* Black Boys
翌週、金曜の放課後。
クリスマスパーティー実行部による会議──というか飾り作りを終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
テスト前にもかかわらず最後まで残っていたニュー・キャッスル組のアニタとペトラ、カルメーラ、ハリエットと別れると、エルミ、ナンネ、ジョンアと一緒に、学校を囲うコンクリート壁にもたれて座った。
エルミも一応ニュー・キャッスル組なのだが、ペトラやハリエットとは極まれに話をする程度なので、下級生が一緒でなければ、彼女は高い確率でこちら側と帰ろうとする。たとえそれがナンネに帰宅ルートを変えることを拒否され、自分が遠回りすることになってもだ。
「今度こそきっぱり諦める」ジョンアとエルミのあいだに座っているナンネが言った。「二十三日の、ベラの家でパーティーみたいなことする日。それが終わったら、この幸せな状態のまま思い出に蓋を──」
「蓋すんのかよ」とエルミが言う。「けど確かに去年と今年は、わりと遊んだもんね。小学校の時と違って」
「めっちゃ遊んだ。仲良くなったってわけじゃないけど、修学旅行だったり花火だったり、ベラが写真いっぱいくれたし、もう大満足」
「そういやジョンアってやっぱ好きな人いないの?」エルミが訊いた。
ジョンアが答える。「いないよ。よくわかんないし」
「ふーん。ハヌルはどうなんだろ」
「え、妄想の中の元彼じゃないの」と、ナンネ。
エルミはけらけらと笑った。
「もう完全に元彼がいることになってるからな。マジ笑える。こないだ訊いたんだ、元彼と寝たのかって。“想像に任せるわ”だよ、マジありえない!」
「想像なんかしたくねーよ」ナンネは嫌味たっぷりにつぶやいた。「けどあれかな、ハヌルの妄想はともかく、やっぱ卒業式とかになったら、告白とかあんのかな。恒例のボタンの競りとか──」
「そりゃあるでしょ。って、あたしは卒業式、ブルとの痛い思い出しかないけど。今年の三月にあった卒業式の競り状況を見た感じじゃ、今年そんなことをやってもやっぱりしらける気がするけど。まあ誰かがダヴィを好きだって話は聞いたことない気がするから、大丈夫なんじゃね」
「逆があるかもしれないじゃん。ダヴィデが誰かに──」
「それは」エルミが私に言う。「ないよね」
私は彼女の右隣にいる。「さあ。そういう話、しないもん。でもそういうのに敏感らしいアニタもなにも言ってないから、ないんじゃないの? 今のダヴィはとりあえず高校受かることしか頭にないからね。二十三日のうちでのパーティーってのも、わりと面倒そうだし」
ナンネが訊き返す。「え、まじで」
「アニタとカルメーラが説得したから来るだろうけどね。アニタたちは、ケーキ食ったら遊び半分でも、勉強っぽいことしようって言ってるし。歴史とかね、暗記系をクイズ形式で」
「それはできる自信ないわ」
エルミが応じる。「適当でいいじゃん。一緒に過ごせるってだけでも感謝だよ。クリスマス当日じゃないのが残念だけど」
私はナンネに、クリスマス当日のほうがよかったかと訊いた。
「ああ、いや、べつにいいよ。なんか二十三日から二十五日って、セットな気もするし。違うんだろうけど。それに二十三日は」ジョンアへと視線をうつす。「ジョンアの誕生日だし」
「プレゼント、なにがいい?」エルミはまた彼女に質問した。「つってもあんま金ないけど」
「いいよそんなの。っていうか、誕生日だってのも言わないで。クリスマスパーティーなんだし」
「まあ、そりゃそうか。っていうか」エルミがまたこちらに言う。「プレゼント交換的なこと、すんの?」
「そんな話は出てない」と私は答えた。「人数的に、どれが誰のかってすぐバレるじゃん。まあ家帰るまで開けなきゃいいのかもだけど。ケーキ食って遊んで勉強して終わりって流れのつもり」
「そか。まあ恋愛感情がなきゃ、プレゼントなんてどうでもいいんだけど」
恋愛感情からプレゼントを用意してもロクなことにならない私。「なんならワンコインショップで買ったプレゼントをひとつ用意するよう言う? 男女比が同じじゃないから、誰が誰のをもらうかはわかんないけど」
「それはそれで、ダヴィのが誰かに渡ったりしたら、ナンネがへこむ可能性が」
エルミが言うと、ナンネはつんとして答えた。
「そうなるからイヤ。諦めるつもりで行くんだから、最後にそういうモヤモヤは残したくない」
「だよねえ」
