○ Decision And Conclusion
ルキアノスが帰ればと言ったものの、ナイルとゼインはけっきょく、アドニスが来るまで一緒にいた。彼らは、名前のわりにはグラナリー・イシューという町に建つウェスト・キャッスル高校に通っているという。リーズとニコラの名前は出なかったので、私も話さなかった。アドニスと五人で少し話したあと、彼らは帰っていった。
そこでアドニスが、唐突に切りだした。
「アニタと別れた」
私は呆気にとられた。「ちょっと早すぎじゃないですか?」どうでもいいような気もするが、とりあえず言った。「まだ一ヶ月くらいでしょ?」
彼はルキアノスの足の傍で手すりにもたれて座っている。「まあ、そう。けど喧嘩とかじゃねえよ。両方の意見が一致して、かなり穏便に」
「へえ」としか言えなかった。他になんと言えばいいのか、わからない。
ルキアノスが彼に訊ねる。「なに? やっぱお互いに好きじゃないとか?」
「うーん? いや、好きは好き。けど最初が最初だし、お互いに違和感はあったんだわ、ただ無視してただけで。オレも妙に気まずくなったりってのがイヤだと思ってたのに、なんか流れでつきあうとかになって。アニタも、やっぱこれはおかしいっつって」
「好きならいいんじゃないの? 最初なんてそんなもんでしょ」
私が言うと、アドニスは肩をすくませた。
「他の奴なら、べつにそれでもいいと思う。今までだってそういうことはあった。けど、オレらのあいだにはお前がいる。お前のためだとかじゃないけど、お前の周りをぐちゃぐちゃにするようなこと、したくねえんだよ、どっちも」
「そういうこと言われても、嬉しくないんですけど」
「それはわかってる。だからお前のためじゃないって。アニタは、お前がいちばん仲いいっつー男のダチに相談して、そんなんでお前が喜ぶはずねえし、どっちかっつーと怒られる可能性があるとも言われてる」
つまりゲルトに相談したということか。
彼は続けた。「けどオレもあいつも、これ以上お前の頭が混乱するようなことしたくねえの。オレはこの三人でいるのが好きだし、あいつはそれを邪魔するようなことはしたくない。あいつはお前と、地元の連中と一緒になってつるむのが好き。どっちも、なんかを引っかきまわしてぶっ壊したいわけじゃない。それで意見が一致した。つってもすぐダチってのは気まずいだろうから、連絡とり続けるつもりはないけど、もし会ったりした時は、どっちもダチとしてってことにしてる。ヨリ戻すとかもなし」
意味がわからない。そんなにあっさりできるものなのか。
ルキアノスが口をはさむ。「ようするに、お前は、始業式のあととかの三人ランチが恋しかったと」
彼は笑った。
「ま、それが大きいわ。学校はじまって、ベラの引きこもり状態がやっと終わったってのに、こっちのせいで去年みたいな気まずい状態とか、繰り返したくないし。お互いこれ以上本気になって泥沼になるより、あっさり別れられる時に別れとこって話」
あっさりした別れとは、なんだ。
「ちなみに」と、アドニスがつけたす。「これは言ってもしょうがないだろうし、どうしようもできねえし、アニタからも口止めはされてるけど、あいつのために、とりあえず言っとく」
「なに」
「お前のオトコが施設に入った時、最初に連絡が入ったのが自分じゃなかったことに、ショック受けちまったって。お前のいちばんのダチは自分だと思ってたのに、連絡入ったのが自分じゃなかったから、男のダチに嫉妬しちまったって。お前が嫉妬されるのも心配されるのも嫌がるってわかってんのに、それしちまって、自分がすげえイヤになったって。けどもし自分に連絡が入ってきてたとしても、自分もお前をどう扱えばいいかわかんなかっただろうから、よけいにへこんだって。無理やりでも一緒にいなきゃいけなかったのに、どういう態度とっていいかわかんなくて、二年の三学期は、席替えでも離れちまったって」
