75.でしゃばってでも
長い沈黙がスタジオのなかに広がっていく。
和花ちゃんの表情には、言ってやった、と、言ってしまった、という感情が同居していた。
言いたいことはたくさんあっただろう。
本当は、自分の口から話すべきことだと思っていたはずだ。
自分の口から言いたいとも思っていたはずだ。
彼女たち兄妹の秘密は勝手に世界中に拡散され、自分から打ち明ける機会は永遠に喪失された。
これを見ていた視聴者たちは、自分自身に罪の意識はなかっただろう。
自らの行いが悪いものだという自覚すらなかったように思う。
当然、暴露した人物が大きな責任を負う。だが、暴露された情報を拡散した人もまた、同罪であると私は思う。
「あの、」
でしゃばるつもりはなかったのに、つい口を開いてしまった。和花ちゃんが私を見る。見るな、見ないでくれ。私らしくない発言を、これからするんだから。
「ゲームとかならさ、リークに関してはみんな厳しいのに、こと人のことに関しては甘くなるの、なんでなんだろうね」
その言葉の意図は、すぐには伝わらないと思った。
言葉がマイクに乗って視聴者に届いていることを確認して、話を続ける。
「ほら、ガチャでさ、次のピックアップをリークした人って総叩きされるじゃない。そして、良識ある人は拡散せずに自分でその情報を止められる。それができるのに、どうして和花ちゃんの個人情報は、音葉さんの家族関係は拡散され尽くしたんだろうって、少し思う」
ゲームと個人情報、どちらの方が大事なのかといえば、どう考えたって個人情報だろう。そんな、頭が悪くなきゃ誰でもわかることにも関わらず、和花ちゃんと音葉さんの関係は拡散され続けた。
プライバシーという言葉を知らないのか、あるいは著名人のプライバシーは気にしない人ばかりなのか。
「……私も、和花ちゃんたちに迷惑ばかりかけているから人のこと言えないけどさ、両親を早々に亡くした人を虐めてなにが楽しいの? もう少し気を遣ってやれないの?」
言っていて心が苦しかった。
和花ちゃんたちの抱えてきた思いに寄り添って、心を削ってそれを言葉にしている。
でも、これは自己満足で、和花ちゃん本人は望んでいないことかもしれない。でも、どうしても言わずにはいられなかった。
「情報流出を窘め、拡散しない心構えできている人がいたなら和花ちゃんたちはこんなに苦労することはなかったと思う。みんなは、人の秘密を知れて楽しかったかもしれないけどね、知られた側の人間がどれだけ大変な思いするか、頭悪くなきゃわかるでしょ」
もちろんそれが……誰もが他人を気遣えること世界が、理想でしかないことはわかっている。
現実はそう甘くない。
「みんな人間だからさ、誰だって間違いはするんだよ。でも、間違いを間違いだと気づけないのはクソだ。間違いを間違いと認められないのもクソだ。それは、自分の言葉や行動に無責任すぎるよ」
人間は単純じゃない。
みんながみんな、悪いことをしたくて悪いことをしているわけじゃない。
当然、悪いことをした人が悪い人というわけでもない。
やさしい人が、自分にやさしいとも限らない。
向けられた善意が自分にとって迷惑なお節介ということもある。
向けられた悪意が、自分を成長させてくれることもある。
だからといって、人を傷つけることを是としているわけでもないが。
「私は別に『人を傷つけるな』って言いたいわけじゃないよ。ただ、自分の些細な言動や行動で人を傷つけているかもしれないことを、もっと自覚しなきゃならないんだ」
それは、自分にも跳ね返ってくる言葉だった。
私はどれだけ、飾くんたちを傷つけてしまっていたのだろう。音葉さんとの関係を知らなかったとはいえ、傷つけてしまった事実は消えない。
でも、飾くんも和花ちゃんも気にするなって言うだろう。
なら、どうすればよいか。
自分の気が済むまで、相手に謝るしかない。
「自分の都合で突っ走ったっていいと思う。それは、悪くない生き方だよ。でも、足元を見ずに突っ走ったら踏んじゃいけないものを踏むこともある。そんなときに、誰が責任を取るの?」
問いかける。
「足元も見てないから、踏んだことにすら気づかないなんて、最悪だ。そんなとき、結局責任を取らされるのは踏まれた側の人間なんだ。踏まれて災難なのに、さらに後処理までさせられるなんて酷すぎるでしょ。……今回だって、同じことだよ」
もちろん全員が情報の拡散に加担したわけじゃない。
それは理解している。
「一番悪いのは最初に暴露した人だ。でも、それはみんなが悪くない理由にはならないんだよ。デメリットを上回るメリットがあるから、暴露系なんてものが流行るんだ」
好かれているから、彼らがのさばっているとは思っていない。
あくまで、需要に対しての供給でしかないと私は思う。
「理由は金かもしれない。エンタメとしての面白さかもしれない。地位や名声かもしれない。でも、需要がある。需要を作っているのは、ほかでもない自分たちだ」
暴露系を嫌うなら嫌えと思う。
でも、彼らを増長させる原因が聴衆にあることは明らかだ。
