* Role
その日の放課後、私はひとりで職員室に行った。教頭に声をかけると、校長を呼んでくれ、主に教師用のくつろぎスペースであるソファーコーナーに座るよう促された。
「久しぶりですね、ここでこうして話すのは」
向かいのソファに教頭と並んで腰をおろした校長が微笑んで言った。去年十二月、クリスマスパーティーの事を相談して以来だ。
教頭が私に訊ねる。「どうですか? 調子は」
「なんとかやってます」慎ましく答える。「まだ夏休み前なのに、もう文化祭の話ですよ。やってられません」
彼は苦笑った。
「三年生を受け持っている先生方から聞いてます。とても気合が入ってるみたいですね。あと、二年の生徒──D組とE組でしたか。それに触発されて、他のクラスも文化祭の相談をはじめたんだとか」
「みたいですね。私が一年だった時は、九月に話し合いをはじめるのがあたりまえだったのに。準備なんて中旬から。なにが起こったのかさっぱりです」
校長が答える。「君の影響は少なからず、あるんでしょう。去年も一昨年も、君のクラスが教室部門アンケートで一位だった。特に去年のホラーハウスは、生徒たちに好評でしたからね。私たちも楽しみにしてますよ、君が今年、ステージでなにをやるのかというのは」
笑えない。「一年の時は、関わりたくないのに関わることを強要されました。もちろん、自分が口をはさんだのが原因だというのはあったんですけど」視線を落として言葉を継いだ。「二年の時もやっぱり、何気なく言った言葉からはじまった。裏方ですが、できる限りのことはやりました。当日はまあ、ほとんどサボッて遊んでましたけど。でも」
顔をあげ、再び彼らの視線を受け止める。
「今年はそれもしません。裏方というのは変わらないつもりですが、目立つつもりもありませんが、影なりに、最大限努力します。“だから”という言葉を使うつもりはありません。こんなことを頼める立場じゃないのもわかってます。ですが夏休み中、平日の午前中だけでかまわないので、学校を使うことを許可していただきたいです。三年はステージですが、D組は、主にデジタルカメラを使って撮影、PCで編集したものを映像として流すつもりでいます。編集作業に時間をとられると思うので、九月に入ってからの一ヶ月では、時間が足りるかというのが微妙です。もちろんミッド・オーガストは、他の生徒も無理でしょうから、それ以外で、ですが」
私が言い終えると、彼らは顔を見合わせた。そして徐々に、二人して口元をゆるめた。
「復活したようですね」教頭が言った。
「完全じゃないかもしれませんがね」校長は視線をこちらに戻す。「いいでしょう。土日とミッド・オーガスト以外なら、何人かの先生が職員室にいます。君たちのクラスだけにというわけにはいきませんし、今年は全学年、生徒たちも文化祭に力を入れようとしてるようなので、部活動のことも含めこちらで早急に話をまとめて、終業式の日までには、夏休みの午前中に学校を使える日というのを、印刷して配ります。使用する場合は、全員とは言いませんが、毎回決まった時間に集合して、何人かが代表で、職員室にいる先生に報告に来ること。帰りも同じです。それを条件にしましょう」
予想以上にあっさりと許可されたので、少々驚いた。
「はい、わかりました。ありがとうございます」
この件は、頼まれたわけではない。ただ、去年ステージに立った連中の話によると、真面目にやろうとすると、踊りや劇のセリフ等を一ヶ月、それも休憩時間と放課後のいくらかの時間をで覚えるには、少々無理があるらしい。加えてこちらも、四本のPVを撮ることになっている。さすがに無理だと思ったのだ。
たかが一日のためにアホらしいとは思うものの、今の私は、そのたった一日のために多くの時間をあてることができるほど、暇人なのだ。
よく言えば、心に余裕がある。悪くいえば、隙がある。その隙を埋められるのなら、なんでもよかった。
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翌日、午後のLHRの時、学校側からプリントが配られた。体育館の他にも会議室が使用可能で、そこはローテーションになるものの、土日と特定の日を除き、文化祭の準備目的で学校を使ってもかまわないという内容だ。三年D組だけではなく、他のクラス、他の学年の連中も喜んだという。まずはダヴィデになにかしたのかと勘ぐられ、またも一部のクラスメイトと共に教室に閉じこもった放課後、ゲルトとアニタからも似たようなメールが入った。無視した。
一方でハリエットたちはさっそく、元二年A組の担任で、現三年A組の担任をしているババコワ教諭に、夏休みの後半、学校に来ている日だけでいいので、技術室のPCを使わせてもらえないかと頼みに行った。私の差し金だ。頼んだのはハリエットを含む五人で、全員女子。あっさりオーケーをもらえた。ちょろいものだ。私が行けばきっと、渋っただろううけれど
とはいえここ最近、ゲルトやセテとまともに話をしていない。休憩時間も放課後も、閉めきった教室で文化祭の準備をしてるからだ。
