら、

「ママは赤ちゃんと一緒だ」

あみお気に入りの赤いスリッパをはき病棟を駆け出す。途中でナースに見つかる。

「あらっあみちゃんおはよう」

忙しくしているナースはあみの手を引いて母親の病室に連れて行く。


あみは赤ちゃんの誕生を知らない。

「はいあみちゃんこの病室にママがいらっしゃるわ」

特別病室の前にあみはひとり置かれた。ナースがいなくなるとあみはどうしょうかなと悩む。

「ママはまだ寝んねさんかな」

朝の病棟は忙しくあみが周りを見たらナース誰もいない。中に入ったとしても叱られはしないなと感じた。


「ママが中にいるのね」


普段ならママ〜と入っていく無邪気な子供であったが。

「赤ちゃんいるのね」

特別病室は産後の経婦さんための部屋だと幼稚園のあみ知っていた。


あみはゆっくり扉を開けた。扉から光が漏れ眩しかった。あみは顔も洗わないままであった。

「あらっ扉が自動で開いたわ」

小さな訪問者が真っ赤なスリッパをはいてやってきたと母親は気がつく。

「あみねっ。あみちゃんね」

あみはベッドに横たわる母親の顔をそろっと覗き込む。母親の横を見た。見慣れないなあっと。


「?」


母親のベッドの横をなんだろうかと覗き込む幼稚園児である。


幼稚園児はサアッと顔が変わる。あみが一晩待ちに待った赤ちゃんがいた。小さな小さな顔が産着の中にあった。

「ワアーイ赤ちゃんだ」

あみは嬉しくて嬉しくてスキップをしてしまう。

「あみはお姉さんよ」


母親はあみに新しく弟が出来たのよと教えた。

「お姉さんよあみは」


まもなく父親の副院長も特別室に回診にやって来る。副院長はあみの顔を見て、

「あっしまった。すっかりあみを忘れていた。あみどこにいたんだ」

そう言えばあみもいたなあと思いついた。言われてあみは、


「?」


産婦人科医院の跡取り息子秀至は将来を医者と嘱望されて大切に育つことになる。


その秀至のお姉さんが、

「えへへあみちゃんです」

おませなお姉さんがあみである。

「あみのあみちゃんのォ〜きゃわいいおとぅーとくん。それがぁヒデくんでぇーす。ふぅ〜」


あみお姉さんは可愛くて可愛くてたまらないのが新しく生まれた弟の秀至であった。

「あみが一生懸命にミルクあげてだっこしてあげるの。うふふっ秀くんはあみのお陰でぐんぐん成長ちぃていくのよ、よちよち。きゃーあ、かわいい。お人形さんみたい」

あみの可愛らしい弟はこうしてあみに育てられていく。


というわけではないがとにかく医者の息子さんとしてスクスクと育っていく。

「うん?あみが育ってたんでちゅよ。ヒデくんはあみがママになりまちゅでちゅ」


俄かにお姉さんになったあみは弟が大のお気に入りである。母親のベッドで眠る弟をいつもいつも大切に見守ることになる。

「あみのね、きゃわいい弟くんなのよ。あらっ、すやすや眠っているのね。頭なでなでしましょう。きゃあ、かわいい。ヒデくん人形さん。なんかあみはヒデくんのために生きているようなもんですやぁ。アラッいやーん」


幼稚園の年長さんのあみお姉さんは眠る時にりかちゃん人形をギュと抱きしめないと寝付きが悪かった。


秀至が生まれてからは毎晩弟の寝顔を見てから、

「おやすみなさいします」

りかちゃん人形はいらない。

「大丈夫ですね。あみはひとりで寝ることができるようになりました」

あみは母親と一緒でなければ眠れなかったが今は大丈夫。ママも安心です。

「だってあみはお姉さんなんだもん。いつまでもお人形さん抱いてママと一緒なんて、ねぇ。子供じゃああるまいし」


幼稚園の年長さんがひとりで寝ることは良かった。子供ながら成長の兆しが見える。


それとなぜか急にオシャマになり子供用パジャマを嫌がってしまう。

「あみピンクのネグリジェ欲しい。お姉ちゃんなんだもん。お子ちゃまみたいなパジャマは嫌ですぅ。あみはマリリンモンローやりたい。グラマーな井上和香になる。ネグリジェ欲しいなあ」

なんと色気づいてしまった。


おしゃまなあみに母親は、

「なんてことを。まったくはしたない」

とオシャマさんを嫌がった。


娘に優しい父親(副院長)

はあみにメロメロ。

「いいじゃあないかネグリジェぐらい。おしゃまさんなんだもんなあ、あみは。よしよしパパが助けてやろう」

副医院長の父親は井上和香が好みだった。さっそく娘を連れてデパートへお気に入りのピンクネグリジェを買い与えてやった。お気に入りは副医院長がである。

「あみにお似合いのピンク探しましょ。嬉しいなあワクワクしちゃう。パパが一番喜んだ、これをちょうだい。ウワッどーんなもんかな」

あみはピュと指を差し父親のお好みのネグリジェを選んだ。強烈なショッキングピンクだった。父親は、

「おっよしよしいいぞ。あみは和香になれ。和香になれ。どうでもいいから早くなれ」

パパは心の中かなり喜んだ。


紙袋に納められた真新しいネグリジェ。あみは帰りの車の中ずっと赤いネグリジェ握りしめている。


「うわぁーいあみはセクシーになれるわあ。パパありがとうサンキュー。井上さんになりますわあ。マリリンなんとか、もろーもだよ。ねぇパパ。井上って何なの?食べて美味しいのかな」


その夜に念願の井上マリリンモンローになれた娘はネグリジェを鼻高々に着こなした。


デパートの紙袋からゴソゴソと取り出してあみは、

「ニッコリ」

赤いネグリジェをまずは体にあてがう。うっとりとして鏡を見る。

「ワァ〜セクシー。ワクワクしちゃうなあ」

鏡を眺めては微笑んでいた。早速着てみた。

「ワア凄い。あみちゃんはこんなにもお姉さんになれました」


鏡の中では真っ赤に茹でたタコが踊るような格好のあみではあった。


「うん?なんでっか」


あみはみんなに見せたくなる。


まずは院長先生(祖父)の部屋で、

「おじいちゃん見て見て。あみはね井上さんですよ。マリリンもん〜えっとなんだっけ。モンエッと」

モンローは忘れたがくるりくるりとセクシーポーズを決める。院長は幼稚園の孫娘がもう色気が出たのかと喜びもあった。

「おいおい。あみはいつの間にそんなオシャマになったんだアッハハ」


祖父の院長には子ざるがピンクの布切れを着ている猿回しにしか見えなかった。


続いての訪問はあみの大好きなナース控え室に行く。


お嬢様あみの安らぎの場所のひとつである。


院内のナースさんからはお菓子やジュースをもらいいつも遊んでもらっていた。

「あらっあみちゃん」

夜勤のナースたちは驚きを隠さない。早くも幼稚園から色気がついたのかこのお子ちゃまは。

「さすがは副院長の娘さん。院長の血も流れただけのことはあるわね。血筋は争えないわあアッハハ」


あみは古株のナースについて産婦人科病棟を一緒に回る。入院している産婦さん経婦さんに、

「あみちゃん可愛くなったねぇ。オシャマさんだね。マリリンモンローなんだねアッハハ」

と言われたくて仕方がないからだった。

「えへへっあみはスターになりました。最高でごじゃいます」


あみはナースの夜の検温について病棟巡りを一通り済ませる。ナースのお供にピンクのあみであった。


ナースに遊んでもらって病棟から戻って来ると、

「お寝んねする。最後はあみのきゃわいい秀くんに見せ見せネグリジェしなくちゃあ。お姉さんの貫禄見て見て」

母親と眠る弟に真っ赤なネグリジェあみは自信たっぷりに近くいく。

「おやすみなさいヒデくん」

この一言を残してにっこり。


母親はプッと膨れた。

「あみちゃんなんですかその格好は」

お小言のドンが来た。


「きゃあー」


あみは叱られて走って自分のベッドに頭から潜り込んだ。

「ふぅ医院のみんなにモテモテだったわあ」

ベッドに潜りにっこりさんをする。どんな夢を見ているんだろうか。


「ママが出て来ない夢見たいなあ」

その夜にはあみは大人の夢だった。あみは井上和香だったかな。大変な夢を見ていたらしい。

「あみはおしゃまなだけじゃあないの。ちゃんとしたレディになったのよ」

あみはすやすや眠って夢の中でファッションモデルのポーズを決めてセクシーさんになっていた。


その時赤ん坊秀至はクシュンと大きなくしゃみをひとつした。


おやっと慌てた母親は風邪をひかせてはいけないと一枚毛布を重ねた。

「今晩は寒くはないんだけどなんだろうか秀くん」

首を傾げながら毛布を探した。


赤ちゃんの秀至はあみのおかげですくすくと育っていく。


「エッヘッ」


江戸時代から続く医系の家。弟は物心がつく頃から将来のお医者さまの教育を受けることになる。


その医者教育の中に祖父院長先生の趣味囲碁伝授があった。


紳士のたしなみとしても祖父は孫に囲碁はやらせたいと思っていた。

「孫娘あみにも囲碁を教えようとしたんだがな」

院長はあみが幼稚園に入園した時に、

「ちょっと来なさい」

と院長先生の書斎に孫娘あみを呼んだ。


あみは囲碁どころか最初から退屈をしてしまい碁石を投げたり舐めたりしてしまう。院長先生はコラッコラッと言いながら碁石を拾って一苦労であった。

「床にばら蒔いたのは拾ってあげればよいのだが」

目を盗み熱帯魚の水槽にパラパラ入れられたのは諦めた。

「もはやお手上げじゃ。あみちゃんには勝てないよっ。おじいちゃんは囲碁では負けてしまいましたアッハハ」

あみが部屋中にばら蒔いた碁石はまた高級品質であった。院長先生懐がかなり痛んだ。

「まあ女の子だからな。無理してまで教えなくてもよいだろう」


院長はいっぺんであみに囲碁は諦めた。あみを書斎から出すと家政婦を呼び掃除機で碁石を吸い取ってもらう。

「掃除機頼むよ。ワシはその間に診察室だ」


あみが投げた石はかなり痛かった。


院長の棋力はアマ囲碁4段である。あみの父親副院長も強くアマ囲碁2段を授与されていた。


祖父は医学部時代から囲碁を覚えアマチュア棋士となる。かなりの成績を学生としてはあげる。残念なことは囲碁入門が20歳前後と遅かったこと。子供時代から続けたならばプロ棋士レベルに到達したのではないかとまで言われた。

「子供では囲碁ではなく将棋に夢中だった。近所の子供では負けなかった」


ならば院長の将棋の腕はどうだったか。

「将棋はダメだな。高校ぐらいから勝てない。ちっとも強くなかった。ヘボの腕前だ。恥ずかしいことは聞かないでもらいたい」


祖父は医歯薬系学生囲碁大会(医療関連)では中々の成績を残している。医科だけ医療系だけに限定ならば優勝にも絡んだことがある。

「医科大会では成績がよかった。優勝はないが今ひとつまでは行ったがね。ベスト4や8は大抵行けた。一般の学生囲碁大会はダメだったな。だいたい1回戦か2回戦だ」


一般学生囲碁大会は全国小学名人から中学・高校・大学(大学院)が出場資格。


小学名人はそのままプロ養成の奨励会に進んで棋士になっていく。中学で強い棋士として奨励会に入ってしまうとアマチュアではなくなる。一般学生大会には出場出来ない。

「アマの強いのがいなくても勝てないアッハハ。一般学生大会は出場したんだがな。それよりもなによりも一般大会は散々だった。あまりいい思い出がないんだ。医科大学4年の時に1回戦に小学チャンピオンに当たりコテンパンに負けてしまった」


囲碁学生大会は小学生-東大なんて組み合わせがあって面白い。


「小学生に負けたなんてなあ悔しくて。その小学生はプロになっている。プロになって名人になっているよ。強いはずさ。今を思えばな」


と懐かしい話を祖父はする。その小学名人とは誰かなと聞いたらとんでもない有名な名人の名前をおっしゃった。


医科系大学囲碁選手権チャンピオン(ベスト4とまり)に今一歩だった祖父。


より一層孫に将来を期待をしたのである。


孫の秀至は幼稚園にあがるかあがらないかで祖父の書斎に毎晩呼ばれていく。

「おじいちゃんお手合わせお願いします」

囲碁の手解きを受ける。あみと違い碁石は投げたりはしなかった。


碁盤にパラパラと8目を置く。まず指導碁を受けた。


孫の秀至はかわいらしいおこちゃまとして碁盤の前にちょこんと座る。座りかたが座布団の中に埋没をしたかのような錯覚すら覚えた。


ひとたび石を握るといくら子供であろうとも背筋をピンと伸ばした。勝負師の顔を見せた。


祖父の血筋を受けるだけあり囲碁の筋はよかった。院長はその素質をたちどころに見抜いた。


「秀至には囲碁の素質がある。呑み込みもよい。石は投げない。水槽にも投げ入れない」

それからは祖父の楽しいヒトトキであった。


書斎で祖父と孫が囲碁名人戦を戦い始めるとお姉ちゃんのあみは、

「おじいちゃまとヒデくん。一生懸命に石を並べて遊んでいるわ。お茶菓子をあげないといけない。おじいちゃんにこぶ茶。ヒデくんにはあみの好きなココア」

世話焼きあみお嬢ちゃまになる。


お茶の時間になると家政婦さんの後ろをチョコチョコとついて行く。あみは一緒に書斎にいく。

「あらまっあみお嬢さまいつの間にこちらに。お手伝いしてくれますの偉いわね」


書斎に入ったらテーブルサービスをあみはよいしょよいしょと始める。熱いお茶は家政婦がやるが冷たいジュース類はあみの専属であった。

「さあさあ精が出ますわね。頑張ってねおじいちゃん。ヒデくん」

一言あみ。とにかく家政婦さんの真似をしたくてたまらない。よいしょとジュースをグラスに注ぐ。それとても今にも溢しそうな手付きで危ない。

「おいちょっと」

院長は家政婦さんになんとかしてくれと頼む一幕。


あみお姉さんは弟の面倒が見たくてしかたがない。


あみが家政婦さんとゴチャゴチャとお茶とお菓子を出し終えお盆を抱えると可愛らしく挨拶をする。

「失礼いたしました。さっどうぞやってくださいね。ごゆっくりといただいてくだちゃいませ」

ペコリッとあみは可愛らしいお辞儀をする。祖父はにっこりとする。

「ありがとうあみちゃん。よくできました」

頭をなでなでして家政婦さんに目配せをする。


「早くあっちに連れて行きなさい」


秀至は毎晩の院長先生の指導対局のお陰でメキメキと棋力をつける。院長の置き石がドンドンと減っていく。


お姉ちゃんのあみもお茶の入れ方が日増しに上手になる。

「あみはお茶のおもてなしが上手ですわよ。おじいちゃまが機嫌がいいと薄いお茶を出すの。プゥーと怒っていたりすると苦い熱いお茶を出すの」

あみなかなか考えた。

「おじいちゃんがお小遣いくれたらもう一杯どうぞと差し出したりして、キャア」


秀至にはお茶でなくジュースを出す。あみ自身がジュースを飲みたいからだった。

「ジュースだってたくさん種類があるの。オレンジ・パイナップル・ピーチ・グレープ。あっそうそうジュースやめてコーンスープ出すかな。あみが飲みたいもん」


秀至はジュースだろうがなんだろうが嫌がらずチュウチュウ飲んでくれた。

「まったくあみは調子がいい」

祖父はもっと文句が言いたいがぐっと我慢、我慢。下手に孫のあみにゴチャゴチャ言うと泣かれてしまい厄介だった。

「石を投げつけるかもしれぬしな」


園児となると秀至の囲碁の腕はどんどんあがる。ハンディの置き石は日増しに少なくなってついに互碁になる。ハンデなしは秀至が幼稚園年長さんの冬だった。


「秀至は覚えがいいし筋もいい。まったく感心する。着目が奇抜だ。将来が楽しみだ。私の孫だけのことはある」

祖父の笑顔は毎晩絶えることがなかった。秀至は祖父の院長が完成させた未来の囲碁棋士と少しずつなっていくようであった。


「秀至もいよいよ春から小学か早いものだ。ひとつ力試しに小学囲碁大会に出してやるか」


日本棋院の主催する子供大会は、

「全日本小学囲碁大会」

「全日本中学囲碁大会」

小中と大会はある。そのため小学名人は日本で一番強い棋士の称号が与えられる。

「全日本一般学生囲碁大会」

学生とは、小学1年から大学院までを資格としている。小学でもとんでもなく強いことがある。


小学4年vs東大4年対決もありうる。さらに勝者小学なんてことに。負けた東大は泣くのかな?人影に隠れて泣いたりしてね。


祖父は日本棋院名誉会員に名を連ねていた。早速新年から園児の孫秀至を、

「小学囲碁大会」

に推薦をする。出場の時が小学1年。しかしまだ大会に出たことがないから棋力がわからない。

「名誉会員のワシがあれこれと言って」

地元の予選大会参戦を義務づけられた。大会事務からは、

「予選のベスト8入りが最低条件です」

名誉会員の祖父は本選入りのための方法を考えながら事務所から帰る。


予選の日が決まれば後はしっかり練習するのみである。連日新・小学秀至は祖父の書斎にて碁を打つ。目標が決まると熱も入っていく。


秀至が書斎に入っていく姿を見るとあみは家政婦にちょこんとついていつもお茶のサービスをやりたがる。どうしても秀至に勝負の最中にお茶ジュースお菓子を出してあげたくてたまらない。


