* Lost Remnant
一度祖母の家に帰ると、シャワーを浴びて水着込みで着替え、メモリーカードを差し替えたデジタルカメラとその他荷物を小ぶりなスポーツバッグに詰め込んで、祖母が作っておいてくれた昼食を持ち、呼び寄せたタクシーに乗った。ケイネル・エイジのルキアノスの家に向かうためだ。
どこかでランチを食べようかという話だったものの、アドニスが祖母のサンドウィッチを食べたいとか言うものだから、頼んで作ってもらった。これには少々、彼に感謝してる。
祖母は料理が好きで、以前はアゼルたちがときどき祖母の料理を欲しがり、作ってもらっていた。今はそれもできない。アニタたちも祖母の料理は好きだけれど、春休みは私が荒れて引きこもっていたし、進級してからも不安定な状態が続いていたり、元に戻れたかと思えば文化祭の準備がはじまったりで、けっきょく、誰のことも家に呼んでいない。つまり、祖母が私以外の人間に料理を振る舞う機会がなかった。友達がまたサンドウィッチを食べたがっていると話した時の、祖母のものすごく嬉しそうな表情に、かなり心が痛んだ。心の中であやまった。
もうすぐ着くとタクシーからメールを送っていたので、彼らは玄関先で出迎えてくれた。ハグで挨拶して家の中に入り、彼らがキッチンでビールを用意しているあいだ、こちらはゲストルームを借りて水着とパレオに着替え、プールサイドへと向かった。
テーブルにつくと、サンドウィッチを食べる前に、ビールで乾杯した。今日は私たちがはじめて会ってから、ちょうど一年なのだ。一年前はこんなふうに友達を続けることも、リーズとニコラがいなくなることも、まったく予想していなかった。
サンドウィッチを食べ終わると、瓶ビール片手にアドニスが提案した。
「カーヴ・ザ・ソウルになんか買いに行くか。揃いで」
私は質問を返した。「ブレスレットとかピアスとか指輪とか?」
「オレ、ピアスしねー」
「開ければいいのに。私なんて気づいたら五個ですよ」
「お前は開けすぎ」
「痛いのがイヤなんだよな」彼の向かいでルキが言う。「痛くないって言ってるのに」
「だってお前、ピアッサーだぞ!? 針だぞ!? 無理!」
「病院行けばいいじゃん。アニタは病院であけたよ」
私は言ったものの、彼は言葉を投げた。「金がもったいないわ」
間違ってはいない。「ペンダントって言いたいところだけど、私、これがあるからね」左手の人差し指で、自分の首にある南京錠の鎖を引っかけてすぐ、指を離した。「今まで買ったペンダントやネックレス、半分くらいは使えなくなってる。合わないし」
「いつもつけてるよな。はずさねえのか」
はずさないというか、はずせないというか。「はずさない。これはこれで気に入ってるの。誰もつけてないから」
「けど男がブレスレットってのもな」彼がつぶやく。「邪魔くさい気がする」
「わがまますぎ」と、ルキ。
激しく同意する。「今度見に行こうか。中指の指輪とか。プールに入るんじゃなきゃ落とさないだろうから、イヤーカフでもいいし」
「今日じゃなきゃ意味なくね」
アドニスの言葉にルキアノスが答える。「けど今日行っても、刻印入れるなら、すぐにできるかわかんないじゃん。しかも暑いから外出歩きたくない、プールに入るって言い張ったのは──」
言い張ったのはアドニスなのだが、彼の言葉を遮るよう玄関のベルが鳴った。ルキは席を立って家の中に入っていった。
「ロングのペンダントならつけられるかな」私はアドニスに言った。
「いけるんだろうけど、長いのってわりと邪魔だよな。しかもでかいのじゃないと、思ったより目立たなかったりする」
「足首につけるのとかどーよ?」
「見えねえよな。お前はともかく、こっちは七分丈履くかプールでなら見えるかな、程度。お前の南京錠に合わせようと思ったら、首輪みたいなのがいいかも」
完全にパンクだ。「学校につけていけないじゃん。さすがに怒られる。しかも私、どんな生活してるんだと思われる」
彼は笑った。
「まーな。っつーか」こちらに身を乗り出して声を潜める。「その南京錠、あの男と関係あんじゃねえの? やっぱお前、待ってんの?」
去年、私が彼らに最後に会ったのは、この南京錠をアゼルに渡すために用意したばかりの時だった。次に会ったのは、アゼルが消えたあとだった。その時には私はすでに、南京錠をつけていた。
