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わたしの大切なおとうと  作者: 杏樹まじゅ
【第八章.お姉ちゃんの生き方】
83/85

【八十三.要らない子】

作:杏樹まじゅ

絵:越乃かん

 平成二十三年五月十六日。月曜日。午前九時二十七分。わたし、四歳。かいちゃん、三歳。

 幼稚園をお休みして、お母さんに連れられて、小児科へ行った。

 あれから血が止まらなくて、ティッシュをお母さんにねじ込められた。痛くて痛くてたまらないけど、どうしてか、お母さんは泣くとほっぺたを叩く。だから、もう泣くのはやめにした。

 泣かない強い子になれば、お母さんは優しいお母さんにもどってくれる。そう思って耐えることにした。


 ……


 お医者さんの鈴木先生──お母さんより若い、女の先生──は、わたしの傷を見て、絶句した。


「どうしてすぐに連れてこなかったんですか!」


 お医者さんはお母さんをとっても大きな声で怒った。


「この子にとってこんなに大きな傷を負うことが、どれほど負担になっているか。身体的にはもちろん、精神的にも。警察に連絡します」

「待ってください、治療はして欲しいけれど、警察は待ってください」


 お医者さんは、赤いメガネの奥で、目を見開いた。


「お母さん、何を仰っているかわかってますか」

「わかります。わたしがそうでしたから。ずっと、父親に性的虐待を受けてました。この子も、父の子なんです」

「は……?」


 お医者さんが、また絶句する。


「夫には内緒にしておいて下さいね。わたしは、小学生の頃から父に逆らえません。初めては小学二年生の時でした。今も、実家に帰ると相手をさせられます。信じられないかもしれませんけど。……かいりは、間違いなく夫の子ですが、この子は、父の子なんです」


 わたしは、何をお母さんが言っているのかわからない。父って、おとうさん……じゃないの? お母さんのお父さん……って、所沢の、あのおじいちゃん……?


 なぎさは、おじいちゃんとおかあさんのこどもなの?


「もう、ずっとずっと、地獄みたいな人生でした。この子にもそれが遺伝してしまった。私の地獄が、この子にも。だから諦めました。もう、私もこの子も、この先は地獄しかないんです」

「……お母さん、お母さんにとってはそうかもしれませんが……医者として、この子の受けた暴力は見過ごせません」

「いいって、言ってるじゃないですか。もう、仕方の無いこと。もうこの子に、先はないんです」


 その後も、しばらくけんけんがくがくとやり取りがあったけど、警察に言ったら訴えますからとヒステリックに怒鳴って、その後はお医者さんは何も言えなくなってしまった。

 治療の最後に、八王子市の性暴力ホットラインの案内の紙だけ渡して、その日は終わりになった。


 ……


 帰りのくるまの中で。今日は朝から雨だった。ぽつぽつと、雨の雫がくるまの屋根を叩いた。


「おかあさん……なぎさのおとうさんって、ところざわのおじいちゃんなの?」

「そうだよ」


 ウイーン、ウイーン。ワイパーが右に左にいったりきたり。


「なぎさのこと、すきじゃないの?」

「……」


 ウイーン、ウイーン。


「ねえ、なぎさのこと、すき?」

「……」


 ウイーン、ウイーン。


「……おとうさんに、いってもいい?」

「なぎさの好きにすればいいよ。もうじきに、お母さん出てくからね」

「でてく……?」


 ウイーン、ウイーン。

 くるまは、いつの間にか家に着いていた。


「……ねえ、なぎさのこと、すき……?」


 お母さんは、ハンドルに顔を埋めて、叫ぶように言った。


「好きだったら、好きだったらどんなによかったか!」


 そして、わたしの方を向き直り、言った。


「おまえみたいな要らない子、産みたくなかったよ、ほんとは!」


 はっきりと、そう、言った。

挿絵(By みてみん)

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