* Vanity In A Wallet
ステーション・パークの中にも、屋台はいくつか並んでいる。けれどもここからは、花火を見る客が多い。パークの入り口から少し南に行った隅にある石製テーブルベンチから家族連れが去るのを見て、私たちはすぐにそこを陣取った。
ここの目玉であるライトアップされた滝は、なんというか、すごかった。十メートルはあるだろう巨大な崖で、崖上のところどころに木まで生えている。どんな仕組みなのかは知らないが、その上部から──本物の滝のように修行ができるほどではないものの──たくさんの水が音を立てて流れ落ちる。その噴水を囲うようにして低い石壁があり、中央あたりには五、六メートルはあるだろう銀色の時計が建っていた。私は左後方で打ち上げられる花火よりも、自分の位置から左前方にあるその滝のほうが気になった。
一方私の向かいでベンチに腰をおろしているアドニスは、かなり苛立っている。
「くだらねえもんばっかり! 金の無駄!」
彼、輪投げだのくじ引きだのを散々やったのだが、とれても子供用のおもちゃがほとんどだった。安っぽいビンゴゲームセットだとかビー玉二十個入りだとか、ピンク色の四角い顔で、なぜかサングラスをかけて意地悪そうに舌を出している猫のぬいぐるみだとか。
ゼインも似たようなもので、小さな女の子が好みそうな美少女アニメのメモ帳と便箋のセットだとか、今さらだと思うような、花のような模様が入ったビーチボールだとか、お菓子の詰め合わせだとかを手に入れていた。ちなみにビーチボール、空気は入っていない。使うとすれば自分で入れなければいけない。空気を入れられていても、今は邪魔なので困る。
ナイルとルキアノスは、私と同じでそんなゲーム、ほとんどやらなかったものの、ナイルはくじ引きで、世代を問わず人気の犬らしいキャラクターがプリントされたパース──俗にいうがま口財布を手に入れている。それは、アドニスの妹にあげることになった。
「けっきょく、使えそうなのってなに?」私の右隣でゼインが、みんながテーブルの上に置いた景品入りの白いビニール袋や、そこから出したおもちゃたちを見やりながら言う。「実用性があるって意味じゃなくて、まあいいかって思えるもん」
「私の銃!」
私は言ったが、彼はどうでもよさそうに応じた。「はいはい。それ以外で」
なんだお前。
テーブルの上で腕を伸ばし、今も手に握っているフラッシュ・サンダー・サーベルのライトをつけたアドニスが口元をゆるめる。
「個人的にこれは気に入ってる」
「それお前のじゃないだろ」
私たち四人は口を揃えてつっこんだ。そしてけらけらと笑った。
「ビーチボールとバドミントンセットは使えるよな、プールで」と、ナイルが言う。「あと水鉄砲もか」彼はなぜかミスター・ピンキー・レオパードを抱きかかえて──というか、テーブルの淵と自分のあいだに挟んでもたれるようにしている。裂けるわ。
ルキアノスが言う。「いちばん意味ないのはアドニスのタンバリンだよ。なにで使うんだ」
「言うなよもう!」
彼は天を仰いで嘆いた。笑える。で、今も私の頭についてる猫耳カチューシャと狐のマスクはなんなのだろう。
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ポケットから携帯電話を出したゼインがふいにつぶやく。
「サビナ、やっぱり無理なんかね。花火終わるまで、まだ一時間あんだけど」
「っていうか、こんだけ遊んでまだ遊ぶわけ?」ナイルが彼に言った。「散々遊んだじゃん。ほとんどまわったじゃん。あと行ってないのは四番街と五番街と、このパークの周りにある屋台だけだろ? 港のほうまで行くのはダルいし。っていうかお前、もう金ないんじゃないの?」
その言葉で彼ははっとして、財布の中身を確認した。そして真っ青になった。
「──あと二千フラム」