「お姉ちゃんお茶菓子美味しいね」

弟は石を持つ手を休めてはあみの差し出したお菓子を食べジュースを飲む。


新・小学の秀至は調子が悪いとよく囲碁の最中にしゃべっている。そのバロメータがあみの取り持つお茶ジュースの時間だった。


集中していると碁盤以外には気をやらなかった。

「ヒデくん頑張ってね、お姉ちゃん応援してあげるね。ぐぁんばれー、ぐぁんばれーひでくん」

あみは可愛らしく両手をあげ万歳をする。横で見ている家政婦は、

「あらまっお嬢さまったら」

微笑んで見ている。しかし院長先生はブスッとする。

「早くあみちゃんを出さないと。御主人さまがお怒りになるわ」


指導の祖父はなんとかこの秀至の集中力の欠如を無くしてやりたいと悩んでいた。注意散漫さは随所に見られた。

「私が精神科ならばなあ。残念ながら産婦人科だから直し方がわからないアッハハ」

祖父もあみの出してくれたお茶をズルズルとすすりながらどうしたものかなと首を傾げた。

「子供だからな。長い間座っていること自体大変なことなのかもしれない」

あみの出したお菓子を美味しい美味しいと孫は食べていた。

「忘れてはいけない。孫は小学生だった」


その秀至が集中力を持ったら凄かった。一度石を握りしめたら全精神を囲碁に持っていく力があった。怖いくらいな碁を打った。その姿は神がかり的なとも言える。祖父の指導囲碁に対してこれでもかとバンバン打ち出してきた。

「なんというやつなんだ。こんなむらっけがあるとは。確かに小学になってメキメキ棋力はあがっている。こちらが負けそうになる」

アマチュア4段はひやひやしながら指導碁を打っていた。近いうちに負ける日がやって来るのではないかと思っていた。

「その負ける日は近いどころか今かも知れない。ますます強いぞ」


お姉ちゃんのあみ。書斎の秀至の囲碁を見て、

「あみもやってみたいなあ」

と珍しく言い出した。しかし祖父は気にもしない。あのあみに投げつけられた石の痛みがまだ甦る。

「あらまっあみちゃん」

それを見た家政婦さんは可哀想ですわご主人さまとあみの手を引く。

「あみお嬢さま。じゃあ私と隣の部屋でオセロをしましょう」


オセロならすぐに覚えられあみでも楽しめるだろうと判断した。

「うんやりたい」

あみは家政婦さんに教わりながら白黒のオセロをやり始めた。

「あれ?囲碁に似ているけどさあ」

ちょっと違うかなあと思った。首かしげながらもやり方が簡単だったから、

「まっいいか。オセロやりましょ。オセロが一番だもん」

あみは家政婦さんからオセロのルールを教えてもらうと今度はナース達に相手になってもらいたくなる。

「ねぇねぇオセロやりたい」

あみお姉ちゃんのオセロの他流試合はひとつのブームになる。アッという間にナースに流行した。


産婦人科だから長期入院患者(妊婦・産婦)はあまりいなかったがそれでも暇な患者さんからは、

「お嬢ちゃんオセロやろうか。よし勝負だあ」

あみちゃん名人は人気があった。院内を赤いスリッパはいてちょこちょことオセロのセットを持ち運び。病棟の中をあみオセロ名人は駆け回る。あみは最初は負けてばかりであった。それでも勝負の勝ちパターンを覚えたらかなり強い。


「あみちゃんにオセロで勝つと安産間違いなしだわ」

なんてね。オセロの名人あみは安産の御守りにもなっていた。


「ふぅーあみが負けたら安産?嬉しいのかな」

それからあみはオセロが面白くなり誰とでも顔をみたらやりたいと言い出す。患者さんの付き添いの家族にもオセロセットを片手に勝負を挑んだ。


手短なライバルは家政婦さん。あみとよく対戦をした。


いつものように書斎のお茶を出すあみ。

「わあぉ秀くん対局してるわ」

秀至の真剣な囲碁を見たら対戦した気分になり、

「あみも対局したいなあ」

隣部屋で家政婦さんに駄々をこねた。

「さあさあ、あみちゃん。私たちも真剣勝負しましょう。お隣の部屋でね」

家政婦さんとオセロの名人戦。気の毒なのは家政婦さん。大抵はわざと負けてやった。家政婦さんは本気出すとあみなんか勝てないくらいに強かった。

「あみもひでくんも強いなあ。ぐぁんばれーひでくん。ぐぁんばれーあみちゃん」


秀至の予選大会は日本棋院支部で開催された。腕自慢の豆棋士たちが争った。


小学1年の秀至は5・6年の子供からみたら見劣りするかなと思われたが大丈夫だった。


秀至の筋のいい碁はちゃんと上級生にも通じた。

「心配したが勝ち抜いている。よしよしその調子でいけ」

予選会はあぶなげなく通過をした。成績は3/8で通過である。全日本小学囲碁大会の本戦にめでたく駒を進めた。

「予選だとはいえ全日本だけのことはある。このクラスになると囲碁のレベルがグッと上がる」

秀至は生まれて初めて囲碁対局を経験した。対局した子供は意外と強かった。勝つには勝つが心配になる。帰ってさっそく復習を始めた。油断大敵であった。

「おじいちゃんよろしくお願い致します」

書斎の孫は目をギラギラ輝かせ祖父の一手を待った。


小学囲碁大会の参加者する子供はだいたいパターンが決まっていた。


囲碁を覚えて教えてもらう同居の祖父がいて囲碁有段者。熱心に孫に囲碁を毎晩教えていくようだ。


漫画"ヒカルの碁"の進藤ヒカルは、佐伊に教えてもらってたけど。


大会では小1秀至は調子よくトーナメントを勝ち抜いてベスト16まで勝ちあがる。この次勝てば井山裕太の小学生最年少記録を抜くのではないかと思われたが。


強い小6年の優勝候補に当たり敗北してしまう。負けは順当なものであった。

「おじいちゃん負けちゃって悔しいよ」


冷静な子供であるはずの秀至が泣きながら対局を終えた。負けた悔しさを祖父にぶちまける。囲碁の勝負で初めて負けたことはかなりショックであったようだった。

「よしよし泣くな。次に頑張ろう。もっと勉強していこうな。秀くん泣かない泣かない」


祖父は泣く孫を抱きしめ慰めた。

「こんなに悔しさを表にあらわす孫だとはわからなかったな。この子供はやっぱりワシの孫秀至だなあ。余程の負けず嫌いなんだろう」

秀至の将来を彷彿させる負けず嫌いは祖父の血筋かなとふと思う。


弟が負け自宅に帰ってくるとさっそくあみに知らせた。

「お姉ちゃん負けちゃった僕。悔しいよう」

顔を真っ赤にして泣き張らした後だった。

「えー秀くん負けたの。あんなに頑張っておじいちゃんに教わっていたのに。いやーん可哀想だわあ。よちよちかわいそうなヒデくん」

あみはかわいい弟を泣いて沈んでいる弟をなんとかして慰めようと、

「秀くん可哀想だわ。アツアツのたこ焼きあげる。タコ食べてリフレッシュしましょう。はい、レッツラァ、ゴォウ。タコに行こう」

秀至とあみは近所のタコ焼き屋に行く。

「よし熱々ちょうだいね」

タコを買い求めて口を開けひとつパクッとした。


タコを食べてニッコリする。タコ食べたら気分転換になるから不思議。

「えへへ。だから秀くん大好きよ」

タコ焼きの効果はあったかな。


あみは秀至の悔しい姿を見てから囲碁大会を羨ましく思った。

「あみも小学生の囲碁大会に出たいなあ。あんなたくさんの子供が集まっていいなあ。あみなら勝てるもん」


祖父にそっと言ってみた。

「うん?あみが大会に出たい。囲碁大会に。うーんなにかあるかな。別に囲碁でなくてもいいだろう」

院長はまたあみに投げつけられた石の痛みが蘇る。ネットを検索して子供のための大会はないかと探してみる。


「おっあみちゃんはこれだな。これにするか。オセロ大会があるよ、よしよしこれに頑張って貰え」


院長はあみがいつもオセロのセットを持ち病棟をウロウロしていたのを知っていた。

「おじいちゃんから言われたのはオセロ大会です」

頑張ってよっとあみはにっこりとする。なんでもよいから大会の雰囲気を味わいたいところであった。

「あみはオセロ大会ね。頑張って行きたいなあ。優勝するモン」

あみは腕を組んで張り切った様子を見せた。

「じゃあオセロを練習して大会に出ますわ。よーし頑張って行くぞ」

それからは家政婦さん相手にオセロを頑張った。家政婦さんは強いオセロだった。

「私は子供の時からゲームなどは得意でしたの。囲碁はさすがにしませんでしたが。オセロや花札は好きですからね」


あみのオセロは家政婦さんの指導が効いた。

「ちょっと強いかなあみちゃん」

あみは赤いスリッパはいてまずナース控え室に。

「オセロしたいの」

ナースさんは忙しくしていた。あみお嬢ちゃんの頼みならばと対戦相手になってくれた。

「あみちゃん強いわね」

ナースさんたちも2〜3回対戦するともうあみには勝てない。

「だいたいどんなオセロをするのかわかるの」

あみは実力をメキメキつけていた。院長の孫だけのことはある。

「ナースさんの次は患者さんだなあ」

赤いスリッパで病棟に対戦相手探し。

「お嬢ちゃんオセロかい。私の旦那さんが強いからやってみるかい」

わざわざ電話で呼び出して来てもらった。

「どうもすいませんね。孫が迷惑を掛けてしまいまして」

院長の耳にあみの他流試合は入ったりした。

「強いっていう人は本当に強いよ。あみは勝てないなあ」

その後妊婦さんからちょくちょく対戦相手を紹介された。

「みんな強いなあ。ナースさんがいい勝負ぐらいかな。でもあみは大会に優勝しないといけないから頑張ってやるもん」


あみはナースの看護学校オセロ大会なら強いかもしれない。


「おじいちゃん頼みがあるの」


あみは大会のために腕をあげたいと、

「ドクタとオセロがしたいだと」

医院にいる非常勤の先生ならばオセロも強いからとあみは対戦したいと言い出した。

「先生方はみんな忙しいからな」

院長に断りをもらったら、

「ウワッーン」

あみ泣いちゃった。

「わかったわかった。あみちゃん泣かない泣かない」

困った院長は泣く孫に負けてしまいオセロの強い相手を探してやる。


恥ずかしながらいつもの院内会議でオセロの強い方はいないかと提案をしたのだった。

「理学療法士なら相手してくれるそうだ。あみちゃん3時過ぎたら遊んでくれそうだ」

あみは喜んでオセロセットを抱えた。赤いスリッパでペタペタ病棟を駆けた。

「ようあみちゃん。僕とオセロをやるかい。言っておくけどあみちゃん僕はね強いからね」

あみに手加減はしませんよと宣戦布告した。


「ゴックン負けそうだなあ」


理学療法士はオセロを含むゲーム全般が得意だった。

「あのあみちゃんがオセロ大会に出るなんてね」


オセロの勝負に強いは強いが教え方もうまかった。あみの不味いところを簡単に直してやる。

「あみちゃんは賢いね。すぐに覚えてしまう。院長先生や副院長先生の血筋だけのことはある。うまいオセロになって来た。もう少し勉強したら勝てるオセロになれるよ」


このオセロ教室があみの腕を数段あげさせてくれた。まずはナースには負けることがなくなった。

「あみちゃん凄いわね。強いもんだわ。大会頑張って勝って来てちょうだい」

お菓子をナースからもらってはパクパク食べ帰ってくる。


「フゥー」


病棟でもあみのオセロは有名になっており、

「あみちゃんあみちゃん」

妊婦さんからお声が掛かる。第1病棟に強い人いるよ。あの患者さんの旦那さんあの妊婦さんの弟さん強いよと教えてもらえた。


あみはすっかり他流試合に自信をつけていざ本番大会に挑んだ。


「頑張ってきますわ」


オセロ大会は家政婦さんに手を引いてもらい会場入り。家政婦さんもオセロ腕に自信ありで大会一般の部で出場をする。家政婦は堂々の予選通過である。


あみは小学の低学年部門ノミネートされた。小学生女子は人数が少ないようで予選はなかった。すぐに本戦に出られた。

「あみは頑張って勝ちまする。目指すは優勝だわあ」

あみは家政婦さんの作ったおにぎりを食べてまずは腹ごしらえ。

「お腹が減っては戦はできない」


パクパクしてから、いざ〜いざ〜


会場内は緊張感に溢れていた。あみは髪の毛をギュッと後ろに縛り意気込みを表す。

「頑張って勝ちましょう。優勝するのよあみちゃん。強いのはあみちゃん」

自己暗示を掛け1回戦に出る。


家政婦さんはあみ応援をする。

「小学生のあみちゃんの対戦相手のレベルがよくわからないから。1回戦が大切ですわ」

気合いを入れてあみはオセロ盤に座る。

「ちょっと緊張感があるかな。だけどあみちゃんファイトだ」


1回戦の相手もあみと同学年の女の子。こちらはガチガチに緊張をしてあたらしく足が地につかないようであった。

「よしあみちゃんファイトだあ。考えて考えていけー」


1回戦は相手のミスから、


「やったあ」


あみおめでとう2回戦進出である。

「あみちゃん頑張ったわね。このまま勝ちましょうね。小学生の部は大したレベルではないみたい」

家政婦さんは一般の部で快調に勝ち上がる。横綱相撲いや横綱オセロである。


あみは2回戦の盤に座る。

「さっきは初めてだから緊張でコチコチだったけど今はリラックスしていますわ」

ひとつ勝てると体がどことなく柔らかくなっていた。2回戦はあみの思う通りにオセロが出来た。

「フゥーやりました。アアっ疲れたあ」

2回戦まで勝ちあみは満足をする。あみも家政婦さんも勝ち上がる。

「あみちゃん凄いわ。私もお腹減って来ちゃった。お菓子があるからこれを食べておきましょ。ジュースは自販機ね」


が市販のジュースがどうもあみにはいけないようで。


3回戦は今ひとつ盤中には集中しないままであった。


負けた瞬間は。


ワァ〜ン


会場内に響きわたるくらいの大泣きをする。

「あーんイヤ。あみちゃん負けちゃった。あのトロフィが欲しい」

会場の中の優勝楯やトロフィーが恨めしく見えた。


会場帰りの車でも泣きじゃくっていた。慰める家政婦さんはベスト8。ご立派でした家政婦さん。


弟の秀至の囲碁は筋のよさと祖父の囲碁鍛練研究熱心さにより毎年腕をあげていた。


全国小学生囲碁選手権大会には1年から参加し最高はベスト4となる。


全小に優勝すると奨励会入りプロの世界が拓ける。


秀至の場合は医師になるためプロだ奨励会入会は鼻からなかった。


ベスト4になった時に院長は秀至を奨励会にどうかと聞かれた。

「いやいやプロ棋士には。医者になってもらわないと困る」

鼻からプロには行かせないと日本棋院の記者に答えていた。


秀至は全小囲碁は優勝しないまま中学校に進むことになる。


秀至の中学進学はどうなったか。

「塾の指導で灘中受験を奨められました。灘中高から医学部も進みやすいだろうと言うことです」


医者の跡取り息子秀至は囲碁を一時断念をして中学受験勉強に打ち込む。


集中力と忍耐力は人一倍ある秀至である。短期集中に勉強をして中学受験を頑張る。見事難関の灘中に合格を果たす。

「あーあやれやれだ。灘に合格した。これでおじいさんにも褒めてもらえるだろう」


秀至は灘中に合格した夜さっそく石を握る。合格の祝杯代わりに祖父の書斎に詰めていた。

「秀至が灘中に合格した。受かった落ちたと騒ぐ話ではない。優秀だから?そりゃあまあワシの孫だからなアッハハ。だがそれはそれ。さて碁盤に向かおう。かなり石を握らなかったからな」

囲碁のブランクだけが心配な祖父であった。ちょっとは褒めてもらってたかな。

「秀至は頑張ったが全小囲碁に優勝できなかった。このことが一大事だ。全小で優勝ができなかったのは私の指導が悪いからだ。伸びなかった理由は指導の悪さだ。全中ではなんとか秀至を優勝させてやりたい」

院長の祖父はこうして秀至と眠れない夜を碁盤を挟み再び指導を始めた。


「おじいさんの言うとおりかな。全小は終盤にミスが多く自分の実力のなさを痛感させられるところでした。中学に進学してミスをなくしもう少し落ち着いた碁を打ちたいと思います」