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スカートのポケットの中で携帯電話が震え、私はこっそりと画面を確認した。マルコからだ。悩んだものの、「ちょっとごめん」と言って電話に応じた。「なに」
「今、暇か?」マルコが訊いた。
「あらめずらしい。いつから私の予定を気にしてくれるようになったの? いつも高確率で強引に話を進めるくせに」
「うるせえアホ。チェーソンが俺んとこ来てんだよ。で、レジーとパーヴォを連れてきてる。けど俺とチェーソン、今から飲みに行くんだわ。で、レジーとパーヴォはバスで帰ることになんだけど、連れてこられてすぐ帰るってのもなんだし、お前が暇ならちょっと話相手になんねえかなと思って」
「トリプル誰それ」
「ソイル・アシーヴで会ったカツアゲの奴ら。チェーソンはダッキー・アイルの俺のツレ。レジーはお前が話してた奴。パーヴォは十八のアホ二人に置いてかれた奴。会うとしたらレジーとパーヴォ。どっちも十六。心配しなくても変なことはさせねえ」
白いパーカーの坊主だ。「ちょっと待って、友達と一緒だから、そっちに訊いてみる」
「ん」
私は電話を肩にあてて送話口をふさいだ。エルミたちに──エルミは間違いなく了承が出るだろうから、ナンネとジョンアに訊く。
「なんかね、ダッキー・アイルの男の子二人組が来てるらしいんだけど。不良なんだけど。話す?」
予想どおり、エルミは即答した。「話す!」
「またそういう──」ナンネは不満そうな様子でジョンアへと視線をうつす。「いいの?」
「私はいいけど」と、ジョンア。
「何歳?」エルミが訊いた。
「十六」
「呼んで」
年は関係ないだろお前。と思いつつ、私は電話口に戻った。
「もしもし? 平気だって。今中学の前にいるけど──」どうしよう。近い公園はふたつ。だがひとつはジョンアがアゼルにボコボコにされた場所だ。そうなれば、Kマート前の公園に行くしかない。アゼルにはじめてキスされた場所だ。「Kマート前の公園に行く」
「んじゃそこに連れていく。つまんなかったり腹減ったりすりゃすぐ帰っていい。なんかされたらすぐ電話しろよ。笑えるくらいボコボコにしてやる」
殴りたいだけだろう。「そういうのはなし。あと、よけいなことは言うなって言っといて。じゃーね」
エルミがどうやって知り合ったのかと訊いてきたから、なんとなくソイル・アシーヴに遊びに行ったら、なんとなく知り合ったと答えた。よけいなことは言うなとマルコに言ったので、よけいなことは言わないはずだ。
エルミはとりあえずの引き際をわかっていて、こちらがある程度答えておけば、それ以上はつっこんで訊かない。だって私の機嫌を損ねると、せっかくの出会いが白紙になってしまうから。
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私とエルミとナンネは、家に少し帰りが遅くなるかもとメールを送った。夕飯は家で食べるけど、と。ジョンアは携帯電話がないし、そんなことは気にされないらしい。マーケットで適当なお菓子とアイスを買い、公園へと移動した。
何ヶ月ぶりだろう。一年は来ていない気がする。アゼルがいなくなって、意識的に避けていた公園だ。ここで私は、アゼルにはじめてキスされた。ファーストキスを奪われた。
あの時、イチゴ味のチョコレートをあげた。私のお気に入りのお菓子のひとつ。あれももしかしたら、間違いのひとつだったかもしれない。ベンチにいたリーズたちからは見えず、けれどマーケットのパーキングにいた見知らぬ買い物客たちからは丸見えという、わりと謎の状況。
キスされた場所を通り過ぎようとした瞬間、ほんの一瞬、ほんの少しではあるが、アゼルの空気を感じ、アゼルのニオイがして、アゼルの姿が見えた気がした。キスのあとの、あの時の笑った顔だ。反応が普通すぎてムカついた、なんてことを、あとから言っていたけれど。
外灯のひとつに照らされた、マーケットとは反対の通りに面した側にある屋根つきテーブルベンチのひとつに腰をおろすと、すぐにキャッスル・ストリート側から男二人組が歩いてきた。
「うぃーっす」
ジーンズに両手をつっこんでいるレジーが歩きながら言った。今日は黒のパーカーを着ている。ブロンド坊主の彼はパーヴォに比べれば背が低めだ。私と変わらないだろう。
「ハイ」ベンチではなくテーブルに腰かけている私は挨拶を返した。坊主というのは冬、寒くないのか。「なにしに来たの? こんなところまで」
