古江兎の過去
授業が始まり、生徒たちは思い思いにペアへの奉仕を始めだした。
ペアが消しゴムが必要になったら自分で手に取って渡したり、喉が渇いたらペットボトルを持ってペアに飲ませてあげたり。
ペアの奉仕ポイントも合格の条件な以上、相手も奉仕されるタイミングを察知し、自分から奉仕されに行ったりもしていた。
みんな、とにかく考えられる奉仕をし続けた。
俺と古江も当然真似する。
俺は問題なく奉仕ポイントを増やしているのだが、問題は古江が……。
「お、お茶です、どうぞ。あ、汗で滑って黒狼君の手に! すみません!」
こういう風に、ドジをするから奉仕をしてもポイントが得られないのだ。
アイは気持ちに反応するからな。
こういう時おまけで得点を与えてくれはしないのだ。
1日目の昼休みに入って俺の奉仕ポイントは9、古江は0。
大前先生の言う通り、観察して気を遣いさえすれば難しくないイベントなのは間違いなかった。
この調子なら、俺は1週間を経たずに60ポイントは確実に超える。
そうなると、古江がこれからどうすればいいのか考えるのが優先だ。
「うう……出来損ないでごめんなさい……」
クラスで0ポイントは自分だけなことに精神的にまいり始めているな。
「やった! 私もう25ポイントだ!」
朝からずっと帝音の椅子になっていた白黄泉は、このクラスで一番奉仕ポイントを伸ばしていた。
古江は羨ましそうに白黄泉を見て、「わ、私もあれをやれば……」と小声で漏らした。
「古江、あれは人としての大事なものをいくつも失っているから絶対にしちゃダメだ」
「で、でも……」
「ダメだ。俺が方法を考えるから」
考えなくては……古江に奉仕ポイントが加算される方法を……。
「つーわけで、なにか教えて、波月先生」
「……」
弁当を食べ終わった後、俺は波月をトイレ前へ連れ出し相談することにした。
食事中に呼び出されたためかかなり怒った顔をしている。
「あのさ……私も奉仕って苦手だから今四苦八苦してんの。それなのになんでアタシよりポイント稼いでるアンタにアドバイスを考えなきゃなんないのさ」
「だって俺男だし、女の悩みは女の方がわかるじゃーん」
「そのふざけた言い方やめてくれない。手が出そうだから……」
拳を握りしめる波月を見てヤバいと思い、俺は真剣な顔になった。
「なあ、頼むよ。なんとか古江のポイントをプラスさせる方法はないか? できれば俺にも奉仕ポイントがプラスされるようなやり方で」
助けたうえに、俺にもポイントが加算されるならこれ以上の効率的な方法はない。
「アンタ独身派でしょ。女の子助けていいの?」
「何言ってんだよ。人助けに性別は関係ないだろ?」
すると、波月は不意を突かれたようにハッとした顔をした。
「それに勘違いしないでほしいんだけどさ、好かれたくないは嫌われたいってことじゃないからな。俺こう見えて素っ気ない返答とかされるとすっげえ傷つくんだからな。そこんところ憶えとけよ!」
小学1年生の頃、仲が良かった同級生の女から告られ断ったことがある。
そのあとその女は俺を嫌うようになり周囲に俺のあらぬ悪い噂をまき散らした。
そのせいでその年はクラスメイトからいじめのような扱いをされた。
アイが止めるから暴力とか無視はなかったけど、とにかく素っ気ない対応をされた。
みんな俺に仕方なく関わってるようだった。
アイがいる今の時代のいじめは全部そうだ。
あの時の唯一の癒しは、噂を知らない他学年の女子生徒から顔目当てで絡まれることだけで、死にたくなったなあ……。
「んな胸張って言うことではないでしょ。でもアタシが間違ってたわ。人を助けるのに性別なんか関係ない。うん、心にとどめておく」
目を瞑った波月は、何かをしまうように心臓の位置に握りこぶしを当てた。
「よし、じゃあ何か案を出してくれ。俺が手助けしてくれたことがわかるかつ俺には矢印が向かない都合の良い案を」
「男の子に慣れてない女の子がイケメンのクラスメイトに手助けされるとかいう少女漫画的な展開で意識しない方法って……なくね?」
そうかもしれない。そうかもしれないが……。
「ん? 古江が男に慣れてないって、なんでそんなことがわかるんだ?」
あれだけ絶世の美女だ。
男から告白されることなんて数えられないほどあっただろう。
すると、波月はバツが悪そうな顔をした。
「あの子ね……」
「ん? 何か知ってるの?」
「知ってるも何も、アタシとあの子同じ赤花車中学だったから。クラスは違うけど」
「そこって確か、女子校だったよな、小中一貫の」
俺の家から意外と近いところだ。そのせいで他校からも告られたけど。
つーことは、俺と波月と古江は意外と家が近いのか?
「なるほど、それで……」
「ん、なに?」
「いや、なんでもない」
波月が性的なことにウブな理由が1つわかった。
単純に波月も男慣れしてないんだな。
「9年間同じ学校ってことは、2人は仲が良いのか?」
「小5の時だけ同じクラスで仲が良かったけど、それ以降は疎遠になった。それくらいのよくある関係……」
あー、俺もあったなぁ……。
クラスが変わったら途端に疎遠になった友達。
まだ友達だと思っているのだが、クラスメイトと関わっているといつの間にかソイツのことを考えなくなっていくのだ。
クラス替えの時に起きる呪いのようなものだ。
「で、あの子かわいいけど静かじゃん。それで……まあ、中学からいじめられてた」
「……」
「クラスメイトからだったらしいけど、嫉妬だったんじゃない? 自分よりかわいかったから。1人が始めたらしいけど、それが言葉も無しに周りに伝播してってクラスの女子全員があの子を標的にした。みんなあの子に素っ気なくなった。不登校にはならなかったっぽい。あの子もいじめだって認めなかったらしいし。それで、アイもいじめと判定せず大事にはならず、教師が介入することもなく卒業をしてしまったってわけ」
「……そうか……」
嫉妬なら、俺もされた経験がたくさんある。
しかし俺は完全にバカだから、周りの空気に合わせることでクラスメイトと馴染めることができた。
古江の性格上、周りと合わせるのは難しいかもな。
「まあ、だから、アタシから言えることがあるとすれば、あんまり強くは当たらないでほしい。前のイベントでは運良く脱落しなかったから手錠もされずにすんだけど今回は違う。あの子にとっては、初めて本格的に婚活イベントに参加することになる。それでトラウマは与えてほしくない」
「……そんなのは当たり前だ」
自分が傷つくならいいが、相手を傷つけるのはごめんだ。
それはいじめられたことや両親を見て痛感している。
「なら、古江に変化を与えるんじゃなく、俺が変わればいいんだな」
「それが一番簡単そうだけど……何か閃いたの?」
「ああ、超簡単かつ誰も傷つかない方法がな」
自信満々に言うと、波月は安心したように笑った。
「大丈夫だとは思うけど、アンタがペアで良かったって思うような結果にしてよ」
そう言って波月は教室に戻っていった。
「さてと、それじゃあやるか……」
俺はスマホの電源をつけて、検索した。
「まずは研究だよな……」
思わずニヤニヤしながらスマホを見つめる。
ここじゃあマズいから、トイレで調べるか。
昼休みだけで学習してやる。