「それが現実だよ。誰かだけが悪いことなんてありえない。でも責任は、責任を追求しやすい個人や団体にばかり背負わされる。それをせせら笑って、自分の悪いところにすら気づけないのは……」
それはそれで生きやすいのかもしれない。
というか、盲目なほうが生きるうえで有利だ。
鈍感で、自分中心に世界が回っていると思っていて、だからこそのびのびと力を発揮できる。もしかするとそれが、人々が夢見る理想の世界なのかもしれない。
「生きづらい考えだなって思うよ。みんな誰だって責任は負いたくない。そんなのわかってる。私もだもん。歌手になって負わされた責任、どれだけあると思う? 『白髪だけで売れた』、『カズネにおんぶに抱っこ』なんてわかりきった事実を飽きるくらい言われて、どれだけ強迫観念に駆られながら努力したかわかってる?」
でも、歌手として生きると決めたのだから、しょうがない。
無責任な言葉を投げかける聴衆を納得させられるような努力をする責務を背負わなければならない。
「それは、私が歌手として生きるって決めたんだからしょうがないこと。……和花ちゃんもそう。正直言って、和花ちゃんは生活力皆無だからさ。才能を切り売りしていくほかないんだよ」
「言い方……」
「みんなさ、適当なこと和花ちゃんに言ってたけどさ、みんなが言うほど和花ちゃんって完璧じゃないよ。私生活はだめだめで、家事炊事は壊滅的。部屋は音楽関連のもので散らかっているし、金遣いは荒いんだ。……ああでも、稼ぎは私より多いから、いくら金遣い荒かろうがトータルではプラスなんだけどね」
「私の個人情報……」
「大丈夫、あとでなんでも言うこと聞いてあげるから」
ジト目を向けてきた和花ちゃんにそう言うと、もう、なんというか、呆れるほどの変わり身の早さだった。表情に一瞬で花が咲いて、気分上々に肩を揺らし始める。
ちょっと、あまり他人には見せたくない表情だった。
小さく咳ばらいをする。
「ただ、ひとつだけ」
言って、言おうとしていたこととのニュアンスの違いに気づく。
「いや、ひとりだけ、かな。私も和花ちゃんも頭があがらない人がいるんだ。その人はずっとみんなが背負いたくない責任と、それを背負うことの重圧を、一身に引き受けていた」
私たちが未熟だったせいだ。
やさしい人だったから、率先して苦しい役目を引き受けた。
でも、それ以上に、私たちが頼りなかったから苦しい役目を背負わされていた。
「当人は目立つのが嫌いで、自分が誰よりも負担を背負っていることをひた隠しにしていた。隠されてはいたけれど、でもなんとなくは一番負担を背負わせていることは理解していた。でも想像以上だった。私たちが思う何倍もの苦しみを、私たちは背負わせていた。……この私たちには、みんなも含まれているんだよ。だってその人は、和花ちゃんのお兄さんだから」
これもまた、プライベートな情報。
おいそれと明かしていいことではない。
これが原因で私が嫌われたなら、悲しいけれど、仕方がない。
たくさん泣いて、苦しんで、諦める。
その覚悟は……正直言ってまだ全然できていないけれど。
「少し、その境遇を想像してみて。天才の父の死、仕事馬鹿になった母親と、守らなければならない妹。両親ともに親戚とはほとんど絶縁状態で、家を守れるのは自分だけ」
和花ちゃんの言葉を思い出しながら話す。
「天才だった父親のせいで、和花ちゃんに限らず自分にも降り注ぐ期待。それに応えながら、活躍する母との関係を隠しつつ、妹を守らなければならない。子供じゃなくてもオーバーワークだと思うよ」
しかも、そこで終わりではない。
「そこから、母親が亡くなり、妹も事故で喪いかけ、今に至る。……もう、言葉にするだけで苦しいよ。誰だよ、こんなシナリオ考えたやつは。私の人生のほうが温く感じるくらいだよ」
実際は、そう簡単に比較はできない。
世の中には自分より辛い人がいる、という言葉があてにならないのと同じだ。
人生を測る物差しは人それぞれ違うのだから、客観と主観が入り混じった状態で人生なんて比較するものではない。
でも、思う。
私が柏木の家に生まれていたら、絶対に耐えられなかったと。
「少しでも歯車が狂えば簡単にぶっ壊れる家庭だった。頭がよかったから、すぐにその現実を直視し、歯車が狂わないように動きまわされていた。自分に負担がかかって苦しもうとも、家庭が壊れる以上の不幸はなかったから」
もしそれに気づいたとしても、逃げずに立ち向かえるのはどれだけいるだろう。
逃げずに立ち向かったとして、歯車を狂わせず、家庭を崩壊させずに済む人間はどれだけいるだろう。
あの飾くんでさえ、失敗した。
ノーミスではいかなかった。
和花ちゃんの事故というイレギュラーには、まったく対処できなかった。
要するに、飾くんがさせられていたことは、ひとりでは解決しようがない無理難題だった。
「それに気づいたのは、みんなが柏木家の家族事情を知るのとほとんど同じタイミングだったよ」
そして絶望した。
――そんな大変な人に、一番大変な時期に救けられてしまったのか。
と。




