変わるべきは俺……
奉仕とは、私心を捨てて心を尽くすこと。
だがこの婚活イベントでの奉仕は、そのことは大して重要ではない。
なぜなら、奉仕ポイントを得られるかは相手が奉仕されたと思うかどうかだからだ。
つまりは、奉仕されたと思い込みさえすれば、どんなことをされても古江にポイントを加算させることは可能。
「ど、どうぞ、シャーペンです……あっ!」
「ありがとう……」
汗でシャーペンが古江の手から滑り落ち、そのまま俺の手に刺さった。
俺はシャーペンを引き抜き、痛みを感じながらシャーペンを握った。
「い、1ポイントが加算されました……」
「よし、そのまま続けて」
「け、消しゴムです……あっ!」
俺は古江の手から汗で滑り落ちた消しゴムを拾い、びしょ濡れのまま使った。
「い、1ポイントが加算されました……」
現在、物凄い勢いで古江の奉仕ポイントが加算されている。
計算が正しければ、この5時限目の授業だけで10ポイントは稼いでいるだろう。
俺が古江に指示したのは1つだけ、”今まで通りに奉仕してくれ”。
それでは、何故ポイントが加算されるのか、その答えは単純。
俺がドMになったからだ。
ドMになることで、古江のあらゆるドジをご褒美に変え、奉仕として認識する。
「汗が出てしまった。ハンカチで拭いてくれないか……」
「え……でもこれ、私の汗がべったりで……」
「いいんだ。さあ、早く」
「は、はい」
ああ、古江の汗がべったりと俺の額に……。
気持ちいい……脳内麻薬が溢れてくる……ありがとうございますっ!
俺はドMだ、ドMなんだ……。
『……あの、悲しくなりません?』
ツッコむな。
急ごしらえで作ったドMの精神が逃げる。
この精神が続く間に、とにかく古江にポイントを与えるのだ。
そのあと、6時限目も合わせて25ポイントという、2時間以内でのポイント取得数では1位を古江が取った。
放課後、帰ろうとしたら波月にトイレ前へ連れ込まれ、何をしたのか聞かれたので説明してやった。
「どうよ、俺の天才的な作戦は!」
「アンタを信じたアタシがバカだった……」
頭を抱えながら言われた。
「でも客観的に見てもこれが最適解だろ?」
「アンタの客観的って変態の観客からの視点なの?」
『それは私も同意します』
酷いな、興奮するじゃないか。
「まあいいや……でも、あの子に変な目的で手を出したら……」
「ん、なに? 軽蔑するの?」
それはそれでご褒美だ。
俺を下から睨みつけながら波月は低い声で言った。
「アンタのあばら骨全部折るから」
……ああ、ドMの心が薄れていく。
さすがにホラーはご褒美とは思えません。
「わ、わかりました……」
波月と目を合わせないように俺は言った。
「……」
「……」
返事したのに、波月は至近距離でまだ睨んでくる……怖い。
「黒狼君」
助け船のように古江が近づいてきた。
波月も正気が戻ったかのように俺から距離を取った。
「おう、どうした古江?」
「あの、ちょっとだけお話があって……。亜瑠楽ちゃん何か話してたの?」
横にいる波月から睨まれている感じがする。
おそらくさっきまでの会話は言うなってことだろう。
「今回のイベントのことで助け合えないか話し合ってたんだ。俺と波月は前のイベントでペアだったから、その時に友達になったんだよ」
「と——!」
波月が照れくさそうに顔を赤らめた。
でもこれなら嘘は言ってないからバレても大丈夫。
俺の粋な計らいに感謝しろよ波月。
「それで、古江は俺に何か用か?」
古江は両の人差し指の先を合わせてモジモジしながら言った。
「あ、その、今日のお礼がしたくて……。黒狼君が何かしてくれたから、急に私にポイントが与えられたんですよね?」
「あー、うん、そうだな」
「ありがとうございます」
古江は深々と頭を下げた。
俺と波月はその行動にギョッとした。
「んなことしなくていいって。これは学校行事なんだから。助け合うのが当たり前だろ?」
テストの点数をかけた婚活イベントっていう滅茶苦茶な学校行事だけどな。
「それでも、助けてくれたらお礼を言わないと、失礼なので……」
礼儀正しい子だな。
こんな子をいじめる奴がいるとか信じられんな。
そのいじめてた奴をぶん殴ってやりたい。
『人を殴るのは犯罪ですよ?』
わかってるって。
それぐらい憤ってるってことだよ。
「それじゃ、その、私先に帰りますね」
「あ、ちょっと待って! 渡すものがあるんだった」
俺は背負っていたバッグから数枚のA4用紙を取り出した。
「これ、今日の授業のノート。さっき職員室で印刷してきた。古江、汗でノートが濡れて書けないところあっただろ?」
「え……」
古江はA4用紙を見て呆然としていた。
「ポイント稼ぎだからさ。ほら、俺の字だから汚いけど……」
俺は古江の手を握ってA4用紙を渡した。
きっと今までも汗で苦労してきたんだろう。
俺みたいに適当に生きてる奴ならともかく、古江は見た感じ勉強に積極的だった。
なら、相応に手助けしてやらないとな。
『奉仕ポイントが5ポイント加算されます』
「お、奉仕ポイントが増えたな」
古江にも聞こえるように言ってやった。
ずっと黙っていた古江はA4用紙を胸元に抱き込んだ。
「そんな……綺麗な字ですよ」
枯れそうな声だった。
「ああ、あとさ、古江の汗、いつか病院にも行った方がいいかもしれないぞ。中学の時にいたんだが、多汗症の可能性もあるから」
そいつは周りからあんまり理解されなくて困っていたのを今でも憶えている。
不快な発言だろうが、こういうのは早めに言っとかなきゃいけないからな。
古江の返事を待っていたら、横から波月に囁かれた。
「アンタ、それでどこが独身派なのよ?」
「え?」
『確かに。やってることは完全に異性に対するアプローチです』
……あれ?
確かに、俺ってここまでするような奴だったっけ?
今更だけど、これ完全に好きな奴にだけするムーブだよな?
そういえば記憶が恐怖で埋め尽くされてるけど、印刷の許可をもらおうと大前先生に事情を話した時も「なんだお前もうこの学園の空気に毒されたのか? バカか?」とか言われた気がする。
「ち、違うぞ! 俺は単純に人助けをしたかったからでね——!」
誤解を解こうとしたら、古江の体が震えだした。
「兎?」
波月が心配そうに近づき、古江の背中をさすった。
「大丈夫? 気持ち悪いの?」
力がなくなるようにしゃがみ込んでいく古江を見て俺は焦った。
マズいぞ、さすがにやりすぎたか?
でも自分以外でいじめられてた人とか初めて見たから、居ても立っても居られなかったんだよぉ。
心の中で言い訳を何個も並べていたら……。
「いえ、ただ……」
下を向きながら、古江は言った。
「とっても、暖かくて……」
目から頬へ伝って、涙が垂れた。
その顔が、あまりにも儚い希望の夢を見たような姿で……。
「私、とっても嬉しいです……」
救われたのは、俺自身のような気がした。
婚活イベント初日、奉仕ポイントは、俺が19点、古江が25点。
このまま、何事もなくイベントが終わることを心の底から願った。




