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R E D - D I S K 0 3  作者: awa
CHAPTER 16 * BLACK HEART
77/139

* Black Star

 翌日月曜。

 旅行に行ったわけではないし、ただのおやつでしかないし、クラスの全員にあげる必要などもまったくないのだけれど、ソフトクッキーを三缶、学校に持っていった。一缶はダヴィデにあげた。といっても中身はゲルトたちにひとつずつ分けたあとで、あとは持って帰って妹に、と。あとの二缶の中身はナンネやジョンア、エルミ、カルメーラやサビナ、ハリエットやリカといった、気まぐれに選んだ周囲の人間たちに。ペトラにも一応ひとつはあげたものの、前日アニタに一缶新しいのをあげているから、あとはそこから奪えと言った。家族四人で食べたからもうほとんど残っていないと彼女は言っていたけれど、そんなことは知らない。

 火曜日。

 金曜に私がゲルトたちにかけた謎のオヤスミ電話の話が広まったらしく、一部の女子たちは、男子に似たような電話をしてみようかという少々悪戯めいた話題で盛り上がったらしい。意味がわからない。

 水曜日。

 全校生徒にクリスマスパーティーのチラシが配られた。もちろん替え歌の見本となる、私の書いた“Breakout”のサンプルつき。ものすごく笑われていた。誰が書いたのかは、実行部女子だけの秘密だ。

 なにも考えず、ただ目立たせてやればいいと思っていたのだけれど、失敗した。同じクラスのハリエットをメイン司会のひとりに選んだということは当然、クラス発表にも力を入れるということだった。

 実行側の話がある程度まとまるまでは、と避けていた三年D組としての話し合いもこの日、昼休憩時間を使ってはじまった。文化祭で作ったPVを流せばいいのではないかという意見はスルーされてけっきょく、参加者全員を巻き込んでのゲームをしようということになった。なんのゲームかって、オリジナルのビンゴゲームらしい。盛り上げるために景品も、お金をかけずに用意する。クラスメイトが不要だけどゴミではないものを持ってきてみたり、ぜんぜんまったくありがたくないものを作ってみたり。まあここは私、特に参加する必要はない。

 続々とステージ・レクリエーションへの参加表明が集まる中、去年よりももっとクリスマスらしさを出すため、実行部隊の会議もマメに行われた。職員室から不要な紙などをもらい、飾りつけもする。メイン司会組や裏方組だけでなく、どちらにも所属していない三年や下級生たちも加わって、毎回女だけではあるものの、かなり騒がしかった。まるで学年の関係ない文化祭状態だ。

 もちろん、私が作詞した“Breakout”の替え歌の練習も行われた。私を除いて、みんなとても楽しそうだった。

 金曜日はディックから電話をもらった。日曜の十二時に待ち合わせてサイラスと三人でランチを食べてから、二人でレンタルスタジオへと向かう。店を見せてやりたいけど、今はまだ内装工事でごった返しているから、それは十二月の楽しみに、と。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 日曜日、バスでセンター街へと向かった。ディックと一緒に行ったサイラスの店でCDを買うと、映画館の割引券はどうするかと訊かれたので、お願いしますと答えた。四枚くれた。

 大人二人の奢りでレストランに連れてってもらい、そういえばと思い出した私は、彼らに“Breakout”の替え歌のコピーを見せた。大笑いされた。

 ただディックによると、歌詞としてはツメが甘いらしい。音楽のことになるといちいち文句をつけてくれる。私も文句を言うタイプなので、やはり同じ音楽バカなのだと思った。おみやげだと言ってソフトクッキーをよっつずつ彼らにあげた。行ったのはソイル・アシーヴだと言うと、なぜかここでも笑われた。

 ギターはできるけど店があるサイラスと別れると、私たちはまた貸しスタジオに行った。以前と同じスタジオが空いていたので、そこを借りて入る。

 今日はディック、マイギターを持ってきていた。といっても去年、脱サラ記念に買ったものらしく、まだ新しい。あとギターを弾けるCDアルバム。私はそこから曲を選び、再生した音楽と彼のギターに合わせてうたっていった。