アドニスは遠い目をした。「二千フラムでデートに繰り出す虚しさって、ないよな。できるだけ財布の中見られないようにしつつ、あれ欲しいこれ欲しいって言われないことを祈りつつ──」
ナイルが言う。「祭りじゃそうはいかないだろ。っていうか、来るかもって思ってんのに、最初から飛ばしすぎ」ゼインを咎めている。「なんでいつも考えなしなんだ」
「確かにやりすぎた」彼がテーブルにうなだれる。「いや、一緒に花火見たらそれでいいかと思ってたんだけど、サビナはどうかわかんねえよな。飯は食ってくるっつってたけど、ウェ・キャスは夏祭りなんかないって言うし、屋台なんて滅多に行けないとか言ってたし」
「アドニスと一緒にいたら、かなり調子に乗るからな、お前」ルキアノスがトドメを刺す。「負けず嫌いもいいとこ」
アドニスは口ごたえした。「それ言ったらベラもだろ? たいていやる気になんないくせに、なぜか射的にだけは興味持ったし。なんか対抗してやりたくなるし!」
「射的はおもしろい。銃撃つ機会なんてないもん」と、私。
「はじめてのわりにはうまかったよな」めずらしくもナイルは私を褒めた。「しかもいちばん意味なさげで、いちばん邪魔くさくて、いちばん大きいの手に入れた」ミスターのことを言っているらしい。
「せっかくだから学校に持っていって、文化祭の写真に使ってみる。突然現れたマスコットキャラ的に」
「まじで? 行き道帰り道、かなりかっこ悪いことになりそうだけど」
私は小首をかしげた。
「なんで? 歩いて四分くらいで着くし、人目を気にしたりはしないんだけど。なんならこの猫耳カチューシャと狐マスクも着けていくし。私は財布の中に五百フラムしか入ってなかろうと、財布を渡して払っといてって言う人間ですよ」
「え、もう五百フラムしか残ってねえの?」
こちらを見上げたゼインにそう訊かれ、私は財布の中身を確認した。一万七千フラムあった。彼は唖然とした。ついでにみんながそれぞれの財布の中身を確認。アドニスは三千フラム、ルキアノスは七千フラム、ナイルは五千フラム残っているとのこと。
ゼインの携帯電話が鳴った。サビナからだ。今親の車でこっちに向かっていて、あと十五分くらいで着くけどまだいるか、という内容で。ステーション・パークのベンチにいると伝えて、彼は電話を切った。
そこで、このあとどうするかという会議がはじまった。サビナは五人でいるのを知っているので、ゼインだけが出迎えるというのも、あからさまに避けていると思われそうだ。いちばんいいのは、みんなの前でふたりデートに切り替えることじゃないか、と。
どうでもいいわと思いながら周囲を歩く人たちを見やっていると、噴水のほうへと歩く浴衣姿の女二人が手に持った、ものすごくおいしそうなパフェが目に留まった。私はパフェが食べたいと叫んだ。ついでにさっきとは違うクレープも食べたいと彼らに言った。
ナイルが、パフェならパーク入り口から北方向にあったと、ルキアノスが、クレープはパークの入り口にあったと言うから、私の奢りでパフェをふたつ、クレープをみっつ、買いに行くことにした。サビナを待つゼイン抜きでジャンケン一発勝負、私のひとり勝ちでルキアノスとアドニスとナイルが負け。私が出した四千フラムを持ち、三人はそれらを買いに行った。
「お前の金の使いかた、ほんとに半端ないな」ナイルから受け取ったミスター・ピンキー・レオパードを抱きかかえるゼインが言う。「月にいくらもらってるわけ?」
「三年に進級してから、月の小遣いは七万になったな」
夏休みに入ってすぐ、銀行に記帳に行って気づいたことだ。今年の四月から、父親と母親、それぞれ三万ずつ振り込むようになっていた。祖母は毎月一万フラムをくれる。いいと言っているのに。
ゼインはぎょっとした。「七万!? なんだそれ。どんな金持ちだ。さすがのルキでもそこまでもらってないぞ」
