41.取材
和花への取材はつつがなく進んでいった。
最初は和花個人への質問から始まり、途中からはちょうど私がいたこともあって、柏木和花と藍沢ひなぎの対談形式。元々和花に訊く質問は決まっていたようで、あずさはメモ帳にペンを走らせていた。
和花の返答は、基本的には当たり障りのない返答ではあったけれど、私との関係についての返答は驚いてひっくり返りそうになった。
てっきりただの友人とか言うのかと思っていたら『ひなぎちゃんの曲を書いてるんです、私が』と、正直に打ち明けてしまったのだ。
そのときは私だけでなく、あずさまで目を瞠らせていた。
「べつに、もうそろ明かしてもいいとは思っていたからね。父はもうだいぶ過去の人になってきたし、『カズネ』が私だってバレたところで、私の評価には大して影響ないでしょ」
「そりゃそうかもだけど」
父との繋がりが明らかになっている状況で活動するのは、これまでは自身の評価によくない影響を与える可能性があった。
だからこれまで隠していたわけなのだが、もうそれを明かしても問題ないだろうという判断になった……ということらしい。
「あずさ、この記事が出るのっていつぐらい?」
「早くて今月中、遅くとも来月の初週には出ると思うわよ」
「そか。ならちょうどいいね」
「ええ、ちょうどいいと思うわ」
和花とあずさは二人だけで納得してしまう。
「ちょっ、私を置いてけぼりにしないでよ。なにがちょうどいいの?」
「タイミング、かなぁ」
和花ちゃんが首をひねりながら言う。
「ええ、タイミングね」
間違いないと言わんばかりの表情であずさは頷いた。
結局そのあとははぐらかされてばかりで、なんのタイミングがよいのかは教えてもらえなかった。
まあ、二人とも私なんかよりたくさん複雑な考えを巡らせているだろうし、凡人の私には理解できることではないかもしれない。そう自分を納得させると、もやもやとした感情は尾を引くことはなかった。
「それじゃ、今日はこのくらいでおっけー?」
「ええ、問題ないわ。ごめんなさいね、学校の日に」
「いいよ。私たちもいろいろとお世話になってるし……今回のも実際は火消しの意味もあるんでしょ?」
和花ちゃんの言葉にあずさは曖昧な笑みを浮かべた。
「今回の取材費はいつもの口座に振り込んでおくから。あと、私が浮花川にいるうちにどこか好きなお店連れてってあげるわよ」
「やったっ。寿司にしようか焼肉にしようか迷うなぁ」
「……稼ぎはあるけど、一応私も学生なの忘れないでね」
果たしてどういう意味で言ったのか、本命はあまり金があると思わないでほしい、といったところだろう。だが、子供だから夜遅い時間とか居酒屋は無理といった意味合いの可能性もある。
私には知る由もない。
たぶん、和花ちゃんとあずさのサシだろうし。
「ほんとは私が学校案内してあげられればいいんだけどね。どうしても今の状況だと邪推されかねんから」
「邪推?」
「うん。もしかすると、ひなぎちゃんだって気づかれちゃうかもしれないし」
不思議になって訊くと、納得できる答えが返ってきた。
たしかに、私が今浮花川にいると思われているなら、和花ちゃんと親しくするなぞの人物が藍沢ひなぎだと思われてもおかしくない。
人目につくところで和花ちゃんと接触するのはさすがにリスクが高い。
「と、いうわけで案内役は靖彦さんに頼んであるから、そこは安心して」
「あ、うん」
そう言うと、和花ちゃんはぱたぱたと応接間を出ていった。
学校でも忙しい子だ、と思う。
学校とはいえ、彼女は勉強のために急いでいるわけではないだろう。おそらく音楽絡みのはずだが。
その後、こっそりやってきた校長先生と少しだけ話をしてから昼食をとった。私たちを案内してくれた男性教師(靖彦さんというらしい)が弁当を買ってきてくれたのだ。しかも、お代はいらないという。
「いつも柏木たちや義妹がお世話になってるからな」
「義妹って榛名ちゃんでしたっけ」
「おう。俺の嫁とは性格が正反対だけどな」
