* Cat And Pistol
リトル・パイン・アイランド・シティにあるニュー・ポートへの道のりは、渋滞が起きていたこともあり、思ったよりも時間がかかった。土地だけは無駄にあるし、市外だからか、親切にも駐車場が用意されている。そのせいで送り迎えをする車だけではなく、祭りを楽しむ当事者たちの車も多かったようだ。到着した時、時刻はすでに午後十九時三十分だった。花火は二十時三十分頃かららしい。
会場となっているのは、ほとんど廃れたシャッター商店街だ。タクシーを降りた場所のそばの電柱に貼られていたチラシによると、メインストリートから一番街に入り、次に二番街がある。その先の通りは二股になっていて、左が三番街、右が四番街。四番街を少し歩けば、五番街にも繋がっている。
五番街の先にある、車の進入が規制された、メインストリートからも入れる通りは、屋台の対象にはならない。そしてその規制された道と、三番街、四番街の先にはステーション・パーク──大きな、崖のような噴水を備えた公園があるとのこと。その北側に港があって、一番街からそこまでは、シャッター商店街を隠すように、あるいはストリートに火を灯すようにして屋台が並び、花火はその港で打ち上げられる。メイン会場もここだ。ややこしくはあるがとりあえず、五番街を無視すれば効率よくすべてまわれるのではないか、ということ。
けれど私とナイル、様々な屋台が並ぶ一番街に入る前に、そこに溢れる人ごみを見て、思わず行きたくないと言った。近づくにつれてだんだんイヤな予感がしていたのだがまるで、袋小路に溢れんばかりの人間を詰め込んだかのようになっていたのだ。ラフな格好だったり浴衣だったり甚平だったり、カップルだったり友達同士だったり家族連れだったり、子供だったり大人だったり老人だったり、とにかくいろいろな人間がいる。そんなところに、誰が入りたいと思うのだろう。
いた。入りたがる人間。
アドニスとゼインに引きずられ、私たちは渋々その人ごみに入った。はじめて自分の身長に感謝した。小さいとこれ、絶対に死ぬと思う。窒息すると思う。
とは言っても、慣れてしまえばラクだった。アドニスとゼインは先頭に立って、くじびきだのヨーヨー釣りだの輪投げだの、とにかくゲームをしようとする。私はとにかく食べ物を探した。定番のたこ焼きにはじまり、焼きチキンやフランクフルト、フライドポテトやから揚げ──とにかく一口、二口は食べようとした。別のなにかを見つければ、残りは彼らが食べてくれた。たこ焼きのたこを抜く行動は、さすがにやめろと怒られたけれど。
射的銃を半ば投げつけるようにカウンターに置き、私は苛立ち混じりに天を仰いだ。
「ぜんっぜん落ちない! 箱の中、鉛でも入ってんじゃないの!?」
射的の屋台主──おそらく五十代後半くらいの意地悪そうな白髪色黒男は、自分とさほど身長の変わらない私を見下すようににやついた。
「これでも亜鉛製、それなりの高級品だぞ、姉ちゃん。それに弾六発、無駄にはなってない。ちょっとずつ動いてるさ」
どうせ落ちないとは思っていたが、そんな店主の態度に、私のイライラはさらに募った。私たちはすでに二番街、射的の屋台にいる。
初級、中級、上級という貼り紙がされ、お菓子だったりぬいぐるみだったりゲームカードだったりという、様々な景品が並べられた赤い棚の上段に置かれた、ガンメタリックカラーのピストル型ライターが入った箱。私はそれを狙って射的をした。一回五百フラムで弾六発、箱はそれなりの大きさなので、当たりはする。だが威力が弱い。ミリ単位で微妙にうしろに動くだけだ。
射的の景品は、棚のうしろから下に落とさなければもらえない。つまり当てるだけではダメだ。この性悪ジジイのことだ、おそらく箱の上部を狙って箱がななめに、後方にある棚にもたれかかるようになっても、ダメだと言うに違いない。貼られた紙には一応、“落としたら”という部分を強調して“商品ゲット”と書いてあるし。
私は財布から二千フラムを出し、カウンターに置いた。
「四回ぶん。でも一発ずつオマケして」喧嘩腰になっているのが自分でもわかる。「二十八発ちょうだい」
「本気かおい」左隣でゼインが言った。「どっかの雑貨ショップ探して、店で買うほうが安いかもよ?」