秀至は中学受験を決め久々の囲碁を心待ちにしていた。中学受験のため半年のブランクであった。


秀至は祖父相手に伸びやかな優雅な石を久しぶりに打つ。受験からの解放感から喜んで置いていく。

「秀至は学校が中学に変わり環境が違ってきた。それだけでこうも碁が違うのか」

祖父は目を疑った。秀至の伸びやかな碁、余裕のある碁には驚くばかりだった。


「おじいさま失礼いたします」

トントンと書斎がノックされた。姉のあみがお茶を運んでくる。あみは学園の高校生になっていた。しとやかにあみお嬢さまは成長をして綺麗な娘さんである。


ちゃんとした作法の手つきで書斎に入って祖父と弟の真剣勝負を覗く。家政婦さんはもうお茶は運びはしなかった。あみが責任を持ってお茶をサービスすることになる。

「お姉さんありがとう。いつもいつも気を使ってくれて。なんとなく気持ちが安らいでくるよ」

秀至は姉を見て微笑んだ。弟が和んでいるということは納得のいく碁が出来ている証拠である。満足そうにあみの注いだお茶を楽しんだ。


祖父もにこやかにお茶を飲む。

「あみ、おまえは見てわからないだろうが秀至はずいぶん強くなったよ。本当に強い碁を打てるようになった。おじいさんはもう敵わない。そろそろ引退だ」

祖父の楽しそうに笑う顔をあみは嬉しい思いで見る。

「それはそれはよかったですわね。秀至もかなりの実力をおじいさまから授かったわけですね」

あみは茶受けのお菓子を少し余計に置いて書斎を離れた。

「秀至も知らない間に中学なんだわ。あんなに立派になったんだ。もうあみの思っている可愛らしい弟くんはそこにはいない。我が家の先祖代々のお医者さまにならなくてはならない逞しき男さんになって来たわ」

あみは弟が段々と自分から離れていくことを肌で感じ始めていた。


灘中1年になると秀至は囲碁大会の快進撃を続ける。中学県大会を含む地方大会は負け知らずとなった。


あっという間に囲碁の秀至の名前は県内に広がった。

「なんとなく中学入ってから負けなくなった。気がついたら連勝連勝だ」


秀至は連勝街道まっしぐらである。

「秀至は凄いわね。県中学生大会に優勝してしまいました。さらに勝ち進んでいるんでしょ。お部屋のトロフィがわんさか増えたわあ」

書斎にお茶を運びながら姉のあみは感心をする。

「まったく凄いの一言に尽きる。なんせ中学入学から一度も大会では負けないのだから」

祖父に言われて秀至は少しはにかむ。

「連勝だと言っても相手に恵まれただけですから。いやいやそのうち負けますよ」

秀至の連勝記録談義はあみのお茶のサービスタイムを挟んで和んでいた。

「秀至は調子がいいと談話に応じるのね。だから余裕があるゆとりのある碁が打てる。あらっ、あみは囲碁は素人でしたっけね」


あみそそくさと茶器をかたずけ書斎を出ていく。

「いやあみの言う通りかもしれないぞ。ゆとりのある碁だな。だから多少のミスがあっても崩れやしないのだ」


秀至は春の県大会優勝以後も勝ち続け連勝記録を伸ばす。いよいよ待望の全中囲碁選手権大会に至る。


囲碁のファンの中では、

「灘中の秀至はいつ負けるのか。負かす相手は誰になるのか」

関心の的になっていく。

「いくら連勝して強いと言っても中1だ。全中を優勝で飾ることはない」

院長は慢心になることもなくひとつひとつ勝ちなさいと指導をした。


姉あみは日増しに高まる秀至の全中優勝の期待に胸をときめかせた。同時にかわいい弟が心配になる。

「勝ち続けることは難しいの。いつかはきっと負けます。その時に私はお姉さんだからちゃんと慰めてあげないといけない。秀くんを慰めてあげないといけないの」


お下げ三つ編みの少女は胸に手を当てグッと心に誓う。


全中前夜は祖父と秀至は実践さながらの指導対局をする。祖父は手加減なしにガンガン攻めて攻めてライオンのごとく。秀至が参ったもう嫌というまで攻め続ける。

「これぐらいの攻め碁に太刀打ちできぬようでは全中は勝ち進めはしない」

対抗して孫の秀至は祖父のアマチュア4段の攻めを受けて堪えた。

「おじいさんがそう来たなら僕も行きます。負けはいたしません。おじいさんの孫は優秀なんだからこれしきの碁には敗けはしない。どうしても全中は勝ってやる。優勝してやる」

秀至の攻めが反撃が始まる。なかなかの妙手が次から次と出てくる。祖父は唸る。


そしてついに、

「参ったありません。秀に負けてしまいました」

祖父アマチュア4段が後がありませんと孫に負けを認めた。歴史的瞬間である。


「おーい。誰かおらんか。お茶を持ってきてくれ。誰かいないか。いやあー参った参った」

声を聞き慌てて家政婦が駆けつけた。

「はいはい御主人さま」お茶の用意をして書斎にくる。

「あれ旦那さま今夜はあみお嬢さまはいががされましたのかしら」

祖父はお茶をすすりながら、

「サア?そういえばいないなあ。わからないな。姿が見えない。今気がついた」

と首を捻り態度でしめした。


あみは何をしていたか。秀至の優勝を祈願して近くの神社にお祈りに行っていた。

「秀至が優勝しますようにパンパン」

深い礼儀正しいお辞儀を繰り返す。あみは参拝をしながら弟とはますます離れていくんだなあと一抹の寂しさを感じていた。

「まああみお嬢さまったら」

探しにきた家政婦さんはソッとハンカチで目を拭いた。


全国中学生囲碁選手権大会は晴天の日に行われた。


連勝中の秀至は1回戦から注目をされ優勝候補にもなる。会場内では秀至に観客が一番多く注目し観戦した。


あみも祖父に連れられ大会を観戦をする。

「日本で一番強い中学生を決めるのね。秀くんが一番よ。優勝は決まりです。あみが決めたんだからねフンフンだわ」

あみの手には神社の御守りがしっかり握られていた。


日本の中学大会ではあるがプロ棋士になる奨励会所属の中学生は不参加だった。


「秀至を見てくるか。おじいさんの見たところではな相手は緒戦あたり比較的やりやすい相手だ。しかし油断をしたらコテンとやられてしまうがな。だから囲碁は怖い。とにかく油断はダメだ」


手合いの試合は始まった。秀至は祖父のいう油断はしなかった。


ライオンはネズミ一匹倒すのに全力を尽す。


秀至は順当に勝ち進む。


お昼となり秀至はあみが一生懸命に作ったお弁当を食べる。高校で習い立ての献立を教科書を見ながら作った。味つけは家政婦さんに助けてもらったお弁当を作った。

「さあ秀くんお弁当食べてちょうだい。お姉さんが頑張って作ったのよ。おじいさまもいかがですか」

食べて食べてと言われても秀至の頭には囲碁しかなく味わう余裕がなかった。

「うんわかった。お姉さんの作ったものだから美味しく食べてみたい」

秀至は作り笑顔で箸をつけた。うまかったかな?


午後からの手合いがスタートする。大会も3回戦になると実力が拮抗してくるようで一目の攻防僅差勝負が続く。


秀至は3回戦の相手に変則な碁を打つ相手を迎える。見た目は普通の中学生ではあったが。

「なんだなんだこの手筋は。こいつ定石知らないのか」

秀至は最初から戸惑いまくる。全く見たことのない布石を打ち込む相手に我を忘れる。なんとなんと常識ハズレな置き石の連続だった。

「わけがわからない。見たことがない、とにかく見たことがまったくない手筋ばかりだ。強いのか弱気でこうなのか。勝つ気がないのか」


秀至の試合の苦戦は続く。

「なんだろう。この石はなにがしたいのだ。手が読めないじゃないか。やりたいことがさっぱり読めない。わけがわからない。でたらめにやってくるだけなんだろうか」

焦り始める。常に手筋がわからない。囲碁の天才と言われた秀至が悩む。見たことのない石が連ねて行かれる。

「どうしても先が読めない。攻略されいる。石は生きているよ生きて。なんなのだ。わけわからない」

考えても考えてもなにがやりたいのか相手の戦略が理解できなかった。秀至の焦りはついに止まらなくなり、


「後がありません」


敗着となる。あっけない負けであった。


がっくり肩を落としてしまう秀至。あみと祖父は茫然と立ちすくすのみである。

「秀至が敗けた。連勝街道まっしぐらで恐いものなしだった私の孫が負けた」


日本棋院の囲碁雑誌記者が秀至に近寄り肩をポンと叩く。残念だったなと声をかけた。


椅子に座ったままの秀至は下を向き軽く頭を下げた。


あみはがっくりして肩を落とす弟に姉らしく近寄り、

「残念だったね秀くん」

その一声を言おうとした。


シクシク、シクシク


秀至のすすり泣きが聞こえてきた。

「そう、そうよね。秀くんが一番悔しいんだもんね」

あみは声を掛けぬままクルっと後ろを向く。会場の袖は人目につかない場所に行きたいと思った。

「あみは泣かないわ。あみはお姉さんですから」

手にしたハンケチはハンケチは。


帰りの車中。全中の挑戦者秀至は黙ったまま下を向く。

「秀ちゃんは頑張っていたんだから偉いわ。次に頑張りましょう」

あみは弟をかばった。姉に声をかけられて泣き顔をちょっとあげた秀至は小さな声で、

「あの相手はどうなったの」

と尋ねた。祖父はゆっくりと答える。

「あの子はなあのまま優勝した。まったく危なげのない戦いが続いたようだ。記者さんから聞いたが父親はプロ棋士らしい。私はそのプロの名は知らない。妙な手筋を打つわけは父親からの指導囲碁だろう」

ジッと祖父の話を聞く。

「父親がプロ棋士それがなんだというんだ。父親が棋士ならみんな強いと決まっているのか。そんなことないさ」

車窓からの景色を眺めながら秀至は早くうちに帰りたいと思った。帰って早く風呂に入りたいだけであった。


全中を戦った秀至はそれからは猛烈に祖父との指導囲碁に取り組んだ。目の色が違うというべきか。

「秀至は強くなってしまった。アマチュア4段程度の私にはもう何も教えるものはない。どうだプロの先生につかないか。指導プロとしてはかなりの腕前の師匠さんがいらっしゃる」

祖父はいよいよこの日が来たなと自分に言い聞かせた。

「アマチュアはアマチュアだ。秀至は実力を伸ばすためにそれなりの師匠に従事させてしかるべきだ」

祖父にもう教えることはないと言われて、

「プロの師匠に教えをですか」

秀至はこの瞬間プロ棋士という存在に意識を持つことになる。

「囲碁のプロ棋士。話では聞いている。雑誌やテレビにも出ている。囲碁大会にも有名な棋士がよく見えていらっしゃった。その棋士が身近にいらっしゃって僕を指導してくれるなんて」


日曜日さっそく師匠宅に連れていかれた。


指導囲碁では高名な元プ

ロ棋士の教室だ。子供の育成にはさらに評判があった。

「これはこれは秀至くんいらっしゃい。私は君を小学時代から知っています。あれだけの活躍をされたら誰もかも注目をしたくなりますからね。君はなかなか筋がいいといつも見ていました。指導囲碁ができるとあって光栄に思っています」

指導師匠は秀至の落ち着きのある囲碁を褒めてくれた。祖父はにっこりとする。

「さすが先生ですな。そんな他人の子供まで関心を持っていただいて光栄です。私の孫ですが自慢の囲碁です。これからはよろしくお願い致します」

祖父は孫の囲碁を褒められて嬉しかった。


アマチュア4段の祖父ではこれ以上は教えられないということがまだまだ残念ではあるが。


「ええ。筋のよさはおじいちゃん譲りなのかもしれませんね。小学生から今の中学生になられて碁がより強いことは全国中学生で折り紙つきです。3回戦のあの子はまああの子ではありますけどもね」

師匠はかなり研究をされていた。3回戦の相手は父親がプロ棋士をしている時代から知っていた。

「お姉さんのあみさんも知っております。実は私の息子と高校の同級生なんですよ。学園の同級生です。ただ息子はあまり学校には行かないですからアッハハ。たまに行きましたらよろしくお願い致します。息子も学園に友達がいないので寂しい思いですからね」


囲碁指導の師匠棋士の息子が姉のあみの同級生になる。

「そうか。お姉さんは知ってるかな」


秀至は帰宅したあみに聞いてみる。

「学園の大樹くんっていうのね。なになに私と同級生の。うーんその名前はわかんないな。クラスがAかB(特進)あたりかもしれないわね」

学園は中高と内部進学のあみが知らない名前であった。あみは学園の名簿をごそごそと持ち出して探してみる。

「あったわ。確かに同級生だ大樹くん。えっ」

あみは慌てて秀至に学園名簿を見るように言う。

「A組の大樹くんはこれなんだけど。棋士連盟所属になっているわ。棋士というと高校でプロ棋士さんなのかな」

あみと秀至はアッケに取られていた。

「秀くん申し訳ないけど私は大樹くんまったく知らないなあ。ずっと附属ではないね。高校から来たのかな」

附属中育ちのあみが知らない。


知らないも知るもなかった。大樹はほとんど学園に出て来ない生徒だった。普段は高校在学ながらプロ囲碁棋士として活躍していた。


大樹は中学から奨励会の手合い対局が増えたために学校に通うことが少ない。囲碁初段(プロ)となると、

「出席にうるさくない高校に進学したい」

あみの学園は出席にとやかくは言わないとの約束で特別枠で入学許可をしていた。


「ねえ秀くん。囲碁の棋士ってどうやったらなれるのかな」

この時にあみもプロ棋士に興味を持つ。


大樹はプロ棋士の父親から幼少時代から指導囲碁を受ける。


大樹の父親は教えることが抜群にうまいプロ棋士である。息子大樹は全国小学生囲碁大会(全小)に小5の時に優勝を果たす。


全小優勝小5となると迷うことなく囲碁奨励会に入会をする。


棋士の息子であるサラブレットが得意分野の門を叩いた。

「お父さんの期待する道を歩むことは僕には当然なことさ」

父親は父親でひとり息子を棋士奨励会に入れた手腕を高く評価をされ以後は指導棋士としての名を高めることになる。


大樹の奨励会は鳴り物入りであった。

「父親が父親だからな。大樹は強いはずだ」


囲碁関係者一様に大樹の大成を期待した。強い囲碁を打つだろう。奨励会は簡単に勝ち進み誰よりも早く駆け上がるかと思われた。


がプロの初段位獲得までは高1年だから5年を要した計算になる。並みの棋士となってしまった。


「へぇこれが大樹くんかあ。格好いいね。写真だとさ」

ミーハーなあみは明日にも学園のA組教室に見に行こうかと思った。

「学園ニュース新聞にも顔写真があるわ」

あみまたまたゴソゴソやり始めた。


土曜日の午後秀至は祖父に連れられ指導囲碁を訪ねる。

「院長先生のお孫さんですから指導するにも楽だと思います」

祖父は孫を褒めて褒めての師匠にすっかり翻弄されてしまう。

「秀至くんは碁の筋は抜群によろしい。そうそう秀至くんの同級だといいますとこの教室には誰がいるかな」

指導師匠は2〜3人奨励会の中学棋士の名を挙げた。当然ながら秀至は全員の名前と顔を知っていた。

「先生僕と同じ学年の方はすでに奨励会にいるんですか?中学棋士になっているんですか」

秀至の顔にはちょっと焦りがあった。全小囲碁大会会場で戦った仲間は中学棋士となり奨励会でプロを目指している。


奨励会に入ってしまうとアマチュアではないから全中には出ては来ない。このあたり日本で一番の中学を決めるとは言いにくい事情を孕んでいく。

「そうですね。ウチに来るお弟子さんはだいたいが奨励会を目指します。プロ棋士を最終目標にしています。まず最初は奨励会です。ところで秀至くんは」


当然に秀至はプロ棋士になりますかと師匠から聞かれた。祖父の産婦人科院長の横に座る秀至だった。

「いいえなりません。(医師にならないといけない)奨励会には行きません」

秀至少し後ろめたい気分で答えた。


同時に祖父は笑顔を見せて、


ホッと安心をする。


指導囲碁の師匠はそれでもよろしいですよとニコニコである。

「お弟子さんの学費が入りさえすれば喜んで」


学園ではあみがA組に大樹を探しに行く。あみのクラスとは異なる棟の校舎の教室に行くことになる。


あみの通う学園は成績の順でクラス分けである。

「A組は初めて行くわね」

エリートばかりのクラスというA組だった。

「附属中からの知り合いがいたらすぐにわかるんだけどなあ。残念いないの」


教室の前でどうしようかなとウロウロしていたあみである。

「おいどうした?なにか用事か」

あみは後ろから声をかけられた。A組副担教師だった。副担は見慣れない女子生徒がいるからすぐにわかった。あみは素直に大樹くん探しを告げた。

「大樹か。彼に何の用事なんだ。エッ、弟さんも囲碁の棋士なのか」

副担はまあいいやちょっと教室に入りなさいと手招きをした。


A組の大樹はプロ棋士だから休みがちである。手合い(対局)が入っていたら当然だがそれ以外にもプロ棋士としての業務はあるためほとんど学園には姿を見せてはいないと説明した。