「だから、そういうんじゃないの。確かにあいつに関係あるものだけど、待つとか待たないとかじゃない。永遠の愛を誓ったわけじゃない。それにここだけの話、鍵、ないのよ。捨てちゃったから」
彼はきょとんとした。「は?」
「だから、捨てたの。同じものを渡した時、あいつがキレて、私の鍵を捨てた。まあヤケだよね。で、私もあいつのを捨てた。よく考えもしなかった。あと戻りできない状態。だからはずせって言われても、壊しでもしない限り、はずせないの」
呆れたらしく、アドニスは勢いよくチェアに背をあずけた。
「よくやるわ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ルキアノスが戻ってきた。かと思えばナイルが一緒だった。アドニスから私と三人で会うことを聞いていたものの、彼やルキアノスに電話したのに反応がなく、しかたがないので家に来たらしい。プールに入るために。
プールに入ったアドニスとナイルは、なぜかクロール対決をはじめた。ナイルが勝った。
アドニスは罰ゲームで、自転車で四、五分ほどの場所にあるコンビニエンスストアまでアイスクリームを買いに行かされた。しかもジーンズを着替えないまま。
彼はなぜか花火を買って戻ってきた。しかも私たち、その料金を徴収された。それどころか、デートしてるらしいサビナとゼインも誘った。今はいいけど、夜に来られるなら来い、と。
二時間ほどプールで遊ぶと、疲れたから休憩だとかで、ゲームルームに行った。マブにあったのと同じ、アゼル、マスティ、ブルの三人と、これでもかというほど一緒に遊んだゾンビゲームを見つけた。私が得意なゲームだと言うと、アドニスがそれをやると言いだしたので、四人でやってみた。ルキアノスが罰ゲームを受けることになり、またもアイスクリームを買いに行った。
しばらくテレビゲームで遊んだあと、再びプールに戻り、午後六時頃自転車に乗って、四人で夕食を食べに行った。ピザだ。しかも花火を持って。その状況にナイルがとても不満そうな顔をしたので、私は彼にデジタルカメラを貸してあげた。すると、花火を持ってピザショップに入る私の姿を嫌がらせのように写真に撮った。私はそんなことは気にしないし、平気なのだけれど。
夕食を終えて店を出ると、自転車の、私はルキアノスのうしろに、ナイルはアドニスのうしろに乗った。ルキの家の近くにもこのあたりにも公園はなくて、ルキの家から近い公園といえば、自転車で十分弱というくらいの距離らしい。
かと思えば、十秒走ったか走ってないかというところで突然、ルキアノスが自転車を停めた。
「ベラ」彼が小声で言う。「ちょっと降りたほうがいいかも」
なんだろうと思いつつ、私は自転車の荷台から降りた。アドニスとナイルが乗った自転車が私の右側に停まる。
「うわ、最悪」ルキの視線の先を目で追ったアドニスが小声でつぶやいた。「もう二度と会わねえと思ってたのに」
「うるさいよ」
ルキは自転車を降り、それを押しながらひとり前へ進んだ。
通りの反対側にあるショッピングセンター脇の歩道からこちら側へと渡った女が、ルキアノスのところに駆け寄った。ショッピングセンターにあるドーナツショップの紙袋片手に、今にも泣き出しそうな表情で。しかも突っかかるように、彼になにかを言いはじめた。通りを走る車の音で、声はよく聞き取れない。だがおそらく、怒っている。
アドニスは自転車のハンドルに両腕をあずけた。顎で彼女を示す。
「あれ、あいつの元カノ。実は去年の秋くらいから、ヨリ戻したいって何度も言われてる。あいつは完全に無視してるけど」
ドーナツ食べたい。
「昔は可愛かったのに」ナイルがつぶやく。「ルキと別れてからあいつ、太ったよな。しかもメイクのせいか、すごい老けた」
ドーナツ食べたい。
アドニスが苦笑う。「ケバすぎ。まるで別人だよな」
ルキがなにか言ったらしく、彼女は彼の自転車のカゴにある花火を見やってから、困惑した様子でこちらを見た。だけどまた彼に視線を戻して、泣きそうな表情で再びなにかを言いはじめた。
「終わらなさそー」と、ナイル。「もう先に行けばいいんじゃないの」
ドーナツ食べたい。
「ルキに恨まれる」アドニスは身体を起こした。「お前が追い払うのがいちばんなんだけどな」私に言っている。