 そのうち、彼は“歌詞を変えろ”と言った。なんでもいいから適当に、と。

 私は従った。ふざけた言葉だけれどちゃんとおさまったり、真面目な言葉なのにおさまらなかったりしたものの、とにかく気にせずに。今日はマイクを使わなかったものの、それでもディックは一緒にうたってくれ、勝手にアレンジして音程を変えてみると、聴いたことのない男女ツインコーラスの曲になった。それだけでぜんぜん別のものに思える。ひとりいるだけで、ひとつの音楽がこんなに変わるものなんだと実感した。

 残りが半分以下になったホワイト・ブルーというスポーツドリンクを飲んだ私は、ペットボトルを脇に置いて彼に切りだした。

 「そういえば店の名前、“ブラック・スター”なんだよね。テーマソングってないの?」

 ギターを抱えたままの彼は、ミネラルウォーターのペットボトルの蓋を閉めながら片眉をあげた。

 「テーマソング?」

 「なんか、オープニング曲? 店がオープンして客が入って、普通に歌をうたう前に、はじまりの歌みたいな。曲と曲のあいだにBGMとして流すみたいな。ドラマでもオープニングがあるじゃない。あんな感じ」

 「それは考えたことなかったな。ライブハウスみたいに、普通に誰かが挨拶して、一番手からうたっていくもんだと思ってた」

 なぜ他人事口調なのだろう。「そ。まあいいんだけど」

 「いや、ちょっと待て」

 ペットボトルを床に置くと、彼はギターを縁取ったような形の黒いギターケースを引き寄せ、中から黒い表紙のノートとペンを取り出した。こちらに差し出す。

 「書いてみろ、なんでもいい」

 「は?」

 「そんな難しく考えなくていい。短く六行くらいか。“はじまり”も意識しなくていいから」

 どうやら私はよけいなことを言ったらしい。「いや、自分で考えてよ。ボスでしょ」

 「とりあえず書けって。使うとは限らん」

 いつも適当で強引だ。しかたなくペンを取る。

 六行で、はじまりを意識しなくていい。“ブラックスター”という響きは好きだ。ロックっぽい。なにがかはわからないし、意味も知らないけれど。

 しかしこの強引さ。なぜ私の周囲にはこう、我が強いのが多いのだろう。誰でもそうか。というか、ヒトのことは言えないか。

 店のイメージを想像して、思いつくまま、ノートにペンを走らせた。どんな言葉を使えば“それっぽく”なるのかは、散々歌を聴いてきたおかげでわかる。というかある意味、言葉を選ばないのがロックのような気もする──パンク・ロックも含めてなのだろうけれど──あまり言葉を考えなくていいよう、同じ言葉を繰り返してごまかしつつ、少々の嫌味もこめてやった。大きく出てやる。

 「できた」と言って身体を起こし、ノートを彼のほうに向けた。

 “世界を照らす”だって。あはは。こんな田舎から世界を照らす。なんて大きな嫌味。

 だがそれは通用しなかった。ノートを見ながらぶつぶつとつぶやきつつ、ディックはギターを鳴らしはじめた。私は黙って見ていたのだけれど、だんだん、それが音楽になっていった。詞にメロディがつく。ギターが土台をつくる。鳥肌がたった。

 そんなことも知らず、彼は最後の一行をつけたすと、ギターケースからシルバーのICレコーダーを取り出した。たった七行だし、メロディそのものは難しくない。詞のせいもあってか、ロックらしくもない。

 「うたえ」と彼が言う。私はマイクのスイッチを、ディックはICレコーダーのスイッチを入れた。



  ブラックスター ブラックスター

  闇に溶けて

  特別な夜 神聖な場所

  もう一度 生まれ変わる

  輝く星 褪せない星

  私たちは 世界を照らせる

  ブラックスター ブラックスター

  ブラックスター ブラックスター



 やばい。ドキドキしてきた。

 ICレコーダーのスイッチを切り、ディックがにやついて言う。

 「わかるか? これが“曲をつくる”ってことだ。お前は気が向いたらなんでもかんでもメロディをつけて歌っぽくする。それをもうちょっと真面目に詞を考えてギターを入れるだけで、それがちゃんとした音楽になる。俺がやろうとしてるのはこういうことだ」