「どうだろうなあプロ棋士だからな。月に3日ぐらい学園には顔を出せばいいほうかな」


学園には特別枠で来ているから言葉を代えれば我が学園を有名にしてくれる広告塔である。学園に所属さえしていただければ恩の字だよと言われた。

「あみ学園で大樹に会うよりも日本棋院の対局場で待ち構えたほうが確実に会えるよ。あっちの方が出席日数が多いからさ」


言われてあみは、


「?」


秀至はプロ棋士の指導囲碁を受ける。せっせと約束の日に通う。囲碁道場には小中高とプロ棋士指向のお弟子さんがわんさかといた。

「お弟子さんはレベルが高いや」

秀至も入門したてはそのレベルの高さに驚きついて行けるかどうかだった。


全小・中の出場はこの教室の生徒はほぼ全員であった。


出場してベスト8〜16ぐらいの成績を残していた。


秀至の今のところの成績はまったく目立ちはしなかった。中学生になって連勝街道の金字塔は誰も見向きもしなかった。


たとえ全中に優勝を果たしたとしても並みのレベルクラスですかと言われてしまいそうな雰囲気である。


「秀至くん。一番お手合わせ願おうか」


教室の初日である。指導師匠から対局を申し合わせる。

「はいお願いします」

師匠と新入りの秀至が手合わせ対局だと言うと弟子たちが集まってきた。

「新しく入ったやつはどのくらいの棋力なのか。あれだけ全小・中で有名な秀至はどんな囲碁を指導師匠と打ちなさるか」

単に秀至の実力が知りたいだけのことだった。お手合わせは4(ハンディ)を置き始まった。

「お願いします」

深いお辞儀をして秀至は生まれて初めてプロ棋士と対局をする。全中3回戦の実力はどこまでプロ棋士に通用をするか。


対局は淡々と進んだ。師匠はさして考えることもなく気楽にポンポンと打ち込んでいく。あくまで指導囲碁である。


「ちょい待ちなさい。ちょっと秀至くん。今の君の右隅の一着だが説明してもらえますか」

師匠はきつめの言い方をする。言われた秀至はなんだろうかと一瞬思った。すらすらと着目を説明した。

「そうですか、わかりました。そうですか、なるほどわかりました」

師匠は何もなかったように続きとして2〜3石をポンポンと置く。


「あっ」


秀至は声を出してしまう。大変な敗着をしてしまったことに気がついた。

「だから聞いてみたんですよ。弱りましたね敗着です。形勢は戻りはしないでしょう。ではもう一局やりましょう」

その一局は秀至のプライドをキズつけた。気軽な打ち方を師匠にされ秀至に勝ち目はなかった。秀至は全身の血がさあーと引くのを感じた。一体どうしたというのかと首を捻りながら石をゴケに戻した。


秀至の敗着を見てその場にいたお弟子さんたちは一様に、

「あんまり大したやつじゃあない。アマチュア4〜5段あたりか。もう少し低いかもしれない」

指導対局の教室の雰囲気を鋭く秀至は肌で感じ取る。

「つまらないミスをしたばっかりに僕は軽く見られてしまった。いいや次の手合いで名誉挽回してやろう」


師匠との指導対局は2局目に入った。やり直して頑張るつもりが秀至はまったく攻めることができない。師匠は指導囲碁で様子を見ては打ち込む。防戦一方となり対局は言わば大人と子供である。いやいやライオンとネズミぐらいの実力差であった。


「なんなんだ。どこを攻めてもすぐに手を反されてしまう。いい加減嫌になる。これがプロなのかこれがプロのレベルなのか」

焦りに焦って石を置き續けた。が万策尽きて最後は秀至から負けを認める。

「(後が)ありません」

この敗戦はかなりのショックを中学1年に与えてしまった。

「うーんいい手を打つこともあります。ありますが悪手をちょっと出してしまいましたね。最初から並べましょうか。2〜3致命的な敗着をしています」

対局後の感想はさすが指導囲碁の師匠である。秀至のプライドを傷つけないようにうまく指摘した。本人に遠回しに悪手を気がつくように誘導もした。

「この秀至は攻めの姿勢が得意なことはわかった。問題は攻められた場合だ。こんな囲碁をやられては強いとは言えない。棋力はアマチュア3段かな。奨励会だと下から何番あたりか。モノになるには時間がかかりそうだ」


師匠の教室を出たらぐったり疲れ切った秀至である。家政婦がお坊っちゃんおかえりなさいと挨拶をしてもムスッとして黙って自室に隠る。

「あらまっお坊っちゃん。塞ぎ込むなんて珍しいわね」

家政婦はお茶の準備を整え祖父のいる病棟の院長室に行く。

「旦那さま秀お坊っちゃんおかえりになりました。なにやら元気がございませんでしたわ」


院長は医学書を眺めるのをやめて家政婦に尋ねた。

「そうかい元気がなかったかい?かなりのショックだったかな。プロ棋士の指導囲碁は厳しいからな」


自宅に帰った秀至は部屋のベッドに仰向けに寝転がる。ボォーとしてなにもかも考えたくはないところだ。

「敗着の目があんなにもあるとは。自分で気がつくならば防げるんだが、わからないから始末に悪い」

なんども考えたくない敗着目に気がいく。ついうっかりの手ばかりである。師匠は繰り返し稽古で打てばそのうちにわかるようになる。この欠点は克服されていくと言う。

「何度も打てば治るのか。ついうっかりが克服をされていくのか。信じられない」


いつになるのかな。


天井眺めていくうちに眠くなりうつらうつらしてしまう。夕食時間まで眠る。


あみはA組の大樹を教室に訪ねたが結局会えないまま帰宅する。副担任に聞いた話は学校には来ないことだけわかった。

「大樹くんはプロ棋士さんなのか。高校の年でたいしたもんなんだね」


帰宅途中あみは書店に立ち寄る。雑誌コーナーを見つけた。

「月刊碁ワールドなんて雑誌があるのね。おじいちゃんの部屋にある雑誌だわ」

まずはペラペラと立ち読みしてみる。プロ棋士大樹が掲載されているかなと思いつつ開いてみた。

「月刊碁ワールドはおじいさんが定期購読しているから」

アマチュア院長の碁打ちコーナーで時々コラムも書いていた。コラムは秀至が出来てからは秀至の成長記録見たいなコラムだった。

「アチャアおじいちゃんが出てますや」

連載コラムはかなりの回数になっていた。


あみは月刊碁ワールドを見て大樹を改めて知る。


目次の最初に"若手のホープ・大樹"と活字が踊る。若手は極めて勝率がいい、負けない棋士だと紹介されていた。

「というとかなり強いといえるわけだ」

月刊碁ワールドをあみはペラペラめくってみたら掲載写真があった。あみはパッと見る。

「これが大樹なのね」

そこには可愛らしい笑顔のプロ棋士大樹がいた。

「ふぅーかっこいいじゃん。あみのお気に入りだわイャ〜ン」


あみには少し気になる男として記憶された。


プロ棋士師匠道場。師匠の回りには若いお弟子さんが常時20〜30人いた。


小中高の在校、そして奨励会会員と唯一のプロ棋士(息子大樹)である。


息子を高1の若さで奨励会からプロ初段にした師匠の指導手腕はアマチュア囲碁界に高く評価をされた。囲碁雑誌には大きく取りあげられ日本各地から師匠の弟子にしてくれないかと申し出があった。

「私としては指導碁をプロ棋士の生業と考えるわけですからいくらでもお弟子さんは歓迎しましょう。しかし30人余は多いですね」


適正なのは10人程度ではないか。指導碁は師匠は丁寧に教えてくれるがそれもいつもとは限らない。

「お弟子さんが多いといけないですな」


また師匠の息子プロ棋士大樹が教室にいると父親は息子だけにかかりっきりとなった。あまりの息子へのエコヒイキに苦情もチラホラ出るありさまだ。

「お弟子さん減らしましょうか。どうしてもうまくいかないとならば減らしましょう」

師匠としては息子の棋力がグングン伸びてくれさえしたら後は何もいらないとさえ言い切る有り様であった。


その息子の大樹は高校1年で念願のプロ棋士初段となってからは破竹の勢いとなる。連勝記録を作ってさらに名を広めていく。


その後ろ楯には充分に父親が師匠の研究の賜があった。親子は毎回パソコンで対戦相手の棋譜を探して作戦を練る。昔の碁(父親)と高校1年のリフレッシュされた碁がうまくミックスされ斬新な手筋を考え出していく。

「プロで勝つことはそれはもう大変なことなんです。大樹ひとりで勝てるような世界ではありません」

連勝記録も相手にあれこれ研究され出したらなかなか勝ち続けることは容易ではなくなった。


あみは本屋で立ち読みをしてから帰宅する。

「お腹すいたからマック食べたいな。でも太るからやめましょエヘヘ」


あみは同級の大樹があんなにかっこいいとは思いもよらなかった。帰りの電車では大樹のことばかり考える。

「エヘヘかっこいいなあ。かっこ・い・い・モン。でも特にどうだってこともないないかなあ」

あみお姉さんもお年頃です。


あみの帰宅は夕食前だった。あみが帰って家族全員が揃う。


食卓には上座に祖父・横に父母。後はあみと秀至が適当にチョコンと座る。


秀至は家政婦にうたた寝を起こされちょっと不機嫌さんな夕食だった。


「院長(祖父)ちょっと聞きたいことがあります。秀至の囲碁ってどうなっているんですか」

副院長(父)が院長(祖父)に尋ねる。この前まではやれ小学校の囲碁大会だ、やれ頑張って頑張ってとやっていた。灘中に入ってみたら今度は全国の中学校の囲碁大会だ。

「一体いつまで続けるつもりなんですか?昨日学会があってね。その囲碁のプロ棋士の話が出てね。中学校から奨励会入れなければならないと言われたんですよ」


プロ棋士にさせるには中学校から奨励会会員にさせなければならないだろう。医者にさせるならさせるで受験環境を整えなければならないだろう。祖父と父の親子の話は秀至のことだった。


「お父さんちょっと待ってください。僕は僕のことは自分で決めてみたいですよ棋士も医者も。おじいさんが棋士になれと言えばハイ棋士です。医者ならわかりました医者です。僕は僕、おじいさんはおじいさん。あれこれと押し付けられるのは嫌です。たまらなく嫌だ」

秀至は珍しく興奮をして箸を置き夕食の途中だが部屋に返ってしまった。


父親と祖父はまだ続ける。

「お父さん今のままじゃあどっちつかずで宙ぶらりんです。秀至はひとつに道を決めてやらなければなりません。父親としては好きにさせてやりたい気持ち半分。医者になってもらいたい気持ち半分です。我が家には幸いにもあみがいるから、あみに医者の旦那をもらってもいいと思いますよ。秀至が囲碁で行きたいと望めばね」


祖父の院長は黙って息子の副院長の話を聞いていた。


突然に名前が出たあみは、

「えっ、あみに医者のお婿さんですって。そんなあ勝手に決めて」

あみはどうしたことか大樹の顔が一瞬浮かんでしまう。よそ事を考えるから食卓から芋の煮っころがしを思わずスルリと取り損なって下に落としてしまった。


慌てた家政婦さんが雑巾を取りに台所に走った。


「あみのお婿さんは医者でないといけないの。勝手に決めるなんて嫌だわ」

家族がバラバラになった夕食である。家政婦さんは芋のコロコロを一生懸命に探していた。

「どこに行ったのかしら」


学園のD-2クラスあみのいる教室に人気者がやってきた。人気のバロメーターは廊下を普段このクラスでは歩かないようなハイクラスの生徒が来たからすぐに気がつく。

「キャーあれって囲碁の大樹じゃない。キャー私ファンなのよ。学園のニュースにいつも載ってますわ」

C組やD組の教室は大騒ぎになった。大変なスターを迎えたものだ。大樹はキョロキョロしながら、

「ねぇ君。D-2のあみ、あみって女の子、ちょっと呼んでくれないかな。話があるんだ」

教室にいたあみ。なんの騒ぎなのかしらと廊下に顔を出してみる。


とそこには、かっこいい憧れのスターが立っていた。

「あみはどこにいるんだい。どの子かなあ」


大樹はD-2クラスにまであみを探して来たのだ。

「えっ私を探しているの」

あみは優越を感じる。髪の毛を少しかきわけ襟を直す。廊下にいる大樹の元に走り寄った。


「こんにちは。はじめまして私があみです。秀至の姉です」


あみと大樹の初対面の瞬間だった。


大樹はあみを可愛いと第一印象で思う。

「こんちわ。君があみちゃんか。僕を探してくれたんだってね。副担任から聞いたよ。なんか縁があるみたいでさ」

爽やかな笑顔の大樹だった。あみは嬉しかった。憧れの大樹である。

「ええ妙な縁ですわね」


ここでふたりがゆっくりできたらよかった。廊下にはプロ囲碁棋士を一目みようとかなりの野次馬が出来てきた。女生徒は押し合いしながらなんとか近寄りたいと押すな押すなと出てくる。


「おいなにごとなんだ。なんの騒ぎなんだ」

たまたま通りかかった教師が教室に戻るように警告をする。しかし女生徒たちはワアワア騒ぐだけで反ってやかましくなるだけだった。大樹は頭をかいて、

「あまり騒がれてはまずいなあ。あのねウチの親父から秀至が囲碁を習いに来ているとも聞いたからさ。だからお姉さんはどんな人かなと会いに来たんだけどね。悪い、こんな騒ぎとなってしまって」

大樹は注意を促す教師に頭を下げてすぐに帰りますと謝っている。

「じゃあ。あみちゃん、いやお姉さん囲碁教室に来てくれよ。俺の家だからゆっくりできる」


大樹はポケットから一枚の名刺を取りあみに渡す。軽く手を振りバイバイと爽やかに去る。廊下の女の子はより一層キャーキャー騒がしく、大樹さん、大樹さんと大変なものだった。


あみの手には名刺が残りる。中部棋院棋士大樹とあった。段位はなかった。裏にはメルアドが走り書き。

「わあ嬉しいな。せっかくだからメール送っておこうかな」

あみは携帯メールをさっそく送る。なにせあれだけの人気者だ。早くアクションを起こしておかないと忘れられちゃいそうと考えた。


クラスみんなからは羨ましいなあと言われた。


「大樹さんあみです。わざわざ会いに来て頂きありがとうございます。囲碁の活躍は雑誌で知っています。我が学園の誇りです。また弟もお師匠さまの許に習いに行くことになりました。重々よろしくお願いいたします。あみ」

メール送信をクリックして完了する。


「ふぅ」


あみは嬉しい気分になる。あれだけ騒がれる男にあみだけが親しくしてくれると思うとゾクゾクとした。


人気者を独占しているという優越感があみの女心を擽ります。

「プロ棋士さんから返信来ないかな」

あみはシゲシゲと携帯を見つめる。眺めたら返信が来た。


「キャア」


あみまで追い掛けファンになりそうな勢いだった。


「あら嬉しい」

大樹からのメールは長い。あみは心臓をドキドキさせて読む。

「こちらこそよろしくお願いします。囲碁対局が忙しく学校にはあまりこれないが、自宅の囲碁教室なら比較的いますから遊びにいらっしゃい。大樹」

あみはこのメールを三回読んだ。

「あの人気者の大樹くんからのメールなんだわ。キャア嬉しいなあ。嬉しい嬉しいキャアキャア」

あみは憧れて逆上(のぼ)せてしまった。


「大・樹・さ・ん」


携帯を抱きしめギュギュってしてしまう。クラスのみんなにはいいなあいいなあと羨望の眼差しをガンガン受ける。かなり憎たらしいと思われて危険な感じだった。


医院の病棟。またなにやら祖父の院長と父親の副院長が揉めていた。

「お父さんもういい加減にしてくれないか。はっきり言わせてもらう。モウロクしているんだもう我慢の限界だ。またミスしたじゃあないか」


副院長の怒りは産婦人科学会に祖父の院長に出席を依頼したことだった。


秘書を通しオフィシャルなものだから忘れては困ると念まで押したのに。


祖父の院長は学会出席と秀至の囲碁対局が重なりスポッと学会を忘れてしまう。そのポカリのために学会出席の資料作りが間に合わなかったのだ。院長の職務怠慢の現れとして副院長の息子は怒ったわけである。


「お父さんもうあなたは歳だ。モウロクは事実だから引退してもらおう。院長はリタイアしてもらいたい。そうなれば秀至の囲碁をいくらでも好きなだけ相手してもらって私は文句は言わない。秘書からの話にはまだまだ余罪がある。引退してもらうよ」


祖父の院長は塩っとして息子の副院長の小言を聞く。

「モウロクしたからリタイアかあ」

深く病棟の天井を眺め呟く。

「来る日が来たのかな。実の息子にモウロクだなどと言われてはな。辛い辛いよまったく」


産婦人科医院は大半が副院長の裁量で回っていた。実態は院長お飾り的存在だった。が今から院長の肩書きがカタンっと取れるとなると年寄りには淋しいものである。


「お父さんあのね。あまり表では言わなかったが最近は目に見えるミスが多い。多すぎるんだ。秘書からの伝言をちゃんと処理できていないから私の机に様々な雑務が投げ込まれてくる。今が潮時です。秀至も中学校になったことだ。お父さんが頑張って囲碁を仕込んでやればいい。私は文句はいいませんよ。秀至がプロ棋士と進むも文句はありません。好きに生きるなんて嬉しい限りだ」

副院長は机をどんどん叩く。

「わかった、わかった、しばらく考える時間をくれ」

と院長は息子に頼む。

「待ってくれっていって。もうお父さんは医務から遠ざかって長いですからね。明日には返事ください。医院の皆さんには僕からはっきり交代を告げておきます。期限は明日だ。いいねお父さん」

息子に叱られ祖父院長はショボンとしてしまう。


その夜の医院はウキウキのあみが孫。しょんぼりの院長の祖父と孫は秀至だった。


三者三様どんな夢見ているかな。


翌日には院長は息子の副院長に引退の決意を告げる。

「わかったよワシはもう歳だ。引退をするよ」


院長職を解かれたとなると会社ならば会長職、相談役に肩書きが替わる。

「わかってくれましたか。ウチは医療法人ですから役員交代はちゃんと手続きを踏まなければなりませんから」

早速弁護士が呼ばれて書類が書き換えられていく。ずいぶんと手回しのよいことであった。

「お父さんの肩書きは相談役だ。会社ならば会長さん。これからは好きになんでもやってください。ただし医院に関しては僕に相談しないといけないけどね。相談しないといけない相談役ですけどね」


