○ State Of Affairs
放課後、ゲルトたちは揃ってD組の教室にやってきた。
「暴れんかった?」
セテが訊ねると、ダヴィデは「ぜんぜん」と答えた。「すげーおとなしい」
トルベンが訂正する。「おとなしいっつーか、静かすぎて不気味」
ペトラは笑った。「ベラはうるさくても静かでも文句言われる」
「勘弁してください」と、私。
サビナが席を立つ。
「じゃ、あたしは帰るね」
カルメーラがデートかと訊くと、サビナは頬を赤くし、口元をゆるめて「うん」と答えた。彼女が笑うと、細い目はよけい細くなる。
あたしも行かなきゃとペトラが言うと、アニタはこちらに声をかけた。
「ベラ、ほんとに行かないの? こっちは四人でもいいんだよ?」
アニタとアドニス、ルキアノスと私でという意味だ。数日前にアドニスから、ルキアノスと四人でランチに行くかと誘いがあった。私は断った。
「行かないっつってんじゃん。そういう状況は避けることにしてんの。それに」両手を広げて彼らを示す。「今日はゲルトたちと一緒にランチの約束をしてるので」
「これはマジだから。行ってこい」
セテが言うと、アニタはしかめっつらを見せたものの、ペトラに促され、サビナと三人で教室を出た。
カルメーラがつぶやく。「いいなー。彼氏欲しい」
「その言葉って、謎」イヴァンが言った。「男なら誰でもいいのかって話になんね?」
ダヴィデも同意する。「それは言えてる。そういう存在がいればいいのかって話になる」
彼女は反論した。「そんな意味じゃない!」
「とりあえずベラ、混む前に行ったほうがよくね」ゲルトが言う。「またバーガー」
「また? ダイナーじゃないの?」
セテが口をはさむ。「ダイナーはイヤ。金がえらいことになる」
「ベラ、お前今日も金持ってる?」カルロが訊いた。
「私が金を持ってない日なんてあると思うの?」
彼は笑った。「ないよな。半分ずつで奢るべ。バーガーだけど」
「いーよ」と答え、カルメーラに訊いた。「あんたも行く? カルと一緒に奢ってあげる。みんなでバーガー」
彼女はとたんに笑顔になった。「行く!」
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アニタやアドニスのことを、信用していないわけではない。彼女は私とアドニスがどれだけ仲良く話をしていようと、おそらく嫉妬したりはしないだろう。
ただ私は過去の経験から、カップルだったり片想いだったりという、恋愛を絡めた関係のある状態で遊ぶというのは、あまり気が進まない。
一部の片想い──たとえばナンネと、彼女が叶える気のない想い人、ダヴィデの場合なら、もしもナンネからの嫉妬があっても、それに対して自分が怒りを感じたとしても、それを押し殺せる自信はある。ずっとそうやってきたからだ。
でも特に大切な友達のあいだでそれが起こると、信用できなくなって、関係が壊れてしまう恐れがある。それだけは避けたい。
もうひとつ言えば、ゲルトがなにも言わなくても私を理解してくれて、厳しい言葉で泣かせ笑わせて怒ってくれる友達であるのに対して、アドニスは、なにかあってもさらっと流してくれる、気を遣わないでいてくれる貴重な友達のひとりでもある。家庭のことは知らないにしても、彼が知っているのはほんの一部のことだとしても、彼が知っていることは、事によってはアニタ以上だったりもする。
少なくとも、今朝まではそうだった。
リーズたちが施設に入ったことを、アドニスには話したのに、彼から聞いてルキアノスも知っていたのに、アニタには今朝まで話さなかった。
彼女がいちばんの女友達で、すごく大切な女友達というのは変わらない。でも今年に入っていろいろあったせいで、アニタとどういうつきあいをしていいのか、よくわからなくなっている。
アゼルが消えてからというもの、なにかにすがりつきたいという気持ちと、なにもかもを突き放したいというふたつの気持ちが、常に私の中で激しく交錯していて、感情をどうコントロールすればいいのかわからないのだ。
同性だからか、弱音など吐けるはずもない。心配したり同情されたりということを嫌っている私は、彼女がそれをする娘だというのがわかってしまい、不機嫌をとおすしかなくなった。アニタにもそれが伝わったのか、二年の三学期のあいだは、同じクラスだったにも関わらず、以前よりも少し、距離ができていた。
それはそれでしかたなのないことではあるものの、なにより大切だと思うあまり、彼女を傷つけたり、完全に失ったりすることが本当に怖い。
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夜、ルキアノスから電話がかかってきた。
彼はアドニスの友達だ。そもそもの出会いは去年の夏、センター街のグランド・フラックス・エリアで、リーズたちから離れた場所でひとりクレープを食べていた私を、二人がナンパしてきたのがきっかけだった。
なんだかんだで友達になり、今も連絡をとり合っている。アドニスと二人揃ってイースト・キャッスル高校の新二年生で、とても頭がいい。一年の三学期の期末は、二人に──主はルキアノスだが──勉強を教えてもらい、こちらも成績が少しよくなった。
ちなみにルキアノスは春休み、私の地元の同級生エデ・ワルテルからの告白を、好きな人がいるからと言って断ったという。その言い訳は、去年リーズの告白を断った時と同じだ。
祖母の家の三階、自室である屋根裏部屋。ラグの上でビーズクッションに寝転んでいる私は、ビール片手に彼からの電話に応じた。
