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わたしの大切なおとうと  作者: 杏樹まじゅ
【第七章.希望】
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【七十六.お母さん・五】

作:杏樹まじゅ

絵:越乃かん

 一月二十日。月曜日。午後九時三十一分。わたし、十七歳。


「えーん。うえーん」


 かいちゃんが、泣いている。とうに寝てなきゃいけない、その時間に。けれど、二歳になったばかりの男の子には、どうしていいかわからない。


「この不良女! 何飲ませたのよ!」

「離して、はなしてっ」


 意識が朦朧としているかおりさんは、足元がおぼつかないのか、すがり付くような形でわたしを羽交い締めにしてきた。


「ずっとずっとあやしいと……思ってたのよねっ!……とうとう、本性みせたわね!」


 嘘つき。うちの子におなりって言ってたのに。

 入眠剤をたくさん飲んだはずのかおりさん。わたしは五センチくらいしか身長は変わらない。けれど、力の強さは段違いだった。


「あたしのかいとを返しなさいよっ」

 

 ふたりはかいちゃんのお布団の上でどたばたと暴れた。かいちゃんのお母さんは、動かない体で懸命に、わたしの首を左の二の腕で締め上げた。


「ぐっ……か……」

「このままおとなしくしてなさいよっ、警察呼んであげるからっ」


 嘘つき。このままじゃまなわたしを締めて殺す気でしょ。

 わたしは、必死で抵抗した。そして意図しない形で、左の肘が、かおりさんのみぞおちに入った。


「げえっ、ごほっごほっ」

「かいちゃん、かいちゃん!」


 わたしは四つ這いでかいちゃんの所まで行って、この家から連れ出そうとした。けど、そこでまたかおりさんに捕まった。仰向けに押し倒されて、今度は首を絞めてきた。


「この誘拐犯! 殺してやる! 殺してやるからっ!」

「ぐぅっ……げっ……」


 あら奇遇。わたしも同じ気持ちだよ。

 学生カバンは開いている。右の手をあと少し伸ばせば果物ナイフに手が届く。ばん、ばん、フローリングを叩いた。


「あんたなんか死んじゃえっ! このクソガキがぁあっ!」

「うぁあああ──!」


 かおりさんがそう叫んだのと、わたしが果物ナイフを掴んで振るったのは、ほとんど同時だった。


 ……


「あ……が……!」


 頸動脈を切られたかおりさんは天井まで血を吹いて倒れた。床には赤黒い血溜まりが、みるみる広がる。


「はあっ、はあっ」


 わたしは上にのって倒れ込む彼女を何とかどけて、かいちゃんの元に駆け寄った。

 泣いて泣いて、引きつけを起こしかけているその肩を抱いた。


「かいちゃん、かいちゃん!」

「あーん、あーん! あぁーん!」


 目の前でお母さんを殺してしまった。

 でも、しかたない。かいちゃんはわたしのそばて守ってあげないとだめなの。

 これは仕方の無いことなの。それを教えてあげないと。


「これはしかたないことなの、わかる? しかたないことなんだよ、かいちゃん」


 そう言って、血まみれのわたしは抱きしめてあげた。

 だいじょうぶ。おねえちゃんがついてるよ。だから……ね。これからもずっとずっと……


「なにしてる?」


 振り返ると、こうせいさんが、玄関に立っていた。

挿絵(By みてみん)

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