靖彦さんは、周囲に私たち三人しかいないから砕けた口調だった。
「……結局のところ、柏木……ああえっと、兄貴の方と藍沢さんってどういう関係なの?」
弁当を食べ終えたところで、意を決した様子で靖彦さんが私に訊いた。
「和花の方は音楽関係の繋がりだろうけどさ、柏木との接点がわからないんだよ。嫁含めてみんな教えてくれないし」
「そうなんですか?」
「ああ」
まったく困ったもんだ、と靖彦さんは腕を組む。
ちなみに、私から見ても靖彦さんと柏木兄妹の関係はよくわからない。あずさと若干の接点がある、というのも謎だ。
「……まあ、隠すことでもないですけど、私と飾くんが知り合ったのは音葉さんが亡くなったときですね」
「ああ、なるほど」
「私、音葉さんのこと大好きだったんです。だから折角浮花川に献花しに来たのに、亡くなったことを受け止めきれなくて、献花台から逃げ出しちゃって」
そのとき飾くんに出会って慰められて、音葉さんの背を追うように歌手になることを決めたのだ、と言う。
私の話を聞いて、靖彦さんは納得していた。
「……たしかにあいつは、そういうやつだな」
「そういうやつって、どういうやつでしょうか」
「救いを外に求めるやつだってこと」
靖彦さんは窓から外を眺めて、当時のことを少し思い出しているようだった。
「ショッキングなニュースだったから、柏木自身も強い衝撃を受けただろうよ。でも、自分より悲しんでそうなやつがいればいくらか冷静になるし、自分のおかげで前向きになってる姿を見られれば、それだけで柏木は救われただろうよ
靖彦さんの言葉にあずさも頷く。
「実際、あのときはひなぎと会話してからの方が柏木は安定していた気がするもの。だから……いえ、なんでもないわ」
「今の間は絶対になにかあった間だよね」
「違うわよ。今、和花になにを奢らせられるのか戦々恐々とちゃっただけだわ」
堂々とした嘘だった。
かえって潔さすら感じる。
「ま、昼休みの時間も限られてるし、そろそろ校舎を回りましょうか」
「それもそうだね」
時計を見ると、昼休みに入ってすぐのところだった。気が利く靖彦さんが弁当を回収してくれたので、身動きは取りやすい。
とりあえず、昼休みは靖彦さんとともに教室を回ることにした。普段の昼休みの光景、というものを実際に見てみたかったからだ。
……というか、高校で飾くんたちがどう過ごしているのか見たかった。
中学までちゃんとした友達はいなかったから普通の高校生活がどんな感じなのか興味もあったけれど、それはあくまでついででしかない。
「……言っとくが、今の柏木は先週いろいろと暴れすぎて周りに人が集まっているから気をつけろよ」
「暴れ回ったって」
「誇張じゃないからな」
そう言って、靖彦さんは先導して歩いていく。
あずさに目を向けると、彼女は肩を竦めていた。
ただ、教室に近づくと靖彦さんの言葉の意味がわかった。
飾くんが髪を切って顔を出すようになってから、彼のかわいさに(この表現も少し違和感あるが)みんなが気づいたのだろう。
少し迷惑そうで、しかし拒絶はしない。そのつれない感じが私にとっても新鮮で、『ああ、これは好きになるな』と思わざるを得ない。
意外と、嫉妬もしなかった。
好きな人が人気だということは、それはそれでうれしいのだ。
ふと、教室の中にいた飾くんと目が合った。
驚いたように私を見る飾くんに、唇に人差し指を当てて返す。一瞬きょとんとして、すぐに困ったように笑った。
ただ、いくら飾くんを寄せないようにしたとしても、靖彦さんはそれなりに人気のある先生らしい。歩いているだけで視線を集め、積極的な生徒たちは私たちが誰なのかと話しかけてくる。
「……あれっ、ひな――」
その中のひとりに、見知った人影があった。
明るい人柄が顔立ちによくでた、かわいらしい茶髪の少女。周囲には友人らしい数人の女子がいて、私と彼女の顔を不思議そうに見比べている。
うっかり私の名前を言いかけてしまった茜は、慌てて両手で口を塞いでいた。