他のクラスも似たようなもので、特に女子などは本当に、各教室に閉じこもっている。今年は学年全体が秘密主義で、廊下にいるのはやる気のない十数人の男子と、参加したくてもできない状況に陥っている地味グループの一部だけといってもいいくらいの人数だ。三年D組は全体的に乗り気なので、群れから離れてサボるという人間はいないが。
ゲルトたちとまともに話していないというのは、少し寂しい。アニタたちは暇さえあれば連絡をよこすので、どうでもいい。
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終業式の日──式が終わると、体育館から各教室へ、生徒たちがぞろぞろと戻りはじめた。第一校舎と第二校舎を繋ぐ通路でセテに呼ばれた私は、思わず彼に駆け寄り、おもいきりハグをした。
「会いたかった」
彼も笑ってハグに応えてくれる。「ほんとに会わねえもんな。移動教室でもなきゃお前、教室に閉じこもりっぱなしだし。体育の時も中央階段使ってんだろ?」
「そう。だって中央階段のほうが広いから。文化祭の準備、超真面目にやってんの」
「オレら、文化祭の日は大雨なんじゃないかって言ってる」
「ひどいな」
セテから身体を離すと、彼の隣にいたゲルトにハグをした。
「学校に居てこれだけ話さなかったこと、なかった気がする」
彼もハグに応えた。
「ない気がする。つっても一週間くらいだけどな。ダヴィとトルベンが、お前が真面目すぎて恐いって」
「今年は真面目にやる年なのよ」
「今日は準備しないって言ってくれて助かった」ダヴィデが言った。「昼抜きでやらされんのかと思ったもん」
私はゲルトから腕をほどいた。「それは私が耐えられないから無理。約束あるしね。でも夏休み、勉強なんかしてる暇ないかもよ。ミッド・オーガスト以外、いつ呼び出すかわかんないから」話しながら、右でセテと、左でゲルトと腕を組む。
カルロが口をはさんだ。「それダヴィにも言われたけど、オレらも? 花火だけじゃなくて?」
「そう。遊ばなきゃいけないの。で、写真を撮る。まあみんな、わりと練習で学校に来るみたいだから、できるだけその日に撮るようにはするけど」
「ほんとD組、なに企んでんの?」イヴァンは疑わしげな様子で訊いた。「なんか廊下でゲルトと話してたら、いきなりカルメーラたちに写真撮られたりするし。しかもお前のデジカメだとか言って」
「あいつらあれ、なぜかすごく気に入ってんのよ。一眼レフスタイルなうえに画質がよくて、しかもちょっとした編集機能もついてて、他の奴らのと違って、家のじゃなくて私のだから、ほとんどをあれで撮ろうとしてる。学校じゃあれ持ってる時間、私よりもカルメーラやハリエットたちのほうが長いもん」
「高そうなカメラなのに」ゲルトが言う。「よくお前、そんなの預けられるよな。俺だったら絶対無理だわ」
私は肩をすくませた。
「壊したらさすがにキレるとは言ってある。私だけがお金出したんならいいんだけど、おばーちゃんにも半分出してもらってるし。だから首からストラップ、提げてるでしょ。まあ一年以内ならアフターサービスがあるから、なんとかなるだろうし。私のモン壊したらどうなるかってのは、あいつらもよくわかってると思うので」
セテが苦笑う。「超怖い。地獄の中の地獄だ」
私が地獄、そのものだし。「そういうこと」
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LHRが終わり、担任が教室を出たあと。ハリエットが、夏休みの段取りの最終確認をはじめた。
四人から五人程度をひとつのグループとして、そのグループ全員が暇な時は、他のグループと連絡を取り合うこと。デジカメを持っている人間はクラスに五人なので、その五人のうち誰かを入れて、都合が合えば学校に集まること。外で遊ぶのでなければ、学校での午前中になるけれど、とにかく楽しんで撮影を進めること。“Breakout”と“Need You Now”は基本、クラスメイトをメインに作るものの、少々他のクラスの人間が混じってもかまわないこと。そして“Need You Now”と“Pretty In Pink”にメインで関わる人間は、特に本腰を入れること、と。
ちなみに“Need You Now”と“Pretty In Pink”の撮影は、ハリエットの家を使う。ハリエットの部屋を女側、ゲストルームを男側にして、だ。しかも“Need You Now”の主役男子は、なぜかかなり乗り気だ。去年、ヤーゴのザルすぎる演技を観ているので、それ以上の演技をしてやるとはりきっている。そんな情熱、この曲には要らないのに。
そして私とハリエット、カルメーラ、サビナは、どのPV作りにもメインで関わることになっている。といっても、私には表に出る気がまったくなく、去年と同じで指示役だ。強要役。つまり悪役。そうでなければ、私は仕事をする気にならない。