「いや、たまたまチェーソンに会って、こないだのこと話して」ベンチの傍に立つ。「マジで? んじゃ今から行くわ。乗れ。で、ばびゅーん、みたいな」
ばびゅーん。「半分拉致ね」そう言って、エルミたちに彼らを紹介した。「黒い坊主パーカーがレジーで、灰色のパーカーがおいてきぼりのパーヴォ」
「いやいやいやいやいや」声を揃え、彼らはすごい勢いでつっこんだ。
「黒い坊主パーカーってなに!?」レジーが言う。「黒のパーカーの坊主だろ!? 坊主パーカーってなに!?」
「俺、おいてきぼり!?」パーヴォも言う。「そりゃ今日もなんか若干おいてきぼりくらったみたいになってるけど!」
「いや、なんとなく」と、私。
ナンネとジョンアは声を抑えて笑っていて、エルミはとりあえず派手に笑ってから挨拶した。
「どうもー」
だからそれしかないのかよ。
彼らがベンチに座り、今度はエルミたちを紹介した。私のすぐ傍にエルミが座っていて、真ん中にナンネ、端にジョンアが座っている。エルミが彼らに年齢を確かめると、どちらからも十六で高校一年という答えが返ってきた。
エルミが続けて訊ねる。「高校はどこ?」
パーヴォが答えた。「レセス・リップル・ハイ・スクール。どこかわかんねえだろ」
「ぜんっぜんわかんない」
「こっちで言やインディ・ブルーみたいなどこだわ」レジーが言う。「高校が少ないから、アホでもわりと入れる。だからオレらみたいなのがいっぱいいる」
「マジで? 廊下にスプレー缶で落書きとかしてる?」
「まあ、してるっちゃしてる。廊下っつーかロッカーが多いかな。校舎裏とか屋上とか。見つかったら即弁償か最悪退学だし、最近はセキュリティをあれこれつけまくって監視してるから、もうほとんどないけど」
「マジで? あるんだそういうの。っていうか」こちらへと視線をうつす。「おいてきぼりってなに?」
「そのまんまよ。置いていかれたから“おいてきぼり”」と、私。
「誰に?」今度はパーヴォに訊いた。「友達?」
「先輩」
「え、よけいなこと言うなって」レジーが私に言う。「どこまでがよけい? そりゃまあ、オレらがやったことはちょっとアレだけど」
「まあ、べつにいいんだけどね」もうどうでもいい気がしたので、私は彼女たちに話すことにした。「この二人、他に四人の友達連れて、私にカツアゲかましたのよ」
エルミはぽかんとした。「は? カツアゲ? マジで?」
「いやいや」レジーが言い訳をはじめる。「確かにしたけど。オレはベラの顔見て、これは引くところだってすぐわかったんだって。けど──」
パーヴォがあとを引きとる。「上の奴らが一緒だったからな。いつも相手見てやれって言われてんのに、車がかなりの高級車だってわかったから、調子に乗ったんだよ」
はい、バレた。
「車?」エルミがこちらを伺う。「──って、ことは? もしかして? それとも、あたしの知らないトモダチがまだいる?」
「あ、言っちゃまずかった?」と、パーヴォ。
「マルコよ」私は投げやりに答えた。「こないだみやげだっつって、ソフトクッキーあげたでしょ。あれ買った時」
「へえー」彼女は探りたいけど我慢しろと自分に言い聞かせるような返事をし、また彼らへと視線を戻した。「で? どうなった?」
パーヴォが苦笑気味に説明する。「それがいっこ上の奴ふたり、あっさりKOされて。俺はふたつ上の先輩二人と一緒に、ちょっと離れたとこで見てたんだけど。二人があっさりKOされたと思ったら、バットが飛んでくるし、慌ててスクーター放り出して逃げて。マルコがいっこ上の奴になんかやりはじめて、まずいわとか思ってたら、ふたつ上の先輩二人は逃げようとしてるし。さすがにそれはないだろって止めてたんだけど、マルコに捕まって。で、二人は金だけ放り出して逃亡。マルコはKOした二人から逆に金巻き上げて。刃向かいも逃げもしなかった俺とレジーだけが無事」
呆気にとられていたエルミはどうにか口を開いた。
「カツアゲして、逆にお金巻き上げられたの?」
レジーが応じる。「いや、実際はマルコが巻き上げたっつーより、金くれんのかって訊かれたからあいつらが出したって感じ。上の奴ら四人とも、さらに上の先輩に泣きついたんだけど、逆にこってり絞られたらしいわ。やられたことじゃなくて、相手選ばなかったことと逃げたことが原因で。しかも別のやばい先輩がマルコのツレだったし。しばらくはおとなしくしてんだろうな」




