表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしの大切なおとうと  作者: 杏樹まじゅ
【第七章.希望】
75/85

【七十五.逃避行】

作:杏樹まじゅ

絵:越乃かん

「お風呂入るよー、かいとおいでー」

「ほら、かいちゃん。お母さんが呼んでるよー?」

「やだー。おねえちゃんとあそぶー」

「あら、嬉しい。お姉ちゃんもだよ。お風呂から出たらいっぱい遊ぼうね」


 わたしは可愛い可愛いおとうとにちゅうをした。

 そしたら。

 ぐい。


「ほらっ、いつまでそうしてんのっ。早く来なさいったら。……ああ、なぎさちゃん? お風呂から出たらすぐ寝るからね、遊べないからね」


 あからさまにこの所、風当たりが強い。

 どうしてかな。なんでかな。

 うちの子になってって。そう言ったじゃん。

 かいとのお姉ちゃんになってって。そう言ったじゃん。


 ……ちゅっちゅ。


 わかってるよ、もう、要らなくなったんでしょ。


 ……ちゅっちゅ。


 かいちゃんからわたしを、引き離そうとしてるんでしょ。


 ……ちゅっちゅ。


 そうは、いかないよ。放すもんか。かいちゃんは。かいちゃんは。


 わたしのだ。


 ……ちゅっちゅ。この歳になってもわたしは指しゃぶりが治らない。


 ……


 令和七年。一月二十日。月曜日。午後九時十四分。わたし、十七歳。

 平日の月曜日は、こうせいさんは仕事の都合で家に帰らない。

 実行に移すには、今晩しかない。いつもかいちゃんの寝かしつけは九時。かおりさんも寝落ちするか、起きてくるかは大体半々だ。そして、彼女はいつも、寝る前にコーヒーを飲む。

 でも、わたしは知っている。この前入眠剤を薬棚に見かけた。「就寝前、二錠」。記載を無視して六錠ぷちぷちとシートから外した。

 お風呂から聞こえるかいちゃんの声。天使みたいに笑ってる。……渡さない。渡さないよ、かおりさん。

 わたしはその六錠を湯気がたっているコーヒーに入れた。

 ぽちゃん。

 すかさずティースプーンでかき混ぜる。

 ……もう、後戻りは、できない。

 コーヒーの香りは、とても苦かった。


 ……


 九時三十分。

 ……案の定、かおりさんは起きてこない。

 わたしは、学生服に着替えて、学生カバン──わたしのこの世に残された、たったひとつの荷物──に刃渡り十二センチくらいの片刃の果物ナイフを台所から盗って、こっそり仕舞った。


「かいちゃん、かいちゃん。起きて。起きて」


 寝室の小さなおとこの子をゆする。


「……んー。なあに、おねえちゃん……」

「おねえちゃんとお出かけしよう」

「……うん……」


 むにゃむにゃしてるかいちゃんをピンクのくまのワンピースに着替えさせた。昔からそう。ワンビースは着替えさせ易くていい。

 保育園のリュックも背負わせた。かいちゃんがお腹減ったら可哀想。戸棚のポテトチップスをリュックに入れてあげてある。


「ほら、おいで?」

「……どこいくの……?」

「お姉ちゃんと、ふたりだけのお家に行こう」

「ママは……? ねえ」


 わたしは構わず小さな手を引いた。

 かいちゃんはわかってくれる。

 かいちゃんは辛抱強い子だ。

 お母さんと離れ離れになるのは辛いかもしれないけれど、これがいちばんなんだ。


「ママはこないよ」


 わたしはかいちゃんを立たせて、その前でしゃがんだ。


「いい? これからは二人で暮らすの。それがいちばんしあわせなんだよ?」

「ママがいい」

「かいちゃん、聞いて? いい子ね。かいちゃんはお姉ちゃんといる方が幸せなんだよ」

「ママがいいよー」


 困ったな。かいちゃんに中々伝わらない。

 泣き出しそうだ。

 あまり声を他の人に聞かれたくない。

 ……その時。


「どこいくのよっ」


 寝ていたはずのかおりさんに羽交い締めにされて、わたしはかいちゃんのお布団に倒れた。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