ナイルも言う。「ゲームセンターでこういうの、見たことあるけどな。ああいう渋いアンティーク風じゃなくて、シルバーの、もっとギラギラしたやつだけど」
「こいつはゲームセンターにはないよ」真実かはったりか、店主は自慢気に言った。「マニアの中じゃ、リアルすぎてシャレにならないって評判の代物だからな」そう言いながら、彼は木製の丸いトレイに射的用のシリコン弾を準備しはじめた。「店で売ってるとしても、三千フラム以上はする。もしこれでとったら」玉を入れたトレイをカウンターに置き、挑戦的な眼で私たちを見やった。「約千フラムの儲けだ」そして私が置いた二千フラムをさっさと回収した。
いちいちムカつくジジイだ。マニアってなんのマニアだよ。
「騙されてる気がする」背後でルキアノスがつぶやいた。「とれなかったらどうするんだ」
そんなことは知らない。「さてお兄様方」振り返り、私は口元をゆるめて彼らに言った。「ひとり七発ずつ、やってみようか」
「よっしゃ! オレがやる!」
そんなふうに先陣を切ったアドニス、ぜんぜんダメだった。私と同じで、少しうしろに動かせたかな、程度だ。とにかく箱に当てればいいと思っての発射だったらしい。
続いてナイル、倒すのではなくちゃんと落とそうとしたらしく、とにかく箱の下部を狙っていた。五発はその役割を果たした。うしろに大きく動かすこともした。だがまだ落ちない。
そしてゼイン。ぜんぜんダメ。ナイルを見習ってはいるものの、アドニスと同じで、わりと的はずれ。七発中五発が箱の中心より上もしくは棚に当たって、ただ箱を揺らすだけという微妙っぷり。不器用らしい。彼とアドニスは本気でへこんだ。
ルキアノスが玉を射的銃に込めていると、店主が弾を二発おまけしてくれた。後出し二千フラムのぶんは、ぜんぶで三十発ということになる。てっきりルキがすべて撃つのかと思ったのだが、アドニスとゼインがリベンジさせろと言いだした。
まずはルキが三発撃つ。店主によると、“あともう少し”。ぎりぎりのところまで来ているらしい。
そこでアドニスが一発を撃った。箱が大きく揺れただけ。同情したルキが、彼にもう一発を撃たせた。これで再びうしろに動く。
ゼインの一発。店主が言うには、いい具合に平行になったらしい。あと二、三発で落ちるかもな、とのこと。
残り三発。ルキアノスはナイルがしようとしたことを、忠実に守った。
二発目で、箱が落ちた。
次の瞬間、私は思わず、隣にいたアドニスに飛びかかるように抱きついた。いつのまにか周りに集まっていた野次馬の拍手と冷やかしの声の中、彼は弟や妹を扱うように、笑いながら抱きとめてくれた。ナイルに抱きつく相手が違うだろとつっこまれた。それもそうだと思いつつ、ルキはまだ射的銃を持っていたから、さすがにまずいと脳が判断したんだろうという結論が出た。ルキが射的銃を置くと、私は改めて彼にもハグをした。ナイルにしようとしたら拒否された。
残りの一発を誰がやるかという話になって、ピストル型ライターを受け取った私は満足だから勝手にどうぞと言うと、彼らは四人でジャンケンをはじめた。
結果、ゼインが勝った。でもお菓子以外だと、一発で落ちるかもと思えるものや、落としてみたいと思うようなものが、まったくといっていいほどない。悩んだ彼はなにを思ったか、棚下段の初級コースにある、透明の袋に入った、ものすごく軽量そうな猫耳カチューシャを狙った。
一発で落ちた。
カチューシャを受け取って脇に寄ると、そんなもんどうすんだとつっこむアドニスをよそに、一発で仕留めたことに満足気な様子のゼインは、手に入れたそれを袋から出しはじめた。シルバーカラーのワイヤー製で、耳部分には等間隔でラインストーンがついている。考えようによってはゴージャスなものの、細すぎるせいか、まったくといっていいほど存在感がない。
彼はそれを、私の頭につける気らしい。
「おいおい、ゼインがベラを口説きはじめたよ」アドニスが言った。
「口説いてないし。だってベラの金だし」言いながら、彼は私の頭に猫耳カチューシャをつけた。「お、似合う似合う」
私には見えない。それどころか、つけている感覚すらほとんどない。「見えないし、わかんないし、しかも目立たない気がする」
ナイルが答える。「ぜんぜん目立ってない。ワイヤー細すぎ」