「それがうちのやり方なの。だから私は好き放題やってる」
彼はわけがわからないといった様子で、呆れ交じりの溜め息をもらした。
「けど、甘やかされてるふうでもないよな。甘やかされてると他人にねだるもんだけど、お前はそうでもないもん」
「そうね。あるから使ってるだけかな。自分が必要だと思わなきゃ使わないし。貯金するのもキライじゃないし」
「女は黙ってりゃ高確率で奢ってもらえるもんなのに、それもしないよな」
「しないな。出すほうが多いかも。その代わり、自分の意見をとおすのよ。タクシーなんて完璧なわがままでしょ」
「まあ、確かに──って」ゼインはまたはっとしたらしい。「帰り、バスか? マジか? すげえ混んでる気がする」
間違いなかった。こういうイベント事は、行き道よりも帰り道のほうが大変になる。
「三千だと半端だし、一万フラム、貸そうか?」
「いいよ」顔をそむけてパンサーに顔をうずめる。「持ってたら調子に乗りそうだし。月の小遣いが一万三千フラム。いつ返せるかわかんねえし」
えらく半端だ。基準はなんなのだろう。「返すのはいつでもいいわよ。こっちは家にまだいくらか残ってるし、ミッド・オーガストが終わったらまた引き出せる。毎月ちょっとずつでもいいし。って言っても毎月会うかはわかんないから、ルキかアドニスに渡しといてくれればいいけど」
顔をそむけたまま、彼は悩ましげな様子で少しうなった。眉を寄せてこちらを見る。
「──マジで?」
なにをそこまで見栄を張る必要があるのかは知らないけれど。「あ、じゃあ二千フラム、くれる? そしたら、貸すのは八千フラムってことになる。一万フラムよりはまだマシかと」
その提案に、彼は乗った。私はゼインに一万フラムを渡して、二千フラムを受け取った。散財の果て、デートのために女にお金を借りたというのは、やたらと間抜けな気がするから、アドニスたちには内緒にして、できるだけ直接返すようにする、と言いながら。
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ルキアノスから電話がかかってきて、やっとクレープを買い終わったところで、ワッフルを売ってる屋台を見つけたけど、奢ったら食べるかと訊かれた。奢らなくていいから欲しいと即答した。バラでも売っているものの、セットだと六個入りで五百フラムになるらしく、二セット頼んだ。足りなければあとで払うと言うと、そこは出すから平気だと言われた。
その電話のあと、ゼインと一緒にテーブルに背をあずけ花火のほうを向いたのだが、その花火よりも、私はデザートを、ゼインはサビナを待っていた。彼は一応、どのあたりにいるかという説明をメールで送ってある。
やっぱりミスターを抱きかかえたまま、行き交う人々を眺めていたゼインは突然、サビナとはもうすでにお互いの両親に紹介し終わってる、なんていう話を中断した。
「エデとカーリナじゃねえの? あれ」
「は?」
耳を疑い、私は彼の視線を追った。親子連れでもなく、カップルでもなく、団体でもなく──いた。白ベースの浴衣姿のエデと、朱色ベースの浴衣を着たカーリナ。二人ともカキ氷を食べながら、噴水のほうへと歩いている。
最、悪、だ。
と思ったら、カーリナもこちらに気づいた。彼女がなにか言うと、エデはこちらを見て、これ以上ないくらいに疑わしげな表情をした。しかも立ち止まった。このツーショットでは無理もない。
「どうすんだこれ」ゼインが小声で言う。「あの突っ張り陰険女たちは、この状況をどう解釈するわけ?」
「んなもん知るか」と、私。
そんなやりとりをするこちらをよそに、彼女たちは二、三言葉を交わしてから、こちらに近づいてきた。
ゼインはにやつきながらふざけだした。「助けて。マジ怖い」
笑えるが笑えない。「ダッシュで逃げようか」
「サビナが来るからそれはヤだ」