「ハイ」と挨拶する。
「また飲んでんの?」
なぜ見透かされているのだろう。頭がいいだけでなく、もしかすると透視もできるのか。
「飲んでるよ、まだ一本だけど。ぜんぜん眠くなんないから、二本め行くかも」
「身体に悪いよ」
知っている。中学三年生がすることではない。「睡眠薬だもん。どーしたの」
彼は謎の二択を掲げた。「世間話と本題、どっちが先?」
「世間話は手短に」
「オーケー。クラス分け、どうだったのかなと思って」
「んー。アニタとペトラはB組だけど、私はD組だった。こっちは、仲のいい男友達はひとりだけ。あとね、去年の夏休み、花火してる時に私の頭をはたいてきた、すっごく仲の悪い男がいるって話、覚えてる?」
「覚えてる覚えてる」
「あれがね、一緒なの。しかもそいつ、男友達と仲がいいから、私のななめうしろの席にいる。って言っても今はわりと、嫌味混じりに普通に話すんだけどね」
「ふーん? じゃあ女の子は? 一年と二年で同じクラスだった、すごく嫌いなのがいるって言ってたじゃん。あとエルミとか」
「エルミは別のクラス。A組。ものすごくキライな女も」ハヌルのことだ。「やっとクラス離れた。いちばん仲のいい男友達も、C組になった。アニタのところがいちばんまとまってるかな。うるさい男が三人揃ってるけど」
「へえ。けどクラスが離れたの、気にしてなさそうにも思える」
「どうかな──いちばん仲のいい男友達と離れたのは、実はわりとショック。不安はある。それ以外、わりとどうでもいい気がしてる自分がイヤ。仲の悪い奴が一緒だってわかった時も、特になにも思わなかったもん」
「そっか。俺のほうはまたアドニスとクラスが一緒。すごいうるさい」
「静かなほうがいいよね。その点ではよかったかなとは思ってるんだけど」カルメーラがいる点を考えると静かではない気もするが。「本題は?」
「今週日曜、暇?」
アゼルのこともリーズたちのことも知ってるくせにと思うと、なんとなく嫌味に聞こえた。
「どうせ暇ですよ」と私は答えた。土曜は祖母と一緒に買い物に行く約束をしているけれど。
「よし、じゃあ昼にセンター街で待ち合わせ。ランチに行く」
すでに決定事項らしい。センター街を思い浮かべてすぐ、春休み中にゼスト・エヴァンスに行っていないことに気づき、私は「わかった」と答えた。ゼスト・エヴァンスにはついでに行くことにする。
「あれ、即答?」ルキアノスは訊き返した。「もう引きこもり終了?」
「誘っておいて、なにその質問」
「だって春休み、いくら誘っても出てこなかったじゃん。アドニスとアニタと四人がイヤだとか、アドニスと三人でもイヤだとか、二人でもイヤだとか」
「だって、学校はじまったし。生活なおさなきゃいけないから、無理やりにでも外に出てどうにかしないといけないし」
「学校はじまってからそれするの、おかしいけどね」
「わかった。じゃあ行かない。学校も行かない。また引きこもる」
彼は慌てて止めた。「いやいやいや。わかったって、ごめん。なんならゲームセンターでも行く? ストレス発散になるかも」
ゲームセンターに行くことなどほとんどないが、行ってストレス発散になるなどと思ったことは今まで一度もない。
「それより買い物がいい。散財が趣味だから、思う存分買い物する」
彼は笑った。「了解、つきあう。時間はそのうち決めよ。おやすみ」
“おやすみ”。アゼルが、絶対に言わなかった言葉。
「うん、おやすみ」
リーズ、ニコラ、ブル、マスティがいなくなって、私はまた、アゼルを憎むようになった。すべてを彼のせいにしようとした。だってリーズたちは、アゼルのことで復讐するため、相手を襲うなどという、最高にバカなことをしたのだから。
一月、アゼルが喧嘩などしに行かなければ、消えたりしなければ、こんなことにはならなかった。私だって、こんなふうにならずに済んだ。
アゼルが消えただけで、こんなにも多くのものが、これだけ脆かったのかというほど、まるでドミノ倒しのように、一気に崩れていった気がする。
だがアゼルを責めるということは、自分を責めるということだった。
あの日、私はアゼルと一緒にいた。この部屋のベッドで、一緒に眠っていた。夜中に起きた彼に抱かれ、寝ろと言われて、また眠った。
起きると、彼が消えていた。そして、捕まったという連絡が入った。
アゼルは約束を破った。“施設に入るようなことはしない”という、私たちが最初にした約束を、彼は破った。
私は自分のことで精一杯で、気づけたはずなのに、マスティとブル、リーズとニコラが、復讐などというバカなことを考えていることに、ちっとも気づかなかった。気づけなかった。
気づけば、彼らはいなくなっていた。
私を天国から地獄へと突き落としたアゼル。
消えようとしているアゼルに気づかなかった私。
自分勝手に行動して、マスティたちに復讐を決意させたアゼル。
自分のことで精一杯で、彼らが復讐を企てていることに気づかなかった私。
私に、永遠があるんじゃないかと信じさせたアゼル。
アゼルを信じ、全身全霊で愛した私。
憎むべきものは、なんだろう。
アゼルを憎むということは、自分を憎むということで、自分を憎むということは、アゼルを憎むということ。
アゼルを憎むということは、彼を愛するということ。
彼への愛ですら、憎んでいる。憎むしかないからだ。
今の私は、真っ暗な闇の中、脆く脆い、本当に細い線の上、これ以上ないくらい細い線に繋がれて、たったひとり、どうにか生きている状態だ。