副院長の息子はガクックリ肩を落とす父親を見て、

「お父さん。ロシアのエリツィン大統領知っているでしょう」


エリツィン大統領は1991年ソビエト連邦解体の功労者となりそのままロシア大統領に就任をする。大統領職には1999年まで就くが首相のプーチンに大統領を禅譲し引退をする。


引退したから政界と切れたかどうかは表からはわからない。

「わかっていたのはエリツィン大統領の趣味女子テニスに熱心だったこと」


モスクワで知らないことがないテニスアカデミーをエリツィンは設立させてロシアテニスの向上に務めた。

「エリツィンの趣味テニスが大躍進を遂げなんとまあ2004年にはフェド杯ロシアが優勝をさらってしまうんですからね。ロシアなんてそれまでテニス後進だったんだから。お父さんも趣味の囲碁で頑張ってください。孫の囲碁にでも」


元院長はジッと黙って息子の新院長の例え話を聞いた。

「エリツィンは心臓が悪かったな」


呼ばれた顧問弁護士からは今後の報酬や病院の勤務などの説明を受ける。

「以上で書類は完備されした。役員は交代されていきます。つきましては」

弁護士ちょっと口ごもる。


言いにくい話だ。


「新・院長からのお話ですが。今後は聴診器をお持ちにならないようにとのことです」

この一言は老人の元院長には医者を辞めろを意味する。

「なんだって。医者を辞めろというのか」

祖父の新相談役はヘナへナと全身の力が抜けてしまった。最後の一撃は魔女の魔法の(ほうき)であった。

「お医者さまがお医者さまでなくなるとは情けないことだ。ワシの人生はなんだったんだ」


祖父の元院長先生はガックリうなだれて書斎からしばらく出てこなかった。たまに家政婦さんが食事を運んでくれた。

「旦那さま気をしっかりお持ちになられまして」

唯一の味方である。


指導囲碁教室には秀至は熱心に通う毎日であった。

「師範が熱心に指導をしてくれますからその期待に答えなくては」

指導教室に大樹がいると秀至を特に目をかけてくれる。

「1番いくか。8目あたりからかなアッハハ」

プロ直々に手合いをしてもらえる。が秀至はまったく歯が立たない。8目はオーバーだが4子や3子で手合いをしてもらえた。

「嫌になっちゃう。大樹さんは手加減してくれない」

秀至にしたら中学校の先生に言いつけたいくらいの苛められ具合だった。


囲碁道場の手合いが終わる頃お抱え運転手が医院を出る。


あみはチョコンと助手席に座り秀至をおかかえ運転手の車で迎えに行く。


あみにとっては弟の秀至の迎えよりも囲碁教室にいらっしゃる大樹と会える貴重な時間が楽しみだった。


あみは道場に顔を出し大樹の横顔を見たらそれで気が済む。

「あらっ大樹さん居たわ」

いつの間にかあみは、はにかみ屋さんの乙女であった。

「へへ大樹さんの顔を拝めたらそれであみは幸せなのね。キャー恥ずかしい」

道場の終わる時間を教室の待ち合いであみは待つ。


大樹とはメールでやりとりしているから会える会えないの心配はなかった。


大樹としてはなんとか時間を作ってあみの来るのを教室道場で待っていた。手合いが長引きそうだと早い碁を仕掛けて勝ち逃げをした。


大樹ももちろん心待ちにしている。その証拠にいくらその日プロの本囲碁の調子が悪くてもあみの顔を見ると微笑み心が和んだ。大樹にしてみたら女子高生のあみは一服の清涼剤だった。

「ブログ管理申し訳ないなあ。君が手伝ってくれるからファンの皆さんも楽しんでくれるよ」

あみは大樹に会えるだけでも嬉しいのに褒めてもらえたなんて。乙女の心は小踊りする。

「ブログぐらいでしたら私いくらでもお役に立ちたいです」

二人でチョコンと待ち合いのベンチに腰掛けとりとめもない話をすることが幸せだった。あみは大樹とメールのやり取りをしている時に、

「大樹さんもブログ書いたらよろしいのに」

あみの発案から囲碁棋士大樹のブログが開設をされることになった。忙しい大樹には毎日更新はまず無理なので、

「ブログの管理はあみがやりますの」


囲碁のファンは年輩が多数のため最初はハンサムな大樹とて皆さんは気がつかない。それをあみがあれこれと楽しいサイトに飾りつけたから囲碁を知らない若い世代にも浸透をしてくれた。

「僕もブログなんてまったく知らなかったからね。携帯は持ってはいるけどモシモシ以外には使ったことがなかった。あみには恩に着ます。特にエヘヘっメールなんかあみが生まれて初めて送ったんだけどね」

大樹はあみから学校の様子を盛んに聞きたいようだった。学園に滅多に行かない。仲のいい同級もなくつまらないなあと思っていた矢先である。

「学校も毎日さ通うと面白いんだけどね」

大樹は寂しい顔をした。


あみはブログに学園の日常をせっせと大樹のために書き込みをした。大樹に一生懸命に学園生活は楽しいわよと教えてあげるようである。

「あみは学園育ちです。だから学園生活は自分の庭を教えてさしあげるようなもの。大樹さんに少しでも私がお役に立てればそれで幸せです。本当に幸せだわ」


あみが学校でなにがあった、あれが面白いこれが役に立つと言えば大樹はにこにこしながら、へえ、そんなことがあるのかと熱心に話を聞いた。


いくらプロ棋士だとはいえ年齢は17歳。普通の学園生活に憧れる。


仲のいい二人はベンチに腰掛け手を握る。大樹は周りに誰もいないとあみの肩に手を回すこともあった。


ラブラブムード満点な二人だった。


「えっラブラブ?だって大樹さんが大樹さんが。もうイヤンいじめないでちょうだい」

あみは幸せの渦中にストーンと落ちていく。


大樹はあみの肩を抱きながら耳元で囁いた。

「あみは素敵だよ。だってかわいい女の子だから。あみ聞いてくれ。手合い(対局)が来週予定に入っていないんだ。君が良かったらデートしてくれないか。素敵な時間をあみと持ちたくなった」

もちろん喜びのあみである。恋する乙女である。

「デートですって、本当に大樹さんと。ワアー嬉しいわあ」

天にも昇る思いで承諾する。好きでたまらない大樹と夢にまで見たデートができるなんて。

「大樹さん私でよかったらお願いします。嬉しいです」

あみはソッと寄り添い大樹の胸に顔を埋めた。大樹は大樹でグッと抱き寄せる。あみの顔を胸からあげさせる。前髪を整え白いブラウスの乱れを気にしたあみ。大樹は顔を持ち上げソッと口づけをしようとする。


「あっ、いや」


軽くあみが嫌がる。しかし大樹は強引に口びるを奪う。あみは目を伏せて大樹のなすがままになっていく。


スターの大樹である。若い女性に抜群の人気を誇る天才棋士をあみは独り占めできる喜びをひしひしと感じていた。

「あみはあみは大樹さんが大好きですから」


教室からの帰りの車の中。あみは終始笑顔だった。

「お姉さんどうかしたの。さっきからやけに浮かれているじゃないか。また美味しいたこ焼き屋さん見つけたのかな」

秀至の指摘にあみはなんと誤魔化しましょうかと含み笑いを繰り返す。

「あらっそうかしらたこ焼き屋なかなか見つけられないわね。今日はね秀くんが調子よく勝ったからお姉さんは嬉しいのよ。勝てて良かったわね」

秀至は変な顔をする。

「はてはて喜ぶほど勝ちはしなかったぞ」

さらに首を傾げてしまった。


お抱え運転手だけはワッハハッと大笑いをした。


囲碁師範道場からあみと秀至は帰宅をする。祖父が道場帰り秀至の到着を書斎で首を長くして待つ。元院長さんは毎日朝から晩まで秀至のために囲碁の研究に没頭をするものだった。


使い方があまりよくわからないパソコンが書斎に備え付けられた。医院の経理係に無理に頼んでやり方を教えてもらい万全を期していた。

「私みたいなポンコツでもしっかりパソコン習得したからインターネット囲碁も打てるようになった。やっと秀至の言っているインターネットというものが半分ぐらいわかったような気がする」


60の手習いは自信に溢れて使い始めたパソコンの画面を眺めていた。


Yahoo!の囲碁を覚え楽しくてたまらないところだった。


秀至は夕食後祖父の書斎にいつものように行く。

「失礼しますおじいさん」

秀至はみっちり師範道場で指導碁を打ってもらい調子はあがり集中をする。


書斎の祖父は来たかとパソコンの画面から遠ざかる。

「秀至パソコン囲碁も面白いな。私はゲーム感覚で打つよ」


祖父はひと笑いしてからきりりと真剣な顔付きになる。


長い夜の祖父と孫の戦いは祖父のビシッと打たれた黒い石の天から始まった。


あみはあみで夕食を済ませるとお部屋に戻りパソコンを開く。毎日の日課大樹のブログを更改したかったのだ。画面がブログになると先程の大樹のことが思い出されてしまう。大樹の温もり優しさそして彼氏としての憧れ。

「あらっやだ私大樹さんとのことを思ってしまった」


師範道場での大樹との熱い抱擁。体が熱くほてる強引な口づけ。ブラウスの上体から触られた感触。あみの体がしっかり覚えていた。


あみはブログ更新と大樹ファンからのメールの適切な処理を事務的にこなしていく。

「ブログを見ると大樹さん新人戦が近いのね。メールは盛んに新人戦では負けるなって書いてある。皆さん熱心に応援されているもんね」


プロ棋士は普段の定期手合い(対局)に加えて新人戦や棋聖や名人リーグ予選などが強くなると入ってくる。手合いが予定に入ってくると実力が伸びてきたなあと棋士は実感をする。伸び盛り育ち盛りの大樹のプロ手合い対局はどんどん増えている。

「まったくどれだけ手合い対局があれば気が済むのかしら。これじゃあ学校どころかちょっとした気休めさえないじゃあないの」


若手人気棋士だからサイン会やお好み対局などのスケジュールを棋院よりさらに押し付けられていた。これらの囲碁本局からみたよそ事は手合いの休みを見事に塗り潰していた。


「棋士さんは強くなればなるほど手合い対局が増え知名度があがる。サイン会の場も持たれるというわけか。大変さんだなあ」


あんまり忙しいから彼女とデートも出来ないじゃないの。あみはふと同情する。

「彼女とのデートはエヘヘ。大樹さんの場合は私とのことでしたイヤーン恥ずかしいなあ」


あみが大樹ブログ更新をやり始めたら大樹より携帯電話がかかってくる。

「もしもしあみかい」

あみが大樹ブログをあれこれ更新していることを知る。ちょっと注文をつける意味で携帯を鳴らしたらしい。

「あみブログ更新ご苦労さま。ありがとうね恩にきるよ」

礼をいいなんせ忙しくなってとてもじゃないが自分のブログを見る暇までないと電話口でボヤく。

「いいえそんな。あみは大樹さんのお役に立てているだけで幸せです」

大樹はニヤリと笑う。

「そうかそう言ってくれるのは大好きなあみだけだな」

大樹はあみを口説いているような口調になる。

「ありがとう。ついては俺のブログにさ。あのなあみ」

大樹含みを持たせた言い方。

「あらっなに。なにかしら」

あみは携帯をしっかり持ち直し聞耳を立てる。

「大樹は彼女がいるんだぜとブログに更新してくれよアッハハ」


あみは顔が真っ赤。耳の先まで赤くなってしまった。

「いやあーん大樹さんたら。あみをからかって意地悪さんなんだから。いやいや。そんなこと書けないもん」

あみは嬉しそうに笑顔で答える。

「じゃあ後はよろしく。俺は今から雑誌のインタビューをしてから帰宅だ。新人戦は頑張って取りたい。自信はあまりないがしかしプロ棋士なんだからタイトルに手が届くならば取りたいからね。あみおやすみチュ!」

あみも携帯をいとおしく持ち交えて、

「大樹さんおやすみなさいチュ」


17歳のあみは青春まっさかりだった。


大樹の本心としてブログの中にある女性ファンからのコメントが日々エスカレートすることに腐心をしていた。


大樹が好き。大好きだから大樹のお嫁さんになりたいと色恋を彷彿させる内容が増えたのだ。


囲碁棋士は芸能界ではない。色恋沙汰は取り立てて問題にはなりはしない。が大樹の将来のタレント性を考えてみたら、

「女性ファンは邪険には扱えないんだなあ」

棋士の大樹は若くかわいらしい笑顔が魅力だと見え女性ファンから絶大な人気があった。小学名人あたりからファンはついていた。


手合いの成績不振の際には女性ファンからのファンレターに頑張って大樹。頑張っての文字に心が温まる。あれこれの励ましのコメントが連綿と続く携帯メールには同じ世代の女子高校生から大ちゃんしっかりやってとエールをもらい涙がこぼれた。


大樹棋士は女性ファンからかなりの勇気を貰っていたのは紛れもない真実だった。


大樹とあみの恋はそれとは別の話ではあったはずだが。


棋士の大樹は医者の娘あみと知り合ってから比較的手合いの調子がよくなってきた。なにが以前と違うかと言えば敗着(負け戦)するとしばらくクヨクヨと悩んでしまった。そのまま次期対局に臨みかなり敗着が尾を引いてしまう。


今は違っていた。

「敗着したらあみの笑顔が浮かんでね。よし次頑張ってやるぞとすぐ気持ちが切り替えれるんだ」

あみの存在のお陰で自分でも波に乗りつつあるなと実感していた。

「この調子を持続させれば新人戦トーナメントもいけるかもしれない。悪くてもベスト8入りまでは行ける。これも全てあみ様さまだなあ」

大樹は雑誌インタビューに新人戦トーナメントは自信があると答えるようになっていた。


◎囲碁新人戦

日本棋院・関西棋院の若手。30歳の年齢まで出場資格。ただしタイトル保持者などはダメ。


大樹にとってはプロ初段になって始めての"タイトル戦"となる。これを獲得して棋聖リーグ・名人リーグ(挑戦者)に弾みを持たせたいと考えていたのだ。

「新人戦の前に好きなあみとデートしてリフレッシュしておこう」

大樹はブログを携帯サイトから開き更新した。


管理者あみとは別に更新をした。

「新人戦は勝利の女神がいるような予感がします。皆さん応援しっかり頼みます。大樹」


囲碁指導師範道場。中学の秀至は短い期間に腕をあげる。元々実力はあった。秀至自身の欠点をひとつひとつ克服していけばかなり伸びると師匠は見ていた。

「秀至くんだいぶよくなりましたね。師範としては嬉しいかぎりです。では今日他流試合のつもりで手合い対局をしてもらいましょうか。今年秋に奨励会を受験する中学と頼みます」


師範はおーいと対局相手を呼ぶ。呼ばれて現れたのはなかなか賢そうな中学だった。

「奨励会に行く中学生か」

同じ年齢の秀至には奨励会(プロ棋士への関門)はどう映ったのだろうか。


秀至は師範に言われて同じ年齢の奨励会受験生と手合い対局を持った。

「秀至さんですね。全中に出ていましたね。僕はみていましたよ。僕も全中は出てみたいと思っていたのですけどね」

出れなかったのは出場推薦してもらえなかったこと。奨励会受験を第一にしてアマチュア囲碁にさして興味がないという話だった。


全中はプロ棋士は出ない。このような奨励会受験生も出ない。そんな全中で秀至は勝ちはしなかった。


手合いは秀至の黒石で始まった。

「奨励会の実力とはどんなものだろうか。ひとつ試してみたい」

キラリと秀至の瞳が光る。プロ棋士をみじかな存在として感じるいいチャンスでもあった。


意気込みを持ち集中して秀至は石を握った。しっかりとした手筋を仕掛けてみたが。


手合い結果は秀至の敗着となった。見事な完敗だった。


奨励会受験生の手合いはまたまた秀至の見たことのない碁をいいように打たれた。まったく対処ができなかった。敗けて悔しいと思ったが奨励会受験生とは実力の差はかなりあると認めざるをえなかった。