「なんか頭の上がキラキラしてますよ、程度だな」ゼインは笑いながら言った。「ナイルもつけてみる?」
「絶対イヤ!」
気にならないからまあいいかと、私たちはすでに別の客を相手にしている射的屋店主に手を振って、さらに奥へと進んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気づけば花火が上がりはじめていた。だが私たちはそんなことにかまわず、五人でとにかくいろいろなものを食べようとした。夕食代わりはもちろん、デザートに鈴型カステラだったりカキ氷だったり、クレープだったり。ひとりか二人がなにかを買って、みんなで分ける。それがいちばん、お金を使わずにたくさんを味わう方法だった。
もうすぐ三番街を出るというところで、私たちはまた射的屋台に出くわした。
先ほどの射的とはシステムが完全に違っている。両脇とカウンターに置かれた棚に様々な景品が並び、上からはたくさんのぬいぐるみやビニール製の人形その他が、番号と商品名つきで吊るされていた。的になるのは高さと大きさ、カラーと模様の違う、紐と重りがついたバリエーションの豊富すぎる風船たち。それにはこちらからはほとんど完全に見えないよう、なんの景品に該当するかというのが小さく記されていた。
当然、その風船を射的で割ったら景品がもらえるのだが、なにがもらえるかがわからないうえに、百近くあるのではないかと思われるその風船たちは、自然の風と店主の足元に置かれた小型ファンからの風でゆらゆらと揺れている。完全なギャンブル状態だ。
なのに私がそれをやりたがったので、全員で挑戦することにした。先ほどのとは違い、弾はコルク製。他の客がやるのを観察したけれど、思う以上に割れないらしい。やはり威力が弱いのだ。しかも五百フラムで五発の弾。奥にある風船だったり、下のほうにある小さな風船を撃てば豪華なものがもらえる、というのでもないだろう。裏を読んでいるかもしれないから。
アドニスとゼインが先陣をきったのだが、やはり一発では割れないので、それぞれ標的を決めることにした。風船にダメージが蓄積されるのかは知らないけれど、適当に発射するよりはいいだろ、という話だ。でも揺れる。それがこの射的の最大のネックだった。
結果、アドニスはプラスチック製のタンバリンを手に入れた。カラーはイエロー。彼は唖然としていたけれど、私たちは大笑いした。
続いてゼイン。プラスチック製の水鉄砲。カラーはパープル。ワンコインショップで確実に買えるだろうそれに、彼は半泣き。私たちは爆笑。
笑いをこらえながら、並んだ私とナイルとルキアノスが交互に撃ちはじめた。私、プラスチック製の光る剣を手に入れた。ボタンを押すと刃の部分が七色に光るのだ。“フラッシュ・サンダー・サーベル”なんていう立派な名前がついている。アドニスがなぜか欲しがった。
そしてルキアノス、スチール製のミニバドミントンセット。ブルーとピンクで、二個のシャトルつき。微妙といえば微妙なのだが、プールで使うかという話になった。
ナイルは、プラスチック製の狐マスクを手に入れた。真っ白で、つければ口元だけ見えるもの。彼までそれを、私の頭につけた。猫耳カチューシャが狐の耳に思えた。
景品は見せかけだけで、実際はたいしたものがないという結論に達しそうだったので、私は試しにもう一度、挑戦した。ビニール製人形が当たった。“ミスター・ピンキー・レオパード”という、確か小学生だった時、ペトラが好きだったアニメキャラクターだ。しかも大きい。人形の腕部分を自分の首に巻きつけられるようになっているものの、それをすると、人形の足は腰下あたりまでくる。超邪魔。
けれどそんな景品を見てしまったものだから、再挑戦するとかで、アドニスもまた射的をした。ゼインのと色違いの、水色の水鉄砲を手に入れた。彼はキレた。
その後三番街を出て右に曲がってから、滝のあるステーション・パークに入る。
私とナイルが同情して、ゼインが背負っていたミスター・ピンキー・レオパードをアドニスに背負わせて慰めようとした。彼はそれでさらにキレた。
フラッシュ・サンダー・サーベルを武器にしたアドニスと、ナイルが持つミスター・ピンキー・レオパードとの謎の格闘がはじまった。私たちはおなかを抱えて笑った。




