呪い
私が魔法を習いに来て何度目かの日のことだった。
妹の婚約者であるエヴァン様の屋敷にその姉である私が頻繁に出入りするのはあまりよろしくないからと、ヘンリエッタ様が一人でお住まいの屋敷で習っている。
私の外出が急に増えたものだからそれを不審に思ったシンシアに行き先を聞かれたが、適当に誤魔化しておいた。
シンシアに正直に言ってしまったら、どうせまたうるさくなるし。
「エヴァン様、最近うちの屋敷にいらっしゃる頻度が減ったと妹が嘆いておりましたよ」
「公爵も暇ではないからね、と言っておいておくれ」
澄ました顔をしてそう言う彼に、私は疑問に思った。
さっき言った通り、彼が屋敷に来る回数は減っていた。
だが、私が彼に会う回数はそれに比例して増えていた。
何故か。
私の魔法の練習の際、彼もよくここに来ているからだ。
以前は魔法を習いながらでも、妹に会う時間がとれていたはずなのに、どうしてなのか。
「お話はそろそろいいかな?」
「もっ申し訳ございません!ヘンリエッタ様!本日もよろしくお願い致します」
私は慌ててヘンリエッタ様の方に向き直って、ぺこりとお辞儀をした。
彼はしらーっと他所を向いた。
「今日は魔法解除についてだ」
ヘンリエッタ様がその言葉を口にすると、そっぽを向いていたエヴァン様がぴくりと反応して彼女を睨み付けた。
そんな態度とるんだったら帰ったらいいのに!
だっていつも、彼はここにいたって魔法を練習するでもなし、特に何をするでもない。
「魔法解除、ですか?」
「ああ、字の通りかけられた魔法を解く方法だ」
そして、彼女が突然私をぴっと指さした。
「えっ、なんですか?」
「左手の薬指」
言われて咄嗟に左手を隠してしまった。
「厄介な魔法がかかってる、いや、そこまでいくと最早呪いと言ってもいいレベルだな」
「え、えぇ……」
私は己の左手をまじまじと見た。
魔法なんてかけられた記憶はない。
しかも、左手の薬指というと、10年前に男の子が指輪を嵌めてくれた指だ。
まさか、その時に魔法が?
でも、ヘンリエッタ様は呪いみたいなものだって………
私実は彼に嫌われていたの?
色々考えすぎて、泣きそうになってきた。
「心配しなくても悪いものではない、が、それがかけられたのはいつか自覚はあるか?」
悪いものではないと聞いて少しホッとした。
「10年前です……」
「ほおー。それはそれは、年季の入ったことで」
ヘンリエッタ様が急ににまにまと笑い出した。
私の隣にいるエヴァン様はまた彼女を思いきり睨み付けると聞こえるように舌打ちをもらした。
怖い。
ジワジワと彼から距離を取っていたらバレたようで私まで睨まれた。
「それは術者本人か、その魔法をかけられた者しか解けないようになっているな。他人は関与出来ない。かけた本人も多分あまりよく分かっていないままかけたのだろうが、それが術式をややこしくしていて尚更厄介だ。しかも下手に魔力が強い。」
あの子って魔法が使えたんだ……
会っていた時には全然気が付かなかった。
私よりはいくつか上のようだったけど、幼かったから彼もあまり魔力の制御が出来ていなかったみたいだ。
かけたことすら、分かっていないかも。
「だが、クローディアなら解ける。お前がそれを望むなら、私はその方法を教えよう」
私は左手をかざした。
肉眼では何も見えないこの薬指に、魔法がかけられている。
悪いものではないといっても、どういった内容のものなのか詳しいことまでは分からない。
でも……
「ありがとうございます。でも、これはこのままにしておきます」
言った瞬間彼が勢いよく顔を上げた。
信じられないものを見るように私を凝視してくる。
私が魔法を解かないことが、そんなにありえないことなのだろうか?
「君は……本当にいいの?」
エヴァン様が恐る恐るといったように私に問いかけた。
彼からするとこれは得体の知れないものだから、そう思うのも当たり前か。
「よいのです。これはきっと彼が私にくれた最初で最後のプレゼントなのですから」
私は薬指をそっと撫でた。
彼は私から顔を背けると片手で顔を隠してしまった。
あちゃーってことだろうか。その仕草は。
拗らせてるって?
余計なお世話だ。
偽物の彼に会った時も、いつまで初恋にとらわれてるのって言われたしこの魔法をかけたのと初恋の人が彼の中でイコールで繋がったのだろう。
「そうか……お前がそうしたいなら、それはそのままにしておこう。」
ヘンリエッタ様は何故か悔しそうにしていたが、それとは対照的に彼は今日一番の笑顔で彼女に笑いかけた。




