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piano  作者: 永島大二朗
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過去との決別(十九)

「本当ですか?」

 そう言いながら、増田は前のめりになった。

 じゃぁ、何になりたかったのだろうか。信じられないことだ。

 博は驚いて、手を左右に振る。

「はい。いえ、驚かれるのは無理もありません。でもこれは、本当です」

 そう言ったものの、増田が納得する筈もないだろう。何か言いたそうな増田を制止して、博は話の続きを説明する。

「あいつの夢は、最高のピアノを作って、それを全世界に、ばら撒くことだったんです」

 壮大な夢に、増田は驚く。口をあんぐりと開けた。

「ではピアノは、ピアノ演奏は腰掛だったと?」

 増田は少し失望して、博に質問した。その質問に、博は笑いながら、首を振った。

「それは違います。あいつは、自分が納得できる、最高の演奏をするには、手段を選ばない人間でした。だから、自分が弾くためには、全世界に『納得できるピアノ』が、必要だったんです」

 それを聞いて増田は笑い出す。何か斉藤らしかった。

 いつもピアノを弾きながら、文句を言っていた。あそこのはどうだとか、あっちのはこうだとか、同じピアノでも、今度はああだったとか。

 増田の笑顔に、博も釣られて笑う。しかし、今更気が付いたように立ち上がると、増田に頭を下げる。

「先日は、大変失礼しました。妻からの連絡で、頭に血が昇ってしまいまして」

 増田は慌てて立ち上がると、博を座らせようと試みる。

「親は子供の将来を思うものです。もうよろしいんですよ」

 お互いに目を見て、腰掛けることにする。増田は先に博を座らせ、それから自分も座った。

「それに……」

 増田は座りながら言葉を続けたが、それは途中で途切れた。

「それに?」

 ちらりと博の方を見ると、増田は深呼吸してから、続きを博に話す。

「いえ、私も全部聞いていた訳ではないのですが、斉藤は真由美さんに『もう逢わない方が良い』と話していた所でした」

 それを聞いて、博は頭を抱えてうずくまった。

「私がいけないんです。私が……」

 そう言ってから博は顔を上げると天井を見る。そして斉藤が事故を起こした後、出所した日のことを思い出した。


 その日、斉藤を出迎えたのは、博だけだった。

 斉藤は裁判中から散々叩かれていた。特に博の雑誌は、今まで斉藤を持ち上げていたが、ドスンと奈落の底まで叩き落とし、その人間性までも否定した。そして結審後、二度と斉藤の名前が紙面を飾ることはなかった。


 それでも斉藤はその時、親友が来てくれたことを喜び、そして詫びた。斉藤の告白を、博はじっと聞いていた。


 しかし、そんな話は博にとって、旧知の事実だった。

 仕事が終わってホテルに行った博は、妻の優勝前祝をしようとホテルの売店に立ち寄った。

 一番高いシャンパンを持ってレジに行くと、馴染みのホテルマンから、妻・響子が同じシャンパンを買ったと伝えられ、三本目を買うのか確認されたのだ。

 博は響子と気が合ったみたいで嬉しかった。そのまま三本目を買い、喜び勇んで響子の部屋に向ったのだ。しかし、そこで一晩待っていたが、響子は帰って来なかった。

 翌朝窓辺に立つと、新館の方に、斉藤と響子の姿を見た。

 博は目の前が真っ暗になって、椅子に座り込む。やがて斉藤の車が、急発進していくのが見えた。


 冷たい鉄の門扉の前でそれを話すと、斉藤は博にとって『気休め』とも取れる『言い訳めいたこと』を言った。

 だから博は、斉藤をぶん殴った。

 以来二人が、言葉を交わすことはなかった。


「あの記事、私が書いたんですよね……。何とか……、何とかなりませんかね」

 博は増田に懇願する。増田は困った。

「どうしたら良いんでしょうねぇ」

 頭脳明晰成績優秀でも、何も良い案は思い浮かばない。


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