私は違う意味でそわそわしていた。「ドーナツが食べたいの。今頭の中、ドーナツでいっぱい」
「空気読め」ナイルがつっこんだ。「いや、でもいいや。追い払えたらドーナツ買ってやる。三個まで」
ドーナツ。「ルキの意思は? やっていいの?」
私が訊くと、アドニスが肩をすくませた。
「オレならお前とつきあってるとでも言って追い払うけど、ルキはそれを自分の都合で勝手にするタイプじゃねえよ」
なるほど。「オーケー」ドーナツ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼らに近づくと、私はルキアノスの左腕に自分の右腕を絡めた。
ナンネほどではないぽっちゃりした体型でショートカットの黒髪、ライトブルーのパフスリーブ・ブラウスを着た彼女は、目に涙を浮かべたまま、戸惑った様子で表情をかためた。
「友達?」
私が訊くと、ルキアノスは一瞬躊躇したらしいものの、そうだと答えた。
こちらから、彼女に向かって微笑んでみる。「はじめまして」会話をするとしたら、どういうキャラでいくかを早急に決めなければいけない。「これからみんなで花火するの。あと友達も二人、来る予定なんだけど。よかったらあなたもどう?」どうやら私、ものすごく慎ましいキャラクターを選択したらしい。
彼女はあからさまに困惑している。「え──」戸惑いながらルキアノスへと視線をうつした。「──さっき、誰ともつきあってないって──」
「あら、そんなこと言ったの?」彼が答える前に私は言った。「ひどいわね。確かにつきあいはじめたばっかりだけど。でも」サイドに掘られたマイナスな言葉の刻印を見られないよう、左手の薬指にある指輪を彼女に見せた。「指輪をもらったわ。ペアリングには早すぎるって言うから、私だけつけてるんだけど」
指輪を見つめる彼女は、これ以上ないくらいに呆然としている。視線をゆっくりとルキのほうへ戻し、どうにか口を開いた。
「──ほんとなの?」
彼が吐息をつく。「ほんとだよ。つきあってまだ二週間にもならない」適当なことを言っている。「アドニスに紹介されて、ずっと友達してたんだけど」
私はあとを引きとった。「私が告白したの。好きじゃなくてもいいからつきあってって、押しに押して。さっき指輪をもらったって言ったけど、わがままを聞いてもらっただけ。私、形から入るタイプだから」そうでもない。「それよりどう? あなたもよかったら、一緒に花火しない?」彼女に見えるようさりげなく、ルキアノスと手をつないだ。当然指をからめて。「人数は多いほうが楽しいし」そんなことはない。
彼女は引きつりそうな口元を、あるいは今にも癇癪をおこして泣きわめきたい感情を、必死に“普通”に抑えた。
「いいえ、ごめんなさい。家族が──」通りの向こう、ショッピングセンター内の駐車場に並ぶ車を見やり、また視線をこちらに戻す。「──待ってるから」
「あら、そうなの? 残念」と、私。「会えてよかったわ」誰だこれ。
彼女は必死に微笑もうとしているが。「ええ、あたしもよ──じゃあ」ルキを見る目にはまだ、涙がにじんでいる。「引き止めてごめんなさい──さよなら」
ルキアノスがなにを考えているかは、よくわからない。
「うん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
通りを渡って家族の元に戻っていく彼女の後姿を見ながら、ルキアノスは静かに口を開いた。
「ごめん、変なとこ見せて」
「気にしてないよ」彼から手を離すと、私は彼の自転車の荷台にまたがった。「それにしてもこの指輪、超便利だよね」
彼が苦笑う。
「その指輪になにが書いてあるかも知らずに、みんな騙される」
私はこれで、ナイルやゼインのことも騙した。今はけっきょく彼ら、私が男と別れたことを知っているけれど。
「細かいこと、つっこまれなくてよかった」
彼も自転車に乗る。「それは言えてる」
「なに言ったのかはあとで訊くことにする」後方からこちらに来たアドニスが言った。「ドーナツ行くべ」
「なに、ドーナツって」
ルキの質問にナイルが答える。「追い払ったらドーナツ三個。もっと修羅場になればよかったのに」
こちらもわりとクロいらしい。「残念でした。私、ものすごくしとやかだったわよ」