 まずい。これが本当の、“音楽に魅せられる”ということなのかもしれない。

 「お願い、それ以上言わないで」降参の印に両手の平を見せた。「これでも一応、受験生なのよ。ここで今以上に音楽に憑りつかれたら、本気で勉強に身が入らなくなる。今でもまずいのに」

 彼は笑った。「サイラスにも、あんまりプレッシャーかけるなって言われてる。けどお前」ギターを抱えたまま身を乗り出す。「十七じゃなくて、十六からやるか? っていうかオープンから。もしかしたら他に女はいなくて、お前の好きな紅一点状態になるかもしれんが」

 「バンドの紅一点とこれとじゃ話が違うわよ」と、私。「でも十五って、法律違反でしょ? バイトできるのって、確か十六からだよね。しかもずっと決めてたルールを、オープン前から変えるってのもどうかと」

 我ながらすばらしい言い訳だった。だが彼はあっさりと屁理屈を返した。

 「バイト代を払わなきゃバイトとは言わん。お前がサイラスの店でやってることとなんにも変わらんだろ。ただうたうだけだ。十五歳だからって、店でうたってるだけの子供を誰が罰せる? それに、店のルールは俺のルールだ。つまり俺がルール。変えようと思えばいつだって変えられる。まあこれは特例ってことにしとくけど、年を訊かれたら高校生だってことだけ答えてりゃなにも問題はない」

 私は唖然とした。

 あっさりだ。おそろしくあっさりだ。子供なら通用するのに。これだから大人は苦手だ。言い分が通用しない。

 「これはピアノでやりたいな」ノートを見ながら、彼は私の返事を待たずに言った。「ギターよりピアノのほうが味が出る気がする」

 「ピアノも弾けるの?」

 「ちょっとだけな。他のと違ってかじった程度で、まともに弾けるわけじゃない。そっちは得意なのがいるからいいんだ。といっても、店に置くのはキーボードだけど」

 別名電子ピアノのことだ。最近はギターどころか雨の音まで出せるというアレ。

 私は質問を返した。「もうメンバー、決まってきてる?」

 「幹部スタッフは決まってる。俺の昔のバンド仲間が主で、あとはちょっと下の、別の元バンドマンの奴らとか。みんな昼間は仕事があるけど、無理のない範囲で手伝ってくれる。奴らも俺と一緒で、一度は音楽に没頭することをやめてたんだけどな。ライブハウスで主役として演るのとは違うが、ナマがいいと思えば演奏はしてもらうし、俺の店なら出会いも飯も音楽もあるわけだから。思ったより乗り気だよ」

 一度は、音楽に没頭することをやめた。あたりまえだ。彼がバンドをしていたのは学生時代で、けれど就職してしまえば、そんな余裕はなくなる。もちろん続けるヒトもいるのだろうが、そうすると恋愛や他の人間関係がないがしろになったり、仕事に集中できなくなることだってあるだろう。音楽に没頭して生きていける人間なんて、ほんの一握りだ。

 そうだ。私も一度は、音楽を捨てようとした。祖母の家で暮らすことになって、音楽に関するものをすべて捨てた。コンポもプレーヤーもお気に入りのCDも、すべてだ。

 けれどけっきょく捨てきれずに、マスティが買いに行くかと言ってくれて、プレーヤーとCDを買いに行った。今持っているCDプレーヤーとヘッドフォンを勧めてくれたのはブルとマスティだ。ゼスト・エヴァンスのサイラスを紹介してくれたのはリーズとニコラ。そこからディックと知り合った。コンポは祖母が、去年のクリスマスにプレゼントしてくれた。

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