「なるほどね秀至くん。このような攻め方は多分始めてだったようですね。最近流行っていますから帰る時に布石をコピーして行きなさい」

師匠を交えて感想戦が始まった。敗けて熱くなる秀至だが師匠にあれこれ指摘されシブジブながら自らの実力を知らなければならなかった。

「秀至くんまた聞きますがここの石はなぜ置きましたか。こちらの石はなぜ。あとはですね、これとこれ」

師匠の指摘する石は無駄な一手だった。秀至は攻めているつもりだが指摘されてみたら遊び石や捨て石ばかりである。

「まだ勢いで打ってますね。うーんどうするかな」

師匠は冷静に局面を捉えて石を置きなさいと言いたかった。


奨励会受験生からは、

「こちらの敗着はなんでしょうかね。この石とかこの石。この2石を置かれてスゥーと楽になりました。負ける気がしませんでした」

余裕を与えてしまったようだ。師匠はあと少し細かい注意を与える。

「わかりましたかね。一息にすべてこなせとは言いません。ひとつひとつ覚えていくことです。決して焦ってはなりませんよ」

秀至の肩をちょっと叩いて師匠は別の門下生の手合いに移る。

「焦ってはならないか。まあ僕としては奨励会受験もプロ棋士も無縁なんだから。焦ってもどうってことない」

だから秀至は趣味の囲碁を楽しくやるつもりなのかと自問した。

「趣味になるんだろうなあ。プロ棋士にならないから。趣味にしてはやけに悩みばかり多くて楽しみが少ないぞ」

待ち合い室で天井を眺め秀至ふと呟く。あみがお迎えにやってきた。

「ご苦労さま秀くん。待っていましたかさあて帰りましょうか」

あみは道場の中をグルリと見渡してから秀至を連れて帰る。

「えへへ、ばれちゃったかな」

秀至としてはなにも気にすることなくお迎えの車に乗り込んだ。


翌土曜はハッピーなあみだった。


あみはそわそわしっぱなし。学園から走って帰ってくると朝に出した衣裳を片っ端から引っ張り出してみる。

「まずは何を着ようかなあ」

小一時間ゴソゴソやり始める。ヘアースタイルはどのように着飾りましょうかとまたまた悩みが出て大変である。


台所仕事の手隙きになった家政婦さんまでも騒ぎに巻き込み、

「ねぇ手伝って。えへへ、あみちゃんデートなの」

あれを着たらヘアースタイルをこれ。だけど着たら着たで衣装が気に入らなくなる。完成しかけたヘアースタイルと衣裳が気に食わない合わないと着替えをする。着替えしましょうとなるとスカートとブラウスが不釣り合いだわとまたまた衣裳棚からゴソゴソ新しいのを出してくる。

「あーんわかんないわ。どれにしましょう」

あみは決心がつかないから家政婦さんに決めてもらう。

「あみお嬢さまったらすっかりファッションモデルさんですこと。もうかなりのステージをこなしてしまいましたわ」

家政婦さん呆れかえってしまう。あみはあみで鏡に映りながらスカートがダメならズボンにしようかな。ズボンだと女の子らしく見えないからやだなあ。


悩みが尽きない着せ換え人形の姫はお出掛けの衣裳がお決まりにならせなかった。

「お嬢さまはかわいらしいから何をお召しになられてもお似合いですよ」

衣裳をなんとかして決めてやりたいとアドバイスしても、

「あんダメだ似合わない。赤いのは今の季節はダメね。青いのがいいわ。うん青は大樹さんあまり好みでないなあ」

つるりと衣裳を脱ぎ捨てあられもない姿のあみ。


青いブラウスを見てまたゴソゴソ出して着てみる。

「お嬢さま。お決まりになりましたら呼んでください。私まだ台所でやる用事がございました。ああ忙しい忙しい」

家政婦さんそそくさと廊下に出てしまった。

「あらっそう?じゃあブラウスが決まったら呼ぶわ」


ファッションモデルもこんな感じだろうか。


あみ悩んで悩んで時間だけが経過していく。

「あらっやだもうこんな時間。早く決めてしまわないと遅刻ですわ。ペナルティーを取られてしまいます。あみ名人持ち時間を使い切りましたので一手30秒でお願い致します。フゥー」

さんざん悩んで決めたのは清楚な感じの青いブラウスになる。


あみは青いブラウスに決めて第二段階。ちょっとリボンをつけたりはずしたり。なかなか決まらない。

「まあそれで充分にかわいらしいじゃあありませんか。ささっヘアースタイル先に決めてしまいましょう。こちらにいらっしてくださいな」

台所から家政婦さん再び登場した。着せ替え人形の最後のステージを決めてやりたい。


あみは鏡に映りながらも不満だった。

「もっと違うイメージがいいかな。赤いブラウスのがよかったかな。リボンつけたのがまずいな。髪をセットしたらデコレーションのマーガレットにしたいなあ。薔薇の赤が欲しいかな」

悩んでしまい時間が来てしまった。時間がないからとシブジブ家政婦さんの言いなりに妥協したのが真相だった。

「はい決まりましたわ」

家政婦さんの一声であみは玄関に送り出された。


「長らくお待たせしました」

長時間おかかえ運転手を外に待たせたあみは御挨拶をする。デートの場所まで送って貰う。


「あみお嬢さま。今から行く場所は私わかりますがあの繁華街は全面駐停車禁止区域なんです。近いところで降ろさせて貰います。申し訳ございません」

車の後部座席に乗り込んだあみはチョコンと借りてきた猫よろしくおしとやかにしていらっしゃる。心すでに大樹に行くようであった。大樹の指定してくれたレストランにまず行ったら幸せいっぱいだからお食事が喉を通るかどうか心配をした。


「心配ですわ」


おかかえ運転手はデートの場所待ち合わせの場所近くまでやってくる。近いところで降ろして医院に引き返すつもりだった。

「デートの相手を見定めてからでもいいか」

待ち合わせレストランの前をスウーッと通過してみせる。

「お嬢さま。あのレストランです。近くに来ましたら車を停めます」

お嬢さまのあみは、

「わかりました降ろさせてちょうだい」


待ち合わせのレストランではすでに大樹が待っていた。周りをかなり意識をしていた。

「僕は芸能人ではないがそれでも女性ファンに取り囲まれたりしたら厄介だ」

大樹は伊達サングラスをかけ帽子を被る。

「変装しているからまずファンに見つかることもないだろうけど」


レストランに大樹は入り一般客として振る舞う。

「いらっしゃいませ。ご予約されておりますか。はい承っております。本日はようこそ当レストランにお越しいただきました。お連れのかたがいらっしゃいましたらサーバーを始めさせていただきます。どうぞごゆっくりしてください」

ウェイターが席を勧め恭しくお礼を言い下がる。


大樹は一息ついて時計を見る。

「もう少しで彼女も来るだろう」

テーブルに置かれた水をちょっと飲む。そこで気がつく。大樹はサングラスと帽子のままだった。

「どうするかな。外さないとレストランの食事ではエチケットに反するか」

少し考えて帽子もサングラスも取ってしまった。変装がなくなって大樹はなにやら見える世界がパッと明るくなった気がした。


レストランの自動ドアが開く。あみが入ってくる。レストラン内をキョロキョロとし始めたのが大樹にすぐにわかった。


「おーいあみ」

手を振って合図を送る。

「あっ大樹さんだ」

あみはすぐに気がつき歩み寄る。あみのデートの始まりであった。


レストランにいる大樹に気がついたのがあみだけだったらよかったのだが。


「ちょっとすいませんボーイさん。お聞きしたいんですけど。あそこにいらっしゃる方はひょっとして有名な方ではありませんか。名前はですね」

大樹とあみが座るテーブルの斜め前にいるご婦人であった。ウェイターを呼び止めなにやら尋ねている。


囲碁のファン愛好家なんて街にはあまりいません。野球やサッカーのそれに較べて本当に少ない。


しかし少ない愛好家だが囲碁を愛するファンはなにかと熱烈な心理をしていらっしゃるものだった。


レストランの外にあみのおかかえ運転手がいた。レストランの中にあみを送って役目はおしまいだった。

「お嬢さまがどんな彼氏とデートかなとアッハハ一目見ておきたいなあと思ってさ」

あみの相手をまったく知らないよりは知ってるほうが都合もいいだろう。


運転手はレストランの中をウインドウ越しに眺めた。店内は照明が暗く視力のいい運転手でも見えにくかった。運転手はウインドウからでもあみと彼氏を確認しておこうかとレストランをグルリと回る。

「目はいいんだが暗いとなるとダメだな。うん、あの青いブラウスはお嬢さんだ。おっいいカップルだね。かわいらしいお坊っちゃんじゃあないか。お似合いだと言えばお似合い」

かわいい恋人たちを暗いレストランの中に見つける。

「あみお嬢ちゃんの姿を確認したからいいか。医院に帰りましょう」


運転手はしっかりやれよお二人さんと一言告げてその場を立ち去ろうとする。

「あのちょっといいですか」

帰りましょうの運転手はふいに後ろから話し掛けられた。道を聞かれたのだ。

「あれどこに行きたい。えっ、町、なに町?この街にそんな町名あったかな。建物は何だい目立つようなさ。あれっちょっと待ってくれよ」

難しい質問をされてしまったようだ。おかかえ運転手この街でタクシー歴10数年のプライドが目を醒ましてしまった。


「どこだいまったく知らないぜ」


レストランは大樹とあみが笑顔で出逢っていた。

「大樹さんお待たせしました」


青いブラウス娘あみ。満面に笑みを湛え大好きな大樹とのデートの喜びを現した。ワンアクセントの赤いリボンが微笑ましくかわいらしい。


大樹も嬉しいよ、嬉しいと笑顔で応えた。


間もなくサーバーが現れ予約した料理が運ばれてくる。料理はあみの大好きな魚を中心にフルコースになっていた。


デートを誘った大樹はあみにこうして会えると心が落ち着くよとしばし甘えた。その大樹をちゃんとつかまえているのが同級のあみと言った役回りだった。あみは終始笑顔を見せ幸せだった。


そんなおままごとのような二人を見ていた婦人。

「ねぇちょっとちょっとあれって囲碁の棋士じゃないかしら。高校棋士のなんたらっていたよ。最近囲碁のプロになったばかりの」

大樹とあみの斜め前に座る女性客は声を秘めて言った。


囲碁の大樹は昨年春高校プロ棋士としてデビューを果たす。


高校生という年齢はセンセーショナルなデビューでありなにかとメディアに登場することが多かった。甘いマスクのハンサムが女性囲碁ファンを中心に人気だった。


婦人はレストランのボーイを呼び囲碁の棋士かどうか確かめる。

「ボーイは大樹だと教えてくれたわ。となるとあの女の子はガールフレンドになるのかしら。ちょっとしたミモノだわね」

女性はハンドバックから携帯を取りだす。

「携帯写メもあったわね。でもこんな程度の写真で"写真雑誌"のグラビアが飾れるかしら」

ちょっと首を傾げ携帯電話をかける。

「あっもしもし私です。社会部のカメラさん誰か社に残っていないかしら。スクープを今から撮ってもらいたいの」

携帯電話の向こうから、

「お安い御用ですよすぐ行くよ」

専属カメラマンが返事をする。携帯写真でもないよりはましかなとカメラマンは返事をしたようだ。

「了解。すぐに来てくれるわね。場所はテレビ塔の角の近くのフランスレストラン。そうそうあなたよく知っていらっしゃるわね。これで写真は撮れるわけね。後はカメラが来る前に大樹を逃がさないようにしなくちゃ。レストランに釘づけしておかないといけないなあ。もし立つようであればなんでもいいからインタビューしましょうと突撃あるのみね」

とたかをくくる。

「カメラの到着は早くても30分はかかるわ」


女性は写真雑誌に大樹の密会を記事にするつもりだった。食事を早めに済ませ携帯サイトで簡単に囲碁の大樹初段を検索してみる。

「大樹初段。明日からの囲碁新人戦出場」

と検索にはヒットする。

「というと大樹初段は対局があるというのにデートしているわけね。余裕だわ大した器だこと」


その他スキャンダルの種になりそうなものはないかと検索をしていく。

「あらっ大樹って学園なんだ。学校に行っているのか。となるとあのお姉ちゃんは同級だろうか」

女性はしげしげとあみを見る。

「うーんどっかで見たような顔だわ。うん違うかな見てはいないかな。出せない」


携帯が鳴る。カメラマンが到着したらしい。「今はどこ?レストランはわかるでしょ」

と2〜3言葉を交すと扉が開き携帯を掛けながら男が入ってきた。

「思ったよりも早く着いた」

写真雑誌のカメラマンは、

「あれよっ」

と言われて被写体の大樹とあみの楽しいデート現場を隠し撮る。

「これだけ照明が明るくあればうまく撮れる」

カメラマンとしては楽な仕事であった。

「よしスクープいただきだ。でもさこの男の子って有名なのか」


翌週発売の写真雑誌。綺麗に二人は写し撮られていた。あみの赤リボンはそれはそれはかわいらしいものの象徴だった。


なにかと目立つ大樹は写真雑誌だけではなかった。

「あのぉ囲碁の大樹さんですね。棋院の若手の初段の棋士さんですね」

年輩の囲碁ファンが食事中の大樹にサインをしてくれ握手をしてくれと求めてきた。


「はあ大樹です」


ひとりがルールを作ってしまうともういけない。堰を切ったようにあっちこっちからファンです応援していますと大樹の席にファンは殺到した。


根強い囲碁ファンがいて大樹の棋風にまでイチャモンをつけたりする。また大樹と世代が同じ棋士の名を挙げてライバル視する者まで現れた。

「あいつだけには負けないでくれよな頼む。大樹よいいやつだなお前は。握手しようぜ」

まったく関係がないことをグダグダ言われてしまう。


「もう勘弁してもらいたい。僕はお客としてレストランにきているんだ。サイン会や握手会に来ているんじゃあない」

楽しいはずのあみとのデートを完全にブチ壊され大樹は怒ってしまう。

「なんでレストランにまで来て囲碁のどうたらこうたらを言われないといけないんだ。あみ悪いな。もうここは出よう。不愉快だ」


食事はフルコースを頼んであった。しかし半分も食べられないままだった。レストランのボーイは盛んに平謝りに謝る。

「(大樹)先生申し訳ありません。まさかこんなことになろうとは思いませんでした。どうかお気になさらずに」

支配人という年輩も出て来た。二人して頭を下げた。


レストランを出るとしたら街の中を大樹とあみは歩いていかなければならない。

「ハンサムな棋士大樹さんが彼女連れているだなんてわかったらそれこそ一大事だわ」

あみは大樹に今からおかかえ運転手を呼ぶからその車が来たら一緒に帰りましょうと教える。

「おかかえ?まあなんでもいい早くここから出たいよ」

大樹は店でサングラスをはずしたことを後悔していた。


あみは携帯を運転手に掛ながら、

「まあまあ大樹さん落ち着いて」

なだめていて忙しい。


「おい大樹」


またまた大樹のテーブルに厄介な招かざる客が訪れた。


小肥り中年はなかなかの威圧感を持ち囲碁アマ4段だと自己紹介した。大樹のファンだからあえてここで言いたいことがあると毒づいてくる。かなり酔っている様子であった。


中年は瀬戸の序盤の棋譜が嫌いだ。手筋が気に入らないとやり始めた。守りの碁なんぞ見たくない。攻めて攻めての積極的な碁が見たい。だから積極的な碁はいつ見られるのか教えてくれと食いついてくる。言われた大樹初段にしたらもう勘弁してもらいたいが本音だった。大樹はプイッとむくれて横を向いてしまう。

「なんだキサマその態度ぉやい大樹。てめぇ少し天狗になっていないか」

大樹の胸ぐらつかみいきなり殴りかかりそうになる。間に店の支配人が入った。なんとか騒ぎを収めたいと両者をなだめる。

「俺はこの若僧があんな逃げの石を打つことが気に入らないだけなんだ」

いくら注意してもダメだと支配人は判断をする。


警察を呼んだ。


おかかえ運転手から連絡が入る。今からレストランに向かいます。道がすいたら10分で行けます。

「10分ぐらいの待ち合わせなら外に出て待ってもいいかな」

あみは大樹にレストランを出ましょと合図を送る。

「ああ出ようか」

大樹がサングラスをつけ退席しようとしたら警察がガヤガヤと三人入ってきた。


「誰だちくしょう。ポリなんざ呼びやがって」


大樹はあみの肩を抱きレストランを後にする。おかかえの車はすぐにやってきた。あみと大樹はそそくさと乗り込みなにも言わずに座っているだけだった。気まずい雰囲気が漂いつつも車は大樹の自宅にたどり着く。

「今日はすまなかった謝らないといけない。せっかくデートに誘ったのにさ」

大樹は謝罪を言い残し降りていく。

「大樹さん日を改めましょう。おやすみなさい」

あみもグッタリとしてしまった。

「まったくなんて日になってしまったのかしら」

あみは車を降りたら疲れ切りそそくさとシャワーを浴びたくなる。


部屋に戻って青いブラウスを脱ぎながら、

「今日は大樹さんとどうなってもと決意して出掛けたのになあ」

熱いシャワーはあみの裸身を温めた。


警察に連行された小肥りの中年は取り調べ室でコッテリお灸を据えられた。

「まったく大人げないやつだ。おまえがどうのこうのと言ってもプロ棋士の世界のことにとやかく言う筋合いはないぜ。天才には天才のやり方があんだぞ」

取り調べ調書に判を押し署から開放される。アマチュア4段は深夜を回り酔いもすっかり醒めていた。

「ちょっと腹が減ったなあ。あれ夕飯はフランス料理だったのに」


なにやらわけのわからない一日を過ごしたはこの男も同様だった。


署に近いラーメン屋にヒョイッと入った。親父にラーメンを注文する。熱いトンコツラーメンをすすりながら一日を思い出す。

「ムナクソ悪いぜ大樹の野郎」

ひとりラーメンを食べながら携帯を取り出す。サイトを開き囲碁の掲示板をクリックする。趣味は囲碁ゆえに一日に一回は囲碁の掲示板をチェックしないと落ち着かない習性があった。


「へぇ明日から囲碁新人戦が始まるのか。おいおい本当か。大樹の野郎も出やがるのか。うん?あいつ対局じゃあないか。なんだって手合いの試合があるというのに女連れてデートしてやがったぞ」