アゼルが施設に入ったあと、私にどう接すればいいか訊くためにブルたちが連絡を入れたのは、ゲルトだった。私が泣かず、怒っていて、ブルたちはどうすればいいのかわからず、ゲルトに訊いた。アニタではなく、ゲルトに訊いた。ゲルトは彼らに正解を教えた。
アドニスはさらに続けた。
「そのあと、アニタはどうにか無神経に振る舞おうとして、お前にバレンタインの相談した。たぶんそこは平気だった。けど惚れてた相手の受験が終わって、そいつが惚れてるのがお前だってわかって、いろいろ混乱して、ひどいこと言っちまったって。自分だけはお前を利用するようなこと、しちゃいけなかったのに、内心、どっかでお前がそいつに復讐してくれること、期待してたって。自分が傷ついた原因がお前だってなったら、自分よりもお前のほうが傷くのにって、すげえ泣いてた。
気づいたらお前とのあいだにかなり距離ができてるし、そんな状態でオレとつきあったりしたから、よけいにお前と離れたみたいに思ってる。お前のオトコが施設入ってから、お前がまえみたいに笑わなくなって、それを笑わせるのが自分の役目なのに、自分がその距離作っちまったって。笑わせてやりたいけど、今の状態じゃそれができないから、とりあえずオレと別れて、クラスは離れたけど、時間かかっても、それをどうにかしたいって言ってる。もう嫉妬も利用もしねえって」
──距離を作ったのは、お互い様だ。だがまさか、アニタがゲルトに嫉妬するとは思っていなかった。仲がいいのも、ゲルトが私を無駄に理解しているのも、アニタは知っている。
“いちばん仲のいい女友達”がアニタで、“いちばん仲のいい男友達”がゲルトだった。だが男女関係なく、“いちばん仲のいい友達”は誰かとなれば、私はどちらの名前を答えるのだろう。そんなの、比べようがない。両方の顔が同時に浮かぶ。弱音を吐ける相手と吐けない相手でいえば、答えは明確だが──。
アニタは、私を理解していないわけではない。理解はしているが、それを行動にうつせるかどうかの違いだ。ゲルトは強い。私に対する態度には絶対的なものを持っていて、理解して、正解がわかっていて、そのとおりに行動してくれる。
アニタはやさしすぎて、それができないだけだ。正解がわかっていても、弱いわけではなく、臆病なわけでもなく、やさしさゆえに、それを貫けないだけだ。
だがそれがわかったところで、私は、どういう反応をすればいいのか、さっぱりわからない。
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唖然とする私の頭に手をぽんと乗せ、ルキアノスが微笑んだ。
「飯、行こうか。ベラは今日散財しすぎだから、これは奢る」
アドニスが便乗する。「お、オレも?」
「お前はやだ。食いすぎだからやだ」
「金持ちのボンボンがなに言ってんの? 焼肉行くべ焼肉」
「え、やだよ? 奢らないよ?」
「奢れや。一応失恋だぞ。傷ついてないだけで失恋だぞ」
「じゃあベラの荷物ぜんぶ持つ? そしたら奢る」
「は? 荷物持ち? やだよそんなの」
「じゃあ奢らない」
「ベラばっかりヒイキしてんじゃねえよ。こいつがこんだけ買い物したの、一緒にいたお前の責任でもあるんだぞ」
「ムカついたからマジで奢らない」
「はあ?」
「じゃあ」と私は会話に割り込んだ。「私がアドニスに奢る」
「いや、それ、意味ないから」
「だってアドニス、失恋したのよ。可哀想じゃない。せっかく弱ってる女につけこんで、理想に近い天使みたいな女を手に入れたのに、一ヶ月で別れちゃったのよ。可哀想じゃない」
「つけこんだわけじゃねえよ」彼は全力で否定した。「だから流れだっつってんじゃん!」
「いや、変わらないよな」ルキが言う。「傷ついて自己嫌悪に陥って泣きまくってる女の子に手出したわけだから」
自分がどうしようとしているのか、自分でもまったくわからないまま、私も煽りにかかった。「でしょ?可哀想だから奢ってあげるの」
ルキアノスは笑った。
「わかった。両方奢る」
とりあえず私は、なにも聞かなかったことにする。