中年はコメント欄をクリックして好きなように投稿する。

「新人戦の前日にあのぐうたら初段はよぉ女連れてイチャイチャしてやがるぜ。あれで勝てたら尊敬する。俺逆立ちして東京から京都行ってやる」


大樹の誹謗中傷をタラタラ書き込み気がスゥとしていった。


「ヘンざまあみやがれ」


囲碁新人戦は翌日開幕だった。大樹初段は体調不良のまま手合い対局に挑んだ。


碁盤を眺めるなり軽いめまいが感じられた。とてもではないが勝負に集中はできなかった。


「この手合い(敗着ですから)後がありません」


新人戦で優勝候補にも名があがった男の負けたセリフだった。


大樹初段は緒戦で姿を消すことになった。対局相手は、

「まさか勝てるとは思わなかった」

大喜びである。取材にきた記者たちにしたら、

「まさか負けるとは」

誰も思ない敗退だった。負けた大樹は淡々としていた。大樹本人としたらいくらかある手合い対局の中のひとつが敗着しただけじゃあないかとサバサバとしていた。


新人戦緒戦敗退。さらに追い撃ちを掛けて大樹とあみのデート写真だった。週刊誌に堂々と掲載され書店コンビニに並んだ。


掲載された写真はクリアに撮られ大樹はなんとも言えない笑顔が読み取れた。一方あみは一般人だから目にモザイクがかかっていた。


大樹にしてみたら泣き面に蜂。写真週刊誌のスキャンダルが痛かった。インターネット上では新人戦敗退の敗因は女だ、あの女がいなければよかった。対局前に変な女と浮かれイチャイチャしているからダメなんだと誹謗中傷の書き込みは山のように舞い込んだ。


大樹のブログはさらに露骨な嫌がらせが続く。彼女あみ(名は公表してないがどこからか調べた)なんか近くにおくな、別れさせろと中傷書き込み殺到となる。


大樹のブログはあみが管理している。

「私が何かしたと言うのもうなにもかもが嫌ッ」


大樹のブログのコメント/トラックバックをあみは中止にした。当分の間静観するしか手はなかった。


大樹初段の所属する棋院には憤慨した囲碁ファンが事務員に押し寄せる。

「大樹初段を出せ。ちょっとあいつは碁をなめていやがる。ファンの前で謝罪させよ女にうつつ抜かしやがって。まったくなっとらん。新人戦の負けはどう説明してくれる。大樹初段は優勝するはずじゃあなかったのか」

蜂の巣をつっついたとはこのようなことだった。


テレビのワイドショーも棋院・学園・大樹の自宅道場に現れた。


自宅前は野次馬の黒山の人だかりで埋まり大樹初段は一歩として外出できない状態に追い込まれた。父親の師匠はテレビのインタビューに答えた。

「いやあ弱りましたね。こんなに皆さんが朝から晩まで押し寄せていただいては」

師匠もこれだけの人だかりにはなす術がないところだった。


学園は応接間で学園高校の校長と大学の学長がマスコミに対応していた。

「校長先生はいかが思います。いくら高校棋士だとはいえ大事な対局の前に女の子と遊んでいたとは。しかも試合に負けるとはなにごとかでしょう?それより学園は男女交際は禁止されているはずでしたね」

応接間の記者はさらに続ける。

「遊んでいた女の子は同じ学園にいるんでしょ」

マスコミは必死になって血眼になりこの娘を探していた。


「はあっ当学園といたしましてはなにぶんにもプライベートな話ですから。あれこれ言われたとしてもコメントのしようがありませんですな」

校長は汗を拭きながら苦しげな答弁を繰り返す。


マスコミのライバル写真週刊誌各社はなんとか学園にいるだろうの大樹の彼女を見付けたい。一枚撮りたいと学園の外に陣取っていた。

「カワイコチャンが通っていけば誰でも構わない写真に撮る。正解がいるかもしれない」


学園は犯人探しならぬ彼女あみ探しに躍起になった。記者達は週刊誌写真を学園の生徒に見せて、

「これは誰なの?教えてくれたらお礼出してあげますよ」

しらみ潰し作戦に出てあみを探した。


困ったのはあみもだった。朝はおかかえの車で学校まで行ってみたのだが記者やカメラが校門に放列となりあみの姿を狙っていた。


運転手は人だかりを見て

「あみお嬢さまダメですねとてもではないが降ろすことが出来ません。学校に連絡を入れ休校にしましょう。一旦自宅に戻ります」

あみに引き返しますからといい黒塗りの車が校門近くで向きを変えた。


「おいあれってなんだ」

2〜3のカメラマンと記者が気がついた。

「怪しい怪しいぜ。あんなところでUターンなんてさ。おいバイク。バイクで追うんだ。あの車、間違いなければお宝(彼女あみ)が乗っていらっしゃるぜ」

バイク野郎は2台があみを追い掛けた。


運転手はバックミラーで追い掛けてくるバイクの存在を知る。

「ちくしょうやつら気がついたみたいですね。お嬢さんしっかりつかまっていてくださいよ。飛ばして飛ばしてあんなバイク野郎ぶっ千切ってやる」


お抱え運転手は18歳で免許を取得した時にF-1ドライバーになりたかった。


黒塗りスーパーサルーンのアクセルをグイッと踏み加速する。頭の中はサーキットレーサーになってしまった。

「もう嫌っ恐い」

朝から街道カーチェイスになりあみは泣けそうになる。が信号のある街の中ではオートバイライダー達に勝てることはまず無理だった。さらに相手はプロであった。いかなる事情があれども標的は狙って落としていく。


「ちくちょう申し訳ない。ブチキレないや。スーパーサルーンと小回りの利くバイクじゃあ勝負にならない」

信号待ちの度にバイク記者に中を覗かれてしまいあみの乗っていることはばれてしまう。


勝ち誇ってライダー達は、

「お話を聞かせてもらいたい。時間は取らせないから降りてください」

下を向いたあみがちょっと顔を出すと窓をコツン叩かれもした。


1台のオートバイは先回りし車進行を邪魔をして止まれの合図をする。これにて万事休す。バイク野郎はヘルメット姿のまま、

「お嬢さんおでましあれ」

おかかえ運転手は逃走を諦めた。写真週刊誌記者ライダーの言いなりに車を道横に寄せることにした。

「お嬢様申し訳ございません。残念ながら逃げ切れませんでした」

おろおろした運転手はF-1ドライバーにはなれなかった。


あみは記者の誘導で社外に降ろされる。大樹初段との交際を認めろと高圧な態度で詰問をされる。


「あなたは囲碁の大樹初段の彼女なんですね。困るなあ逃げたりされちゃあ。なにかやましいことがあるんですか」

二人のバイク野郎は事務的に矢継ぎ早に質問をしていく。写真も撮る。


バイク記者からの質問を聞くと大樹初段の敗因は彼女のあみにあると強引に言わせたがっていた。


「はい大変申し訳ございません。大樹さんが負けるとは正直なところ思いもしないことでした。私がいたから負けたんですわ。全ての責任は私にございます」

あみに謝罪をさせるよう仕向けた結果だった。


あみは観念をした。


あみは彼女だ。


大樹は彼氏だ。


記者がああでもないこうでもないと言いまくって、あみは頷くだけだった。


「ところでお嬢さん」

バイク記者はあみの顔に見覚えがある気がした。

「どこかでお逢いしませんでしたかね」


写真週刊誌が端を発した結果翌週は、

「天才棋士の幼き恋。敗着の恋はいかに」

他の週刊誌も大樹のゴシップを流した。ハンサムな囲碁棋士・高校生棋士は格好の餌食となり雑誌は飛ぶように売れた。


大樹に関しての記事には幼稚園時代から学園の今まで丁寧に報道をしていた。


その大樹の芸能人ニュースが医院の大画面テレビでデカでかと映ってしまう。ゴシップの主役はあくまで大樹ではある。


いつの間にか完全に彼女のあみになっていた。引退した祖父は大樹初段と孫あみのことをまったく知らず面食らうばかりだった。

「あみも早いもので高校だ。なんと言うかお年頃なんだな。秀至にばかり気をもんでいたから忘れてしまった」

改めて孫はあみもいたんだと気がつく。


学園にスキャンダルが伝わりあみは通えない状態になってしまう。

「もう少し通学は待ってもらいたい。マスコミや教育委員会やらがうるさいので」

学園学長直々に自宅待機を申し受けた。まるで停学処分のようである。


父親新・院長は溜め息をつく。娘がスキャンダルに巻き込まれ困るのは困るのだが学園に通えないという教育に支障が出たとなるとなおさらのことだった。

「そもそもはじいさんが原因だ。囲碁なんかやらなければあみだってとんだ目には遭わなくて済んだ」


やむえず自宅謹慎のあみになる。

「学園に行けないなんてやだなあ」

あみは部屋に閉じ籠りインターネットを開示してみる。

「大樹さんのブログは閉鎖。あみの楽しみが閉鎖なんだなあ」

画面にはアクセスできませんの赤い文字が出ていた。


元来活発な娘あみ。退屈だわと部屋にいることはなかった。何もやることがないから病棟をグルグル回る。昔からの遊び場ナースの控え室に行く。

「あみちゃん大変だね。頑張ってね頑張ってね」

あみを幼少から知る古株のナースさん達に励まされた。


診察室待ち合いに顔を出す。病棟の患者さん妊婦さんらに、

「あらっお嬢ちゃんでしょ」

連日テレビの芸能人ニュースであみは顔を皆さんに知られていた。江戸時代から続く由緒ある医者の娘さん。

「あみちゃん大変な目に遭ったね。週刊誌見たらあみちゃんちっとも悪くないじゃあないの。私たちはあみちゃんの味方よ」

元気のいいきもッタマ母さんたちはデッカイお腹をさすりながらあみに頑張って頑張ってとエールを送る。


言われてあみはありがとうねと笑顔で答える。


診察室の待ち合いにはあみのゴシップが書かれた女性週刊誌が誇らしげに置かれていたのだ。それを見たらあみも妙な気分ではあった。

「週刊誌に出てから大樹さんと連絡が取れないなあ」

恋の相手大樹の携帯は通じなくなっていた。


今からあみは大樹に逢いたいかと言われたらどうかなと思う。あれから大樹からの連絡はまったく途絶えている。


ちらちらと週刊誌を眺め溜め息混じりとなった。

「いつまでこんな状態なのかなあっ」


待ち合いの窓から庭を眺める。広い医院の日本庭園を眺めたら幼少の頃遊んだ白鳥の噴水が見えた。


あみは幼稚園の時を思い出す。

「あの噴水懐かしいなあ。つがいの白鳥さん噴水。白鳥さんの背中に乗りたかったんだなあ。私が背中に乗ったらひょっとして空高く舞い上がれるのかなと思ったわ」

つがいの白鳥は父と母。あみはそのつがいの横に小さく羽ばたいている子供の白鳥に目が行く。

「仲良しのパパとママから素敵な子供が産まれます」


あみはいつの間に自分が大人になったのかなと考えた。


日本棋院の対局場。

新人戦で緒戦敗退をした大樹初段が現れた。棋院にいる関係者は皆大樹のゴシップ記事を知っていた。対局室に入る時まで周りからはニヤニヤと薄気味悪い笑いさえ見られた。だが大樹に面と向かってあれこれと言うことはなかった。


対局室では立ち会い人が時計を見る。

「本日の手合い始まります。大樹初段お願い致します」


大樹初段は囲碁のプロである。スキャンダルがあろうと親がどうなろうと手合いの対局が全てである。大樹は先手番を握り全神経を盤面注ぐ。今日の碁盤はいたってクリアに見える。大樹の体調が万全だという証拠であった。

「今の僕には囲碁、囲碁しかない。一番一番の勝負に勝つだけしか活路はないんだ」

大樹は立ち会い人の、

「大樹初段始めてください」

この一言でハンサムな高校生棋士から獰猛な勝負師大樹となった。

「この手合いもらいたい」

慎重に一手一手石を置く。大樹には攻めの石しか頭には浮かばない。


対局が始まってからまもなく2時間が来る時である。


「(打つ手が)ありません」


対局相手2段が顔を真っ赤にして大樹に敗けを伝えた。大樹初段は新人戦敗退以来の勝ち星を収めた瞬間である。

「よし勝ち星だ。僕にはこの碁盤の世界で勝負することがすべてなんだ」

大樹は対局が終わっても柔和な高校生棋士にはならず無言で棋院の対局場を後にした。囲碁棋士や記者にはまったく視線合わせず。大樹は堂々と正面玄関から出て行ってしまった。


雑誌記者たちはお互い顔を見合わせた。

「どうなんだい大樹初段。優勝間違いなしの新人戦敗退だろう。あれは女の子にうつつを抜かしたからなのかい。それから復活したのかい」

改めて大樹初段の棋譜をチマチマと検討し始めた。対局場に残った敗戦の2段にも大樹のことを聞く有り様であった。


大樹本人に調子ウンヌンは聞けばよいことである。


大樹初段は満足の行く対局をキッカケに快進撃を続ける。


周りの雑音が耳に入らないことが囲碁に集中できることと幸いをした。


棋院の対局場は大樹初段が姿を現すとピィーンと空気が張り詰めた。

「大樹初段は変わって来たな。目の輝きが違う。本気でタイトルのひとつ狙いすましているようだ」

雑誌記者たちのもっぱらの噂であった。

「この調子で今期を乗り切れば。初段から2段昇段行ける。同期の初段の中僕だけ飛び出すチャンスだ」

大樹初段の耳にチラッと入ったのはタイトルへの挑戦者リーグ。

「来期にある名人挑戦者リーグや棋聖戦リーグも頑張ってやる。今期入らないと最年少記録にはならない。記者さんに大樹初段はやるなあと言わせなくてはならない」

勝ち星を重ねる大樹初段は気迫が違ってきた。


大樹の自宅指導囲碁師範。

「大樹はあのゴシップ以来人間がガラリと変わりましたね。父親の私から見てもそれは感じます。大樹というプロ棋士は一皮剥けましたね。憑き物がコテンと落ちたイメージでしょうか」

父親の師範はまず大樹の攻めの碁に驚く。いつの間にか息子は成長したのだろうか。

「禍転じて福となる。万事塞翁が馬でしょうなあ」


指導囲碁の教室は大樹の躍進に刺激されお弟子さんたちもそれなりに成績をあげていく。主将大樹に引っ張られてという感じであった。

「大樹さん気迫が違っている。(そば)に近寄るだけで威圧感があるから」

秀至も同じ教室にいて刺激を受ける。


「おい秀最近の調子はどうだ」

棋院の対局連勝街道まっしぐらの大樹。師範教室の秀至を見て手合い(一局)をしてやろうと言ってきた。


「お願い致します大樹先生」


大樹としてはアマの2段秀至なんて遊び相手にもならないようであった。

「よし手合いしてやろう。秀よ互い(ハンデなし)だいいな」

互い戦と聞き大樹は真剣勝負だと察する。


教室のお弟子さんが大樹の囲碁が見えるとゾロゾロとあっちこっち対局を観戦にやってくる。

「大樹さんは今絶好調なんだぜ。アマ2段の秀至程度なら簡単にヒネリ潰されてしまうさ。なせハンデつけないのかな。それより何分で敗着するかが楽しみだ」


大樹にしてみたら秀至は特別である。いわく付きのあみの弟であり顔を見ているとどうしても姉のことを彷彿さえしてしまう。

「過去は全て清算したい。今期の僕はなんら心に曇りのない手合いをしたいのだ」

大樹は白石を握りしめた。


秀至の黒石は序盤から確実に陣を形成しオーソドックスな碁を展開をしていく。

「棋力の差は歴然にある。間違っても大樹初段に勝てることはない。ならば後悔しない碁を打ちたい」


黒石はお弟子さんの誰もが思うくらいの"退屈でたまらない守り"の碁だった。


大樹の鋭い目がキラキラ輝く。

「秀っ黒陣を守り通してみろ。強引に荒しまくってやるぜ」

大樹の白石がポツンポツンと黒陣に入っていく。


対して秀至は慌てることもなく無難に打つ。

「大樹さん。そのお得意な戦法は僕には通じません。大樹初段の棋譜は何度も繰り返し見て研究し尽くしました。もう目を瞑っていても次の手がわかります」

秀至はゆっくりと黒石を置いた。

「黒陣を荒らされてはなりません。しっかりと守り通します。アマ2段はプロの荒業攻撃にグッと耐えてみせます」


荒々しい大樹の白石は獰猛なライオンである。


秀至のオーソドックスな黒石は狙われた獲物羊かキリンあたりか。


観戦をするお弟子さんの目には互角の対局となっていく。

「秀至やるじゃあないか。アイツ確かアマ2だろ。師範についてから棋力がついたのだろうか。レベルがあがっているぜ。大樹さんの攻撃をうまくかわせているじゃあないか」


対局は2時間を越えた。稽古のための手合いとしては異例の熱戦に発展をしていた。

「大樹さんちょっと焦ったかい。秀至ぐらいなら軽々と勝ちだが苦戦しているみたいだ」

お弟子の間では口々に戦況は大樹不利ではないかとなっていた。

「まさか負けはしないだろうがな。連戦連勝のプロ棋士が中学のアマ2段にさ」


対局が終盤になる頃に大樹の父親師範が用事から帰宅をする。囲碁師範道場に一歩踏み込んだら異様な雰囲気に気がつく。

「なんです人だかりが出来ていますね」

お弟子さんの山の中心に息子の大樹がいた。

「えっ大樹が対局しているんですか」

大樹は今棋院で連戦連勝の最中。妙なストレスを与えることはいけないと師匠は手合い(試合)を禁じていた。


「秀至と真剣勝負ですって。秀至って言えば」

サアッと秀至の姉の顔が師匠にも浮かぶ。師範は観戦をするお弟子さんをかき分けて二人を見た。顔を真っ赤にした大樹と冷静に悠然と構えた秀至がそこにはあった。


師匠は碁盤を睨む。どんな勝負なのかてサアッと石の白黒を眺めた。大局を元プロ棋士の着眼で把握をする。どんな対局であるか一目(いちもく)であった。

「アッこれは」

サッと師範の顔色が変わった。


「大樹おやめなさい。その手合いおやめなさい」

温厚なことで知られる師範が怒鳴った。周りを囲むお弟子さんは唖然とした。

「師匠が声を荒げた。あの優しい先生が怒るのを初めて見た」

大樹は父親師匠の怒号も気にせずに座っていた。じっくりと考え白石を置いた。その大樹の手はブルブル震え自信が全くなかった。


パチッン


置き石はいつまでも揺れていく。


「大樹聞こえないのか。師匠の私の忠告が聞けないのか。やめよと言えばやめるんだ」


師匠は凄い剣幕で碁盤の石をグシャグシャにしてしまう。お弟子さんからは溜め息が漏れた。いい勝負であったからだ。これから終局に向かいクライマックスであった矢先である。


「お父さん何をするんですか」

大樹は形だけは父親の乱暴さに抵抗を示した。がすぐに、


「もういいや」


敗着寸前を救われたなあという顔で奥に引き込んでしまった。

「大樹さん負けていたか」

お弟子さんはザワザワとする。

「負けていたな半目ぐらいの勝負だった。最後まで並べないとわかりませんが恐らくは」

奨励会の高校生は解説をした。


碁盤の前に正座をしたままの秀至。周りがザワザワしようが動きはしない。一種の放心状態で碁盤をボゥーと眺めていた。

「大樹さんと互い戦で。まさかな」

秀至は改めてアマ2段なんだと自問をした。アマ2段が互い戦でまさかプロに勝つなんて。


師匠が石をグシャグシャにするまでの棋譜を改めて思い出していく秀至である。


秀至は囲碁道場から医院に帰宅する。夕飯も食べず真っ先に祖父の書斎に行く。

「おじいさんお願い致します」

祖父の元院長はにっこりである。孫が囲碁を頼みにやってきたのだから。


大樹初段との対局を祖父相手に並べてみた。

「ホホゥ大樹初段が攻めまくりだ。秀はオーソドックスな守りだ。なんとなく性格が石に現れていて面白い。この白石の攻めを秀はうまく凌いだもんだ。かなり腕はあがったなアッハハ」

全て並べて見たら、

「おじいさん白石を繋いでもらえますか」

大樹の代打である。祖父はキリッと顔いろを変えよしわかったと石を握った。

「う〜ん大樹初段ならばどうだったかとは思うが。ワシは全力を尽くしたんだ」

終局までいたると祖父は三目半の負け。秀至はちょっと首をかしげた。

「僕が大樹さんに勝っていたかな」 


どうだったかなと検討を始めた頃家政婦さんが、

「旦那さま。秀お坊っちゃま。ご夕飯でございますよ。(夕飯を)お済みになられてから囲碁はなされてください」


その夜は全く寝付けやしなかった。秀至はプロ棋士になることを強烈に意識をした。

「強い大樹初段にあの勝負ができるなんて」

自問しながらアマ2段は返上してもらいたいと考えた。

「奨励会入会か」

医者の息子が医者にならず囲碁棋士になる。

「おじいさんはともかくお父さんは反対だろうな。この医院の跡継ぎはあみお姉さんになるんだから問題はないさ。お姉さんがお医者さんと結婚してくれたら」

秀至は姉あみの顔を浮かべた。

「大樹さんはどうだったんだろうか。大樹さんは父親が棋士だから何にも悩みなくだろうか」


大樹初段の足跡を辿ってみた。全小(全国小学生囲碁大会)に優勝をして奨励会入り。

「僕の年齢でプロ要請の奨励会でトップクラスの成績を残していたんだ」


奨励会は入会試験がある。入会したら医者への道は断念である。

「医者をしながら棋士なんて魔法使いみたいだ」


それからの秀至は師範の道場で人が変わってしまう。お弟子さんの中で一目置かれる存在になり変わる。師匠の言うには、

「獲物を狙うライオンのような秀至くんですね」


中学生の奨励会員には秀至目の色を変えて手合い対局をする。

「奨励には負けたくはない。アマ2段だろうとなんであろうと奨励会員のプロ予備軍には全く負けたくない」

奨励会を受験したいというお弟子さんにも同様である。


夏の暑さが残る頃奨励会員の入門受験の日が近くなっていた。この師範道場ではほとんどのお弟子さんが奨励会員を目指す。

「秀至くんちょっといらっしゃい」

奨励会受験の希望者は毎日実戦手合い対局をしていく。秀至は受験の話は全くしないから師範は、

「奨励会のレベルというものは秀至くんもわかりますね。お弟子さんは皆さん奨励会員を目指すことですし」

中学生で奨励会受験を希望していないのは秀至一人だけであった。師範に暗に受験を勧められたわけだが、

「はいわかっております。奨励会員の方と手合いをいつもさせてもらっていますから充分にわかっています」

師範はそうですかと答えるにとどまった。秀至は拳を握りブルブルと震えさせた。


願書提出締め切り日まで後わずかである。


秀至は重い足取りで帰宅をする。

「ただいま帰りました」

家族揃っての夕飯である。

「お坊っちゃまお帰りなさいませ。あみお嬢さまもいらっしゃいますわ」

食卓には全員が珍しく揃った。

「秀至が帰りが遅いからなかなか全員揃えられないがなアッハハ」

新・院長の父親が快活に笑った。


姉のあみも元気を回復をしたようでチョコンと末席に座る。あみは最近まで学園には通学をしなかった。家庭教師をつけ自宅学習をしていた。あみは学園の付属中学からの在校である。

「大学もそのまま学園から内部進学するの。内部進学なら内申点で大丈夫だから」

家族の者も無理して学園に通ってまたトラブルになるくらいならと家庭教師をつけた。


父親の新・院長は機嫌がよかった。

「お父さん(元院長)聞いてくださいな。昨日の産婦人科学会で僕の論文が認められましてね。近く医療出版社から本になりますよ。いやあ認められたとは嬉しいね」

医学書の著作ならば祖父の元・院長は100をゆうに越える。息子はまだまだ医学の面では足許にも及ばない。秀至を題材にした囲碁関連も数点ある。棋院の専門雑誌には毎月コラムを掲載していた。『囲碁と聴診器』である。

「僕はお父さんと違って囲碁書は苦手だなあアッハハ」

父親も祖父も晩酌が入り機嫌がよかった。母親も会話に参加をして愉快な家族団欒である。


団欒の輪からハズレては秀至であった。黙って食事をする。砂を噛むような食事である。


頭の中には奨励会の願書提出をいつ父親に切り出そうかであった。

「どうした秀至元気がないなあ。今日も囲碁師範にしっかり指導してもらえたか。さてはミッチリ絞られたかなアッハハ」

父親としては娘あみの前で囲碁指導の話をあまりしなかった。それが医学書籍出版社の話があったものだから嬉しくてつい緊張の(たが)がはずれてしまったようだ。娘あみは横にいて箸を動かしてはいたが取り立てて嫌な顔もしなかった。


「お父さんちょっと話があるんだ」


秀至は箸を置いて両手を膝の上に据えた。決意の態度を示した。今なら話す絶好の機会だと息子は見たのである。


「なんだ改まって」

晩酌の赤い顔は息子の暗い顔を正面に見て構えられた。よんどころのない話を息子はしそうだなっ。

「お父さん実はね。奨励会を受験したいんだ」


晩酌の徳利を持つ祖父の手がピタっと止まる。その顔には、

「秀至でかしたな」

という風情であった。


父親は父親で、

「どう返事をするかな」軽く首を捻る。


母親はオカズの魚をパクついて、

「奨励会ってなんですのかしら」といぶかしげである。


あみは奨励会を名前だけはわかっていた。それがプロ棋士への道となることを具体的に理解をしていなかった。

「奨励会にヒデくんが入りましたら自動的にプロになれるわ。あみの学園エスカレーター大学進学みたいにね」

あみだけ楽観的である。


秀至は拳をギュと握りしめて父親からの了解を待った。


どう返事をするか父親は。


「秀は奨励会に受かる自信があるのか。あんな天才が日本各地から寄せ集まる集団に入る自信はあるのか。あるんだからお父さんに言ったんだな」


秀至はコックリと頭をさげた。この瞬間大樹初段に善戦した手合いがサッと蘇る。

「お父さんとしては奨励会という又とないチャンスをモノにしてもらいたい気持ち半分」

父親は晩酌のビールを家政婦さんに要求した。盛んに喉が乾いてしかたがなかった。

「秀至に医者になって貰いたい気持ち大半なのだ」

父親の話だと奨励会からプロ棋士になることはもちろんのこと。高校から大学を卒業されているプロ棋士の先生もいることはいると聞いたらしい。


秀至は学業を疎かにしないと約束をしてくれるのならば奨励会との掛け持ちも父親は反対はしない。


秀至は嬉しかった。まさか許可が出るとは夢にも思わないことであった。

「わかりましたありがとうございます。僕頑張ります。学業も邁進をしていきます」

あみは秀至の嬉しい顔を見て、

「ワアッオッ〜ヒデくんよかったねよかったわあっ拍手拍手」

あみはパチッパチッと可愛らしく。


家政婦さんもビールを出しながらパチッパチッ。


祖父も母親もパチッパチッ。


嬉しい秀至はみんなから奨励会を頑張ってと励まされた。


秀至はさっそく願書を師匠から受け取る。

「そうですか秀至くん奨励会受験しますか。よろしいですよ師匠の私が推薦をいたします」

奨励会願書には父兄の承認と推薦人のプロ棋士の判が必要であった。

「先生願書の推薦人ありがとうございます。奨励会を受験をするからにはしっかり悔いの残らないように頑張って来ます」

秀至は晴れやかな清々しい気分であった。


それからの秀至は受験の日まで囲碁漬けの生活となる。中学の授業の間には詰め碁を解く。少しでも時間が空けば師匠の指摘した欠点秀至の敗着の手合いを思い出しては体に覚え込ませていく。

「二回も三回もミスは重ねてはいけない。先生はそう指導をしている。推薦をしていただいんだ期待に答えなくてはならない」

授業が終わり次第にお抱え運転手の車で師範の教室に向かう。

「お坊っちゃま大変ですね。奨励会ってプロ養成学校なんでしょ。いやあ将来が楽しみだなあ。今からひとつサイン色紙を貰いたいなあ」

運転手が話掛けても詰め碁に夢中であった。


「なんですか」


指導師範教室では秀至とレベルが同じお弟子さんと対局をする。

「秀至くんこちらのお弟子さんと手合いをお願い致します。1手30秒の早碁でお願い致します。勝ちましたら次の相手はあちらのアマ4段です」

師匠は秀至にとにもかにも実戦を身につけさせたかった。弱い相手-同じ相手-強い相手と考えて対局をさせていく。

「今の段階は勝ち負けは関係ございません。秀至くんは倣うより馴れろでしょうね。手筋はよいのです。後は本番の棋院試験会場で実力を発揮できるかどうかです。本番で力が出せないとなりますとプロになることは到底無理でございます」

秀至は猛特訓の成果をジワジワと現していく。


同年の受験生にはまず負けなくなっていた。同じ学年のライバルは指導教室に入る時から奨励会入門を目標に囲碁を学んでいる。秀至とは心構えからして差があった。

「同年のライバルに大差があったのは認めざるをえない。奨励会入門には定員がある。同じ中学生だからと気を許して負けてばかりでは。そんな程度ではとてもではないが箸にも棒にもなりはしない」


秀至が奨励会を狙うとなると世話焼き姉さんあみが黙ってはいなかった。

「ヒデくんのためにあみは頑張っていくぞ」

あみは近くにある神社仏閣の御参りに家政婦さんと出かける。

「ヒデくんが無事に奨励会入門できますようにパンパン」

神妙に手を合わせては祈った。

「ヒデお坊っちゃま頑張ってくださいよ。合格されますようにパンパン」

二人は交互に手を合わせ境内を行ったり来たりとお百度詣りをした。


「フゥー御百さんは疲れますわね。帰りにお汁粉飲んで行こうかな。これも百杯ガバッと頑張っていくわよアッハハ」


祖父も忙しくなる。秀至のために必要な棋譜をインターネットから探していた。最新の流行戦法を求めていた。

「最新の対局棋譜を調べては並べてやる。孫のためにな。もうろくしたジイサンのワシでも役に立つことを教えてやりたいものだ」

一家総動員である。


奨励会当時がやって来た。

「ヒデくん頑張って。御姉ちゃん応援しているから。頑張って頑張ってヒデく〜ん」

医院の玄関であみが盛んに弟にエールを送る。

「うん頑張って来ます。朗報を運んで来たいと思っています。では棋院(受験会場)に行って参ります。御姉ちゃん御守りありがとうね。しっかり握りしめて対局してくるよ」

秀至は学生服のポケットにあみからもらった幸運の御守りをしっかり入れた。あみと家政婦さんの御百度詣りとお汁粉百杯の成果である。


家族全員と医院の皆さんに見送りをされお抱え運転手の車に乗り込みいざ出陣である。

「秀お坊っちゃま頑張って〜頑張って〜万歳っ万歳っ」

何事なのかと隣近所の住民も顔を出してちょっとした騒ぎである。


棋院に到着をすると師匠と大樹初段が秀至を待っていた。

「秀至くんのなさることは落ち着くことだけです。冷静に石を置きなさい。第一石はゆっくりと思いを籠めて自信を持って置きなさい。大抵の子供はカァ〜とあがってしまい実力を発揮しないまま帰ったりするものです。落ち着いてしまえば勝機はこちらのものでございますから」

師匠は着物の袖をちょっとつまみスッと手をさしのべた。秀至とガッチリと握手をした。師匠の手はしっかりと握られ温かみが感じられた。


師匠の教室のお弟子さんも順次院に到着をする。一様に緊張をした顔である。


師匠の偉いことはお弟子さんひとりひとりににこやかに挨拶を交わすことであった。それぞれに的確なワンポイントアドバイスを与えることであった。

「毎回のことでございますよ。奨励会というものは緊張をするものでございます。ましてや年葉の行かない子供さんのことでございますからね。師匠の私ぐらいシャキッとしていなくては。ただでさえフラフラしているお弟子さんたちです。私までがこの後に及んで迷ってしまってはね」


時間が来ると棋院から受験に関しての細かな説明がある。

「おはようごさいます。朝早くから受験生の皆さんご苦労様でございます」

拡声器を持って奨励会受験生に話をなさるのはプロ棋士であった。誰からも憧れる棋士のひとりであった。子供たちは憧れの目を持って説明を聞きそのまま受験会場にゾロゾロと吸い込まれていった。

「皆さん頑張ってくださいね。朗報をお待ちしています。あがらないで落ち着いて碁盤に向かいなさい。落ち着いて石を置いてください」

師匠は真っ赤な顔をしてアドバイスをしてしまった。冷静なはずの師匠もさすがに緊張は隠せはしなかった。


試験囲碁対局場。

ピィ〜ンと張り詰めた緊張感が走る。会場関係者が受験生ひとりひとりの名前を呼び第1局の手合いを組合せていく。


「第1局の秀至くん」


秀至は呼ばれて大きく返事をする。いよいよ手合い試験囲碁対局が始まる。

「よろしくお願い致します」

石を握り秀至は白石に決まる。


「後手番からだ」


座布団に座り直し碁盤をサアッと眺めた。棋院の碁盤である。この碁盤で幾多かのプロの手合いが行われていた。


今日の秀至はクリアに広々とした盤面に見えた。

「フゥ緊張はあまりしていない大丈夫です」


白のゴケを両手で持ちジッと眺めた。

「時間が参りました。先手番の方々始めてください」

試験委員の声がかかり会場内に石を置くパチッパチッの心地好い音が鳴り響く。


秀至は調子よく流れるように置き石をした。


手合いが開始されて1時間が過ぎるあたりから、

「(負けです)ありません」

勝負がちらほらつき始めた。


秀至の対局相手も真っ赤な顔をしてパチッパチッと置き石するが、

「もうありません」

泣き声混じりに敗着を認めた。嬉しい勝ち名乗りの瞬間である。


午前と午後。手合い対局を順調に勝ち進み奨励会入門まで後一番までこぎつけた。


「いよいよ最終対局です。僕が入門できるできないはこの手合いしだいになります」

秀至は座布団に座り碁盤を眺めた。棋院の対局場から外を眺めたら空が曇りかかっていた。雨が降り出してきそうである。


「時間が参りました。先手番の方々は始めてください」


会場内に、

「よろしくお願い致します」

の元気な声が響きわたる。秀至も元気に声を出して一礼をした。


序盤の形勢は互角。対局相手は冷静に石を置いた。迷ってあれこれは一切なかった。まるで精密機械であった。中盤から終盤に掛けても精密さは変わらなかった。


秀至は汗だくになり旗色が悪くなっていく。


相手はバチッと秀至の自陣に石を強く打ち込んだ。


秀至の顔いろが変わった。

「(敗着です)後がありません」

秀至は負けてしまった。


医院のあみは家政婦さんと生け花をしていた。

「いけないわねっ。パチッバチッと切って」


花は短く切り過ぎ落ちていた。


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